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4.アジア自然共生研究プログラム
(3)流域生態系における環境影響評価手法の開発

研究の目的

メコン河はインドシナ半島を流れるアジア最大の国際河川であるため、近代以降、水、エネルギーおよび生物の天然資源の原産地として国際的に開発への強い興味が持たれ続けてきた。我が国は、天然資源・農水産物・繊維製品等の多くを、メコン河流域を含む東アジア地域に依存して来ている。その流域において都市化・工業化・農薬及び肥料を多用する農業の近代化や日本や他国の海外支援によるダム建設によって自然が急速に失われつつあり、農業・産業・生活による水資源の枯渇と水質悪化や水生生物等の生物多様性の減少が危惧されている。メコン河流域において持続可能な自然と共生する社会を実現するために、東南アジア・日本を中心とした流域生態系における環境影響評価手法の開発を行い、国際プログラム間のネットワークを構築し、国際共同研究によって、流域の発展に必要な科学的知見を提供することが本研究の目的である。

平成21年度の実施概要

平成21年度には、各サブテーマにおいて以下の成果が得られた。

①流域生態系及び高解像度土地被覆データベースの構築

メコン河流域全体の自然環境と社会経済の概況を包括的に把握し、水系や地理的な隣接性を通じて伝搬する各種開発行為の影響を検討し、現地調査結果や研究成果を一元的に蓄積,管理するための空間的な枠組みを提供するため、メコン河流域の地理空間データベース(Mekong Geospatial Database;MGDB)を構築した。MGDBは、次の4つの段階から構成された。(1)Landsat TMおよびETM+画像に基づく詳細な河川網データの整備、(2)整備した河川網データに基づくSRTM 90m DEMを補正(Stream burning処理)、(3)補正したDEMに基づき流域全体を約1万の小流域に分割、(4)小流域を空間単位とし、自然環境と社会経済状況に関する各種主題データを集計。構築したMGDBは,既往データセットと比較して、小流域の数と地理的な精確度において優れ、出典や記録形式の異なる様々な地理空間データを統一的に扱うことが可能である。これにより,当該流域全体での地域特性の把握が容易になり、広大な範囲の中から現地調査地点の選定、知見の外部妥当性の検討できる。さらに,属性データとして小流域相互の連結性と分水嶺を隔てた隣接性を記録し,各種影響の伝搬経路を探索できた。

②人間活動による生物多様性・生態系影響評価モデルの開発

メコン河本流に最初に建設されたManwan Damとその下流への影響評価を行った。そしてダムが建設された後、下流域にどのような影響を与えたのかを定量化する目的で現地調査と水文モデルを融合させ、年間流況変動・土砂移動量の年間変動と縦断的変化、および年間の氾濫動態に関して解析を行った。研究対象地はゴールデントライアングルより下流の本流約100kmとその内部に設置された流程約12kmの氾濫解析エリアとした。インプット用の基盤データとして、ADCP (Acoustic Doppler Current Profiler)による河床地形・流速測定と,SRTM (Shuttle Radar Topography Mission_DEM)を合成し作成した氾濫対象地の地形データを整備した。ここでは上・下流端の水位流量変化を一次元モデル結果から与え、年間の氾濫状況を再現した。水文モデルの解析対象年はダム建設の前後に相当する1991年と2002年、その他に仮想的な流域環境条件を再現して計算を行った。この試行を行うことにより、降雨分布の年々変動に影響を受けず、ダムの有無を純粋に反映したシミュレーションが可能となった。実際のモデル解析の部分では全対象区間における一次元モデルに続き、氾濫域に注目した2次元モデルを開発しそれぞれ一年分の計算を行った。その結果、同一の降雨分布条件を与えた場合、ダム建設後に雨季出水の時間的な遅れとピーク流量の変化(若干の緩和)が確認された。さらにその流況の変化が土砂送流量にも反映し、特に雨季8月以降の土砂移動量が増加する傾向が見られた。

これまでに計10回の現地調査をタイ、ラオス、カンボジアで行い、淡水魚類と各地点での河川水のサンプルを採集した。評価手法として、耳石中微量元素濃度解析法(otolith microchemistry)取り入れた。成長とともに河川水からカルシウムとともに微量元素を取り込んで大きくなる骨組織、耳石を化学的に分析することで、その個体の回遊の履歴を再現する手法である。これまでに、メコン流域の3カ国、39地点から111種の淡水魚、計1734個体を採集し、その耳石サンプルを集めてきた。このうち約80個体分のサンプルの前処理を終え、そのいくつかに対しLA-ICP-MSによる化学分析を行った。また耳石の元素分析結果を理解する上でのバックグランドデータとなる河川水は、計150地点で採集し、各種微量元素濃度をICP発行分析法またICP質量分析法を併用して測定した。その結果、メコン河の本流、タイの最大支流ムン川、ムン川の支流チー川、カンボジアの最大支流群であるセサン川、スレポク川、セコン川の水質は互いに微量元素の構成比率が異なり、水質データだけから高い精度で支流を判別できることが分かった。

③持続可能な流域生態系管理を実現する手法開発:

野外における根圏窒素動態を調査したところ,主要マングローブ樹種の根圏では、アンモニア態窒素が消費されていた。一方、硝化プロセスにより硝酸及び亜硝酸態窒素が生じていた。さらに根圏土壌には高い有機物含有量と低いC/Nが認められ、枯死根などの有機物供給が多い根圏で微生物による窒素同化が活発に起きていた。野外における根圏窒素状態は、日変化はほとんど見られず季節変化の方が大きかった。メコンデルタの主要なマングローブ域3地域(Can Gio, Soc Trang, Ca Mau)において、林床土壌の窒素固定活性と森林に近接する水路や河川の水質を分析した。土壌窒素固定活性は、粗放エビ池用の水路で林内が細分されている森林(Ca Mau省)で最も低かった。1996年に測定されたCa Mau省の値(Alongi et al., 2000)と比較すると、2-50倍低く、この13年間でCa Mau省地域の窒素固定活性が減少傾向にある可能性が示唆された。粗放エビ池の溶存アンモニウム濃度は都市の排水並みに高く、このことが窒素固定を担うニトロゲナーゼ活性を低下させる一因となっていると考えられた。都市や養殖池からマングローブ生態系へ流入するアンモニウム態窒素が増加し、マングローブ土壌の構成窒素が大気由来のものから人為由来のものへとシフトする可能性がある。マングローブ林の同化・脱窒能力を超える量のアンモニウム態窒素が流入した場合、海域の富栄養化、過剰のアンモニウム態窒素によるマングローブ植物の生育低下、マングローブ植物の生産する有機物に依存している生物への影響が懸念された。また,集約エビ池からの排水は溶存アンモニウム濃度が比較的低いにも関わらず、窒素固定活性を低下させる効果がある事が明らかとなった。集約エビ池の水がマングローブ生態系へ流入した場合、窒素不足によるマングローブ植物の生育低下とマングローブ植物に依存している生物への影響が懸念された。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
PJ3:流域生態系における環境影響評価手法の開発
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 34 34 32 29    
受託費 21 1 11 14    
科学研究費 19 0 4 4    
寄付金 0 0 0 17    
助成金 0 0 0 0    
総額 74 35 47 64    

今後の研究展望

中核プロジェクト間の連携、関連プロジェクトとの連携を進め、更に他プロジェクト等との連携を図る。タイを流れる3本のメコン河支流において2カ月毎に魚類・水質モニタリングを行う。ウボンラチャタニ大学の博士課程の学生を受け入れ、耳石分析の研究指導を行う。また2009年度から3年間、三井物産環境基金の助成を受け、タイ・ウボンラチャタニ大学に加え、WorldFish Center、カンボジア水産局の研究機関 (Inland Fisheries Research and Development Institute)がNIESと共同でメコン流域のダム開発の淡水魚類資源への影響およびリスク評価に取り組む。@当該流域の環境問題に取り組む国内外の研究機関,行政機関あるいは市民団体にとっても有用であると考え,最終年度においてMGDBを広く公開する。A生物の好適生息地評価や河口域生態系への影響評価を行うため、タイ東北部及びメコンデルタにおいて景観生態学的評価技術を開発する。Bメコンデルタの広範囲に生育しているマングローブ主要樹種の生理機能が底質中の物質代謝機構へ及ぼす影響などの生態系への影響を明らかにする。更に、流域開発に伴う堆積物の量・質の変化がこの生態系機能へ及ぼす影響について検討する。メコン河委員会、環境NGO、各大学研究者、森林管理局等の間で情報共有ネットワークをつくり、タイでワークショップを開催する。