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3. 環境リスク研究プログラム
(4) 生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発

外部研究評価委員会事前配付資料

平成21年度の研究成果目標

全体:

① 生物多様性と生態系機能の視点に基づいた生態影響評価手法の開発、個別の事例で生態影響評価の完成度を高める。

課題1-1):東京湾における底棲魚介類の個体群動態の解明と生態影響評価

① シャコやマコガレイの初期生活史に着目し,その減耗要因の影響評価を実施する。

② 底質の汚染状況を解明し,その潜在影響を調べる実験系を確立する。

課題1-2):淡水生態系における環境リスク要因と生態系影響評価

① 豊かな里地・里山、多数のため池を有する兵庫県南西部をモデル流域として、ため池の生物多様性を減少させている要因を特定し、広域で適用可能な生物多様性評価手法を開発する。

課題2:侵入種生態リスク評価手法の開発に関する研究

① 侵略的外来生物の侵入ルートおよび分布拡大プロセスの解明と分布拡大予測、非意図的外来生物のおける随伴移送ルートの解析と侵入生物持ち込みリスクの評価手法を検討、及びカエルツボカビなど侵略的野生生物感染症と宿主生物の共種分化解析とリスク評価方法の検討。

課題3:数理的手法を用いた生態リスク評価手法の開発

① 形質ベースの生態系機能解析を長期モニタリングデータに適用し、生態系機能に基づく生態リスク評価が具体的な生態系で可能かどうかを調べる。理論的枠組みへのフィードバックをおこなう。

平成21年度の研究成果

全体

アウトプット

① ア 東京湾と兵庫県南西部のため池地域について、おのおの有用底棲魚介類個体群の再生産の阻害と生物多様性の減少をエンドポイントとして生態影響評価を実施した。マコガレイでは水温や貧酸素が主たるリスク因子と推定された。ため池の生物多様性の低下の主因は富栄養化、護岸率およびブルーギルの侵入であることが明らかにされた。

① イ 新興感染症のカエルツボカビについては分子系統遺伝学的手法によりアジア起源説を提示した。非意図的随伴種(アルゼンチンアリ,カワヒバリガイ)の防除手法のリスク評価を進めた。

① ウ 生態系機能の低下(例えば、物質循環効率など)をエンドポイントとした評価については、数理モデルの枠組みをモデル生態系にて検証し,既存の生物モニタリングデータを用いて評価した。

① エ 生物多様性評価のための統合指標を開発し、生態系機能に基づいた新しい環境影響評価手法の枠組みを提示した。

成果のアウトカムと活用

① ア 東京湾の研究成果は、底層DOの新たな環境基準としての設定において中央環境審議会での審議に活用されることが期待される。

① イ 外国産クワガタの交雑リスク評価をもって、環境省は外国産クワガタムシ逃亡防止のキャンペーンを展開し、一般への普及啓発に貢献した。セイヨウオオマルハナバチと在来種の交雑リスク評価をもって、環境省はセイヨウオオマルハナバチを外来生物法・特定外来生物に指定するとともに、防除事業に乗り出した。

① ウ 爬虫類・両生類・昆虫類など、現行法上、検疫規制のない生物群の輸入による病原体生物侵入のリスクを明らかとし、新しい検疫システムの必要性を提言した。特にカエルツボカビ症の侵入をいち早く検出し、PCR検査体制を構築したことにより、流通段階における感染状況の把握を可能とした。防除ネットワークを通じて、アジア地域初のカエルツボカビ症の侵入を確認し、緊急検査体制を構築した。

① エ ため池で開発した生物多様性統合評価手法は、今後、広域での評価手法の検討を経て、生物多様性条約にある淡水生態系の生物多様性総合評価に貢献できる。

課題1-1)

① 東京湾におけるシャコ個体群の増殖阻害因子の解明

ア 2008年の産卵量、幼生及び稚シャコ密度の時空間分布データを加えて解析した。2005年11月以降の漁業者による自主休漁(親シャコの保護)と2007年の稚シャコ着底量の高水準に伴い、2008年は産卵量が増加し、付随して幼生密度も近年になく高かったが、稚シャコの個体数密度が低かった。稚シャコの着底が貧酸素水塊により制限されるとみられ、特に2008年は11月中旬まで湾北部に貧酸素水塊が観測されていたことから、貧酸素水塊が特に湾北部の稚シャコの着底量の多寡に影響した可能性が示唆された。

イ これまでの調査・解析結果と既往文献情報を用い、貧酸素水塊と幼生及び稚シャコの生残・分布をモデルシミュレーションで解析した。

① 東京湾におけるマコガレイ個体群の増殖阻害因子の解明

ア   産卵量、仔魚及び稚魚密度の時空間分布データ(2006年〜2009年)を解析した結果、2007年及び2009年の仔魚密度の低さはふ化〜浮遊仔魚出現期における底層水温の高さが同時期の生残に影響した可能性が示唆された。また、仔魚密度が高かった2008年は仔魚期から稚魚期に至る過程で2006年よりも生残率が低かったとみられ、餌生物のプランクトン密度が影響した可能性がある。稚魚の分布域は、夏期の貧酸素水塊の出現・拡大により湾南部に制限され、密度の低下もみられた。以上より、冬産卵のマコガレイには、冬期の水温とプランクトン密度、夏期の貧酸素水塊の存在が当歳の加入量に影響する可能性が示唆された。

イ   マコガレイの初期生活史解析のため、@仔魚の日輪査定バリデーションのための飼育実験、A仔魚期の生残と成長を推定する飼育実験、B着底稚魚の自然海域での成長を解析するためのケージ試験(2008年5月,横浜・野島地先)を実施した。@及びAから、仔魚では孵化後平均7日目から一定速度で日周輪が形成されること、またBから、稚魚では一日に一本の日周輪が形成されることが明らかとなった。東京湾調査で得られた仔魚の耳石による日間成長と食性を調べ、生活史初期における生残や成長、分布拡散について解析を進めている。

② 近年の東京湾における底質の汚染状況の解明

ア   北九州市立大学との共同研究として、2007年8月及び2008年8月に東京湾20定点調査で採取された表層底質試料を用いてGC/MSによる942種の化学物質、及びICP-MSによる重金属の分析結果を得た:

イ   東京湾底質では概して工業系化学物質は低濃度、生活由来物質が高濃度であり、工業系化学物質が優占する北九州市・洞海湾の表層底質とは対照的組成であった。一方、東京湾底質から検出された化学物質の総量は、洞海湾の約半分、有明海の表層底質試料の約2倍であった。

ウ  重金属濃度は、NOAA底質ガイドラインと比較して、総じて低水準であったが、水銀、亜鉛及びニッケルではERMを超える値が一部の試料から検出された。

② 貧酸素‐有害物質流水式連続曝露試験装置の開発

ア   貧酸素‐有害物質流水式連続曝露試験装置を改良し、マコガレイ1歳魚の貧酸素耐性(致死レベル)と3歳魚の性成熟に対する低酸素水のパルス曝露の影響を予備的に調べた。

課題1-2)

① ため池の生物多様性評価手法の開発

ア   兵庫県のため池64池で実施していた野外調査データおよび収集した流域GISデータを用い、階層ベイズモデルによる定式化とパラメータ推定を行い、ため池全般に用いることができる生物多様性統合評価の手法を開発した。生物多様性の減少を引き起こす次の3つの異なるタイプの駆動因、1.水質悪化、2.生息地の改変、3侵略的外来種、おのおのについて、複数のパラメータを想定し、どのパラメータが生物多様性の減少をよく説明するかを特定した。その結果、1.は夏季のクロロフィルa量、2.はため池の護岸率、3.はブルーギルの個体数となった。以上3つのパラメータを用いため池の「生物多様性の豊かさ」を示す統合指標を提示した。

イ   次に、広域に点在する数多くのため池の生物多様性評価を実施するために、リモセンなどで測定可能な環境因子から生物多様性を評価することが可能かどうかを検討した。その結果、夏のクロロフィルa量と市街化率を用いるモデルが、夏のクロロフィルa量、護岸率、ブルーギルの量を用いた先のベストモデルの80%を説明することがわかった。そのため、今後は、流域DBで整備している兵庫県南西部の6000のため池で生物多様性評価を行ない、優先的に保全すべきため池とその周辺地域を特定する。

ウ  淡水生態系を対象に生物多様性統合評価指標を開発することで、全国に20万個あるため池を対象とした広域の生物多様性評価を可能にする道筋を明確にできた.

① ため池の生物多様性が生態系機能に与える効果(数理モデル)

ア   ため池を対象とした数理モデル研究により、水生植物群落の多様性がアオコの抑制に効果的であり、淡水生態系の生態系機能を高める役割を担っている可能性を示した。本モデルの検証を兵庫県ため池の野外調査データを用いて行った結果、モデルと観測結果との間に整合性が確認された。

課題2

① ア カエルツボカビ

・  両生類の新興感染症カエルツボカビの起源をDNAマーカーによって追跡調査した。昨年度から引き続き、日本全国および海外(オーストラリア、北米)からカエルツボカビ菌を採集し、DNA変異を調べた。その結果、日本国内からは全部で50のDNAタイプが検出された。

・  カエルツボカビDNA系統樹を構築した結果、日本国内のカエルツボカビの遺伝的多様性は海外産カエルツボカビのそれよりも圧倒的に高く、海外で発見されたカエルツボカビはAタイプと呼ばれるDNAタイプとそれに近縁なタイプしかないこと、系統的には日本のカエルツボカビ集団から海外のカエルツボカビ集団が派生していることが明らかとなった。

・  日本国内のウシガエルの感染率が高いのに比して原産地である米国内での感染率は極めて低いことから、かつて食用として日本に輸入され養殖されたウシガエルが日本に輸出する過程で世界各地にカエルツボカビを広めたとする「カエルツボカビ・アジア起源説」という新説で、国際誌Molecular Ecologyに発表した。感染実験によってシリケンイモリ由来のカエルツボカビが外国産両生類に対して毒性を示すことを明らかにした。

① イ アルゼンチンアリ

・  特定外来生物アルゼンチンアリの分布拡大実態を調べた結果、2008年まで港湾都市部に発生が限られていたが、2009年以降、岐阜県、静岡県、京都府などで内陸へ分布を拡大していることを確認した。

・  岐阜県において防除事業を環境省・自治体と協力して開始し、防除手法の開発の一環として防除薬剤の生態リスク評価を実施した。

・  欧米で確認されているスーパーコロニーの形成メカニズムを解明するために神戸港において側所的に生息する侵入コロニー間の遺伝的関係および個体群動態を調査した結果、繁殖虫の交尾時期に、隣接する異なるコロニー間で交雑が生じて遺伝子流動が起こることが示唆された。

① イ アルゼンチンアリ

・  特定外来生物アルゼンチンアリの分布拡大実態を調べた結果、2008年まで港湾都市部に発生が限られていたが、2009年以降、岐阜県、静岡県、京都府などで内陸へ分布を拡大していることを確認した。

・  岐阜県において防除事業を環境省・自治体と協力して開始し、防除手法の開発の一環として防除薬剤の生態リスク評価を実施した。

・  欧米で確認されているスーパーコロニーの形成メカニズムを解明するために神戸港において側所的に生息する侵入コロニー間の遺伝的関係および個体群動態を調査した結果、繁殖虫の交尾時期に、隣接する異なるコロニー間で交雑が生じて遺伝子流動が起こることが示唆された。

① ウ カワヒバリガイ

・  特定外来生物カワヒバリガイの関東水域における分布拡大プロセスを明らかにした。導水事業等による水路の拡張プロセスと、本種の発見記録、および遺伝子型の比較から、本種は水路が新しくできるとそこを利用して分布を拡大していることが判明した。

・  本種は浮遊期に移動して付着する性質があるから、安定的に個体群が維持されるのは止水域であり、関東地方に分布するカワヒバリガイのソースは霞ヶ浦と断定された。河口近くの全面コンクリート張りの利根川河口堰シンクとして機能してカワヒバリガイの大量付着を招き、取水口を塞ぐ等の被害をもたらしていると考えられた。

・  防除手法として付着個体の除去と防汚剤による再付着の防止が検討され、防汚剤のリスク評価に着手した。

・  動的計画法という数理的手法を用いて、被害のコストと管理のコストの和である全コストを最小化する最適管理努力量を求めた。最適管理努力量のパラメータ依存性を調べる事により、カワヒバリガイの幼生の分散能力が、最適管理を考える上で重要なパラメータである事が示唆された。

課題3

① 室内実験による検証

ア   数理モデルの予測を実験的に検証するために、藻類(クロレラ)−ミジンコ類−メダカから成る3栄養段階のアクアリウム生態系を作成した。ミジンコには、性質の異なる数種を用い、種組成を実験的に操作することで、種の機能形質と生態系の栄養転換効率の関係を解析できるようにした。操作実験の結果、体サイズが大きく遊泳速度が遅いために捕食耐性が低いカブトミジンコは、他の種と比較して、生態系機能を低める結果が得られた。

① 野外データへの適用

ア   霞ヶ浦の動物プランクトン群集の年次変動に対して、形質ベース解析を行い、生態系機能に対する環境要因の大きさを推定した。動物プランクトンの機能形質(7形質)について、種間平均値を夏と冬で集計したうえで時系列解析をおこなった。環境要因として水温と水質を同時に解析した。その結果、生態系機能を左右する動物プランクトン群集の生態効率は、夏に関しては1980年代末に減少してから、回復傾向にあること、冬の生態効率に関しては、過去20年間低下傾向が続いており、これらの変動に寄与する環境要因としては、夏は水温変動が主要であり、冬は水質の変化が水温変動と同等に重要であることなどが明らかになった。

イ   時系列形質変動データから、機能形質に作用した環境要因を推定するために、ウェーブレット回帰分析に形質動態モデルを組み込む解析方法を考案した。

ウ  生態系機能を視点とした評価手法の開発は,これまでほとんど研究されていない困難な分野でありながら、理論の構築と検証,適用まで進めることができた。

外部研究評価委員会による終了時の評価

平均評点    4.8点(五段階評価;5点満点)

外部研究評価委員会の見解

[現状評価]

国環研ならではの研究が展開されている。当初は個人個人が各自の関心のままに研究を行っているような印象があったが、最終的には各研究が生物多様性の保全に向けた明確な成果をまとめられた。また、数理モデルを用いた生態影響評価についても意欲的な取り組みがなされ、第一段階の目標は達成できていると考える。特に、モデルと現場の類似性(モデルの正しさ)の検証やカエルツボカビの研究は世界的にもインパクトが大きく、高く評価できる。

[今後への期待・要望]

生物多様性の統合指標提案は大変意欲的であるが、統合指標の定義をまずは設定する必要がある。また、まだモデルが単純であるので、複雑な環境系にたいする統合評価指標が実際にどのように応用できるのかはあまり具体的ではないので、ケーススタディの研究現場を選定して、社会経済分野の研究者と連携して重点的な研究を更に進められることを期待したい。COP10への活用に向けてさらにがんばって欲しい。

対処方針

生物多様性条約に基づき、わが国の生物多様性の現状評価の手法開発が急がれる。ため池の生態系は、日本独自の稲作の歴史の中で育まれてきたもので、生物多様性損失が最も著しいと認識されている淡水生態系(GBO3、2010.5)の中で、絶滅危惧種の避難場所としての役割をもつ。湖沼や池の生態系が、生態系構成要素の変化に伴い非線形にシフトする挙動を示すことは、21世紀に入り注目されるようになった。今回提案した統合指標は、池の生態系のこのような挙動に着目し、ため池を代表する複数の生きものグループの種多様性が、共通の要因の影響を受け似た変化をすることを想定し統計モデルを定義したものである。全国に20万個あるため池の生物多様性評価や監視を実現するためには、いかなる生物調査であっても、専門性や労力を考えると適切ではない。今回は、まず、簡便さを追究した。これを第一段階のスクリーニングとして、より詳細で正確な評価ができるように研究を進め、実効性についても段階的に検証していきたいと考えている。