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3.環境リスク研究プログラム
(2) 感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

研究の目的

化学物質は、従来の健康影響評価で考えられていたよりも、低い曝露濃度で健康に影響を及ぼす可能性が指摘され、環境保健上の重要な課題となっている。アレルギー反応の惹起がその典型であるが、化学物質を曝露されるすべての人々がアレルギー症状を示すわけではなく、高い感受性をもつ一部の人々が影響を受けやすいと指摘されている。化学物質への感受性を左右する人側の要因としては、遺伝的素因や、感受性の高い発達段階が存在すること、あるいは、人を取り巻く環境要因が症状の発現や悪化に関わると考えられているが、高感受性要因の解明は不十分である。本研究では、動物モデルを用いて遺伝的素因や発達段階などの高感受性を決定する要因を同定・検出する。揮発性化学物質の曝露が神経−免疫軸を中心とした生体恒常性維持機構へ及ぼす影響、発達期における化学物質曝露の影響が免疫系、神経系や内分泌系に与える影響を中心に検討する。さらに、環境からのアレルゲンの曝露など、化学物質に対する感受性を修飾する環境要因を明らかにする。

平成21年度の実施概要

課題1  トルエンの曝露による免疫過敏のメカニズムを解析するために、炎症の発症に関与する種々のサイトカインの発現と分子レベルや細胞レベルの影響を高感受性マウスとそのミュータントである低感受性マウスを比較し、トルエンの曝露による免疫過敏の成立に関与する因子の同定を進めた。

課題2  実験動物を用いて化学物質による脳形成における神経細胞の新生と移動、血管形成障害の発生メカニズムおよび用量反応関係を解析した。また、発達期における中脳黒質ドーパミン合成、及び海馬における学習記憶に関わるグルタミン酸産生など神経伝達物質の情報経路への化学物質曝露による影響の臨界期を行動レベル、遺伝子レベルで明らかにし、さらに、成体動物における曝露の影響と比較して、影響の強弱を検証した。

課題3  感染抵抗性にかかわる自然免疫系が形成される過程の中で、化学物質曝露に対して鋭敏に反応する時期の同定と、感染関連因子と化学物質曝露との複合的影響の解析から感受性要因間の相加・相乗効果を検討した。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
中核PJ名 感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 55 66 60 53   234
受託費 0 0 7 1   8
科学研究費 10 15 15 12   52
寄付金 0 0 0 0   0
助成金 0 0 0 0   0
総額 65 81 82 66   294

今後の研究展望

本研究では、低濃度の化学物質曝露が引き起こす免疫、神経、行動等の生体恒常性の撹乱による健康影響とそのメカニズムを動物実験により明らかにしつつある。さらに、ヒトの遺伝的素因、感受性の高い発達段階、微生物の感染など化学物質に対する感受性を高める要因の解明と健康影響評価手法の開発を進めていく。
具体的には、

① VOC曝露により変動する遺伝子の機能を解析することで、VOCによる免疫過敏性を決定し免疫系と神経系のクロストークへの影響を及ぼす遺伝素因の実体を明らかにする。

② 化学物質による脳の性分化などの脳・神経系の変異に伴う遺伝子発現の変動と、組織病理・行動にみられる影響の因果関係を検討し、臨界期を考慮した影響評価手法の確立を進める。

③ 化学物質曝露が新生仔期、乳児期の自然免疫の成立に及ぼす影響の解明、および、微生物感染などの要因が化学物質の影響を増悪するかを明らかにし、感染と化学物質への感受性との関連性を検討する。

などを直近の課題として研究を推進する必要がある。

さらに、高感受性集団を特定し、化学物質への感受性の程度を定量的に評価する手法を確立するためには、ゲノム科学、システム生物学、行動生物学等を基盤とした確固たる高感受性メカニズムの解明をすすめるとともに、疫学調査の知見を合わせて高感受性を規定する素因を同定することが必要である。