記者発表 2006年6月15日

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南極上空のオゾン層破壊と極成層圏雲(PSC)に関する新たな知見取得に成功
―「みどりII」衛星搭載のオゾン層観測センサILAS-IIによる解析結果―
(環境省記者クラブ・筑波研究学園都市記者クラブ・同時発表)

 
平成18年6月15日(木)
独立行政法人 国立環境研究所
  大気圏環境研究領域
  主席研究員:中島英彰 電話番号 (029-850-2800)

要旨

今般、人工衛星「みどりII」搭載オゾン層観測センサILAS-II(アイラスII)によって得られたデータを解析した結果から、南極上空のオゾン層破壊の様子オゾン破壊に重要な働きをする極成層圏雲(PSC)の様子が捉えられた。

ILAS-IIは、2003年4月からみどりIIが太陽電池パドルの故障で停止する2003年10月末まで約7ヶ月間運用され、史上最大規模に拡大した2003年の南極オゾンホールのほぼ全期間の観測を行うことに成功した。ILAS-IIの観測により、2003年10月初旬までに南極上空高度15〜18 kmのオゾンがほぼすべて破壊されていたことが判った。また、オゾンホールの引き金となるPSCが、2003年南極上空で発生したときのタイプや温度条件等詳細な状況が世界に先駆けて把握された。

上記の成果を含め、ILAS-IIの機器特性やILAS-IIによるオゾン・硝酸等各種微量気体観測データ精度の評価などに関する論文11本が、アメリカ地球物理学連合発行の科学雑誌である「Journal of Geophysical Research」2006年6月16日号に、ILAS-II特集号として掲載された。

なお本研究は、環境省の地球環境研究総合推進費によって実施された。

1.背景

モントリオール議定書に基づきオゾン層破壊物質(特定フロン等)の生産や使用の規制が進められた結果、大気中のフロン濃度は1990年代半ばごろから減少に転じた。しかし、南極オゾンホールの規模は、2000年代に入っても全体として横ばい状態にあり、回復に向かう明らかな兆候は見られていない(図1、図2、図3)。

オゾンホールを引き起こすものとして、極成層圏雲(Polar Stratospheric Clouds:PSC)と呼ばれる雲の存在が知られている。この雲は、冬季極域の成層圏において−80℃以下で発生し、その表面上での化学反応がオゾンホールの引き金となることが判っている。しかし、PSCのタイプや組成、生成メカニズム等には、いまだ不明な点が多く残されている(図4)。今回、人工衛星センサーILAS-IIの観測データから、2003年南極上空におけるオゾン破壊とPSCに関する新たな知見を得ることに成功した。

2. ILAS-IIによる観測の概要

ILAS-II(改良型大気周縁赤外分光計II型)は、成層圏オゾン及びその破壊反応に関連する大気プロセスを観測するため、2002年12月14日、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)の環境観測技術衛星「みどりII(ADEOS-II)」に搭載され、種子島宇宙センターより打ち上げられた。初期動作チェックを行った後、ILAS-IIは2003年4月2日から2003年10月24日までの約7ヶ月間、連続的にデータを取得した。この間、2003年8〜10月には、南極上空において観測史上最大規模となるオゾンホールが出現したが、ILAS-IIはその開始から終結までのほぼ全期間の詳細なデータを取得することに成功した(図5)。人工衛星センサーにより南極オゾンホールの全出現期間にわたりオゾンとトレーサー気体(亜酸化窒素等)の高度分布を連続的に取得したのは、世界で初めてである。

3. ILAS-IIが観測した南極上空でのオゾン破壊

オゾンホールを起こすもととなる、特定フロン起源の活性塩素による化学的オゾン破壊量を正確に見積もるためには、オゾン濃度変化のうち、空気塊の移流による変動分を差し引く必要がある。ILAS-II観測データから、光化学反応によって変化しないトレーサー気体測定データを利用して空気塊の移流によるオゾン濃度変化を取り除き、活性塩素等によるオゾン破壊量を見積もる解析を行った(図6)。活性塩素による化学的オゾン破壊量は、2003年8月中旬から温位400〜550 K(高度16〜22 km)を中心に増加し始め、9月末までには温位450 K(高度18 km)付近で3 ppmv近くに達していることが明らかとなった。また、10月はじめまでに温位370〜450 K(高度15〜18 km)において、ほぼすべてのオゾンが化学的に破壊されていたことが判った。このように、南極オゾンホールの全期間について、人工衛星観測から移流の効果を差し引いて正確な化学的オゾン破壊量を見積もったのは、ILAS-IIによる今回の解析が世界初である。この成果は、ドイツユーリッヒ研究センターと国立環境研究所の共同研究として、「Journal of Geophysical Research」誌2006年6月16日号に掲載された。

4. 南極上空のPSCタイプ及び生成条件の同定

PSCには、NAT(硝酸三水和物)、LTA(三成分系液滴)、氷晶等、性質や組成が異なるいくつかのタイプが存在することが判っている。しかし、その詳細な生成条件や組成は直接観測が困難なこともあって良く判っていない。ILAS-IIは、PSCの各タイプによってそれぞれ特徴的な透過率を示す赤外領域の観測を行った。このILAS-IIによる赤外透過率データから、2003年南極域に出現したPSCの組成を推定した(図7)。その結果、β-NAT(βタイプ硝酸三水和物)、NAW(硝酸水)、ICE(氷晶)、NAD(硝酸二水和物)、LTA(硝酸と硫酸と水との三成分系液滴)、SAW(硫酸液滴)、及びそれらの組み合わせとなるPSCの出現が同定された。さらに、これらPSCのタイプは、6月から8月にかけて気温が低温化していくにつれ、β-NAT主体だったものがLTA、NAW、そしてICEへと移り変わっていく様子が捉えられた。このように、南極上空でのPSCのタイプの移り変わりを捕らえたのは、ILAS-IIによる観測が初めてである。この成果は、ソウル国立大学、キュンプク国立大学、米国国立大気研究センター、及び国立環境研究所の共同研究として、「Journal of Geophysical Research」誌2006年6月16日号に掲載された。

また、ILAS-II観測によるPSC出現量の指標となるエアロゾル消散係数(AEC)や、PSC構成成分の一つである硝酸(HNO3)の観測データから、2003年南極上空におけるPSC発生量やその出現確率が見積もられた(図8、図9)。その結果、PSCの発生は、それ以前に起こった脱窒現象(PSCの重力落下による硝酸量の減少)や、PSC生成の伴う“クレンジング(清浄化)”効果(PSCの重力落下によるエアロゾル量の減少)に大きく依存していることが判明した。この結果は、国立環境研究所と奈良女子大学との共同研究として、日本気象学会の電子ジャーナル「SOLA」に2006年5月31日に掲載された。

5. 今後の展望

今回のILAS-IIデータを用いた解析結果から、2003年の南極オゾンホールに関しては史上最大規模の化学的オゾン破壊が確認された。その原因のひとつとして、2003年南極が例年になく低温で推移したことが挙げられる(図10)。最近では北極上空でも、2000年や2005年など低温だった年には大きなオゾン破壊が観測されており、温室効果ガスの増加に伴う成層圏の寒冷化(※)によって、オゾン破壊が今後どのように推移するのか注意深く見守る必要がある。

また、今回明らかとなった南極上空でのPSCタイプの移り変わりが、不活性塩素の活性化とオゾン破壊にどのように影響しているかを詳細に調べることにより、オゾン将来予測モデルの中でのPSCの取り扱いに有用な情報を提供し、オゾンホール回復の将来予測誤差の低減に貢献することが期待される。


※温室効果ガス濃度の増加により、対流圏では気温が上昇するが、成層圏では逆に低下する。



<問い合わせ先>
独立行政法人国立環境研究所
   大気圏環境研究領域  主席研究員  中島英彰
        (Tel: 029-850-2800、Fax: 029-863-3874)
   企画部広報・国際室  研究企画主幹  広兼克憲
        (Tel: 029-850-2308、Fax: 029-851-2854)

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