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01. 化学物質への感受性の違いを考慮した低用量曝露による健康影響評価

主任研究員 柳澤 利枝


一般的な用量-反応曲線(実線)と用量依存的ではない用量-反応曲線(破線)を示した図
図1:一般的な用量-反応曲線(実線)と用量依存的ではない用量-反応曲線(破線) [クリック拡大]

 化学物質に対する生体反応は、一般的に用量が増えれば増えるほどその作用や有害性が強くなるとされており、現在の毒性学及びリスク評価の基本概念となっています。化学物質の毒性試験では、マウスやラットなどの実験動物を用い、一定期間に一定の範囲内で設定した用量の化学物質を投与し、有害な影響が認められなかった最大の用量を無毒性量(No Observed Adverse Effect Level:NOAEL)としています。前述のように、化学物質に対する生体反応には用量依存性があることが前提となっていますが(図1破線)、中には必ずしもこれに当てはまらない用量-反応関係を示す物質が存在します。例えば、NOAELよりも低い濃度で毒性が高くなったり、あるいは高用量でむしろ反応が低下したりする物質があります(図1破線)。このような場合、高用量で検出された影響から低用量の影響を推定することができなくなり、NOAELよりも低用量での影響も確認しなければ、化学物質の毒性を正確に評価できないということになります。


 一方、生体側を考えた場合、年齢、性別、既往歴、遺伝的背景、衣食住環境、衛生環境等、個人によってその状況は様々です。換言すれば、化学物質に対する反応性もそれぞれ異なることが十分考えられます。特に、胎児、乳幼児、小児、高齢者、有疾患者は、化学物質曝露を含む環境変化の影響をより受けやすいと言われています(感受性が高い)。しかし、従来の一般的な毒性試験ではこうした感受性の違いについては考慮されていないため、有害な影響がないとされたNOAELの値よりも低い用量で影響が出る可能性が否定できません。


 こうした背景から、我々は、化学物質に対する感受性が高い集団を対象とし、環境中で曝露され得るレベルの低用量を含めた化学物質の健康影響評価が重要であると考え研究を行っています。特に、近年急増しているアレルギー疾患への影響について検討を進めています。


 これまでの研究成果の一部をご紹介致します。対象とした化学物質はビスフェノールA(BPA)です。BPAは、ポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂などの原料として使用されています。ポリカーボネート樹脂は、主に電気機器、OA機器、一部の食器・容器等に、エポキシ樹脂は、金属の防蝕塗装や電気・電子部品等に用いられています。これらの製品には、ごく微量ではありますが製造過程で生じる未反応のBPAが含まれています。BPAが生体内に取り込まれる主な経路は、食物等に由来する経口的な摂取です。その理由は、ポリカーボネート製の容器等からの飲食物への移行や、食品や飲料の缶詰からの内容物への移行等があるためです(注1)


  BPAの生体影響としては、性ホルモンであるエストロゲンとの構造の類似性から、同じ受容体に結合することで内分泌かく乱作用を示すことが知られており、その作用は低用量でも検出されるという報告もあります。そこで我々は、実環境レベルのBPA経口曝露がアレルギー性喘息に及ぼす影響について検討することにしました。


「アレルゲン特異的な抗体産生(IgE)の変化を示した棒グラフ」
図2:アレルゲン特異的な抗体産生(IgE)(注3)の変化 [クリック拡大]

 アレルギー性喘息マウスに対し、BPAを混ぜた餌を与え、喘息に関わる指標について調べました。BPAの曝露量は、経口による一日予測最大曝露量0.09μg/kg体重/日相当(摂餌量より換算)を低用量群として、その10倍(中用量群)と100倍(高用量群)の3用量を設定しました。その結果、BPA曝露により、アレルゲン(注2)のみ投与した群と比べて肺での炎症が悪化し、炎症を亢進する作用をもつタンパクの発現やアレルゲンに対して特異的に反応する抗体の産生も増加していました(図2)。さらに、リンパ節細胞の活性化と増殖能の亢進も認められました。この喘息症状の悪化は、特にBPAの中用量群と高用量群でより顕著でしたが、一日予測最大曝露量相当の低用量群でも亢進する傾向を示しました。一方、このようなBPAの影響はアレルゲンがない状態では起こらなかったことから、アレルギー性喘息など疾患を有する場合、すなわち、化学物質の曝露に対して感受性が高いことによりその影響が増幅される可能性があることを示す結果でした。


 化学物質の低用量曝露の重要性は以前から指摘されていますが、十分な検討がなされているとは言い難いのが現状です。今後は、新たな毒性試験法の開発を進めたり、適切なエンドポイントを考慮した有害性評価を行ったりすることで、人々の健康維持や適切な化学物質の安全管理がなされるための有用なリスク評価に繋がる研究が必要であると考えています。


注1  食品用の器具または容器包装については、食品衛生法に基づき必要な規格基準を定められている。BPAに関しては、ポリカーボネート製器具及び容器・包装からのBPAの溶出試験規格を2.5 ppm (2.5μg/mL)以下としている。また、国内で製造される缶詰容器については、BPAの溶出濃度が飲料缶で0.005ppm以下、食品缶で0.01ppm以下となるように、業界としてのガイドラインが制定されている。環境省の報告によれば、BPAのNOAELは0.5 mg/kg体重/日と設定されている。

注2  アレルゲン : アレルギー反応をひき起こす原因物質

注3  IgE : 免疫グロブリンの一種。肥満細胞や好塩基球の表面に発現しており、体内に侵入してきたアレルゲンと結合することにより、活性化された細胞からヒスタミンやロイコトリエンなどの生理活性物質が放出される。


【参考文献等】

厚生労働省HP (https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kigu/topics/080707-1.html)

Kawamura Y, Inoue K, Nakazawa H, Yamada T, Maitani T. (2001) Migration of Bisphenol A from Can Coatings to Drinks. Shokuhin Eiseigaku Zasshi. Feb;42(1):13-7.

小池英子 他. (2018)化学物質が小児・将来世代に与える健康影響の評価とメカニズムの解明.国立環境研究所ニュース 37(6)

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