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アーカイブ集(Meiのひろば:海外報告便)


イタリア国旗イラスト

07. イタリア報告「第13回欧州神経学会議 参加報告」

山元 昭二

 2009年9月12日から15日にかけてイタリア・フィレンツェで開催された第13回欧州神経学会議(EFNS: 13th Congress of the European Federation of Neurological Societies)に参加した。本学会は欧州域内で毎年1回開催される学術集会である。学会は市の中心部に位置する現地名Fortzza da Basso(パッソ要塞)の敷地内にある会議場(写真1)で開催された。


「会議場前」の写真
写真1:会議場前にて

 本学会の大会長はJacques L. De Reuck博士(ベルギーのGhent大学病院・神経学部門・発作ユニットの教授)であり、多発性漿膜炎や大脳静脈洞血栓症、大脳内出血関連の発作等の疾患に関する著名な専門医でもある。本学会のプログラムは教育コース、メイントピック、ショートコミュニケーション、シンポジウム、ワークショップ、スペシャルセッション、ポスターセッション等より構成され、ポスターセッションだけでも計1843演題の発表があった。欧米、東アジア諸国を中心に3000名程度の医師や研究者らが参加した。メイントピックでは、後天性知能障害や臨床神経生理学の発達、中枢神経系における分子および細胞の画像化、運動障害の促進、痴呆と記憶障害、造血幹細胞と神経疾患、頭痛の病態生理学、てんかんの新しい治療方法、神経筋疾患の診断と治療の最新情報に関する新知見等などが主題として取り上げられていたが、全体的な研究発表の多くはアルツハイマー病やパーキンソン病、てんかん等の診断、治療に関する臨床的な発表が主であり、筆者が興味のある環境化学物質による神経毒性や神経免疫毒性の実験的研究に関する発表はやや少ないように思えた。筆者は中枢神経系における分子および細胞の画像化に関する演題を中心に聴いたが、神経薬理学における多元的様式分子画像化(注1)Maggi A.博士、イタリア)やレポーター遺伝子発現の画像化(Jacobs A.博士、ドイツ)、中枢神経系での造血幹細胞の移動や末路とin-vivo画像化(Sykova E.博士、チェコ)、PET/MR併用システムによる脳の多元的様式分子画像化(Heiss W.D.博士、ドイツ)等についての最新の知見が紹介され、脳での分子および細胞の画像化に関する興味深い知見や情報を収集できたことは大いに有意義であった。


 本学会で筆者は、「Analysis of neurotoxic effect of nanoparticle-rich diesel exhaust on a mouse brain(ナノ粒子を多く含んだディーゼル排ガスがマウス脳に及ぼす影響の解析)」という演題(注2)でポスター発表を行い、神経毒性部門で優秀ポスター賞を受賞した。


 自動車排ガスに含まれるナノ粒子で今日問題になっているのはディーゼルエンジン排ガス中のナノ粒子であり、その重量濃度は低いものの排ガス中微小粒子の個数濃度の 90%以上は、5-50 nmのナノサイズの画分であることが知られている。しかしながら、その環境動態や物理化学的性状、体内動態、毒性影響のいずれも未解明の部分が多い。そのため、当研究所では、2005年度よりナノ粒子健康影響実験棟内にディーゼル車排ガス由来ナノ粒子の吸入曝露チャンバーを設置して、ナノ粒子の体内動態や肺での炎症反応、循環機能、脳などに及ぼす影響研究を行っている。


 本研究では、ナノ粒子(粒径50 nm以下)を多く含んだディーゼル排気(NRDE:nanoparticle-rich diesel exhaust)をマウスに曝露し、細菌細胞壁成分リポタイコ酸(LTA:lipoteichoic acid)投与との併用下で海馬(注3)におけるモリス水迷路試験(注4)による空間認識記憶学習に及ぼす影響を調べ、さらに嗅球(注5)での脳マイクロダイアリシス法(注6)と高速液体クロマトグラフィ(HPLC:High performance liquid chromatography)を組み合わせた神経伝達物質レベルの変化および記憶関連遺伝子発現レベルについて検討した。その結果、NRDEとLTAの併用は海馬や嗅球における記憶関連遺伝子の発現もしくは嗅球でのグルタミン酸(注7)レベルを高めることが明らかになった。なお、筆者に対し、LTAの使用理由やNRDEのヒトへの影響の可能性等についての質問がいくつかあり、前者についてはNRDEと感染要因との複合曝露による影響を把握するため、後者についてはLTAとの併用の場合、遺伝子発現レベルでヒトへの影響の可能性があるかもしれないと返答した。


「フィレンツェの風景」の写真
写真2:フィレンツェの風景

 他の研究者によるナノ粒子関連のポスター発表では、金属由来の設計されたナノ粒子の吸入曝露はマウスの脳においてアクアポリン-4(注8)AQP4:up-regulation of aquaporin 4)やヒートショックプロテイン72 kD を発現させ、血液脳関門の崩壊や脳病理学的変化を引き起したこと(Sharma H.S.博士、ルーマニア)や、多発性硬化症患者の血液中単球由来樹状細胞へのToll様受容体アゴニスト(TLR3, 4, 7)の曝露(24時間培養)が樹状細胞機能の変調を起したこと(Sanvito L.博士、イギリス)等が筆者の興味を引いた演題であった。


 ルネッサンス発祥の地であるフィレンツェは今なお、細い石畳の道が縦横に走り、赤い煉瓦屋根の古い街並みと多くの著名な文化遺産が数多く残る町であり(写真2)、その景観の美しさはとても印象的であった。

注1  多元的様式分子画像化: 代表例としては陽電子放射断層撮影(PET:Positron Emission Tomography)装置と磁気共鳴画像装置(MRI:Magnetic Resonance Imaging system)とを組み合わせて、分子の画像化を行ったものがある。

注2  Yamamoto S.1, Tin-Tin-Win-Shwe1, Mitsushima D.2, Fujitani Y.1, Hirano S.1, Fujimaki H.1
(1 Research Center for Environmental Risk, National Institute for Environmental Studies,
2 Department of Physiology, Yokohama City University)

注3  海馬: 大脳辺縁系(脳で情動の表出、意欲、そして記憶や自律神経活動に関与している複数の構造物の総称である)の一部である、海馬体の一部。特徴的な層構造を持ち、脳の記憶や空間学習能力に関わる脳の器官。

注4  モリス水迷路試験: 1981 年にモリス等によって空間認識の記憶学習を測定する方法として、ラットを対象とした技術が考案された。当初は大型の円形プールに透明な水を満たし、 避難場所として水面下に隠れた台を置いたものであった。試行回数を重ねるとラットは避難場所を憶えるという単純な方法論によって、このモリスの水迷路は標準的測定法になっていった。

注5  嗅球: 嗅神経入力を受け、嗅覚情報処理に関わる、脊椎動物の脳の組織。終脳の先端に位置する。

注6  脳マイクロダイアリシス法: 微小透析プローブの半透膜を介して、脳内の神経伝達物質等を連続的に回収する方法で、具体的には半透膜の性質を利用して、細胞間隙に存在する様々な物質を単純拡散により環流液に回収する方法である。

注7  グルタミン酸: 動物の体内では神経伝達物質としても機能しており、グルタミン酸受容体を介して神経伝達が行われる、興奮性の神経伝達物質である。

注8  アクアポリン-4: 細胞膜に存在する細孔(pore)を持ったタンパク質である。MIP(major intrinsic proteins)ファミリーに属する主要膜タンパク質の一種であり、水分子のみを選択的に通過させることができるため、細胞への水の取り込みに関係している。


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