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アーカイブ集(Meiのひろば:海外報告便)


イギリス国旗イラスト

03. イギリス報告「第10回日英共同研究国際ワークショップ参加報告」

鑪迫 典久

日時:平成20年10月5日(日)~平成20年10月7日(火)
場所:Bovey Castle, North Bovey, Dartmoor National Park, Devon


背景

「イギリス地図」

 日英共同研究は、平成11年3月に開催されたG8環境大臣会合の際、当時の真鍋環境庁長官と英国ミーチャー環境大臣との間で、先進的な研究実績を有する日英両国間で内分泌かく乱化学物質について共同研究を実施することが合意されたことを受け、二国間での共同研究としてスタートしました。平成11年度から平成15年度までの5年間の共同研究の後、この総括を踏まえ、両国間での協議の結果、平成16年度より、5年間の延長が決定され、研究方針として次に述べる4つの研究テーマ(コアテーマ1~4)を軸に研究が展開されています。国際ワークショップは、技術的情報の交換、学術的討議の場として、1年に1回、日英間の持ち回りで開催されており、今年度は、英国での開催でした。この会議では、4つの研究テーマはもちろんのこと、先導的な研究に関する招待講演が行われており、今回、筆者がテーマとしている無脊椎動物の生態影響評価に関する研究について、招待講演の要請を受けて参加してきました。


ワークショップ概要

 日本からの参加者は、環境省環境安全課 木村博承課長、同 吉住奈緒子課長補佐、日本側研究統括責任者である自然科学研究機構 井口泰泉教授、各研究テーマ担当者、招待講演者である筆者他を含め、合計16名、英国からの参加者は、英国環境・食糧・農村地域省 マイク・ロバーツ博士、英国側研究統括責任者であるエクセター大学 チャールズ・タイラー教授、各研究テーマ担当者、招待講演者3名を含め、合計25名ほど、総勢40名を超える規模でした。
 最初にチャールズ・タイラー教授、井口泰泉教授より、日英共同研究の背景、これまでの取組みが述べられ、早速、研究テーマごとに、研究成果について発表がなされました。コアテーマ1である「排水由来エストロゲン作用(注1)の削減効果の評価に関する研究」(研究代表者 田中 宏明(京都大学)、鈴木 穣(土木研究所)、アンドリュー・ジョンソン(生態・水文学センター))では、エストロゲン抱合体の改良した測定方法により英国ではエチニルエストラジオール(注2)が下水、処理水また処理水域で検出されたこと、下水処理過程の溶存酸素濃度がエストロゲン除去に重要であり、改良した処理プロセスで除去率が向上したこと、そして、環境の異なる日英両国で流域の環境と下水処理システムの違いを理解することは、エストロゲンによる汚染を管理するために役に立つことが報告されました。コアテーマ2である「イトヨによる内分泌かく乱作用の評価手法の研究」(研究代表者 長江 真樹(長崎大学)、イオアナ・カチアダキ(環境・水産・養殖科学センター))では、アンドロゲン(注3)の作用により営巣するイトヨに着目し、営巣のための接着タンパク質であるスピギン遺伝子(注4)の発現を定量化するための方法論の開発、リファレンス物質による曝露試験の実施結果、またイトヨのアンドロゲンレセプター(注5)を用いたレポータージーンアッセイ(注6)系の構築について報告がありました。日本ではイトヨは試験生物として馴染みが薄いかもしれませんが、英国では、ポピュラーな種であり、冷水域の種であること、またアンドロゲン作用はもちろん、エストロゲン作用に対するデータも揃えば、試験魚としての活用もあり得ると思われました。コアテーマ3である「魚類のエストロゲンに対する種特異性に関する研究」(研究代表者 勝 義直(自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター)、アンケ・ランゲ(エクセター大学))では、ローチに対するエストロゲンの作用がローチの性分化と発生をかく乱すること、また、こうした影響を評価するためのバイオマーカー(注7)の開発について、レポータージーンアッセイ系による物質の評価を交えながら報告がありました。コアテーマ4である「両生類の生態影響評価手法の研究」(研究代表者 高瀬 稔(広島大学)、ダニエル・ピックフォード(ブルネル大学))では、両生類のライフサイクル試験の開発に向けた取り組みとして、ニシツメガエルの正常発生、また変態終了までの期間にエチニルエストラジオールを曝露した際の影響と発生への影響について報告がありました。両生類では、甲状腺ホルモンに対する影響評価のための「変態アッセイ」の開発が終盤を迎えていますが、慢性毒性試験法などの試験方法が十分に確立されていないことから、試験方法を整備していく上でこうした取り組みは重要だと思われます。


「招待講演(筆者)の講演中」の様子の写真
招待講演(3)無脊椎動物による生態影響評価(筆者)

 招待講演は、(1)水環境中のナノ粒子による生態毒性に関する調査研究(ライズ・グッドヘッド(エクセター大学))、(2)湖の生態系に対するエチニルエストラジオールの影響(カレン・キッド(クレッセント大学))、(3)無脊椎動物による生態影響評価(筆者)、(4)政策における科学の役割(マイク・ロバーツ(英国環境・食糧・農村地域省))の4題でした。水環境中のナノ粒子の生態毒性については未知要素が多いので、水環境中で動態、生体内への取り込みについて、まずは検出方法から整備してゆくというものであり、重要な姿勢だと思われました。また、第2の演題は、湖に対し恣意的にエチニルエストラジオールを投入した影響を調査したカナダでの研究です。 調査結果は、当然ながら、ライフサイクルの短い魚種ほど、個体群への影響も見られるとのことでしたが、その影響については、ある程度の範囲内で可塑性があるようでした。マイク・ロバーツ博士からは、行政と科学とが連携する重要性が語られました。さて、筆者は、無脊椎動物に対するテーマとして、霞ヶ浦でのヒメタニシの調査事例とミジンコを用いたOECDの試験法開発の状況について報告しました。英国環境省では海洋環境における内分泌かく乱の作業プログラムを設定しており(注8)、船底塗料の成分であるTBT(トリブチルスズ)の影響と思われる貝類の異常に基づいて、沿岸域の無脊椎動物への影響には留意しているせいなのか、なぜか筆者の講演はチャールズ・タイラー博士ら英国の研究者らにお褒めいただき恐縮しました。招待講演終了後は、コアテーマごとに課題等の整理を行い、今後の展開が必要と思われる課題、取り組みについての説明があった後、木村課長から、来年度以降の日英共同研究への対応方針として、上記4つの研究テーマの成果に立脚しながら、化学物質のスクリーニング体系をシステム化することを念頭におき、本共同研究をさらに推進して、一層の国際的貢献を達成することを目指す旨の発表がありました。


参加を終えて

 筆者が日英共同研究に参加したのは今回が初めてでしたが、英国に行くのも初めての経験でした。会場となったBovey Castleは、ロンドンから電車で2時間、さらにバスで1時間かかる古くて立派なホテルでした。食事も予想していたよりはるかに美味しく、とても快適でした。あいにく会議期間中は小雨が降る肌寒い天候でしたが、会議室での議論からは両国間の相互信頼が厚く、本共同研究が着実に成果を上げていると感じられました。
 これからも化学物質の内分泌かく乱作用、さらには化学物質と生態系との繋がりについて、日英共同研究が一層発展し、国際貢献に資することを期待しています。

注1  エストロゲン作用: 女性ホルモンあるいはその類似物質によって得られる作用。

注2  エチニルエストラジオール: 経口避妊薬等に使われる人工女性ホルモン。

注3  アンドロゲン: 男性ホルモン作用を有するステロイドホルモン。

注4  スピギン遺伝子: 巣を固めるための粘着性のタンパクに係る遺伝子。スピギンの産生は男性ホルモンによって支配されている。

注5  アンドロゲンレセプター: 男性ホルモンの核内受容体。

注6  レポータージーンアッセイ: 核内ホルモンの受容体の特徴であるリガンド依存的な標的遺伝子の転写活性化機構を利用した試験。

注7  バイオマーカー: 生体内の生物学的変化を定量的に把握するための指標(マーカー)となるもの。

注8  http://collections.europarchive.org/tna/20080726154834/http:/www.defra.gov.uk/environment /chemicals/hormone/edmar.htm (<Research Programme on Endocrine Disruption in the Marine Environment(EDMAR)


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