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アーカイブ集(Meiのひろば:トピックス・インタビュー)


02. ナノ粒子の安全性評価

平野 靖史郎

 ナノ粒子健康影響実験棟では、直径が数十ナノメートル程度(ナノメートルとは1mmの百万分の1(<ナノメートルの世界へ!トラベル))のとても小さい粒子状物質の生体影響に関する研究が行われています。 ナノ粒子にはどんなものがあるのでしょうか? また、これまでの粒子状物質の生体影響と根本的に異なるのでしょうか?。


「環境ナノ粒子吸入曝露装置」の写真 「ナノ粒子発生用エンジン」の写真
写真:環境ナノ粒子吸入曝露装置(左)と
ナノ粒子発生用エンジン(右)

 昨今問題となっているナノ粒子は大きく二つに分けられます。 一つは、自動車排ガス由来のナノ粒子で、アイドリング時や減速時の自動車排気に多く含まれる未燃焼軽油や潤滑油が主成分ですが、駐車場や交差点付近ではナノ粒子の濃度が高いこと、ナノ粒子の肺胞領域への沈着率が極めて高いこと、ナノ粒子が肺胞を通過して色んな臓器へ移行する可能性があることから、その健康への影響が心配されています。 このようなことから、国立環境研究所においても、大気環境研究者や自動車工業会からも協力を得て、ディーゼルエンジンから排出されるナノ粒子の動物への吸入曝露実験を進めています(写真)。 もう一方は、ナノ物質やナノ材料とも喚ばれているナノ粒子で、英語ではmanufactured nanoparticles、 または engineered nanoscale materials と言われています。 これらの中には、炭素の新しい同素体(フラーレン、カーボンナノチューブ)、化粧品・建材で用いられている酸化チタン、酸化亜鉛や銀の超微小粒子、量子ドットと呼ばれている超微小金属粒子、ドラッグデリバリーシステム(DDS)(注1)で用いられているナノリポゾームなどがあります。


「カーボンナノチューブの構造」の図
カーボンナノチューブの構造
直径約1nmの円筒状

 これらのナノ粒子は、化学物質としては既存のものですが、粒径や形状が分子レベルに近いくらい小さいことから、生体との反応性が極めて高く組織透過性も高く、これまでの物質とは異なる安全性基準が必要であると国際的にも考えられています。 ナノ生体影響プロジェクトでは、ディーゼル排気中ナノ粒子の他に、カーボンナノチューブの生体影響に関して詳しく研究を行っています。 カーボンナノチューブは、その形状がアスベストと非常によく似ています。 また、化学組成は異なりますが、難分解性(注2)であるところもアスベストと同じです。このようなことから、カーボンナノチューブの毒性に関しても、アスベストと対比させながら進めているところです。


 ナノ粒子やナノ材料は、今後生産量が増加することが予想されることから、その安全性評価に関しては国際的な枠組みの中で進行しています。 ナノ生体影響プロジェクトのメンバーも、ディーゼル排気中ナノ粒子-ナノ材料-アスベストに関連して細胞や実験動物を用いた毒性学的研究を進めるとともに、ナノ安全性評価への行政的な取組みに関しても積極的に対応しているところです。

「排気ガスとコスモス」のイメージ挿絵

注1  ドラッグデリバリーシステム: (Drug Delivery System)、体内の薬物分布を量的・空間的・時間的に制御し、コントロールする薬物伝達システムのこと。薬物輸送(送達)システムとも呼ばれる。

注2  難分解性: 環境中において化学物質が生物的または非生物的に容易に分解されないこと、またはその性質。環境中に放出された難分解性の化学物質は分解されずに環境中に残留し、人の健康や生物に影響を及ぼす場合がある。


インタビュー
「ナノ粒子研究のおもしろい点、難しい点、苦労していることは?」

平野プロジェクトリーダー(掲載当時)に聞く

 今回のインタビューは、引き続き平野プロジェクトリーダー(掲載当時)にお願いしたいと思います。平野さんよろしくお願い致します。


Q1:それでは質問に入ります。ナノ粒子研究をされていますが、ナノ粒子研究のおもしろい点、難しい点、苦労していることなどを教えて下さい。

A1:粒子も極限まで小さくなって分子レベルになると、凝集などが起こりやすくなり取り扱いが難しくなります。 面白いというより、複雑系で相手がよく見えないところが魅力といえば魅力なんでしょうね。


Q2:目では見えない不思議な世界の印象がありますが、それだけにご苦労が多いのですね。それでは、ナノマテリアル(注3)の安全性に関する国際的評価はどのようにして進められていますか。

A2OECD(経済協力開発機構)(注4)ISO(国際標準化機構)(注5)の中で参加加盟国を中心に議論がされています。前者は、環境や健康影響を中心に議論が進められていますが、後者はむしろ安全性評価の基準を作成してナノ材料を製品化しやすいようにすることが目的となっています。


Q3:研究のこれからに期待したいです。ナノ粒子研究の今後についてお聞かせ下さい。

A3:ナノ粒子の生体影響に関しては、お話したようにOECDやISO等で国際的に論議がされていますが、今後4年くらいかけてクライテリアドキュメント(注6)が作成される予定です。それまではいろんな意味でとりあえず忙しいでしょうね。粒子がどのようにして細胞に認識され、また細胞や組織内に取り込まれるかに関しては簡単に解明されることのない深遠なる研究テーマですので、ナノサイズも含めた粒子として包括的に研究が続けられるものと考えられます。


Q4:想像するだけでもとても奥の深い世界が広がってきました。アスベストもナノ粒子ですか?

A4:基本的にはナノ粒子の一種と考えて良いと思います。 アスベストは、繊維径が数十ナノメートルで、肺組織への透過性が高く、胸郭内部を覆っている中皮に到達して悪性中皮腫を起こすことが知られています。25年ほど前に、ハイテク汚染が話題となりましたが、ちょうどその頃、古くなったビルの解体に伴いアスベスト汚染が心配されていました。行政的対応は十分ではありませんでしたが、ハイテクに代わりナノテクが主流となった昨今、あらためてアスベストの健康被害問題となったのは、当時のつけ回しといえるかもしれません。


「分子構造」のイメージ挿絵

Q5:ではここで少し質問を変えます。工学系のご出身で健康影響を研究されていますが、環境研究に関わられたきっかけはありますか?

A5:とりあえずという気持ちで公務員試験を受けたことがきっかけですが、全く偶然ですね。ただし、公害問題には興味がありました。


Q6:そうですか。それでは、子供の頃はどのようなことに興味がありましたか?

A6:あまり昔のことで忘れましたが、遊ぶことしか考えていなかったと思います。理科は一番好きな科目でした。


Q7:なんだか小さい頃のお姿が目に浮かぶようです。やはり小さい頃によく遊ばれて、遊びを通していろいろな興味や好奇心を養われたのでしょうね。それでは研究者を目指されたきっかけはありますか?

A7:理科系出身者の多くの方は、出来れば研究で身を立てたいと思っていると思います。ただ、研究職のポジションは非常に少ないのが実情ですが、国立環境研究所に就職出来たことにより研究で身を立てることができ、ラッキーだったと思います。


Q8:それでは、研究を離れてどのようなことでリラックスされていますか?

A8:たぶん、研究をしていることが一番のリラックスだと思いますし、ほとんどの研究者は同じ意見だと思います。まあ、そう感じない人はすぐに研究をやめた方がいいですね。


Q9:なるほど。段々研究に取り組まれている姿が浮かんできました。最後に、子供達や環境研究をめざす若い人へのメッセージをお願いします。

A9:そうですね、一言でいうなら。簡単な気持ちで研究を目指さない方がよいということです。


「続く並木道」のイメージ挿絵

 それだけ、大きくなっている環境問題が重要であるという事ですね。平野さんの研究に対する熱意がとても伝わってきました。
 最後までお付き合い頂きありがとうございました。 とても濃いお話をお聞きすることができました。
 平野さんどうもありがとうございました!!

注3  ナノマテリアル:ナノ粒子単独あるいはその集合体、さらにはポリマー、セラミックス、金属などとの複合体の総称。ナノ領域の材料。

注4  OECD:Organisation for Economic Co-operation and Development)経済協力開発機構。先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、1)経済成長、2)貿易自由化、3)途上国支援(これを「OECDの三大目的」といいます)に貢献することを目的としています。

注5  ISO:International Organization for Standardization)国際標準化機構。電気分野を除くあらゆる分野において、国際的に通用させる規格や標準類を制定するための国際機関として 1947年に発足。略称が英文名称の頭文字語「IOS」ではなく「ISO」になっているのは、ギリシャ語で「平等」を意味する「isos」という言葉が起源のため。

注6  クライテリアドキュメント:標準・基準となる文書・文献


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