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アーカイブ集(Meiのひろば:リスク評価のひろば)


03. 化学物質のリスク評価とデータサイエンスの新たな展開へ向けて

林 岳彦

変わりゆくリスク評価

「小川」のイメージ風景写真

 現在まで、多数の化学物質についてリスク評価が行われ、その結果に基づき化学物質のリスク管理が行われてきました。その中で、化学物質のリスク評価の在り方も時代につれ変化してきています。それらの変化は主に、社会や行政からのニーズの変化に起因するものと、科学的手法の発展に起因するものがあります。近年の大きな変化としては、リスク評価の対象となる化学物質の範囲が大幅に広がったことが挙げられます。この対象範囲拡大の大きな原動力の一つが、WSSD(持続可能な開発に関する世界サミット、2002年)において「化学物質が、人の健康と環境にもたらす著しい悪影響を最小化する方法で使用、生産されることを2020年までに達成する」目標が示されたことです。具体的には、以前の化学物質審査規制法では「新規の化学物質」のみがリスク評価の対象となっていましたが、2011年からは「既存の化学物質」もリスク評価の対象になりました。このことにより、審査対象となる化学物質の数はおよそ2万物質となり、以前よりも大幅に増加することになりました。このようにリスク評価対象物質が大幅に増えたことにより、リスク評価においても多数の物質を迅速に評価する方法が求められるようになっています。


 一方で、科学的手法の発展もリスク評価の在り方を変化させつつあります。特に近年、分子生物学的手法の発展により、DNA・タンパク質・代謝産物など生体分子のレベルで引き起こされる「化学物質の影響」を網羅的に解析する、「オミクス」と総称される分析アプローチが発展してきています(遺伝子発現を解析対象とするゲノミクス、タンパク質を対象とするプロテオミクス、代謝物を対象とするメタボロミクス等があります)。このようなオミクスに基づく手法は、従来のような生物個体に化学物質を曝露しその反応(生死や発生異常等)を観察する手法よりも安価・迅速に多量の化学物質の影響を見ることが可能であるため、「21世紀の毒性学」として期待されています。ただし、このようなオミクスに基づく手法により観察される「生体分子のレベル」での現象が、生物への「毒性」の指標としてどのような意味を持つのかについては未だ不確実性が大きく、実際のリスク評価へと適用する際の大きな壁になっています。

 

リスク評価のデータサイエンスとしての側面

 上記のように、リスク評価の対象となる物質は大幅に増加し、リスク評価のために使うことができる科学的な情報も多様になってきました。このことは、リスク評価におけるリスクの推定法も変化する必要があることを意味しています。例えば、DNA・転写因子・代謝産物のレベルで化学物質が引き起こす「変化」のデータが得られたとして、それらがそのままリスク評価のための指標として使えるわけではありません。リスク評価のためには、化学物質が引き起こす「変化」のデータに基づき、その「毒性影響」や「リスク」を推定していく必要があります。そして、この『「変化」のデータからの推定』についてはいわゆる「データサイエンス」の手法が有効となる領域になります。そもそも「リスク評価」というものは、「断片的な情報を集約して意思決定のために必要な情報を推定する」というデータサイエンスの側面を色濃く持つものです。そして、近年の「リスク評価対象となる化学物質の増加」や「トキシコゲノミクスの発展」という変化は、リスク評価のデータサイエンス的側面の重要性をさらに増すものと言えます。


「新たなリスク評価」のためのデータサイエンスを

「新芽」のイメージ風景写真

 リスク評価の評価対象や評価に使える情報の種類が変わりゆくにつれて、「リスク評価のためのデータサイエンス」も変化していく必要があります。現在、私はこれからのリスク評価における変化に対応していくためのデータサイエンス的手法として、データ内に存在する未知の規則性を探索するための解析(データマイニング)に用いられている手法のリスク解析への適用を試みています。具体的には、化学物質への短期の曝露により生じる急性影響に関する毒性データから、より長期の曝露による慢性影響を予測するための手法として、アソシエーション分析(注1)を用いた方法の開発を行っています。また、このアプローチを生態学の分野へと適用する試みとして、農薬使用のデータと水田生物種の野外調査データのアソシエーション分析による解析を行い、農薬が水田生物種へ与える影響の評価を行っています。これらの手法の特徴としては、解析を適用する際に前提とする仮定の数が少なくて済むこと、また、様々な分野やケースにおける意思決定に適用することができる汎用性の高さが挙げられます。今後、これらの手法を実際のリスク評価のプロセスに実装することを通して、社会からのニーズをより適切に満たすことのできるリスク評価・管理を実現することを目指しています。

注1 アソシエーション分析: アソシエーション分析とは、データ内に存在するさまざまな規則性(相関関係)について網羅的な探索を行うことにより、予測や介入を行う際に役立てることのできる規則性を発見するための方法である。マーケティング目的のデータマイニングなどにおいて多く使用されている。


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