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アーカイブ集(Meiのひろば:化学のひろば)


03. 環境試料の化学分析と毒性評価

中島 大介


 化学物質による環境汚染を計測する場合、大きく分けて二つのアプローチが考えられます。ひとつは化学分析で、もうひとつはバイオアッセイです。化学分析とは、文字通り測定する環境媒体中に含まれている化学物質の量を測定します。バイオアッセイでは、生物を使ってその毒性を測ります。環境化学において両者は車の両輪であり、相補的な関係にあります。


「河川と工場」イメージ挿絵

 私たちは現在、各地の地方環境研究所等と共同で(注1)、国内100箇所近くの河川水の分析を進めています(この研究については当環境リスク研究センターの中核研究プロジェクト1(第2期中期計画 環境リスク研究プログラム)として調査研究を進行中です)。河川水に含まれる化学物質はその流域の生態系や人間活動を反映していると考えられます。これらの影響や汚染要因を総合的に解析するには、試料に含まれる物質をできるだけ多く測定することが望まれます。本来、化学分析では標準物質との比較によって定性・定量を行なうことが原則ですが、近年では定められた内部標準物質(注2)に対する相対感度係数を用いることで半定量を行なうガスクロマトグラフ-質量分析計(GC/MS)用のデータベースが開発されてきています。このデータベースを利用し、全国の河川水の測定を進めているところです。


 化学分析と並行して、種々のバイオアッセイ(生物を用いた毒性試験)も行なっています。例えば、毒性試験の中には、ある化学物質がエストロジェン(女性ホルモン)受容体と結合する強さを調べる、「エストロジェン受容体(ER)結合活性」があります。動物のERは、本来体内で分泌されるエストロジェンを検知して、適切なホルモンバランスを保つ役割を担う重要なセンサーのような働きを持っています。しかし、近年、本来結合すべき体内で作られるエストロジェンではなく、環境中の化学物質がこの受容体と結合し、体内のホルモンバランスを崩してしまう可能性が指摘されています。


 全国の 100近い河川を調査したところ、このER結合活性が高い河川がいくつか見つかってきました。前述のデータベースを用いたGC/MS分析の結果等と照らし合わせると、それらのほとんどは、下水処理場排水から河川に放流された動物由来のエストロジェン関連物質であったり、工業的に生産された内分泌かく乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)として問題となっているビスフェノールAやノニルフェノール、或いは豆腐の加工工場排水に由来する大豆に含まれる植物エストロジェンなどであることが推察されました。もちろん、この方法で全ての河川での原因物質が簡単に推定できるわけではありません。事実、東北地方のある河川では、ER結合活性の主な要因となる物質が推定できませんでした。


 そこで地元の環境研究所の協力のもと、その河川水を大量に採取して実験室に持ち帰り、原因物質の調査を行いました。まず持ち帰った河川水の中から固相抽出法という手法を用いて、原因と考えられる有機化学物質を濃縮し、いくつかのクロマトグラフィーを繰り返して試料中に含まれている有機化学物質を細かく画分(部分)に分けました。この画分ごとのエストロジェン活性を酵母を用いるバイオアッセイで測定し、活性の認められた画分は更に細かく分画し、またバイオアッセイで調べました。このように分画とバイオアッセイを繰り返し、更に液体クロマトグラフ-二連四重極-飛行時間型質量分析計等を用いてその原因物質の推定を進めています。最終的には、推定構造の物質を有機合成して比較し、同定(注3)する予定です。


「分析化学」イメージ挿絵

 分析化学の目指すものは、「何が」「どこに」「どれだけ」「どのように」、そして「何故」あるのか、を明らかにすることだと言われます。バイオアッセイを用いて、環境中に存在している「ヒトや生態系に対して好ましくない影響を与える化学物質」の毒性の強さを知ることは重要です。しかしそれだけではなく、その化学物質が何であるかを知ることができれば、その物質が「何故」そこにあるのかを推定することができるようになり、またその発生抑制や対策を検討することが可能になります。環境中の化学物質の量を測るだけではなく、その発生要因を探り、削減対策に貢献することも、私たちの役割だと考えています。

注1  共同研究機関 : 北海道環境科学研究センター、岩手県環境保健研究センター、山形県環境科学研究センター、宮城県保健環境センター、群馬県衛生環境研究所、長野県環境保全研究所、静岡県環境衛生科学研究所、名古屋市環境科学研究所、京都府保健環境研究所、兵庫県健康環境科学研究センター、鳥取県衛生環境研究所、北九州市環境科学研究所、鹿児島県環境保健センター、近畿大学農学部。

注2  内部標準物質 : 機器分析において、試料に含まれていない既知濃度の物質を加え、目的物質との応答強度比から定量を行なう際に使用する物質。測定日ごとの装置のゆらぎを補正するためにも用いられる。

注3  同定 : 目的の化学物質が何であるかを明らかにすること。


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