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アーカイブ集(Meiのひろば:健康のひろば)


04. 環境因子と子供の免疫系

山元 昭二


 5 歳以下の子供における疾病の 33% 以上は、化学物質や生物学的因子を含む様々な環境因子への曝露によって引き起こされることが報告されています(*1)。それらの環境因子は空気や水、食物中に含まれ、呼吸や食事、皮膚吸収などによって体内に取り込まれます。アレルギー性の異常(例えばアレルギー性の鼻炎、アトピー性皮膚炎、喘息)、癌(例えば急性の白血病、及び骨髄性白血病)、及び1 型糖尿病のような小児期における疾病の増加は、出産前や生後早期の発育期間中における種々の環境因子への曝露と関連することが示唆されています。免疫反応は、これらの疾患において生体防御という観点から重要な役割を果たしていますので、化学物質を含む種々の環境因子が子供の未成熟な免疫機構に及ぼす影響を考慮することは環境リスク研究上の焦点になっています(*2,3)


「乳幼児を取りまく室内の環境因子(ダニ、カビ、タバコの煙、VOC)」のイメージ図

 ヒトの乳幼児は、一日の多くを室内で過ごすため、VOC(ホルムアルデヒド、トルエン等揮発性有機化合物)やタバコの煙、ダニ、カビなどの環境因子に長時間曝される可能性があります。さらに、子供特有の活動や行動も環境因子を体内に多く摂取する要因になります。例えば、子供の体重当りの水や食物の摂取量は大人に比べて多くなることや、指をくわえる行為などが環境因子を体内に多く取り込む原因の一つにもなります。又、胎盤や母乳経由による取り込みも当然考えられます。胎児期および乳幼児期は免疫系発達、例えば造血開始から免疫適応成熟への決定的な時期に相当するとされていますが、健康な子供の免疫パラメーター(注1)の基礎的なデータは不足しています。そこで、私たちは、幼若マウスをもちいて健康な幼若期の免疫パラメーターを把握し、胎仔期および幼若期における化学物質の曝露が免疫系の発達に及ぼす影響を実験的に見出し、ヒトの免疫系の発達に関するデータ不足を補う研究に取り組んでいます。


 一方、近年の子供のアレルギーの増加は、衛生環境の改善や少子化にともない乳幼児期に感染症に罹りにくくなったことがアレルギー増加の一因ではないかという仮説も提唱されています(*5)。これは、乳幼児期における感染性微生物による刺激が、成長後のアレルギーの発症を抑えるのに重要な役割を果たしているのではないかという考えで、この仮説はTリンパ球(主に感染した細胞を排除する)の亜集団である1型ヘルパーT(Th1)細胞や2型ヘルパーT(Th2)細胞の機能の理解の進展とともに注目されてきました。Th1細胞は細胞性免疫を媒介し、自己免疫疾患や遅延型アレルギーにも関与すると考えられています。対するTh2細胞は液性免疫を媒介し、即時型アレルギーに関与しています。この二つの細胞による免疫応答のバランスすなわちTh1/Th2バランスが崩れるとヒトの健康に悪影響を及ぼします。例えば、Th2優位に傾くと花粉症やアトピー性皮膚炎、気管支喘息などのアレルギー疾患を起こしやすくなります。


「胎児期および新生児期から乳児期、学童期への発達過程におけるTh1/Th2バランスの発達と細菌感染および化学物質との関係を示した図」
図1:Th1/Th2バランスの発達と細菌感染
および化学物質との関係 [クリック拡大]

 通常、胎児期および新生児期の免疫応答はTh2側に偏り、成長にともなってTh1/Th2バランスのとれたものへと移行しますが、この間のTh1型免疫応答の発達には生体を取り巻く多くの微生物からの刺激が重要であることがわかってきました(図1)。又、いくつかの化学物質はTh1/Th2バランスをかく乱する可能性も示唆されています。微生物感染とアレルギーの抑制との関係について、例えばツベルクリン反応とアトピーの間には逆の相関があることや早期のBCGワクチン(ウシ型結核死菌)接種はアトピーを抑えること、また、乳酸菌投与による腸管からの微生物刺激は食物アレルギーモデルの血中IgE(注2)IgG1反応(注3)や全身性アナフィラキシーショック(注4)を抑えることなどが報告されています。又、ペプチドグリカン(PGN:グラム陽性菌細胞壁成分)やlipid A(グラム陰性菌細胞壁成分)などのトール様受容体(TLR2, TLR4)リガンド(注5)はアレルギー性の炎症を減少させることなどもわかってきました。これらの結果は、微生物感染(又は刺激)が免疫応答をTh1型へと誘導し、Th2細胞によるアレルギー誘発を阻害したためと考えられています。一方、乳幼児の冬かぜの原因となるRSウイルス感染などは喘息のプロモーター(促進物)として作用することも知られており、微生物感染(又は刺激)なら何でもアレルギーを抑える方向に作用するとは限りません。現在、細菌細胞壁成分による刺激との併用が免疫系の発達に及ぼす影響(細菌成分刺激による修飾作用の有無)について、幼若マウスを用いて検討しています。

注1  免疫パラメーター : 免疫系は自然免疫系と獲得免疫系の二つに分けられるが、前者では食細胞やナチュラルキラー細胞がその働きの中心となり、後者ではT細胞やB細胞などのリンパ球が中心となる。免疫パラメーターとは、これらの細胞を含む種々の免疫系細胞から放出される生理活性をもつ分子(タンパク質や低分子化合物)の総称であり、それらの血液中濃度は動物の免疫系の活性や発達の状態を知る良い指標となる。

注2  IgE反応: 免疫グロブリンE(IgE)はヒト免疫グロブリンの0.001%以下と極微量である。寄生虫に対する免疫反応に関与していると考えられるが、寄生虫の稀な先進国においては、特に気管支喘息やアレルギーの増悪因子と考えられている。寄生虫感染のない場合にIgE抗体が体内で蓄積され、一定量を超えるとアレルギー症状を引き起こす可能性がある。

注3  IgG1反応 :  IgGはヒト免疫グロブリンの70-75%を占め、血漿中に最も多い抗体である。そして、ウイルス、細菌、真菌など様々な種類の病原体と結合し、補体、オプソニンによる食作用、毒素の中和などによって生体を守っている。IgGサブクラスの一つであるIgG1の反応は、Th2型の免疫応答によって誘導される。

注4  アナフィラキシーショック : I型アレルギー反応の一つ。外来抗原に対する過剰な免疫応答が原因で、好塩基球表面のIgEがアレルゲンと結合して血小板凝固因子が全身に放出され、毛細血管拡張を引き起こす為にショックに陥る。ハチ毒・食物・薬物等が原因となることが多い。

注5  トール様受容体リガンド : トール様受容体(動物の細胞表面にある受容体タンパク質で、種々の病原体を感知して自然免疫を作動させる機能を持つ)によって、認識される細菌表面のリポ多糖(LPS)、リポタンパク質、べん毛のフラジェリン、ウイルスの二本鎖RNA、細菌やウイルスのDNAに含まれる非メチル化CpGなどをいう。


【参考資料】

*1  World Health Organization (WHO), 2006, Almost a quarter of all disease caused by environmental exposure, World Health Organization (WHO) Report, 2006.

*2  Garry, V.F., 2004, Pesticides and children, Toxicol. Appl. Pharmacol., 198:152-163.

*3  Duramad, P., Tager, I.B. and Holland, N.T., 2007, Cytokine and other immunological biomarkers in children’s environmental health studies, Toxicol. Letters, 172:48-59.

*4  Dietert, R.R., Etzel, R.A., Chen, D. et al., 2000, Workshop to identify critical windows of exposure for children’s health: Immune and respiratory systems work group summary, Environ. Health Perspect. Suppl., 108(S3).

*5  Strachan, D.P., 1989, Hay fever, hygiene, and household size, BMJ, 299:1259-1260.


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