• ひろばHOME
  • アーカイブ集(Meiのひろば)
  • ひろば案内

アーカイブ集(Meiのひろば:フロンティア)


06. 川の汚染をバイオアッセイで調査する

白石 不二雄


 近年、日本の河川の水質は、汚染の指標の一つであるBOD(生物化学的酸素要求量)の調査では大きく改善されつつあると言えます。しかしながら、現在も工場や一般生活で使用された多種多様な化学物質は廃水処理施設などで処理された後、あるいは雨水と一緒に河川に流入します。河川に流入した様々な化学物質の中には生理活性を示すものが知られることから、生態系や健康に影響を引き起こす可能性が議論されています。私たちは、当環境リスク研究センターの中核研究プロジェクト1(第2期中期計画 環境リスク研究プログラム 中核研究プロジェクト1)の研究の一環として、全国の河川について河川水に含まれる様々な化学物質の生理活性を「バイオアッセイ」を用いて測定し、有害化学物質の汚染状況を把握する手法の構築をめざしています。「バイオアッセイ」の語源は、バイオ(生物)とアッセイ(検定)を組み合わせたもので、「生物検定」とか「生物試験」という意味で、分析機器による成分濃度の測定と異なり、生物学的な活性を知ることができます。


酵母アッセイを用いる環境ホルモン作用(活性)の測定

 内分泌かく乱化学物質(いわゆる「環境ホルモン」)は、生体内で働くホルモンと同じような作用をする外因性の化学物質を意味します。私たちは、様々なホルモン受容体の遺伝子を組み込んだ酵母を用いて河川水中に含まれる化学物質のホルモン活性を測定する、迅速で鋭敏なバイオアッセイ法の開発を進めています。「生物のメス化」に関係するエストロゲン受容体(ER)結合活性、成長や知能発育に重要な働きをする甲状腺ホルモンの受容体(TR)結合活性、多量に摂取すると奇形の発現が危惧されているレチノイン酸の受容体(RAR)結合活性、薬物や異物の代謝に関係するアリルハイドロカーボン受容体(AhR)と化学物質の結合活性を結合の程度に応じた酵素誘導を指標にして測定できます。


全国河川水の環境ホルモン作用の調査の試み

「全国13都道府県80河川水のエストロゲン活性」のグラフ
図1:酵母アッセイによる全国13都道府県80河川水のエストロゲン活性
(2007年)

 私たちは、複数の酵母アッセイ系を用いて、全国の地方公共団体環境研究機関との共同研究(注1)として調査を行っています。2007年は13都道府県の80検体について調査しました。調査結果の一例として、hER(ヒト・エストロゲン受容体)酵母アッセイとmedER(メダカ・エストロゲン受容体)酵母アッセイの両エストロゲン受容体結合活性について図に示しました(図1)。図の横軸は採取した河川水を北海道から鹿児島県まで順に80検体示しています。縦軸は河川水中のエストロゲン活性を体内のエストロゲンである17β-エストラジオール(E2)に換算{ppt(濃度)(注2)して示しています。hER酵母アッセイは、生体内のエストロゲンであるE2やエストロン(E1)などに鋭敏に応答しますが、medER酵母アッセイは、 hER酵母アッセイと比較して化学物質のビスフェノールAやノニルフェノール、あるいは植物エストロゲンなどに強く応答します。hER酵母アッセイを用いると、80検体中42検体(53%)からエストロゲン活性が検出されました。下水処理場の下流にある隅田川や多摩川など東京都を流れる河川水からは全国平均(0.54ppt)の10倍近い活性が見られました。hER酵母アッセイでエストロゲン活性を示す化学物質は、活性の高い河川の流入水の特徴である、下水処理場排水や生活排水に含まれるヒト由来のE2やE1であることが推測されます。一方、medER酵母アッセイを用いると、80検体中25検体(31%)からエストロゲン活性が検出されました。比較的活性の高い特徴的な河川が北海道の竜神川、宮城県の鉛川、長野県の角川などがあります。竜神川の場合、製紙工場排水に含まれるビスフェノールAが、鉛川の場合、廃プラスチックの燃焼過程で生成する化学物質が、角川の場合、豆腐の加工工場の排水に含まれる植物エストロゲンが活性物質であることが推測されています。このようにヒトとメダカという種の異なるエストロゲン受容体導入酵母アッセイを併用することでエストロゲン作用を示す化学物質や汚染発生源の推測に役立つことが明らかになりつつあります。


 このほか、バクテリアを用いる遺伝毒性の検出系の発光 umu 試験など、迅速で鋭敏な複数の in vitro バイオアッセイ法の利用を検討しています。今後は、機器分析法を併用しながら活性に寄与する化学物質を明らかにすることはもちろん、 in vitro バイオアッセイを河川の汚染発生の抑制や対策につながる監視手法として役立てていくことを考えています。

注1  2008年度地方公共団体環境研究機関との共同研究課題 「In vitro バイオアッセイを用いる河川及び大気の曝露モニタリングに関する基礎的研究」 ・参加機関: 北海道環境科学研究センター、岩手県環境保健研究センター、宮城県保健環境センター、山形県環境科学研究センター、群馬県環境衛生研究所、長野県環境保全研究所、静岡県環境衛生科学研究所、名古屋市環境科学研究所、京都府保健環境研究所、兵庫県立健康環境科学研究センター、鳥取県衛生環境研究所、北九州市環境科学研究所、鹿児島県環境保健センター

注2  ppt(濃度): part per trillionの略。1兆分のいくらかを表す単位で主に濃度を示す(ng/L;ナノグラム/リットル)。


ページ
Top