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アーカイブ集(Meiのひろば:フロンティア)


03. 環境因子に起因する精神・神経疾患

石堂 正美


「ヒトの脳の断面でドーパミン神経系を示した」図
図1:ヒトの脳の断面(ドーパミン神経系)

 近年、環境を経由した化学物質の子供の健康への影響が懸念されています。それは化学物質に対して子供が脆弱であると考えられているからです。たとえば、神経系の発達障害は子供の時期における化学物質の取り込みが一因とする可能性も指摘されるようになってきました。実際、私たちはラットを用いた動物実験において新生仔期における化学物質の取り込みによりヒトの学童期に相当する時期に多動性障害(注1)をもたらすことを報告して来ました(注2)。このげっ歯類のモデル動物では、ドーパミン神経の発達障害が示唆されました。


 中枢のドーパミン神経は、快・不快などの情動、注意、意欲、報償、薬物依存、歩行運動に関わっており、黒質から線条体へ線維を送る黒質・線条体と、腹側被蓋野から側坐核・大脳皮質に線維を送る中脳辺縁系があります(図1)。ラットのドーパミン神経系は、胎生12.5日前後から発生し、生後間もない新生仔期でもシナプスの形成などはまだ未発達の状態にあるとされています。こうした時期に化学物質が脳に取り込まれると、ドーパミン神経の発達障害をもたらし結果的に多動性障害という行動異常をきたすものと考えています(図2)。
 ヒトの多動性障害の原因は不明なところが多くありますが、ドーパミン輸送体に作用する中枢神経刺激剤リタリンが多動性障害児の治療に効果を示す報告や、ドーパミン受容体遺伝子の多型が多動性障害児に見つかったという報告は、ドーパミン神経系異常という点から、私たちのモデル動物との関連性が注目されます。


「ドーパミン合成酵素の免疫組織染色像:Aドーパミン合成酵素が鮮明に検出の様子」の写真 「ドーパミン合成酵素の免疫組織染色像:Bドーパミン神経細胞が脱落の様子」の写真
図2:ドーパミン合成酵素の免疫組織染色像
普通のラット(A)の黒質にはドーパミン合成酵素が 鮮明に検出されますが、新生仔期に化学物質を取り込み 多動性障害になったラット(B)では ドーパミン神経細胞が脱落しています。
(学術雑誌Toxicol Lett(Elsevier社)より(注2))

 老人性神経変性疾患であるパーキンソン病は、安静時に震えたり、筋固縮がみられたり、じっとして動かなくなったりする運動障害を示します。その原因は、黒質・線条体ドーパミン神経細胞の選択的な脱落です。実際に、ドーパミン神経毒やある種の農薬を成熟動物に取り込ませることにより、パーキンソニズムモデル動物を作製することができます。一方で、様々な老人性疾患の原因は子供の時期にあるとする、いわゆるBarker仮説(注3)では、ドーパミン神経の損傷を加速する原因が子供の頃になされ、おおよそ60歳前後で発症すると考えます。化学物質に対して特に影響を受けやすい時期(臨界期(注4))が子供の頃にあると考えられてきているわけですが、Barker仮説を支持するモデル動物の報告はありません。そこで、私たちはPJ2(第2期中期計画 環境リスク研究プログラム 中核研究プロジェクト2)において様々な発達段階にあるラットを用い、ドーパミン神経毒性を有する化学物質を取り込ませることにより現在、この仮説の検証を行なっている段階です。


 多動性障害や非遺伝性のパーキンソン病は、多因子性疾患としてとらえられてきており、環境因子と遺伝素因の複雑な相互作用が原因と考えられています。今日の多動性障害が観察される疾患の一つは自閉症です。この疾患は男子に多いため(男女比は約4~5:1)、一部にはX染色体上の遺伝子の関与が推定されています。実際には、父親とその息子、父親と娘の家系があり遺伝的刷り込みの関与が示唆されています。双生児の研究からも遺伝的素因を示唆する報告もあり、原因遺伝子が推定されています。つい最近では、コピー数多型(注5)が報告され注目を集めています。化学物質に対するドーパミン神経の脆弱性と疾患との関わりが明らかになりつつありますが、精神・神経疾患の発症機構を解明するためには、ゲノムサイエンスの側面からのアプローチも不可欠であり、現在、私たちPJ2において検討しているところです。

 

注1  多動性障害 : 場にふさわしくない多動を示す行動異常。現代では、注意欠陥多動性障害や自閉症の患者に見られる。

注2  ・学術雑誌Toxicol Lett(Elsevier社):Masami Ishido, Junzo Yonemoto and Masatoshi Morita: Mesencephalic neurodegeneration in the orally administered bisphenol A-caused hyperactive rats.Toxicol. Lett(2007)173: 66-72.,・環境リスク研究センターHP「発表論文」:石堂正美、米元純三、森田昌敏:ビスフェノールAの経口投与で多動性障害になったラット中脳の神経変性

注3  Barker仮説:<文献>Clive Osmond and David J.P. Barker:Fetal, Infant, and Childhood Growth Are Predictors of Coronary Heart Disease, Diabetes, and Hypertension in Adult Men and Women.Environ. Health Perspect.(2000)108(suppl3):545-553.

注4  一般的な脳科学における臨界期は、特定の脳機能が一定の時期にのみの入力によって変わるという概念で用いられている場合が多い。

注5  コピー数多型(たけい): 遺伝子のコピー数の多様性。


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