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トピックス・インタビュー


03. “生物多様性の宝庫”としてのため池

高村 典子

「ため池」の写真1

 「なぜ、ため池の生き物なんか、研究しているのですか?」と真っ先に聞かれるかもしれません。ため池は、皆さん良くご存知のように、稲作に必要な灌漑用水を確保するために人が造った小さな水域です。日本では、北九州から瀬戸内地方そして愛知県のベルト地帯に、特に多くのため池があります。実は、このため池は、現在、日本の淡水域の“生物多様性の宝庫”であり、多くの絶滅危惧種が生活をしている水域なのです。


 文明が大河のほとりでおこったように、私たちの経済活動は、いわゆる“氾濫原湿地”にその基盤をおいて開発を進め、大規模な土木工事によって“水”をコントロールして成り立っています。そのようなわけで、生き物の受難は、人間活動の影響を特に大きく受けてきた淡水域で際立ってあらわれています(注1)


 現在、全国に20万個あるとされるため池の多くは、江戸時代以降に造られたものです。ため池の生き物の種類は、氾濫原湿地や水田などとも共通性が高いため、もともと氾濫原湿地でくらしていた生き物が、ため池に移り棲んで、独自の生態系を形成してきたと考えることができます。農業利用による定期的な減水・干出があるため、遷移が進みにくく、小規模で浅いため、池の全面に水草群落が維持され、そこに多様な水生昆虫が生息するなど、その独特な淡水生態系は高い種多様性を誇っています。ため池の生物に、絶滅危惧種の比率が高いのは、数十年前まではどこにでもあった身近な水辺の環境が急速に失われつつあることを意味します。


「ため池」の写真2

 しかし、そのようなため池は、市街地化、農業の衰退、新たな大型ダムの建設などによって不要化し、近年、その数を急激に減らしています(注2)。さらに、コンクリート製貼りブロックなどの近代的な改修により湿地としての機能を失いつつあります。また、外来生物の侵入、水質汚濁、農薬などの化学物質汚染にも晒されています。私たちは、今、日本一ため池の多い兵庫県南西部(注3)をフィールドにして、ため池の生物多様性の低下や湿地としての生態系機能の低下をもたらす要因やそのメカニズムの解明に取り組んでいます。


 地域に限定した話だな、と思われるかもしれませんが、生物多様性の低下は地球規模で大きな問題となっています。現在、地球上で絶滅の恐れのある生物種の割合(注4)は、哺乳類で23%、鳥類12%、爬虫類51%、両棲類31%、魚類40%、維菅束植物70%にも達することが報告されています。地域に特徴的な種の生息場所が失われつつあること、および、人がほかの地域からもちこんだ移入種が蔓延していること、この2つがおもな原因となり、地球上の生物種の分布が均一化していることが指摘されています(注5)


「ため池」の写真3

 この地球規模での生物多様性の減少を食い止めるために、1993年に生物多様性条約が発効されています。現在、アメリカ合衆国を除くほぼ全ての国連加盟国が締結しています。生物多様性条約は、(1)生物多様性の保全、(2)生物多様性の構成要素の持続可能な利用、(3)遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を謳っています。日本では、この条約のもとに、1995年に生物多様性国家戦略、2002年に新・生物多様性国家戦略なる国の基本計画をたて、多様な主体の参加による生物多様性の保全や自然再生を推進しています。第3次生物多様性国家戦略は2007年11月27日に閣議決定されました。保全をより戦略的に実施するためにも、生物多様性を総合評価するための研究が必要になります。

注1  WWF(2003)が、1970年から2000年の間における、森林・海洋・淡水の各生態系に生息する主要動物種の個体数の減少傾向を評価したところ、淡水種では54%と森林種(15%)や海洋種(35%)よりも大きな減少率を示しました。

注2  1952-54年には全国に約30万個あったため池は、1979年には25万個、1989年には21万個と減少速度を速めています。

注3  兵庫県には、南部と淡路島を中心に、現在約4万個、1km2 に平均して7.5個のため池があります。

注4  IUCN 国際自然保護連合(2006)より

注5  国連ミレニアムエコシステムアセスメント(2005)より


インタビュー
「ため池などを対象とした生物多様性の研究のおもしろいところは?」

高村典子プロジェクトリーダー(掲載当時)に聞く

 今回のインタビューは、引き続き高村プロジェクトリーダー(掲載当時)にお願いしたいと思います。高村さんよろしくお願い致します。


Q1:それでは早速質問に入ります。ため池があることで貴重な生物や独特の環境が守られていることがわかりました。昔は当たり前に観察できた動植物が今は希少種になっているとは驚きです!ため池にはどんな動植物がいるのですか?

「調査で見つかった外来魚1」の写真「調査で見つかった外来魚2」の写真
写真:外来魚

A1:ため池の代表的な生物はトンボです。日本列島は古代には秋津洲(あきづしま)とよばれたように、トンボ相が驚くほど豊かです。日本でみられるトンボの種数は、ヨーロッパ全域の160種をはるかにしのぐ約200種にものぼりますが、そのうちの約80種がため池をおもな生息場所にしているといわれています。さらに、水草の種類も大変豊富です。私たちの調査からも、メダカ、カワバタモロコ(以上魚)、コバネアオイトトンボ、ナニワトンボ(以上、トンボ)、ヒメコウホネ、オニバス、ガガブタ、マルバオモダカ、タチモ、ミズニラ(以上、水草)など環境省レッドデータリストに掲載されている絶滅危惧種もみつかっています。しかし、残念なことに、ヌートリア(哺乳類)、ミシシッピーアカミミガメ(爬虫類)、ウシガエル(両生類)、ブルーギル、オオクチバス(以上魚)、アメリカザリガニ(甲殻類)、ホテイアオイ、コカナダモ、オオフサモ(以上水草)などの外来生物のほうに頻繁に出くわすのが現状です。


Q2:本当に沢山の生物が生息しているのですね。高村さんは、長年、霞ヶ浦などの湖沼の生き物の研究に携わってこられました。今回、ため池を研究フィールドにされたのは、なぜですか。

A2:霞ヶ浦でも印旛沼でも、すでに植生群落は大幅に失われており、生物多様性の研究をしようにも研究材料が乏しいというのが現状です。特に水の中で一生をくらす沈水植物の仲間は、富栄養化などの影響を受け、多くの湖沼で絶滅の危機に瀕しています。霞ヶ浦、手賀沼、印旛沼などでは、すでに地域絶滅しています。現在、土壌シードバンクから沈水植物を再生させるための研究にも取り組んでいますが、一旦失われた自然の再生は、本当に容易ではないことを実感しています。その点、ため池は数も多いし、まだ生き物も残っているのではないかと思いました。


「トンボ」イメージ挿絵

Q3:そうですか・・・。身近な湖沼の生き物がそのような絶滅の危機に瀕しているというお話を聞きますと、私達ももっと考えていかなければと思います。それでは、ため池の生物を調査していて、気をつけている点や苦労していることなどを教えてください。

A3:湖沼は公共用水域ですので、調査許可などは公の機関に申し出ればすみます。しかし、ため池は農家の方々が管理されている水域です。そのため、調査については兵庫県農林水産部農林水産局農村環境課と土地改良事務所の全面的な協力をいただいて実施しています。ため池の管理方法や水の経路の違いが生物の分布に影響するため、調査対象とさせていただいている個別の管理農家の方々には、聞き取り調査にもご協力をいただいています。私は、生物相手の調査には慣れていますが、なにしろ人間相手ははじめての経験でして(笑)。昔のため池での遊びの様子や里山の利用についてのお話を伺うときは、とても、和んだ雰囲気になります。調査の内容や結果などについても、できるだけ、お伝えしていきたいと考えています。


Q4:一つ一つ丁寧に集められたデータは貴重な情報なのですね。少し質問を変えて、研究者を目指したきっかけはありましたか?また、研究をされていてやりがいを感じる瞬間はどんな時ですか?

A4:そうですね。国立公害研究所(国立環境研究所の前身)はあこがれの研究所でした。最初は自信がなくて、できるところまでやればいいと思ってきました。自分では特に意識していないのですが、努力家で、我慢強いし、やりだすと止まらない性分が、いつのまにか研究者としての道を続けさせてきたようです。ちょっと、貧乏性なところもあります。ただし、実験と調査の段取りのよさは、誰にも負けないかもしれません。今の若い女性研究者たちのほうが、何倍も優秀だと思います。個々の論文を仕上げるのも好きですが、十和田湖で透明度の低下の原因がワカサギの導入だったことを明らかにしたときなどは、とてもやりがいを感じました。


Q5:フィールドワークでは体力も必要かと思います。元気と若さを保つ秘訣はありますか?そのために工夫されていることは?

A5:それは、企業?秘密です(笑)。


「ため池」イメージ挿絵

Q6:それでは最後に、大切な水辺との付き合い方に関して皆さんへメッセージをお願い致します。

A6:水辺に関心をよせることが、一番、大切だと思います。


 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 私たちと水辺環境のより良い付き合い方を考えさせられる面白いお話を伺うことができました。
 高村さんどうもありがとうございました!