8.環境計測研究分野
研究の概要
1.第3期の研究活動の背景としての第2期の研究内容と成果
環境計測研究センターは、第二期中期計画における化学環境研究領域に環境研究基盤技術ラボラトリー、大気圏環境研究領域ならびに地球環境研究センターに所属していた研究者が加わって、文字通り「環境の計測」に主眼を置いた研究を進める研究組織として発足した。
環境計測研究センターにおいて最も多くの人的資源が振り分けられた化学計測に関する分野では、第2期においては「環境Chemometricsの高度化」の旗印のもとに、環境のシステムとしての理解を深めるための分析手法の高度化、体系化を、競争的資金を導入しつつ推進した。有機分析においては多次元分離分析手法を活用した新たな分析法の開を進めるとともに、大気微粒子計測、POPs測定、生体試料プロファイリング等、様々な応用のための基礎研究を推進した。この内、特に多次元分離分析手法開発は、今期において、先導研究プログラム(先導PG)を構成する研究プロジェクトの一つとして、「環境及び生体中有機化学物質の網羅分析」を目指す取り組みとして継承される。また、無機・同位体分析では、鉛などの同位体比精密測定法の開発、放射性炭素(14C)測定技術の高度化等を行った。同時に、環境試料の分析で得られる同位体情報を活用して、小児の血中鉛の起源推定やアルデヒド類の汚染源の探索に関する研究展開も図った。計測された化学物質情報の環境動態解明への活用として、森林や極域生態系、日本海や北極海などの海洋生態系の変化や炭素循環に関する研究など、室内汚染から地球規模環境問題まで幅広い研究への応用展開の推進も図った。化学物質(同位体を含む)の時空間分布やその複合的活用による、環境動態解明や起源推定などへの応用研究は、今期の先導PGで「環境トレーサーの開発と活用」を目指した研究プロジェクトとして更なる展開を図る。一方、化学物質の健康影響については、核磁気共鳴イメージング(MRI)あるいは動物行動試験などの非侵襲的な手法開発並びにマイクロダイアリシス−ナノLCMSや一斉プロファイリング分析等の化学分析手法の高度化研究を推進し、脳内鉄分布の解明やジフェニルアルシン酸の脳神経系への影響に関する研究 などを推進した。
環境問題の様々な側面で先端的な分析技術開発を推進する一方で、環境モニタリングデータの蓄積を図った。とりわけ全国沿岸の汚染を反映する二枚貝試料等の収集と保存(環境試料の長期保存−スペシメンバンキング−事業)、摩周湖をフィールドとした長期環境モニタリングや関連湖沼調査研究、離島におけるハロカーボンや非メタン炭化水素、POPs等の高頻度連続モニタリングなどによって膨大なデータや試料の蓄積がなされた。これらは、気候変動やPOPsに関する条約関連の基礎情報として、さらには環境行政推進のための科学的基礎として活用されている。今期においても、関連する他の研究センターと連携して、環境行政推進 のための科学的基礎データの提供に取り組む。
第3期では環境計測研究センターにおいて取り組みを続ける「環境標準物質の作製と頒布」に関わる研究は、第2期では、環境研究基盤技術ラボラトリーで行われてきた。そこでは、貝類中の有機スズやアオコ中のミクロシスチン、都市大気粉じんなど環境標準物質の作製や国際標準物質データベースへの登録、更には値づけされた標準物質の頒布、認証値の決定のための分析手法の開発などに取り組んできた。
環境計測研究センターでは、化学計測以外にも、物理系の計測手法(リモートセンシング技術)を活用した環境計測にも取り組む。これと関連した第2期での取り組みとして、大気環境研究領域では、レーザーレーダー(ライダー)を用いた大気エアロゾルの時空間分布の計測に取り組んだ。具体的には、2波長偏光ライダーを用いて、黄砂などの土壌粒子と非土壌粒子(硫酸エアロゾルなど)あるいは海塩粒子と硫酸エアロゾルの識別を可能にし、選別された組成ごとの時空間分布の把握を可能にした。また、黄砂モニタリングを目的として、環境省と共同で日中韓モンゴルの4カ国の様々な地点にライダーを設置し、ライダーネットワークを構築 した。更に、大気汚染性のエアロゾルの選別も可能にするために、2 波長偏光ライダーにラマン散乱を利用したラマンライダーを加える試みなどを進め、吸収性エアロゾル(煤など)と非吸収性エアロゾル(硫酸エアロゾル)を識別したエアロゾルの時空間分布計測への展開を図ってきている。これらの取り組みは、今期において、衛星搭載ライダーなどを視野に、高いスペクトル分解能を有するライダーの開発・活用などに継承されていく。一方、分光計測に関わる研究としては、衛星搭載分光センサーによって取得されたスペクトルデータや画像データの処理・解析研究ならびに航空機や地上に設置されたカメラなどからの画像データの解析研究が地球環境研究センターで実施されてきた。これらの研究は、今期における先導PG内で、「次期衛星センサー開発ならびに計測データ解析技術開発」に関する研究プロジェクトとして展開を図る。
2.第3期における研究活動内容と達成目標
(研究プログラム、環境研究の基盤整備を含む)
環境計測研究センターでは、環境分析に係る精度管理手法やデータ質の評価手法の開発、環境試料の保存並びに保存試料の活用のための技術開発、様々な対象(大気、水、土壌、植物、生体試料など)における残留性有機汚染物質(POPs)をはじめとした化学物質の監視のための手法開発、環境の変化やその状態を読み取れる環境トレーサーの開拓を含むモニタリング手法開発、環境ストレスに鋭敏に応答する脳神経系への影響の評価手法の開発、大気エアロゾルや雲などを対象とした環境因子の時空間分布の監視手法開発、大量の多重分光画像データ等の環境データからの環境情報の抽出手法の開発に係る研究を推進する。
これらの取り組みは、資料1 に示すように、4 つに分類できる:1)計測データ質の確保と管理、2)計測手法 の整備と体系化、3)先端的計測手法の開発、4)計測手法の応用。
1) 計測データ質の確保と管理に関わる取り組み
環境研究において、精度・確度が評価された(あるいは検証可能な)客観的なデータに基づいて、環境の状態や状態の変化ならびに環境状態の変化による影響を把握、追跡、評価することが不可欠であることは言うまでもない。そこで計測データ質の確保と管理に関わる取り組みとして、①国際基準に合致した環境標準物 質の作製と提供、②分析手法の標準化やクロスチェック可能な計測方法の開発と評価、③リモートセンシングデータ質の品質管理手法開発、を実施する。
具体的には、①環境研究のための標準物質として、目的成分や元素を原料に添加しないで環境中に存在する原料のみを対象とする。国際基準に合致した標準物質として認証されるために必要な、作製工程における汚染の有無、均質性等のチェック、ならびに標準物質の短期および長期安定性試験を行い、 標準物質としての適性を確認する。②公定分析手法など基準となる分析手法の改良や分析精度管理手法の開発ならびにクロスチェックを可能にする異なる計測方法の開発に取り組む。先導研究プログラムなどで開 発が進められる新たな計測手法の応用も視野に入れる。③連続観測を実施しているNIES型2波長ライダーネットワークのデータの品質管理のため、機器の校正方法、受動型センサーによるデータの活用やラ イダーデータの標準化に関する研究を行う。
計測データ質の確保と管理の取り組みは、センター内の基盤計測機器システム(化学分析の習熟度が高くない研究者に対しても、一定の信頼性を保証した計測データが得られるようなサポートシステム)や環境試料の長期保存事業(スペシメンバンキング)と一体で進めていく予定である(資料2)。
2) 計測手法の整備と体系化に関わる取り組み
環境中には多種多様な化学物質が存在しており、それらの発生起源、環境動態、リスク評価などを適切に行うためには、元素の微量分析法や化合物選択的な分析技術が必要とされている。また環境の状態とその変化を鋭敏かつ的確に検出できるモニタリング手法の開発や改良、更には、モニタリング試料を継続的に保存し、万一の見逃しや新たな問題発生の際に過去にさかのぼった分析を可能とする体制を維持することも必要である。そこで、計測手法の整備と体系化に関わる取り組みとして、①環境試料の保存 と保存試料の活用、②化学計測手法の高度化、簡便化、汎用化、③生体応答計測手法の開発、④多次 元かつ大量な計測データの処理と活用のための手法開発、を進める。
具体的には、①人間活動の影響を受けやすい環境場としての沿岸域を中心として、環境試料(特に二枚貝などの生物試料)を収集、保存するとともに、収集した試料の保存技術の開発、改良を進める。同時に、保存試料からより多くの環境情報を引き出すための環境トレーサー分析技術の体系化を進める。② 環境中の様々な元素の微量分析を行うため、加速器質量分析法(AMS)を含む各種質量分析手法の高度化と試料前処理法も含めた分析技術の整備を図る。また、デーゼル排気粒子(DEP)や大気浮遊粒子の多成分分析法の整備、有機汚染物質の迅速・網羅分析法の対象物質と媒体の拡大など新たな有機分析手法の体系化を進める。③脳神経系への環境ストレス影響評価を目指した生体応答計測手法開発として、行動科学、神経科学、化学分析の手法を用いて、かおり物質や有機ヒ素等の脳神経影響と影響発現機序に関する影響評価法の体系化を進める。またMRIの高度化も進め、ヒト脳3D 形態および脳内鉄3D 分布、高分解代謝物定量化を実現する。④生態系監視分野を想定した、衛星観測や地理情報システムを用いた監視システムに必要なデータ処理、管理、活用手法に関わる技術開発を行う。また、受動型リモートセンシングデータと能動型リモートセンシングデータの併用による大気エアロゾルの時空間分布情報の 抽出手法の開発を進める。
3) 先端的計測手法の開発に関わる取り組み(先導研究プログラム)
先端的な計測手法の開発とその応用は、環境研究の更なる展開や進展に不可欠な取り組みであり、環境計測研究センターではこれを先導研究プログラムと位置付けて、積極的に取り組む。様々な研究テ ーマがあり得る中、第3 期の先導PG としては、第2 期に競争的資金を獲得して推進した様々な環境計測 手法開発研究を、①有機一斉分析法の開発、②環境トレーサー分析手法開発、③遠隔分光計測手法開発、の3プロジェクトに整理・集約して、さらなる発展と実用化を図る(資料3)。①では化学物質適正管理のために増え続ける一方の監視対象物質を一斉、網羅的にかつ迅速、高感度、高精度に分析するため の新たな手法として、GCxGC/MSMS の実用化とPOPs 等の環境省法の代替提案を目指すとともに、 GCxGC/TOF 等と組み合わせた環境中、生体中化学物質の網羅的分析法の確立を目指して研究を推進する。さらに、様々な環境媒体、生体試料中の各種化学物質の分析手法を開発していく。一方、②では同位体(特に放射性炭素と水銀)の精密測定技術開発を進め、気候変動に関わる炭素循環の理解の推進、2013年の国際条約化を念頭においた水銀の発生源や環境動態の理解の推進を図るとともに、自然起源あるいは人為起源のハロカーボン等VOCを対象として、自然生態系の状態とその変化の理解の推進、あるいは海洋循環の精密測定技術開発並びに循環過程の理解の推進を図る。さらに③では、推進が開始あるいは予定されている次期衛星センサー開発のための基礎技術あるいはデータ解析技術のスタートアップを図る。
4) 計測手法の応用に関わる取り組み
環境計測研究センターでは、計測手法の開発に留まらず、計測手法の応用範囲の拡大や複数の計測手法・計測データの併用を含めた新たな応用方法の開発にも取り組む。計測手法の応用としては、①組成分析に基づくPM2.5等の空気浮遊粒子の動態解析、②環境中の有機物質の放射性炭素分析、③エアロゾル気候モデルの検証・同化へのライダーネットワークの応用、④地球環境変化のモニタリング、⑤海 水循環の解明への化学計測手法の応用、⑥定点撮影カメラや無人飛行機搭載カメラによる環境監視、などが挙げられる。センター内の先導研究プログラムでの研究と密接に関わりや他の研究センターとの連 携を図りながら、研究を進める。
具体的には、 ①TDI-GC/MS 等を用いた高感度有機多成分分析法を用いて、微量の浮遊粒子試料の有機組成を測定し、他の元素組成、pMCなどのデータと総合的に解析することで、その由来や環境挙動 を把握する。②環境中にある種々の人為・自然起源化学物質の放射性炭素分析を行い、それらの化石燃料・バイオマス起源の寄与率などから、化学物質の発生源や地球化学的炭素循環の解明を進める。 ③エアロゾル気候モデルの精度向上のため、多波長高スペクトル分解ライダー等の手法の常時観測ネットワークに応用することで、エアロゾル種毎の立体分布に関する情報の質と量を向上させる。④大気微量成分の高時間分解の計測から、地球規模でのトレンド情報のみならず、詳細な発生源解析を可能にする。また、摩周湖の透明度低下の要因を、クロロフィルや濁度などの実地観測と係留観測との組み合わせから調べる。⑤海水中の化学物質計測(放射性炭素やフロン類)から、過去数十年〜百年間の海水循環、物質循環、汚染水の拡散プロセスの解明を試みる(資料4)。⑥定点撮影カメラや無人飛行機による高頻度/高分解能画像のデータ処理手法の開発を進め、特定領域の環境の常時監視や野生動物の生息数/生息範囲調査に応用する。
[外部研究評価委員会事前配付資料 (PDF 1,516KB)]
第3期におけるミッション/研究体制/研究の概要/ 別添資料
委員会からの主要意見
[現状についての評価・質問等]
○ 実施内容、目標・計画はおおむね妥当と考えられる。研究所として、この分野は基本的にもっと重要な分野と位置づけられるよう引き続きアピールしていくべきであろう。
○ 環境研究は、時空間スケール、対象物質・現象が多岐に渡り、実施方法も多面的であるが、どこに重点を置いて行うのか。また他のグループとの連携が見えにくいが、どのような方策を取っているのか。
○ 環境試料の保存、標準物質は大事ではあるが、世界標準となるのか。
[今後への期待など]
○ その時代の必要や要望に応じた計測法や観測計画を実行していく機動性が必要であり、また新たな原理等による計測手法の開発にも期待したい。
○ ニーズベースの部分と、技術的なブレークスルーから逆に研究提案できる場合があり、維持していって欲しい分野である。
○ 行政による環境計測に対する簡便化、低コスト化の開発にも従事して欲しい。
主要意見に対する国環研の考え方
① 本中期計画では、計測データの精度管理、計測・観測手法の開発、これまで開発を進めてきた計測・解析手法の応用を軸に研究を進めたいと考えています。その中の計測手法開発では、先端性からの要望に対して先導プログラム研究(先端的環境計測手法開発)による取り組みを通して応えていきたいと考えています。一方、計測機器・計測手法の簡便化、低コスト化、更には省電力化、小型化、可搬化などへの取り組みは、他の研究グループや研究機関との協力体制も含め、環境計測分野に対しどの様な貢献が可能かを追求していきたいと思います。
② 「環境を計測すること」は環境研究の基本的な研究手段の1つであり、環境計測研究は環境研究の基盤的側面を有しています。それ故、所内外の他の研究グループと連携して研究が進められることは言うまでもありません。例えば、所内の研究連携としては、所内の事業(例:地球環境研究モニタリング、エコチル事業)を通した連携、所内外の競争的研究費を活用した連携ならびに基盤計測機器などによる一次計測データの提供を通した連携を進めています。もちろん計測センター内に閉じることなく、今後とも、所内はもちろん所外の研究機関・グループとの連携を意識していきます。
③ 環境標準物質への取り組みにおいては、国環研は日本のパイオニアとして国際的にも認められてきていると思っています。標準物質の作製(値付けを含む)では、国際標準のガイドライに沿った取り組みを行っており、これまでにも世界の研究機関に提供してきた実績があります。特に環境中の実物質のみを原料とした標準物質に特化することで、国際的にみても特徴のある環境標準物質の提供を続けていく所存です。
