5.生物・生態系環境研究分野
研究の概要
1.第3期の研究活動の背景としての第2期の研究内容と成果
生物・生態系環境研究センターは、生物・生態系分野の研究を対象とする研究組織として、第2期において生物圏環境研究領域(20人)、アジア自然共生研究グループ(4人)、環境研究基盤技術ラボラトリー(3人)、環境リスクセンター(2 人)、地球環境研究センター(1 人)の5ユニットに所属した研究者により構成される。
環境リスクセンターでは、環境リスク中核プログラムPJ4「生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発」にて、ため池の生物多様性損失を引き起こすリスク要因が、富栄養化、コンクリート護岸率、ブルーギルの侵入であることを示し、環境を把握することでため池の生物多様性を評価する新しい指標を開発し提案した。また、侵入種のリスク評価では、意図的導入種であるクワガタとセイヨウオオマルハナバチが交雑を通して在来種に負の影響を与えることや、カエルツボカビ感染症がアジア起源であることなどを示し外来生物法に貢献した。
アジア自然共生研究グループでは、アジア自然共生中核研究プログラムPJ3「流域生態系における環境影響評価手法の開発」にて、国際河川メコン河の水質・淡水魚類相ならびにマングローブ林の広域調査を実施するとともに、メコン河流域の地理空間データベースを構築し、回遊魚の耳石と河川水の微量元素の構成比率の違いから魚類の生息地利用の実態を推定する手法を開発した。タイ、ウボンラチャタニ大学と共催しメコン河流域の環境保全に関するワークショップを開催し、情報の共有と国際ネットワークを強化した。
生物圏環境研究領域では、生物多様性と生態系の保全に関する研究を実施した。主たる成果は、航空機リモートセンシングと地上での調査を連携し、湿地に分布する絶滅危惧植物等の分布を効果的に推定する手法を開発した。小笠原諸島の陸水産固有種の調査では、環境省のレッドリストの改訂と小笠原の自然遺産登録の推薦書作成に貢献した。植物のオゾンストレスを診断する指標と成り得る遺伝子を見出し、野外でのストレス診断における有用性を確認した。イネ品種のオゾン感受性に関する研究のなかで、幼苗の段階で感受性の強弱を簡便に評価する方法を考案し、特許出願を行った。ナタネの主な輸入港周辺の調査により、遺伝子 組換えナタネの生育や在来ナタネとの交雑を確認した。
地球環境研究センターでは、サンゴ礁に関する広域かつ継続的なモニタリングのため現地観測に加えリモートセンシングデータの活用法を検討し、最新のサンゴ分布図を作成し亜熱帯域でのサンゴ被度の減少と温帯域でのサンゴ分布北上を検出した。
環境研究基盤技術ラボラトリーでは、微細藻類等研究材料の収集・保存・提供、それらの情報の整備・発信、絶滅の危機に瀕する野生動物の体細胞・生殖細胞及び遺伝子の凍結保存、並びに保存細胞等の活用手法の開発を行った。微細藻類の収集・保存・提供では、5年間に600株の受入れ、2300株の公開、4300株の提供を行うなど、日本における代表的保存機関として活動した。絶滅危惧藻類の収集・保存では、シャジクモ類28種92系統、淡水産紅藻14種271系統を保存した。シャジクモ類の生育調査結果は環境省レッドリストの改定(2007年版)に貢献した。野生動物については、絶滅危惧種1,337個体(鳥類39種936個体、哺乳類10種70個体、爬虫類1種1個体、魚類23種330個体)から24,579サンプルを採取し凍結保存した。更に、インフルエンザウイルスおよびウエストナイルウイルスの診断キットによる現場検疫を開始し、リアルタイムPCR による検疫システムを導入した。
2.第3期における研究活動内容と達成目標(研究プログラム、環境研究の基盤整備を含む)
生物・生態系環境研究センターでは、生物多様性の評価・予測と保全に関する研究を推進し、生物多様性の観測技術の開発、生物多様性の現状評価と将来予測手法の開発などに基づき、効果的に保全する施策の立案に貢献する。また、地域環境研究センターと連携して、流域圏の生態系機能の解明とその健全性評価に関する研究を行う。更に、国内及びアジアの生物多様性・生態系の保全に関する基盤的な調査・研究並びに 個別の重要課題にも取り組む。
更に、上記の研究と密接に関係した生物多様性・生態系の観測・監視を継続的に推進するとともに、これまでに蓄積された生物資源・遺伝情報等の研究資産の継承・管理・提供を行い、上記の研究推進に活用する。また、生物多様性の社会的な主流化や生態系サービスの持続可能な利用の仕組みの構築に向けた自然科学と人文・社会科学の連携に関する研究シーズを育成する。
以上の調査・研究を、添付資料1のようなフレームワークで相互に連携しながら進める。
(1) 生物多様性研究重点プログラム(資料2)
【研究活動内容】
生物多様性の効果的な保全を進め、生物多様性条約の愛知ターゲットを達成するためには、生物多様性の現状の把握と、保全策の効果を予測・評価する手法の開発が不可欠である。また、生物多様性の直接的な脅威への対策を立案するにはその実態の解明と将来の予測が必要となる。これらの目標にむけた科学的なアプローチは国内外で進められているが、多種多様な生物と生態系の総体である生物多様性の各側面を統合して総合的に評価・予測する手法はいまだ確立していない。本研究プログラムでは、生物多様性の現状を把握するためのデータ取得手法に関する研究、集積されたデータを総合的に解析して評価し、保全に反映させる手法に関する研究、および喫緊の対応が必要とされている外来生物等および気候変動の生物多様性へ の影響評価と対策に関する研究を行う。
本プログラムは、3つのプロジェクトで構成される。プロジェクト1では、広域的な生物多様性の状況を効率的に観測する手法を、特にリモートセンシングによる景観把握および分子遺伝学的アプローチを重点に開発するとともに、観測データの整備に貢献する。プロジェクト2は、日本全国スケールでの土地利用の変化に対する生物多様性の応答を評価・予測するモデルを開発し、生物多様性保全の観点から、効果的な国土利用デザインを評価する枠組みを構築することを目的とする。全国を対象に、10kmグリッド程度の空間単位で、生物の分布、物理環境、人間による土地利用などの空間明示的な分析を実施する。プロジェクト3は、生物多様性の減少を招くとされる生物的要因(侵略的外来生物・遺伝子組換え生物)、および物理的要因(温暖化)の影響の実態を解明し、有効な管理施策を検討する。各要因がもたらす影響を統合的に評価するとともに、外来生物の防除、野生生物感染症の検疫、遺伝子組換え生物の分布拡大阻止、温暖化による植生変化に対する適応策など具体的対策手法を検討する。
【達成目標】
プロジェクト1
- 生物の利用特性に応じた土地利用等の分布図の分類項目を体系化して再整備する
- 現場データを利用した検証により、リモートセンシングによる生物分布図の分類精度を向上させる
- 過去から現在までの土地利用等の分布図を整備し、将来予測の基盤となる検証データを提供する
- 藻類等について遺伝子解析による生物種同定手法を簡易化する
- 遺伝子分析により観測・採集が容易でない生物種を含めた生物多様性評価手法を開発する
- 生物の種・系統による国内地理区分を遺伝子分析で解明する
プロジェクト2
- 植物、鳥類など1000 種以上の生物種の全国スケールでの分布推定と土地利用変化への応答予測を行う
- 生物多様性の状態の評価基準および生物多様性の状態を代表する生物種群(指標種群)を明らかにする
- 社会状況を反映した複数の現実的な土地利用変化シナリオ下での生物多様性の応答を予測する
プロジェクト3
- 特定外来生物の防除成功事例を創出するとともに防除手法の普及を達成する
- 遺伝子組換え生物による外来遺伝子の拡散・遺伝的浸食の実態を明らかにする
- 温暖化と生物多様性変化・種の絶滅に関する実証データを示す
(2)流域圏生態系先導研究プログラムのプロジェクト2 (流域圏生態系研究プログラムはP33も参照)
【研究活動内容】
日本列島とメコン川流域またその周辺地域はいずれもアジアの代表的な生物多様性ホットスポットとして知られる。本研究では、これらの地域の湿地生態系を対象として広域スケールに対応した戦略的環境アセスメント技術を開発し、それらの技術を用いた河川流域の総合的環境管理に資する研究を行う。
まず重要な湿地生態系を対象に、生物多様性・生態系機能に関する既存情報についてデータベース化を行う。そして上流から中流域にかけての湿地生態系を大きく改変しうるダム開発に着目し、ダム貯水池での底泥における栄養塩等の物質循環機能の定量化、有害藻類発生の機構解明とその予測、有用淡水魚類の回遊生態と食物網構造を解明するための技術開発を行う。また下流域から沿岸域にかけての湿地生態系では、新たな自然再生適地を合理的に抽出するための技術を開発する。
これらの技術を駆使して、ダムが及ぼす湿地生態系への潜在的な影響を評価し、その影響緩和を優先的に行う場所の選定や具体的な手法についての提言を行う。同時に、ダム貯水池での淡水魚の養殖事業の効果、また現在行われている沿岸域での自然再生事業の効果を科学的に検証することで、これらの事業の効果の改善、効率化を図る。以上を地域環境研究センターと連携して実施する。
【達成目標】
湿地生態系の健全性を迅速、簡便、そして広域的に評価するための戦略的環境アセスメント技術を開発し 現状を評価する。破壊され荒廃した湿地生態系において、環境影響緩和、自然再生、持続的な環境管理を効 果的・効率的に展開するためのプロトコルを提示する。以上より、日本とメコン地域、さらには東アジアの湿地 生態系における生物多様性と生態系機能のこれ以上の低下に歯止めをかけ、健全な湿地生態系から得られ る生態系サービスを持続的に管理、利用することに対して研究活動を通して貢献する。
(3)センタープロジェクト(資料3)
【研究活動内容】
ポスドクを含む若手研究者を主体とした提案型研究として構成し、広く生物多様性・生態系の保全に貢献する研究を実施する。
【達成目標】
生物多様性・生態系保全分野における若手研究者の研究資質と意欲を向上させ、主として基盤研究を通じて保全に貢献する。。生物多様性の社会的な主流化や生態系サービスの持続的な利用の仕組みの構築に向けた自然科学と人文・社会科学の連携研究を育成する。
(4)環境研究の基盤
○環境微生物及び絶滅危惧藻類の収集・系統保存・提供(資料4)
【研究活動内容】
保存株の凍結保存への移行による効率的維持や、分子系統解析・無菌化等による系統・品質管理を進め、高品質の研究材料の提供を行う。環境研究に資する新たな培養株の収集や外部からの寄託受入れを引き続き行い、保存株の充実を図る。また、これらの株情報をホームページから公開し利用を促進する。絶滅危惧藻類については、可能な範囲で収集に努めるとともに、凍結保存や単藻化を推進することで 安定した長期保存を行い、種の保全および保全研究に貢献する。
【達成目標】
より多様な種の保存、凍結保存による効率的保存のいっそうの進展、HPの充実による培養株使用の利便性向上等、藻類保存の中核的機関として環境研究および基礎研究に貢献する。絶滅危惧藻類については、長期保存法の改善に加えて、分布・形態等の情報をHPから公開し、絶滅危惧藻類の保全に向けて 一般への普及を図る。
○絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存
【研究活動内容】
絶滅の危機に瀕する鳥類等の体細胞、生殖細胞及び遺伝子について、可能な範囲で収集に努めるとともに保存法の改善を図り安定した長期保存を行う。特に種の保存法によって保護増殖事業計画が策定されている鳥類種について優先的に収集する。これらの業務と並行して、生物資源に係わる情報・分 類・保存に関する省際的・国際的協力活動を推進する。
【達成目標】
種の保存法によって保護増殖事業計画が策定されている国内希少種のなかで哺乳類4種と鳥類14種について各種最低5個体について細胞・遺伝子の凍結保存を行う。危険分散のため試料の一部を研究所の外で凍結保存する体制を構築する。アジア諸国の保護区、博物館、動物園等と連携して細胞・遺伝子保存を実施する。特にシマフクロウ、オジロワシ、オオワシ、タンチョウといった国内希少種が分布する極東ロシ ア地域で試料の収集と凍結保存を優先して行う。
○生物多様性・生態系情報の基盤整備(モニタリングとデータベース等の整備)
1.GEMS/Water ナショナルセンター業務と湖沼モニタリング事業
【研究活動内容】
国連の地球環境監視システム陸水監視部(GEMS/Water)本部との連絡調整等を行うナショナルセンター業務として、国内の各観測拠点のデータを収集しGEMStatへ登録する。霞ヶ浦と摩周湖ではモニタリングの手法の改良・標準化・高度化を追求しながらモニタリングを継続し、迅速なデータ提供を進めるともに、湖沼の物理・化学・生物環境の長期変動要因の解明と大陸規模の長距離物質輸送の解析等を行う。以 上を地域環境センターと環境計測センターと連携して推進する。
【達成目標】
モニタリング手法の開発・改良を行い、高精度かつ効率的なモニタリングを可能にする。国内外の生態系観測の組織や機関との連携を強化し、生態系保全を目指した国内外の湖沼の長期モニタリング研究を先導する。データの利活用を促進するため、ユーザー視点にたったデータの整備・精度管理、データベ ースの更新を図る。
2.遺伝子遺伝子組換え生物モニタリング
【研究活動内容】
国道51 号線 (R51)および国道23号線 (R23) 沿いの調査区において、開花期間中にセイヨウアブラナの全個体調査を実施し、セイヨウアブラナの個体数、空間分布、GM出現率の年次変化を明らか にする。
【達成目標】
GM 拡散モデルの構築と分布拡大予測の解析に資するモニタリングデータを取得する。
3. データベース等の整備
【研究活動内容】
生物多様性や生態系の評価・予測・保全・再生に向けた情報基盤整備を推進し、これまで個別問題に対応するために構築されてきたデータベースの拡充を図るとともに、複数のデータベースを横断す るための整備を行う。
【達成目標】
- 侵入種DBでは、情報掲載種数を2,000 種以上まで増やす。GISIN 国際侵入生物ネットワークに対応可能な構造を完成させる。環境省防除事業の対象種に関する防除情報データベースを完成させる。
- 既に報告されている淡水域の生育・生息情報を整備し、データベースとして公表する。
- 環境微生物の形態的特徴やDNAバーコーディング等の情報をもと環境問題を引き起こす種の特定を迅速かつ正確に行えるようにするとともに、モニタリング対象種の選定や分布の把握を迅速に行えるようにする。
(5)震災対応型研究(所内公募型)
「放射性物質汚染と塩害を同時に受けた土壌からの植物による汚染物質吸収に関する予備的研究」
【研究活動内容】
複数の植物を対象に、いくつかの栽培条件下において、植物に取り込まれた放射性物質量と土壌中から除去された放射性物質量を測定し、浄化効率の高い植物を見つける。
【達成目標】
植物による土壌からの放射性セシウム除去技術開発を行う。
[外部研究評価委員会事前配付資料 (PDF 690KB)]
第3期におけるミッション/研究体制/研究の概要/ 別添資料
委員会からの主要意見
[現状についての評価・質問等]
○ 実施内容、目標・計画はおおむね妥当と考えられるが、この分野が「生物・生態系」環境だとすると、他の分野(センター)の生態関連の研究室との関係はどうなるのか。
○ 本研究所で種の保存を行うことを考えているか、またタイムカプセル事業では、保存する生物が絶滅したら、そのフルゲノム解析を行うのか。
○ 生物多様性の評価手法は、国際標準化されているか。
[今後への期待など]
○ 他機関の研究グループからも多くのデータが得られ、それを蓄積することも重要である。その際、多様なデータの標準化が必要ではないか。
○ メタゲノム研究をもっと展開すべきではないか。
○ 研究の範囲として、広域と共に時系列が大事ではないか。
○ 空間統計を導入する際、データ統合・解析システムDIAS(文科省)のようなメタデータベースの利用を考えているか。
主要意見に対する国環研の考え方
① 8センターの研究範囲は相互に排他的なものではなく、重なる部分、密接に関連する部分も多々あります。生態系や生物多様性に関する研究が、「環境リスク研究分野」「地球環境研究分野」「地域環境研究分野」の文脈のもとで、他のセンターで実施される場合もあります。そうした研究にも、生物センターは積極的に連携・協力していきます。
② 生物多様性の評価手法はいまだ標準化されていません。本質的に多面的な生物多様性の状況をどのように評価したらよいのか、国際的にも様々な試みがなされています。生物多様性研究プログラムでは、目的に応じた適切な生物多様性指標について検討を進めます。指標の基礎となる生物現象の観察データはさまざまな手法や精度、解像度のものが混在しており、それは、対象の多様性や観測者側の条件も反映しています。可能な範囲での標準化の努力は必要ですが、一方で、多様なデータの集積から意味のある情報を取り出す技術の開発を進め、これまでに蓄積された、今から取り直しがきかないデータの活用を図ります。なお、DIASを含め、国内外でさまざまな生物多様性関連データベースの構築やそのネットワーク化が進んでおり、当研究所もその中での貢献を目指しています。
③ 時系列に注目することの重要性は指摘されたとおりです。生物現象は、さまざまな時間スケールで変動する要因の複合的な影響を受けます。それを踏まえながら、生物現象の時間的な変化パターンの中から意味のある情報、傾向を抽出することは重要な課題だと考えています。
④ 種の保存に関して、特に微細藻類については生物資源の保存事業を進めており、希少野生生物については、体細胞・生殖細胞の凍結保存を行っています。絶滅の危機にある生物種の細胞を保存することにより、今後は必要に応じてフルゲノム解析を行うなど、絶滅危惧種の進化プロセスの解明などを含め広く学術に貢献する基礎情報が得られると考えています。
⑤ 野外の生物集団から直接回収したDNAサンプルを解析するメタゲノミクスの手法は、微生物が担う生態系機能の解析と評価などの場面で有効であると考え、積極的に研究を進める予定です。また、遺伝子から生物種を判別する手法の開発と、その基礎となる情報蓄積を進める予定です。
