ここからページ本文です

Ⅴ 平成22年度新規特別研究:事前説明
3.生物多様性の保全をめざす広域的土地利用の最適化ツールの開発

研究目的

本研究課題では、日本全国スケールでの土地利用の変化に対する生物多様性の応答を予測するモデルを開発し、与えられた制約条件下で生物多様性保全の観点から効果的な土地利用を探索する最適化ツールを構築することを目的とする。

生物多様性の保全は、人類社会の持続性確保のために解決が必要な国際的課題であり、生物多様性条約の締約国の一つである日本も生物多様性の減少に歯止めをかけるための対策を行う責務を国際社会に対して負っている。人間活動は様々な形で生物多様性に影響をおよぼす。中でも土地利用の改変を通じた生息地の破壊や分断化は、例えば世界の全陸地面積の約3分の1が農業に利用されているなど、そのインパクトと広さからいって最も生物多様性に対する影響の大きい要因の一つである。このため、真に有効な生物多様性保全のための対応策を考える場合には日本全国といった広域における土地利用の変更も視野に入れることが欠かせない。

特に、将来的に人口減少が予測される日本においては、集約的な管理が必要とされる農地や二次林・植林地などの維持が困難になることが予想される。その場合、管理されなくなった場所を比較的管理を必要としない湿地や森林に戻していくのか、あるいは農地・二次林などに依存する生物のために公的にコストをかけて維持するのかといった生物多様性保全上の問題が生じる。このような課題に答えるためは、生物多様性に考慮して広域的な土地利用を評価するための科学的な枠組みが必要である。

研究予算

(単位:千円)
  H22 H23 H24 H25
経済コスト計算 8,500 8,100 7,600 7,600
分布推定モデルと指標 7,500 7,100 4,100 4,100
統合最適化ツール 500 800 1,300 1,300
合計 16,500 16,000 13,000 13,000
総額 58,500 千円

研究内容

全体計画

■研究内容:本課題の対象スケールは日本全国とし、10kmグリッド程度の空間単位(解像度)で空間明示的な分析を実施する(全国で約4500グリッド)。土地利用の変化は、グリッド内の畑地・草地・集約的水田・中山間水田・休耕田・二次林・植林地などの比率の変化として把握する。なお、本課題では、土地利用の変化に対する生物多様性の応答予測に重点を置くが、開発するツールの妥当性評価のために、試行的に行う社会シナリオやコスト計算についても可能な限り現実的な入力値を算出して用いることを目指す。

サブテーマ1では、既存の人口動態予測をもとに対策を行わない場合の土地利用変化を予測する。次に、現在の地価をもとに、改善によって失われる土地利用機能の補てんなどの経済コストを定量化する。また、国全体で必要な農地面積などの社会的な制約条件を定量化する。サブテーマ2では、多数の生物種を対象とし、土地利用から空間単位ごとの存在確率を推定する生物分布推定モデルを構築し、土地利用が変化した場合の存在確率の応答の予測を可能にする。その上で、空間単位ごとに推定された、多数の生物種の存在確率をもとに複数の生物多様性の指標を算出する。サブテーマ3では、サブテーマ1および2の結果を統合し、さまざまな公的な投資総額や社会的制約条件の組み合わせの下で、生物多様性指標値を最大化する土地利用を探索することができる最適化ツールの開発を行う。

本課題では、サブテーマ1および2のための資料・データの収集とサブテーマ3における統合モデル構築を相補的に進める必要がある。特に、生物分布および社会基盤データの収集・整備には多くの時間を要することが予想されるため、4年間の研究計画を申請する。

■期待される成果:各条件下で効果的な広域的土地利用に加えて、投資総額と効果との関係、条件に依存しない頑強で効果的な土地利用戦略の探索およびホットスポット(維持する効果が高い場所)の探索および特定が可能になることが期待される。

サブテーマ1:試行的な土地利用変化シナリオと対応コストの算出

■研究内容:現在の人口データとグリッド内の土地利用比率との関係を分析し、既存の人口動態予測から2050年までの土地利用変化を予測する。また、地価公示価格を元に、地価の面的な推定を行い土地利用タイプの改変元と改変先の組み合わせごとに経済コストを算出する。また、国全体で必要な農地の絶対量や法的な土地利用改変の規制など、広域的な土地利用計画において満たすことが必須な社会的制約条件を定量化する。

■期待される成果:任意の空間単位において、生物多様性保全を目的に土地利用を変えた場合のコストの試行的な算出が可能になる。

サブテーマ2生物分布推定モデルと生物多様性指標の開発

■研究内容:自然環境保全基礎調査(環境省)、レッドリスト編纂(環境省)、田んぼの生き物調査(農水省)、河川水辺の国勢調査(国交省)などを通じて分布情報のデータベース化が進んでいる生物種を中心に、維管束植物(約1500種)、昆虫(約400種)、淡水魚類(約100種)、両生・は虫類(約20種)・鳥類(140種)、ほ乳類(約10種)など多くの分類群を対象として、生物の空間分布推定モデルを構築する。なお、国内各地の自然史博物館や生物研究会等が出版している標本情報など、紙媒体のデータが多く、他の分類群に比してデジタル化が進んでいない昆虫類を中心にデータ整備を行い分析に用いる(10万件程度を想定)。また、生物の分布を規定する現在の環境条件としては、自然環境情報GIS(環境省)をベースにした各グリッド内の土地利用比率に加えて、デジタル標高地図(国交省)やアメダス(気象庁)などのデータをグリッドごとに整理する。生物分布推定モデルは、現状の生物分布に対する各環境条件の効果の大きさを表すパラメータを統計的に推定するものである。このモデル化により、土地利用などの環境条件から各空間単位における対象種の潜在的な存在確率の推定が可能になる。したがって、サブテーマ1で定量化された、2050年時点で@生物多様性保全のための土地利用改善が行われた場合とA対応策をとらずに社会状況の変化に応じた土地利用の変化のみがあった場合で、生物種の存在確率がどのように異なるかを予測することが可能になる。その上で、サブテーマ3での統合的な分析に供するために、空間単位ごとの生物種の存在確率を用いて、全種数、日本固有生物の種数、絶滅危惧種数、機能(生活史や形態など)の多様性といった生物多様性の状態を表す基本的な指標を複数算出する。

■期待される成果:汎用的な生物分布推定モデルの開発。生物多様性評価に適した指標の開発。

サブテーマ3:土地利用最適化ツールの構築

■研究内容:サブテーマ1および2の成果を利用して2050年までに生物多様性保全のための土地利用改善が行われた場合の経済コストおよびその改善に対する生物多様性指標の応答を推定する。次に、どこを保全すれば(たとえばどこの農地や林地の管理を継続すればなど)公的な投資総額の制約の下で、目的とする生物多様性指標が最大になるかという問題を解くための最適化ツールを構築する。その際には、シミュレーティド・アニーリングなどの最適化手法を用いる。その上で、公的な投資総額と達成される生物多様性指標の最大値との関係を把握し、効果が十分に発揮されるための投資総額を検出する。また、土地利用変化に応じて類似した挙動を示す指標のグループを特定することにより、少数で全体の挙動を指標できる生物多様性指標の特定を行う。

■期待される成果:経済コストや社会的制約の下で、土地利用改善を通じた生物多様性保全を効果的に進めるための科学的な評価の枠組みが構築される。