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研究課題名 環境研究基盤技術ラボラトリー(スペシメンバンキング、レファランスラボ、細胞・遺伝子保存)

実施体制

代表者:
環境研究基盤技術ラボラトリー  ラボラトリー長、桑名 貴
(前代表者 環境研究基盤技術ラボラトリー、ラボラトリー長、植弘崇嗣)
分担者:
【環境研究基盤技術ラボラトリー】
環境分析化学研究室 西川雅高(室長)、佐野友春、高木博夫(主任研究員)、森育子(NIESフェロー)
生物資源研究室 桑名貴(室長)、高橋慎司、清水明、戸部和夫、川嶋貴治(主任研究員)、大沼学(研究員)、橋本光一郎、サビツカ エディタ(NIESフェロー)、今里栄男、大塲麻生*)(NIESアシスタントフェロー)
化学環境研究領域 柴田康行(領域長)、武内章記(NIESポスドクフェロー)、吉兼光葉(NIESアシスタントフェロー)
無機環境計測研究室 田中敦(主任研究員)
【環境リスク研究センター】
堀口敏宏(主席研究員)
【生物圏環境研究領域】
微生物生態研究室 笠井文絵(室長)、河地正伸(主任研究員)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

研究の目的

環境標準試料(環境認証標準物質)の作製と分譲

環境試料は化学組成が極めて複雑で、試料の前処理や測定が難しく、単純な標準溶液を用いたのでは正しい分析値を求めることは困難であるため、 分析試料と化学組成がよく似た標準試料を用いることにより、分析値の正確さを向上させることができる。環境認証標準物質はこの他に、(1)新しい分析技術を開発する際に正確さ、精度を評価するため、(2)機器分析の校正用標準試料として、(3)分析現場における精度管理のため、などの目的で使われ、化学分析における基準物質として極めて重要かつ有用なものである。わが国では当研究所の前身である環境庁国立公害研究所が早くから開発を進めてきた。現在は要望の多い試料の再調製も含め、環境分析に必要とされる環境認証標準物質を作製している。

分析の精度管理

環境認証標準物質の経時変化をチェックするためや、環境試料の高感度分析法のために、簡便で高精度な分析法が求められている。また、当研究所の研究レベルを維持・向上させるために、基盤計測機器による所内依頼分析サービスにより、所内の測定データの精度管理を行っている。

環境試料の収集と長期保存

将来に向けた環境の長期的変化を評価するためには、現在の環境に関する情報を後の世代へ残すことが重要である。環境変化の影響について、現時点では問題となっていないが将来問題となった場合、あるいは現在計測不可能でも将来高感度な計測により検証可能となる場合など、実際の環境中に存在する試料を、なるべく変質させないで長期にわたり保存することが不可欠となる。また、環境試料や生物標本などを戦略的、体系的、時系列的に収集・保存し、これらを環境研究に供することは、知的基盤の戦略的・体系的な整備促進の観点から重要性が高まっている。将来における環境問題の顕在化に備え、現在の環境状況を適切に保存し、技術等が進歩した未来における分析評価等を可能にすることが極めて重要であるため、土壌、水、生物、大気等の環境を構成する一般的な要素、すなわち環境試料を変性させないで長期にわたり保存し、将来における遡及的環境評価に役立てる。これら試料は環境汚染とその影響評価の指標としての化学物質等に関して、その保存性の検討と向上を図りながら長期的に保存し、将来における新たな汚染・環境影響評価指標探索のための史料となり、生態系や人間への健康影響評価や汚染の実態把握の研究に役立つなど、知的研究基盤としての試料・情報を提供することとなる。

絶滅危惧生物の細胞・遺伝子を保存

未来における活用等を可能にすべく多様な生物の細胞等遺伝資源の保存を行うことは極めて重要である。特に、環境汚染や環境変化により絶滅の危機に瀕している野生生物種はますます増加している状況から、絶滅のおそれのある野生生物等の保護増殖や生物学的研究の基盤として、絶滅危惧・希少生物の細胞等の遺伝資源の保存を行う必要がある。我が国に特有な絶滅危惧生物の細胞・遺伝子の保存は、多様性を確保した生息域外保全策の一環となるものである。更にこれら試料は、種としての生物学的特徴、近縁種との遺伝的関係等の生物学的研究に資すると共に、絶滅危惧種の生息域外保全の一環として位置づけられる。それら絶滅危惧種の増殖技術の開発研究に活用され、種多様性の維持に貢献する。この様に、絶滅危惧生物種の細胞・遺伝子保存は環境の保全・改善に不可欠な知的研究基盤としての試料・情報を提供することとなる。

環境微生物の収集・保存と分譲

環境省のレッドリスト植物U(維管束植物以外)の最新版では多くの種が追加となり、合計156種の藻類が絶滅危惧種としてリストアップされた。これらの藻類の生息域の劣化は人間活動に起因する環境変化が原因であると考えられるため、幾種かについては国や地方自治体の天然記念物指定を受けて保護されている。更に、幾つかの地域例として復元を目指した活動や研究が重ねられているものの、全ての種が生息域で絶滅を逃れ、十分な個体数を維持できる様になるまでには今後永い時間と対策が必要となる。そのために、次善の策として生息域外系統保存を行い、保存した系統保存株を用いて絶滅原因の究明や保全研究に活用するための研究を行う必要がある。

生物資源情報の整備

独自に実施する生物資源の収集・保存・提供業務と並行して、生物資源に係わる情報・分類・保存に関する省際的・国際的協力活動を展開し、国内外の生物資源ネットワーク体制を構築する。

平成21年度の実施概要

環境標準試料(環境認証標準物質)の作製と分譲

茶葉を対象とする環境認証標準物質の特性値を決定し、分譲を開始した。また、ホテイアオイを対象とする環境認証標準物質の作製を行い、均質性試験および長期保存性試験を行った。

分析の精度管理

有機スズの形態別迅速分析手法の開発を試みるとともに、基盤計測機器による所内依頼分析サービスの質的レベルの維持・向上のために、機器の更新やオペレーターの教育を行った。

環境試料の収集と長期保存

環境試料の長期保存事業として、国内の人口密集地域並びにバックグラウンド地域の大気粉じん、底質及び生物試料を採取し、極低温下で変質を防ぎながら長期保存する。生物試料については、凍結前に解体の上凍結し、以後凍結状態のまま保存施設に搬入し、凍結粉砕・均質化して液体窒素上で気相保存する。これらの環境試料について、採取対象種、採取場所、保存体制、保存手法等の細部に関する検討も併せて行う。さらに、絶滅危惧・希少生物の細胞等遺伝資源の長期凍結保存を実施するとともに、保存資源の将来活用技術等の検討を行う。

なお、環境試料の採取についての各年度計画は以下の通り。

① 大気粉じん試料
大陸からの影響を受ける地域で試料採取し、運搬、保存及び保存性試験などの分析を行う。いずれも、月1回程度採取する。

② 底質
東京湾を精査地域とし、湾全体から20地点程度を選定し、各地点年1回程度の試料を採取分析し、運搬、保存及び保存性試験などの分析を行う。

③ ヒト試料
母乳を中心に年間100試料程度を採取保存する。試料の採取機関との協力体制を整備し、試料の処理、運搬、分析保存及び保存性試験などの分析を行う。

④ 魚貝類試料
人口密集地域とバックグランド地域において、採取するものとする。人口密集地域として精査地域の東京湾の調査を年4回程度実施する。精査地域の他に、人口密集地域、バックグランド地域から毎年各5カ所程度の固定採取地点及び移動採取地点を設定し、なお、10年程度で全国をこまかくカバーすることとする。試料採取、解体、凍結処理、運搬、分析保存処理に関する検討と確立を進め、保存にともなう均質性、保存性試験などの分析を行う。

⑤ その他
希少生物種を含むその他の生物等の環境試料を採取保存する事業実施体制の整備を行う。

絶滅危惧生物の細胞・遺伝子を保存

絶滅危惧・希少生物の細胞等遺伝資源の長期凍結保存を実施するとともに、保存資源の将来活用技術等の検討を行う。なお、これら検討に伴って派生・増殖した細胞に関しては、その活用についても検討・試行する。絶滅のおそれのある哺乳類、鳥類、魚類等を対象に、細胞・遺伝資源等の保存可能な種、採取場所、採取方法等の検討を行い、試料の凍結保存を行い、年間20種、100個体程度を保存する。また、これら生物の生殖細胞及び体細胞等の遺伝資源の将来活用技術等の検討を行う。

① 哺乳類
事故等により死亡した絶滅危惧種の個体等から精子・卵子及び体細胞の採取並びに凍結保存を行うとともに、将来活用技術等の検討を行う。また、生体から健康に影響のない範囲内での細胞の採取技術等を検討する。

② 鳥類
事故等により死亡した絶滅危惧・希少鳥類の個体等から生殖細胞及び体細胞を採取し、凍結保存を行うとともに、将来活用のための技術的検討を行う。また、生体から健康に影響のない範囲内で生体組織、細胞の採取・培養・保存及び余剰な受精卵等の回収を行う。さらに、受精卵からの始原生殖細胞の採取及び保存の技術的検討等を行う。 また、我が国の絶滅危惧鳥類の近縁で極東ロシア等周辺国に棲息する種に関して、その生息状況調査・DNA比較などを行うとともに、現地における細胞の長期保存法に関する連携を検討する。

③ 魚類
種苗センター及び水族館等で、絶滅危惧種より精子の採取及び凍結保存を行うとともに将来活用のための技術的検討等を行う。また、必要に応じてヒレ等から採取した体組織片の凍結保存を行う。

絶滅危惧藻類の保存

絶滅危惧・希少生物の細胞等遺伝資源の長期凍結保存を実施すると共に、保存資源の将来活用技術等の検討を行う。

絶滅のおそれのある藻類の保存を目的として、生息状況を調査し、地域個体群を攪乱させない収集を行い、長期的に安定した保存を行う。また、凍結保存法について検討し、保存可能な種類の拡大を目指すとともに、保存株の将来活用技術等の検討を行う。

① 年間30地点程度の生息状況調査を行い、収集された株の培養株化を行う。
② 現有する淡水産紅藻については、年間20株程度の凍結保存を行う。
③ シャジクモ類については、年間4株程度を目標に単藻化を行う。
④ シャジクモ類が既に絶滅した湖沼の底泥に埋土される卵胞子の採取業務を外注して行う。

環境微生物の収集・保存と分譲

環境保全に有用な環境微生物の探索、収集及び保存、試験用生物等の開発及び飼育・栽培のための基本業務体制の整備、並びに絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存を行う。

① 環境研究およびその他の基礎・応用研究に資するため、環境微生物(微細藻類および関連原生動物を含む)の収集・保存・提供を行う。長期安定保存のため、凍結保存への移行(毎年50株程度)を行う。絶滅の危機にある水生植物(藻類)については、生育地調査およびできる限りの収集を行い、系統保存する。長期保存のため、淡水産紅藻保存株の凍結保存への移行およびシャジクモ類の単藻化を行う。

② 微生物以外の試験用生物(メダカ、ミジンコ、ユスリカ等)については、効率的な飼育体制を整備し、試験機関へ提供する。

生物資源情報の整備

独自に実施する生物資源の収集・保存・提供業務と並行して、生物資源に係わる情報・分類・保存に関する省際的・国際的協力活動を展開し、国内外の生物資源ネットワーク体制を構築する。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 129 252 231 251   863
その他外部資金 434 437 352 287   1,510
総 額 563 689 583 538   2,373

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 環境標準試料(環境認証標準物質)及び分析用標準物質の作製、並びに環境試料の長期保存(スペシメンバンキング):

ア 茶葉中の対象成分含有量の確定、頒布開始

イ 保存標準試料の安定性試験など品質管理

ウ 沿岸域汚染指標であるムラサキイガイ等の長期的・計画的収集と長期保存を継続

エ POPs、PFOS等の化学物質を中心とした試料分析と関連データの収集を継続

オ 長期環境モニタリング事業との連携の一環として、国際会議の場で国際的な研究交流を図る。

② 環境測定等に関する標準機関(レファレンス・ラボラトリー)としての機能の強化:

ア 分析精度管理手法の改善を検討するほか、必要に応じてクロスチェック等の実務的分析比較

イ 基盤計測機器による所内の依頼分析サービスの質的レベルを引き続き確保するほか、新たな分析手法に関して研究所内の意向調査を行い、必要とされる機器の導入について検討

ウ 保存株の分類学的信頼性を高めることを目的として、微細藻類の分類学的再検討を行い、その結果得られたDNA配列データをホームページで公開

③ 環境保全に有用な環境微生物の探索、収集及び保存、試験用生物等の開発及び飼育・栽培のための基本業務体制の整備、並びに絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存:

ア 環境研究およびその他の基礎・応用研究に資するため、環境微生物(微細藻類および関連原生動物を含む)の収集・保存・提供を行う。長期安定保存のため、凍結保存への移行(毎年50株程度)を行う。

イ 絶滅の危機にある水生植物(藻類)については、生育地調査およびできる限りの収集を行い、系統保存する。長期保存のため、淡水産紅藻保存株の凍結保存への移行およびシャジクモ類の単藻化を行う。

ウ 微生物以外の試験用生物(メダカ、ミジンコ、ユスリカ等)については、効率的な飼育体制を整備し、試験機関へ提供

エ 絶滅の危機に瀕する野生生物の体細胞、生殖細胞及び遺伝子の凍結保存と保存細胞等の活用手法の開発

④ 生物資源情報の整備:

ア 独自に実施する生物資源の収集・保存・提供業務と並行して、生物資源に係わる情報・分類・保存に関する省際的・国際的協力活動を展開し、国内外の生物資源ネットワーク体制を構築

⑤ 鳥インフルエンザに関するモニタリング:

ア 生態系に影響する恐れのある鳥インフルエンザの感染状況把握のために、全国の野生鳥類試料の一次検査を遂行

平成21年度の研究成果

① 環境標準試料(環境認証標準物質)及び分析用標準物質の作製、並びに環境試料の長期保存(スペシメンバンキング)

ア 頒布数H21年度:133本(5,722,500円)

ア 茶葉については、対象成分含有率等の認証値を決定しCOMARへの認証を受け、(NIES CRM No. 23)として頒布

イ 魚肉粉末(NIES CRM No. 11)について追跡調査し、変動のないことを確認した。

ウ 環境試料の長期保存に関しては、前年度に引き続き試料の収集、保存事業を展開

a) 二枚貝試料 21年度は約80試料を保存
・ 定点採取地点10地点15ポイント及び移動採取地点14地点19ポイントからイガイ科及びカキ科の二枚貝を採取。34ポイントの内、15ポイントでは現地でむき身を液体窒素凍結し、液体窒素またはドライアイス凍結の状態で持ち帰り、残り19ポイントでは丸ごとドライアイスで凍結し持ち帰り、実験室で凍結粉砕。粉砕試料は平均粒径を計測して粉砕状況を確認後、よく混合してから50ml 容量のガラスビンに小分けして充填。元素分析により均質性を確認後、−150℃前後の液体窒素上気相保存体制に入った。

b) 大気粉じん試料 21年度12枚
・ 波照間観測ステーションにフィルターとポリウレタンフォームを備えたハイボリュームサンプラを設置し、毎月1回、24時間採取し、フリーザーないし冷凍保存室に保管中。

c) 東京湾精密調査(アカエイ並びに底質試料)21年度は50試料保存
・ 東京湾内に設定した20箇所の調査地点で8月に表層底質試料を採取、冷凍庫に保存。また、5,8,12,2月の年4回、同一の20箇所の調査地点において底曳き調査を行いアカエイを採集し、調査船上で選別・氷冷。帰港後、可及的速やかに解剖して肝臓を摘出し、凍結した。アカエイ肝臓は二枚貝と同じ手法で凍結粉砕、均質化を行い、粒径分布を確認した上でよく混ぜ合わせて50ml のガラスビンに小分けし、重金属分析を行って均質性を確認した後、液体窒素上気相保存体制に移行した。

エ d) 母乳 21年度は114試料保存
・ 昨年同様、自衛隊中央病院の協力を得て試料採取し、超低温フリーザーに保管中。汚染状況に関するデータを蓄積する作業を進めている。  
e) 情報収集と整備
・ 化学物質汚染に関連する文献を情報検索をもとに収集し、スキャナーで画像として取り込んでPDFファイルとして整理、保存する作業を今年度も継続している。環境試料タイムカプセル棟の液体窒素上気相保存施設ならびに−60度冷凍保存室での長期保管試料の管理情報をデータベースシステムに蓄積すると共に、データベースの改良やマニュアルの改訂などにも着手した。

オ f) その他
・ 試料の採取から保存に至る一連の過程で、試料に余分な汚染を付け加えることのないよう、さらに監視体制の強化と前処理過程の改善を進めた。昨年度までに分析条件を確立して生物試料の前処理過程における汚染レベルの確認並びに汚染防止対策を進めてきたプラスチック関連化学汚染物質(アルキルフェノール類、ビスフェノールAなど)に加え、条約候補物質であるフッ素系界面活性剤PFOSとその類縁化合物、重金属類について作業中の汚染レベル監視を継続し、新たに見つかったHEPAフィルター由来の問題に対応した。

・ これまでの調査研究状況を11月にアトランタで開催されたSETAC北米大会及び12月に愛媛大学で開催されたInternational Symposium on Environmental Specimen Bank (ESB Symp. 2009)で報告し、環境試料保存プログラムの国際連携強化に関して海外主要施設研究者との議論を行った。

② 環境測定等に関する標準機関(レファレンス・ラボラトリー)としての機能の強化

ア LC-MSを用いた有機スズの高精度な迅速分析手法の開発を試みた。

イ H21年度依頼分析件数:19,645件(9,560,800円)

イ 供給ガスラインの清澄度・安全性の確保などインフラの整備を実施。超伝導核磁気共鳴装置の超伝導マグネット、蛍光X線分光分析装置を更新。

ウ ナショナルバイオリソースプロジェクトとの連携をとりつつ、NIESのホームページ上に保存株のデータを公開。保存株の分類学的信頼性を高めることを目的として、分子データのない保存株に対して18Sリボゾーム遺伝子などによる分子系統解析を行い、分類学的再評価を行っている。緑藻クラミドモナス属を中心に約80株の18Sリボゾーム遺伝子の塩基配列を解析した。

③ 環境保全に有用な環境微生物の探索、収集及び保存、試験用生物等の開発及び飼育・栽培のための基本業務体制の整備、並びに絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存

ア 約180株が新たに加わり、それらの株情報を微生物系統保存施設ホームページのデータベースに追加した。H21年度に約60株の凍結保存を実施し、950株を分譲した。

イ 新たに淡水産紅藻1種2系統、シャジクモ類5種5系統を確立した。安定した長期保存を実施するため、本年度は淡水産紅藻20系統の凍結保存、およびシャジクモ類5系統の単藻化を行った。シャジクモ類の生育地調査は青森県、神奈川県、香川県および沖縄県の湖沼、ため池や水田について行い、シャジクモ藻の生育が確認された地点からはその採集を行った。

イ 微細藻類の提供に関しては、本年の分譲株数は所外250件、697株、所内42件、245株であり、合計292件の942株であった。

ウ 水生実験生物供給業務を行っている水生生物実験棟の耐震工事(6月末に終了)により、一部供給業務が制限されたものの、所外分譲申し込みに対してはほぼ対応。4月〜12月末日までに水生実験生物を所外に有償分譲29件、教育用無償9件、計38件の所外への提供を行った。

エ 平成21年度に凍結保存した絶滅危惧動物試料は、鳥類11種、哺乳類1種、魚類8種、782系統。平成20年度までとあわせて2,818系統の細胞・遺伝子を保存。

エ 環境省生物多様性センターと連携した絶滅危惧種の試料保存については、ヤンバルクイナ32個体、カンムリワシ17個体、クロツラヘラサギ1個体、アカヒゲ1個体を対象に実施。

エ ロシア連邦・ボロンスキー自然保護区スタッフの協力で、極東ロシアに分布する絶滅危惧鳥類より試料(皮膚組織および血液)を採取。平成21年度はコウノトリ20個体およびタンチョウ5個体より試料を採取し国立環境研究所で凍結保存。試料採取を実施した地域はアムルスキー自然保護区、ガヌカンスキー自然保護区、ムラヴィヨフ自然保護区、ヒンガンスキー自然保護区である。

エ ロシア産コウノトリについてミトコンドリアDNAを指標に遺伝的多様性を評価。その結果、かつて日本国内に分布していた同一の系統と近縁の系統が極東地域に現在も分布していることを確認。

エ 絶滅危惧種の細胞バンク国際ネットワーク構築に関連する国際会議を企画し、平成21年11月19日につくば国際会議場で実施。この会議の参加者は海外から12名(マレーシア2名、タイ2名、韓国3名、ロシア2名、フィリピン2名および台湾1名)、国内から34名、合計46名であった。

エ ロシア連邦・ボロンスキー自然保護区への鳥類細胞培養及び凍結保存の技術移転を完了した。タイ王国・カセサート大学からの要請により、鳥類細胞培養と凍結保存技術移転も行うと共に、鳥類生殖幹細胞の操作手法の移転及び共同研究体制の整備が進行中。韓国、台湾、インドネシアとの共同研究も検討中。

エ キジ目の生殖幹細胞を長期大量培養する技術開発に世界に先駆けて成功した。当初は500細胞以上からしか増殖培養できなかったものの、現時点では1個の生殖幹細胞からの増殖培養も可能となった。また、体細胞からiPS細胞(誘導多能性細胞)を作出することにも成功した。

④ 生物資源情報の整備

ア GBIF, Species2000など本活動を中心的に担ってきた研究者が、2010年に日本で開催される生物多様性条約締約国会議に関連して、在モントリオールの条約事務局にH19年度途中で出向したため、ホームページの更新が停止。独自に収集している試料についてのデータベースについては上述のとおり着実に実施。

⑤ 鳥インフルエンザに関するモニタリング

ア 平成16年、19年及び20年に国内で発生した高病原性鳥インフルエンザウイルス(インフルエンザA型ウイルスに分類される)の感染経路について調査を進めたところ、渡り鳥によりウイルス伝播が生じている可能性が高まった。高病原性鳥インフルエンザウイルスは絶滅危惧鳥類の生息状況等へ影響を与える懸念があるため、渡り鳥におけるインフルエンザA型ウイルスの保有状況モニタリングを平成19年度より開始した。平成20年度までは冬期間のみのモニタリングであった。平成21年度からは期間を延長し、1年間を通してガン・カモ類の糞および死亡野鳥のぬぐい液を受け入れる体制となった。平成22年2月末時点までに684検体を受け入れ、11検体よりインフルエンザA型ウイルスの遺伝子を検出した。この11検体についてウイルス分離を実施したところ3検体でウイルス分離に成功している。

今後の研究展望

環境認証標準物質作製と分譲については、ホテイアオイの認証値を決定し頒布開始予定。また、環境分野での公定的分析手法の改善と精度管理に関し、都道府県等の実務レベルで役立つ迅速・高精度な分析手法の開発をより推進する。

環境試料及び絶滅危惧生物の細胞・遺伝資源の保存に関しては、年度ごとの追加保存試料数は維持しつつ、より高品質な試料保存体制を目指す。

独法化に伴って新に設立された環境研究基盤技術ラボラトリーは効率的にその計画を達成し続けており、保存または維持する生物試料の供給は安定期に入っていると考えられる。今後は、これらの世界的に貴重な知的研究基盤としての試料(もの)から、どの様な将来の環境研究に必要となる情報を創出し、蓄積するのかが最大の課題となる。特に生物試料に関しては、遺伝子解析技術が急速に発展している状況を勘案すると、国立環境研究所にしかない生物試料の遺伝子解析を行うことで、保存する試料の価値を飛躍的に高めることができる可能性が高い。そのために、今後は「もの」としての試料を将来どの様に環境問題に活用していくのかを具体的にするため、「ただ保存するだけ」から「保存して、どう活用するのか」の研究開発を行っていく。