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Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 生物圏環境研究

実施体制

代表者:
生物圏環境研究領域 領域長 竹中明夫
分担者:
個体群生態研究室 高村健二(室長)、永田尚志*)、佐竹潔、多田満、吉田勝彦(主任研究員)、 今藤夏子、角谷拓(研究員)
生理生態研究室 佐治光(室長)、唐艶鴻、名取俊樹、久保明弘、青野光子(主任研究員)
微生物生態研究室 笠井文絵(室長)、河地正伸、広木幹也、上野隆平(主任研究員)
生態遺伝研究室 中嶋信美(室長)、宮下衛*)、玉置雅紀、矢部徹(主任研究員)、石濱史子(研究員)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

中期計画に記載されている「生態系および生物多様性の適切な保全・管理のあり方を明らかにするため、生態系の構成要素及びこれらの要素間の相互作用に関する研究等」を推進することが生物圏環境研究領域のミッションである。人類が地球上で安定した生存基盤を確保していくためには、自然の深い理解が不可欠である。生物圏環境研究領域の使命は、自然の理解を深める研究を通じて人間と生き物の共存関係の構築に貢献することである。このことは、ところで、生物は地球上に何百万種いるとも何千万種だとも言われるように本質的に多様であり、それらが集まって形作る生態系もまた多様である。ひとつの先端的な研究によりそのすべてが明らかになるというものではない。いっぽう、個々の生物や生態系の多様な振る舞いの背景には共通した原理にもとづくプロセスがある。個別の種、群集、生態系、地域を対象とする研究は、その対象自体の理解を深めることに貢献するだけでなく、一般的な理解を深めることにも貢献するべきものであり、つねにそうした意識をもって研究成果の活用を目指すことが必要である。

生物圏環境研究領域全体としての長期プロジェクトは行っていないが、多様な課題を大括りに束ねた形で以下に展望と研究内容を示す。なお、本領域の研究室は、取り組む問題による整理ではなく、研究対象・アプローチによる整理で組織されている。以下の各テーマはいずれも研究室横断的な体制で進めるものである。

(1) 絶滅が心配される生物の保全に関する研究

希少な生物の自然状態での保全を効率よく進めるためには、個々の種の分布する場所を知ること、個体群の存続に必要な環境条件を明らかにしなくてはならない。現地での調査に加えて地理情報、リモートセンシングデータを活用して分布確率を推定する手法の開発を進める。統計学的手法を活用して分布予測モデルの精緻化を進める。

保全の必要性が高いいくつかの生物種について、現状把握のための現地調査および過去の情報の解析を進める。種の識別・交雑状況の把握、個体群構造の把握等のために有効な遺伝マーカーを確立する。

(2) 環境変動やストレスが生物と生態系に及ぼす影響に関する研究

近年、対流圏オゾンが地球規模で増加しつつあり、大気汚染質としての対流圏オゾンが農作物を含めた生物に与える影響が懸念される。植物の種類によってオゾンへの耐性には差があるが、その機構についての遺伝子レベルでの解析を行うとともに、分子遺伝学的な手法を利用して野外における植物のストレスを診断する方法の開発や、農作物のオゾン感受性を簡便に評価する手法の開発を進める。

地球温暖化が生態系に与える影響の検出のため、チベット高原の中部と北部における物理環境と生態系の構造のモニタリングを継続するほか、生態系の環境変動への応答を実験的に調べるため、標高が異なる地点間で土壌ごと植物を移植し、種組成や生長量の観測を行う。また、日本国内の高山帯でも、温暖化影響の検討のため、過去のデータの解析と現地調査を行う。

(3) 外来生物・遺伝子操作作物の定着・分散の実態の把握と対策に関する研究

侵入生物の侵入と分布拡大を防ぐには、実態把握をおこない、侵入生物の繁殖拡大に至るまでのプロセスを解明し、有効な侵入予防措置、繁殖拡大直前に駆除する方法論を確立する必要がある。分子遺伝学的な手法も活用した定着や交雑の現状把握を進める。

また、遺伝子操作作物については日本国内ではさまざまな懸念があるなかで、客観的な情報を提供するため、非意図的な逸出状況や交雑におる遺伝子の浸透の状況の調査、交雑個体の性質の検討などを行う。

国内での逸出を確認した遺伝子組換えナタネについては、分子遺伝学的手法を活用したモニタリングを継続する。また、越境移動する海洋生物の動態把握のために、バラストタンク内および船体表面に付着した生物の継続的なモニタリングと、その寄港地における現地調査をおこない、海藻類・付着動物・有害植物プランクトンなどの代表的な侵入生物が、どこから運ばれどのように拡散していったかを、遺伝子解析などを通して明らかにする。

(4) 生態系の機能の保全に関する研究

生態系機能の保全には、その成立環境と構成生物種の保全が欠かせない。生態系の成立環境を解析すること、生態系機能の要となる生物種の生態学的な特性を明らかにすることにより、干潟・藻場等を対象に、生態系保全・再生のための基礎的知見を得る。有機物分解微生物と海草のアマモに注目して、その活性の評価と、生息に適する環境条件解明を行なう。また、有機物分解活性の測定手法の開発を行う。

平成21年度の実施概要

(1) 絶滅が心配される生物の保全に関する研究

・ 絶滅危惧種であるシャジクモ類の衰退原因を解明するため、シャジクモ類の種組成の変化を解析する。

・ トンボ目昆虫について種毎の個体群減少率と空間分布制限要因との関係を複数の空間スケール上で解析する。

・ 母島のサンゴ礁海域に生息する甲殻類十脚目(エビ・カニ類)について種のリストを作成する。

・ 生物および環境にかかわる空間データソースを一括してデータベース化し、実際の生物多様性保全現場において活用可能な情報に変換して提供する方策を検討する。

(2) 環境変動やストレスが生物と生態系に及ぼす影響に関する研究

・ イネのオゾン曝露実験と遺伝子解析を行ない、オゾンストレス診断アレイを試作する。またオゾンによる収量低下に関与する遺伝子座の同定を行う。さらに、オゾン感受性を簡便に評価する手法を開発する

・ 衛星データを利用して、地球温暖化の影響を検出する手法を開発する。

・ アブラナ科の一種におけるセレン耐性・高蓄積性の獲得に必要な因子の分子・生理レベルでの特定を行う。

(3) 外来生物・遺伝子操作作物の定着・分散の実態の把握と対策に関する研究

・ 遺伝子組換えセイヨウアブラナの種子こぼれ落ちによる逸出のモニタリングを3つの国道を重点に行う。

・ タデ科ギシギシ亜属を材料に、倍数性を利用して在来種と外来種の交雑実態を検討する。

・ 有害植物プランクトンを対象に、大型輸送船舶のバラスト水及び船体付着によって人為的に移動・拡散した海洋生物の由来や定着状況を遺伝子マーカーを利用して早期検出する手法を検討する。

・ 淡水魚オイカワについて、琵琶湖・関東地方河川で見出した系統の地理的分布範囲を調べるために、全国的な自然系統分布を調べる。

・ 南方からの侵入種とされているミナミアオサの東京湾以南での分布および生態を調査を行う。

・ どのような生態系が、他の生態系との融合に脆弱かを検討するため、仮想生態系をつかって様々なタイプの生態系同士を融合させるコンピュータシミュレーションを行う。

・ 小笠原諸島・父島のダム湖底泥に含まれるユスリカ遺骸の種を同定し、過去数十年間のユスリカ相の変遷を明らかにするとともに侵入種を特定する。

(4) 生態系の機能の保全に関する研究

・ 湿原泥炭地における土砂の流入、富栄養化、pHの上昇などの自然的、人為的環境変化が湿原の生態系機能へ及ぼす影響を明らかにする。

(5) その他の研究

・ オイル生産藻類の、オイル合成関連遺伝子の発現量を比較して、オイル合成経路を推定する。また、培養する際に他の藻類を排除するために、除草剤抵抗性株を選抜する。

・ 種特異的分子マーカーをDNAアレイ法を用いて効率よく多数取得する技術を開発する。これを用いて種特異的変異がある遺伝子座を特定する。

・ 昆虫の野外での個体群サイズを「見かけの競争」により制御する手法の実現可能性を示す。

・ 都市部・農村部の河川水から農薬とオオミジンコ繁殖の阻害との関係を確認する。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 107 159 159 125   550
その他外部資金 121 96 112 112   441
総 額 228 255 271 237   991

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 絶滅が心配される生物の保全に関する研究

ア 絶滅危惧種であるシャジクモ類の衰退原因を解明するため、シャジクモ類の種組成の変化を解析する。

イ 生物および環境にかかわる空間データソースを一括してデータベース化し、実際の生物多様性保全現場において活用可能な情報に変換して提供する方策を立案する。

ウ 母島のサンゴ礁海域に生息する甲殻類十脚目(エビ・カニ類)について種のリストを作成する。

エ トンボ目昆虫について種毎の個体群減少率と空間分布制限要因との関係を複数の空間スケール上で明らかにする。

② 環境の変動やストレスが生物と生態系に及ぼす影響に関する研究

ア イネのオゾンストレス診断アレイを試作する。またオゾンによる収量低下に関与する遺伝子座の同定を行う。さらに、オゾン感受性を評価する手法を開発する。

イ 衛星データを利用して、地球温暖化の影響を検出する手法を開発する。

ウ Stanleya pinnataにおけるセレン耐性・高蓄積性の獲得に必要な因子の分子・生理レベルでの特定を行う。

③ 外来生物・遺伝子操作作物の定着・分散の実態の把握と対策に関する研究

ア 遺伝子組換えセイヨウアブラナのこぼれ落ち種子由来個体の定着状況のモニタリングを行う。

イ タデ科ギシギシ亜属を材料に、倍数性を利用して在来種と外来種の交雑実態を明らかにする。

ウ 有害植物プランクトンを対象として、大型輸送船舶のバラスト水及び船体付着によって人為的に移動・拡散した海洋生物の由来や定着状況を早期検出する手法について検討する。

エ 淡水魚オイカワについて、琵琶湖・関東地方河川で見出した系統の地理的分布範囲を調べるために、全国的な自然系統分布を所外研究者との共同で明らかにする。

オ 南方からの侵入種とされているミナミアオサの東京湾以南における分布と生態を調査する。

カ 様々なタイプの生態系同士を融合させるコンピュータシミュレーションを行い、生態系の融合に弱い生態系の性質を明らかにする。

キ 小笠原諸島・父島のダム湖底泥に含まれるユスリカ遺骸の解析から、過去数十年間のユスリカ相の変遷を明らかにするとともに侵入種を特定する。

④ 生態系の機能の保全に関する研究

ア 湿原泥炭地における土砂の流入、富栄養化、pHの上昇などの自然的、人為的環境変化が湿原の生態系機能へ及ぼす影響を明らかにする。

⑤ その他の研究

ア オイル生産藻類の、オイル合成関連遺伝子の発現量を比較して、オイル合成経路を推定する。また、培養する際に他の藻類を排除するために、除草剤抵抗性株を選抜する。

イ 種特異的分子マーカーをDNAアレイ法を用いて効率よく多数取得する技術を開発する。これを用いて種特異的変異がある遺伝子座を特定する。

ウ 昆虫の野外での個体群サイズを「見かけの競争」により制御する手法の実現可能性を示す。

エ 都市部・農村部の河川水から農薬とオオミジンコ繁殖の阻害との関係を確認する。

平成21年度の研究成果

① 絶滅が心配される生物の保全に関する研究

ア 現在生育しているシャジクモ類の種組成を1940年代の報告と比較した結果、明るい環境を好むイトシャジクモ類が減少し、比較的暗い環境でも生育可能な種類の出現頻度が増加していることがわかった。この結果は富栄養化によりため池の透明度が減少し、それにともなって光環境が悪化し、より明るい環境を好む種が減少したことを示唆するものであり、現在一様に扱われている絶滅危惧種の中にも、種によって絶滅リスクに違いがあると考えられる。この結果は今後の絶滅危惧種の選定に資するものである。

イ 福井県等との共同研究により、市民参加による調査で採集された水棲生物の分布データを利用して、土地利用の不均一性にもとづく里山環境の指標を開発し、生物分布推定への利用可能性について検討した。特に、不均一性を算出する際の、解像度や空間スケールについて、生物分布を推定する上で効果的な値を探索することを試みた。また、福井県および地元高校との共同で、分布推定モデルの精度検証にもちいるためのプラスチックコンテナ池を30カ所程度福井県福井市内に設置した。

ウ 未調査域の母島サンゴ礁海域に複数種のサンゴガニが生息していること、ハナヤサイサンゴやミドリイシに共生するエビなどが生息していることがわかった。これらの種については保全すべき種のリストに入り、将来的には国立公園内の海中公園地区において捕獲が制限される種に指定される可能性がある。

エ 日本トンボ学会の取り組みにより算出された、全国スケールでのトンボ57種の過去50年間での生息地数の減少にもとづく絶滅リスクと、種毎の生態的特性との関係を解析し、止水性でかつ広い地理的分布をもつ種の絶滅リスクがより高くなる傾向にあることを明らかにした。また、生態的特性にもとづいて絶滅リスクの予測を行った。このような方法によれば、減少率などの時間的なデータが十分に得られないものも含めた幅広い種を対象に、絶滅リスクの信頼性の高い予測が可能になることが期待できる

② 環境の変動やストレスが生物と生態系に及ぼす影響に関する研究

ア a) オゾンによるイネの収量低下に関与する遺伝子の単離を行った。また、イネの染色体6にオゾン感受性遺伝子座を見出した。この遺伝子座は穂の分枝および頴花数に関するものとと同一であったため、おそらくこの領域に存在する遺伝子はオゾンに応答して穂の分枝を減少させ、頴花数を減らし結果的に収量低下を招くことが考えられた。

ア b) イネ6品種の幼苗に高温とオゾンの単独及び複合処理を行い、網羅的に遺伝子発現を調べた結果、多数の遺伝子の発現誘導と発現抑制が検出されたが、この中から、高温による増収が大きい品種ほど発現誘導が大きい遺伝子が8個、発現抑制が大きい遺伝子が5個見つかった。また、オゾンによる収量影響を受けやすい品種の幼苗ではファイトアレキシンの一種であるサクラネチンのオゾンによる誘導がほとんど起こらないことを利用してオゾンによる収量影響に関するイネ品種の感受性を幼苗の段階で評価する方法を特許出願した。

イ a) 世界各地で、渦相関法で求めた生態系CO2フラックスの季節変化と、観測タワー付近の衛星データから算出したNDVI(植生量の指数)との間に、非常によい相関が見つかった。この結果は衛星データから生態系機能の時間変動特性を推定できる可能性を示すものである。今後、この成果を利用して広範囲の生態系の季節相変動特性の解明を行う予定である。

イ b) 高山生態系に及ぼす温暖化影響の正確な検出を行うため、土壌水分環境の異なる条件下において植物のバイオマス生産の比較を行った結果、土壌水分条件の低い生態系ではバイオマスの生産が低下することがわかった。生態系に及ぼす温暖化影響を評価する際には、土壌水分条件を把握する必要があることが示唆された。これは、今後の温暖化影響の正確な検出に貢献するものである。

ウ セレンを高蓄積する植物は、近縁だがセレンを蓄積しない種を比較して、植物ホルモンであるジャスモン酸、サリチル酸が高いレベルであることが明らかになった。また、これらのホルモンの投与により、本来は蓄積しない種でもセレン耐性・蓄積性が増加したことから、これらのホルモンが植物のセレン耐性・高蓄積性に関与していることが示唆された。この成果は、セレン汚染土壌の修復が可能な植物の育種に生かされることが期待される。

③ 外来生物・遺伝子操作作物の定着・分散の実態の把握と対策に関する研究

ア ナタネ輸入港からの輸送経路にあたる場所で遺伝子組換え西洋ナタネが生育していることが6年連続で明らかになった。さらに今年度は、三重県の河川敷においてセイヨウナタネと在来ナタネとの交雑種が7個体検出された。セイヨウアブラナ分布の周年変化を明らかにするため、10月に国道3号線、国道51号線および国道23号線について予備調査を実施した。国道51号線および国道23号線に各5カ所の調査区間を設定して定期的に個体数調査を実施した。今後5年間に渡り調査を行う準備が整った。

イ 渡良瀬遊水地を主な調査地として、タデ科ギシギシ亜属のうち出現頻度が高い、絶滅危惧植物ノダイオウおよび外来植物エゾノギシギシ・ナガバギシギシとの交雑の可能性を調査した。フローサイトメトリーを用いた倍数性の推定からは、ノダイオウとナガバギシギシとの中間的な倍数性を示す個体が多数検出され、これら2種の間で高い頻度で交雑が生じている可能性が示された。これは、外来種による遺伝子汚染という従前から危惧されている現象が実際に生じていることを示唆するものである。

ウ 東京湾で始めて存在が確認された有害植物プランクトンの一種Chattonellaについて、リアルタイムPCRを適用することで、東京湾集団が、湾口部の限定された海域にのみ定着していることが明らかになった。また港湾堆積物中のシストの分布調査結果や日本各地の集団との遺伝学的解析結果から、東京湾集団は、人為的に東京湾に移入した可能性が強く示唆された。人為的に移動、定着した海洋生物の動態を迅速かつ効率的に把握するために、自然試料から、直接的に集団の遺伝的多様性を検出・解析する手法を検討した結果、ニュージランド、東京湾、瀬戸内海港湾堆積物試料からのChattonellaのマイクロサテライト領域の多型検出に成功した。

エ 岐阜大学などの研究者との共同研究の結果、九州・西日本・東日本の3系統が見つかり、関東地方河川の系統は東日本系統関東亜群として東日本系統の中で区別された。西日本で広域に分布している魚類には自然分布東限がフォッサマグナ西縁にあるものが多いが、オイカワはその境界を超えていることになり、日本列島における淡水魚類相の形成史を明らかにする上で貴重な材料となることがわかった。

オ 過去にグリーンタイドの発生が報告されている福岡県博多湾を含めた福岡地区(、大分地区で分布調査を行ったところ、博多湾和白干潟で採取されたサンプルではミナミアオサが優占していた。また、東京湾・谷津干潟においてグリーンタイドを形成するアオサ類の空間分布と季節変化とを調べた結果、在来種アナアオサの繁茂期とされる春季であっても、谷津干潟では侵入種ミナミアオサが優占種となっていることを見出した。

カ シミュレーション実験の結果、生態系の融合時に、食物連鎖長が短い生態系、最上位種が基底種に依存する割合が高い生態系、一次生産量変動を受けた生態系が規模の大きな絶滅を被りやすいことが明らかとなった。一次生産量の異なる生態系が融合したとき、絶滅の規模に差は見られなかったが、動物は生産量の小さい生態系から大きい生態系に移動する傾向が見られた。

キ 父島のダム湖底泥に含まれるユスリカ遺骸の解析の結果、多くの種の遺骸が柱状サンプルの新しい表層から古い最深部までのほぼ全層にわたって分布しているのに対し、移入種の可能性が示唆されていたハイイロユスリカの遺骸だけはほぼ表層のみに分布しており、比較的最近になって父島に現れたユスリカであることが確認された。

④ 生態系の機能の保全に関する研究

ア 北海道、釧路湿原において、堤防道路の構築が湿原土壌の理化学性と機能に及ぼす影響について調査を行った結果、堤防から200m近くまで土砂の流入が認められ、それにともない、pHやCa、 Mg、 Si、 Pなどの元素含量の増加が認められた。また、土砂の混入量の多い地点でリン酸の無機化活性も高くなるなど、土壌の生態系機能への影響も認められた。

⑤ その他の研究

Botryococcus brunii 70のESTライブラリーから、オイル代謝に関わっていると思われる遺伝子について、各遺伝子の発現量を調べた結果、B. brunii 70のオイル合成は主として非メバロン酸経路でおこなわれていることが示唆された。B. bruniiにEMSによる変異源処理をおこない、除草剤耐性株の候補を5株選抜した。B. bruniiの増殖時に発現している遺伝子の塩基配列を網羅的に調べ、2系統(bot22, Bot88-2)についてそれぞれ約20,000遺伝子の配列を明らかにした。

イ 種特異的分子マーカーは生物多様性や生物間相互作用を研究する上で強力なツールであるが、遺伝子情報が少ない植物種で分子マーカーを作製することは煩雑な作業を伴う。そこで、DNAアレイ法を用いて分枝マーカーを効率よく取得する方法を開発した。新たに開発した方法は、これまでの約50倍の効率でマーカーを取得できる。この方法を用いて種特異的変異を持つ遺伝子座を34個取得した。

ウ 数理モデルによるシミュレーションでは、天敵個体数の維持された系が実現可能であることが示され、避難所の効果と天敵の餌量によって系の安定性が変化することも示唆された。また、アズキゾウムシとその寄生蜂を用いたモデル系による室内累代飼育実験を行った結果、天敵の餌のための避難所の効果は、高すぎても低すぎても、天敵または餌の個体群動態が不安定になることが明らかとなった。これらの成果を土台に、この手法の実現可能性をさらに検討する。

エ 農薬混入が想定される農村部河川だけでなく、都市部河川においても農薬が検出され、オオミジンコ繁殖阻害との関連が認められた。

今後の研究展望

生物・生態系の研究では、個々の研究は個別の生物なり生態系なりを対象とする。その成果をどのように一般化するか、あるいは蓄積・広域化するかが常に課題となる。個別の場面で絶滅が心配される生物の保全に関する研究はそれぞれに成果をあげているが、国立環境研究所の研究としては、それをさらに越えるものも求められる。生物の分布確率をリモートセンシングで取得可能な情報から推定する手法や、生物の絶滅の危険性を生態的な特性から推定する手法は、広範な応用範囲を持つものであり、いっそうの展開の努力が必要である。国立公害研究所の時代から引き継がれてきた大気汚染の植物への影響の研究は、分子遺伝学的な手法を活用したストレスの原因の判定や耐性の簡便な予測などの技術の開発へと繋がりつつある。これらを実用レベルへと進めることが必要である。侵入生物の検出にも利用される分子遺伝学的な手法の開発は、個々のケースで有用なものではあるが、応用範囲という観点からは種特異的分子マーカーを効率よく作成する技術の開発は意義が大きい。この技術の実地での活用は今後のひとつの方向である。遺伝子操作作物に関する研究は、わが国で特に注意が必要なナタネおよびダイズを対象とした。科学的には今後の研究の深化と一般化が求められるが、社会的な要請の点では今後もこれらに注目していく必然性はあり、モニタリングを継続する。