ここからページ本文です

Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 水土壌圏環境研究

実施体制

代表者:
水土壌圏環境研究領域 領域長 木幡邦男
分担者:
水環境質研究室 稲葉一穂(室長)、土井妙子*)、岩崎一弘、冨岡典子、珠坪一晃、永野匡昭(主任研究員)、山村茂樹(研究員)、對馬育夫*)、Wilasinee Yoochatchaval*)(NIESポスドクフェロー)
湖沼環境研究室 今井章雄(室長)、松重一夫*)、小松一弘(主任研究員)、高津文人(NIES特別研究員)、川崎伸之、奈良郁子*)、佐藤貴之(NIESポスドクフェロー)
海洋環境研究室 原島省(室長)、中村泰男、牧秀明(主任研究員)、金谷弦(NIES特別研究員)、花町優次(NIESポスドクフェロー)
土壌環境研究室 林誠二(室長)、村田智吉、越川昌美(主任研究員)、渡邊未来(NIES特別研究員)、渡邊圭司(NIESポスドクフェロー)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

水土壌圏環境研究では、河川・湖沼・海域・土壌・地下水などで構成される流域圏における水の循環とそれに伴う物質の循環について、健全性の維持・回復と適正な管理を目指した総合的な研究を実施し、その成果に基づき水土壌環境政策に方向性・指針を与え、ひいては水土壌環境における国民の安全と安心を確保することを目標とした研究を実施している。流域圏における水土壌環境では、湖沼・内湾等のように閉鎖性の高い水域において環境基準の達成率が依然として改善されない原因とされる富栄養化などの問題や、金属や化学物質による地下水や土壌の汚染など多くの未解決の課題があり、さらに、有害金属による市街地の土壌汚染のような潜在的な課題もある。これらの課題を解決するためには、単に各事象を対象とした研究を実施するだけでなく、流域圏全体を視野に入れ相互の関連性にも着目した総合的な研究への取組が必要となる。このような状況から、第2期中期計画では、領域内4研究室(水環境質、湖沼、海洋、土壌)の協力体制の下に、また他ユニットと連携しながら次の3つのテーマを柱とした研究を推進することとしている。

1)水環境保全及び流域環境管理に関する研究

現在の水質環境基準(生活環境項目)の体系は設定から約40年が経過しており、その間に、公共用水域の保全・利用状況と水質・生態系の変化、水質分析に関する技術的な進展、国内外の諸制度の変化といった水質環境基準を取り巻く社会・自然状況は大きく様変わりしている。汚濁負荷削減対策の進展に伴い主な河川では水質環境基準達成率は向上している一方、多くの湖沼では依然として環境基準達成率は低いままであり、閉鎖性海域における貧酸素水塊の発生など水産生物を含む水生生物の生息状況は悪化している例がみられる。このような背景から、水質環境基準(生活環境項目)の見直しの必要性及び新しい水環境評価と改善手法の開発が喫緊の課題として挙げられている。また、土壌汚染対策法が施行され、法律に基づいた土壌汚染の調査・対策が行われてきたが、法律の施行を通して浮かび上がってきた課題等を整理検討することが必要とされている。さらに、最近になり森林の窒素飽和減少が顕在化し、湖沼の流入負荷削減対策上も、その機構解明が喫緊の課題となっている。そこで、このような課題に対し科学的基礎資料を与え、環境管理の目標に関する新たな知見の整備を目的とした研究、さらに、流域における健全な水・物質循環を維持することを目的とした研究を実施した。

2)流域における環境修復・改善技術に関する研究

流域における健全な水・物質循環を実現するためには、流域で発生する負荷の削減や汚染された水・土壌環境の修復、湖岸や藻場・干潟等にみられる劣化した生物生息場の回復を効率的に行える技術開発が必要である。例えば、我々の日常生活や産業活動の結果として多量に排出される有機性排水は、環境保全のために好気性微生物処理が施されているが、この処理に伴う電力消費は莫大なものとなっている。一方、地球温暖化防止の観点から、エネルギー消費の少ない適切な排水処理技術の開発が求められている。このような状況の下、有機性排水の無加温処理に対応した省・創エネルギー型のメタン発酵排水処理技術を中心とした処理技術を開発した。また、不適切処理の結果、多量の温室効果ガスの大気放散の要因となっている資源作物由来の廃液について、その処理技術開発を開始した。さらに、地下に漏出した有機溶剤を洗剤注入により浄化する技術の有効性と安全性を評価するための研究、及び、油汚染被害に対して特に環境が脆弱な地域について有効な対応策である微生物による浄化法の実用化を図る研究を実施した。

3)流域における生態系保全のための現象把握・現象解明に関する研究

中長期的に流域における健全な水・物質循環を維持するためには、継続的なモニタリングを通して環境変動を検出し、現状を把握して、課題となる現象を解明することが必要である。このことによって初めて将来予測が可能となる。さらに、水・土壌環境圏にて潜在的な汚染実態を調査し、警鐘を鳴らすことも、当基盤領域の使命の一つと考える。これらのことから、霞ヶ浦を中心とした水環境のモニタリングを実施している。また、レアメタル等(アンチモン、ビスマス、鉛、銀、スズ、タングステン、モリブデン他)による大気降下物由来の都市土壌汚染が認められ、今後の汚染状況次第では健康被害も懸念されることから、これらを対象としたモニタリングを継続している。

平成21年度の実施概要

上記の3課題毎に、平成21年度の研究実施概要を記載する。

1) 水環境保全及び流域環境管理に関する研究

湖沼では、有機汚濁指標であるCODでみた環境基準達成率が低い状態が続き、様々な対策が実施されているにもかかわらず依然として水質は改善されていない。その原因の一つとして、湖水中溶存有機物に占める難分解性有機物の割合が増加していることが指摘されている。この溶存有機物の分解とバクテリアの増殖速度や2次生産速度等との関係を評価した(湖沼における有機物の循環と微生物生態系との相互作用に関する研究;所内特別研究;平成20〜23年度)。また、COD増大が危惧されている十和田湖で炭素同位対比の測定から有機物の起源を推定し管理方針を示した(貧栄養湖十和田湖における難分解性溶存有機物の発生原因の解明に関する研究;環境省公害一括;平成19〜21年度)。  東京湾・伊勢湾・大阪湾などの富栄養化の進んだ閉鎖性海域では、夏期に底層が貧酸素状態になり、生態系に甚大な被害を与えていることが問題視されている。本研究では、東京湾にて3年間実施してきた観測・実験データを整理して3次元流動・生態系モデルを精緻化した(貧酸素水塊の形成機構と生物への影響評価に関する研究;所内特別研究;平成19〜21年度)。

2) 流域における環境修復・改善技術に関する研究

今までに改良してきたメタン発酵排水処理技術を省エネルギーだけでなく創エネルギーを視野に入れたバイオエネルギーと関連させた技術開発へと展開している(資源作物由来液状廃棄物のコベネフィット型処理システムの開発;所内特別研究;平成21〜23年度、及びクリーン開発メカニズム適用のためのパームオイル廃液(POME)の高効率の新規メタン発酵プロセスの創成に関する研究;環境技術開発等推進費;平成19〜平成21年度)。
揮発性有機塩素化合物による地下環境の汚染を浄化する技術として、海外で実用化され国内での適応が検討されている洗剤注入法について、その有効性・安全性を検討(地下に漏出した有機溶剤の洗浄剤注入による回収効率と下層への汚染拡散に関する研究;科研費;平成19〜23年度)した。また、ジクロロメタンを有効に分解する微生物を分離し、その特性を調べること(経常研究、共同研究等)で、環境浄化技術としての有効性を検討した。
ヒ素で汚染された土壌の浄化技術として、ヒ酸塩還元細菌を用いてヒ素を可溶化して土壌から除去する技術がある。本研究では、細菌を分離して詳細な系統解析を行うなどその特性を明らかにするとともに有効に還元するためのメディエーターを検索して、本技術によってヒ素汚染土壌の経済的浄化プロセス構築が可能であることを示した(異化型ヒ酸塩還元細菌と天然メディエーターを利用した汚染土壌からのヒ素除去;文科省-科研費;平成20〜21年度)。

3)流域における生態系保全のための現象把握・現象解明に関する研究

国立環境研究所では霞ヶ浦における水質・生物などのモニタリングを1977年から実施している。現在は、UNEPなどの事業であるGEMS/Waterモニタリングの一環として当モニタリングを継続し、湖水・底泥を毎月採取して、栄養塩、クロロフィルa、溶存有機物DOM等を計測している(CGERモニタリング事業経費)。

都市部の土壌では、レアメタル等による大気降下物由来の汚染が認められ、今後の汚染次第では健康被害も懸念される。このような状況から、首都圏を対象に広域的に土壌を採取・分析することによって、レアメタルを主とした有害金属のモニタリングを継続している(経常研究ほか)。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 127 119 113 112   471
その他外部資金 199 194 156 140   689
総 額 326 313 269 252   1,160

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 水環境保全及び流域環境管理に関する研究

ア 湖沼における有機物の循環と微生物生態系との相互作用に関する研究:平成21年度は、細菌と藻類の生産速度の測定法を開発する。また、DOM難分解性化メカニズム検討実験を実施する。アオコを形成する藻類の動態等につき測定し発生機構解明に資する。流域・湖内の数値モデルを精緻化し、検証する。

イ 貧栄養湖十和田湖における難分解性溶存有機物の発生原因の解明に関する研究:本研究では、1986年以降COD濃度が漸増して難分解性溶存有機物(DOM)の蓄積が懸念されている十和田湖の湖水や流入河川水等を採取して、DOM分画手法等を適用してDOMや難分解性DOMの起源・特性を評価する。さらにモデル解析等より、難分解性DOMの起源やその寄与率を算定する。

ウ 貧酸素水塊の形成機構と生物への影響評価に関する研究:東京湾における有機物分解機構を把握するため、季節毎に懸濁態の有機物分析を行うと共に酸素消費能を評価する。また、下水処理水と降雨時の越流による未処理下水等についても同様の試験を行う。さらに、底泥酸素消費について、酸素消費速度測定などからその機構を明らかにする。

エ 森林域での窒素飽和現象の解明:高窒素負荷を受けている筑波山において、林内環境の異なる2つの森林集水域での窒素流出特性を比較し、林内環境が土壌中の窒素動態に及ぼす影響の機構解明を通じて、両者の関係性を明らかとする。

② 流域における環境修復・改善技術に関する研究

ア 資源作物由来液状廃棄物のコベネフィット型処理システムの開発:高有機物濃度対応型のメタン発酵槽を開発・作製し、糖蜜系廃液(糖蜜、バイオエタノール廃液)の処理試験を行ってその廃液処理性能を把握する。また、処理後の廃液の液肥としての利用に関する検討を行う。

イ 地下に漏出した有機溶剤の洗浄剤注入による回収効率と下層への汚染拡散に関する研究:洗浄剤注入法による土壌・地下水中の有機塩素系溶剤の除去回収法について、鉄粉による化学分解への影響を洗浄剤毎に比較検討する。

ウ 微生物の環境利用およびその影響評価に関する研究:環境保全・浄化に向けてバイオテクノロジー特に微生物機能を積極的に活用していくために、今年度は有機塩素化合物、油等の環境汚染物質を分解・除去する微生物等の探索を行い、環境保全に有用なシステムの開発を目指す。

エ 異化型ヒ酸塩還元細菌と天然メディエーターを利用した汚染土壌からのヒ素除去:異化型ヒ酸塩還元細菌によるヒ素の還元・可溶化作用とメディエーターを複合的に利用して、汚染土壌からのヒ素の経済的除去を可能とする新規浄化技術開発のための基礎データの取得を行う。

③ 流域における生態系保全のための現象把握・現象解明に関する研究

ア GEMS/Waterによる霞ヶ浦モニタリング:霞ヶ浦湖水、底泥、間隙水および流入河川水を毎月1回採取し、栄養塩(窒素とリン)、DOM、難分解性DOM等の長期的トレンドをモニタリングする。

イ 大気降下物を由来とする有害金属による都市土壌汚染に関する研究:霞ヶ浦湖水、底泥、間隙水および流入河川水を毎月1回採取し、栄養塩(窒素とリン)、DOM、難分解性DOM等の長期的トレンドをモニタリングする。

ウ 干潟域の物質循環過程における底生動物の寄与を解明する研究:平成21年度は、まず総観的な分布把握と手法の基礎的改良をはかり、ヨシ原およびその全面に広がる干潟を含む生態系が、沿岸域の物質循環過程に果たす役割を評価する基礎をつくる。

平成21年度の研究成果

① 水環境保全及び流域環境管理に関する研究

ア a) 平成21年度は、霞ヶ浦湖水を対象としてDOMの室内分解実験を実施して、DOMの分解とバクテリアの増殖速度や2次生産速度(ブロモデオキシウリジン法)等の関係を評価した。バクテリアの増殖速度は0.45 d-1、 2次生産速度は約30 mgC・L-1・d-1であった。当該2次生産速度は外洋の値5 mgC・L-1・d-1や沿岸域の値10 mgC・L-1・d-1 よりも大きく河口域の値30 mgC・L-1・d-1に匹敵していた。バクテリアの数が増加する以前にバクテリアの活性が大きく増大することが明らかとなった。ブロモデオキウリジン法は放射性同位体を使用しない。我が国の陸水環境では、現場の観測で放射性同位体を使用できない。従って、本手法によりバクテリアの2次生産速度が国内で初めて測定され報告された。一方、霞ヶ浦を対象とする湖内3次元流動モデルを改良して、流入するDOMを起源別にモデル変数として組み込めるモデルとした。このことにより、特定の河川水に由来する難分解性DOMの霞ヶ浦における寄与を、日付、場所、深さ別に評価することが可能となった。

ア b) 降雨時に河川(恋瀬川)に流出する溶存有機物(DOM)の13Cおよび・14Cを分析・解析した。流量増大に伴いDOM濃度は上昇する。平水時にDOMの年代は約2000年前であったが、流量最大時には200年以下の年代となった。流量が出水前のレベルまで低下すると、DOM年代値は約2000年前に戻った。従って、降雨時に流出するDOMはとても新しいソースに由来するものと言える。田圃・畑等の表層に蓄積していたDOMが出水に伴い河川に流出したと推察される。

イ a) 十和田湖水DOMの放射性同位体比(・14C)を測定した。貧栄養湖で・14Cが測定された初めての報告である。十和田湖DOMの年代が1万年を越えるとても古いものであることが明らかとなった。・14Cと・13Cおよび分解実験データから、2004年に起きた十和田湖の過去最悪の水質汚濁(COD等)の要因が明らかにできた。当該年では4月と9月にCODが異常に高くなったが、4月は逆送水DOM、9月は逆送水として流入した栄養塩増加によって増殖した植物プランクトン(珪藻)由来のDOMが原因であると示唆された。逆送水の適切な管理の必要性が明らかとなった。

イ b) 今後は、湖水、流入河川水、降雨時河川水および雨水サンプル等のデータをまとめて入力データとして、現在開発中である十和田湖3次元流動モデルに適用し、難分解性DOMの起源やその寄与率を算定する。さらに、モデルをツールとして用いて具体的な発生源対策のあり方を提言する。

ウ a) 東京湾における様々な由来の有機物分解性評価を引き続き行ったところ、湾内の主に植物プランクトンに由来する懸濁態の有機物は陸起源のものより分解率が高いことが再確認された。三年間の調査研究により蓄積された測定・実験結果から、植物プランクトンの光合成作用による酸素供給を加味すると水塊中の有機分解に伴う酸素消費より底泥の酸素消費の方が貧酸素水塊形成への寄与が大きいことが明らかとなった。また、これまで得られた観測・実験データを3次元内湾流動・生態系モデルに適用したところ、既存のモデルより高精度で夏季の東京湾の貧酸素水塊の分布を再現することが可能となった。東京湾等の閉鎖性海域における底層貧酸素の問題は、今後環境基準の項目として取り入れることも含めて議論されているところであり、本研究の成果は今までの議論の中で活用されており、さらに、今後の基準設定の課程で貢献すると考えられる。

ウ b) 本研究の結果、生物への影響は貧酸素そのものだけでなく、その結果生成する硫化水素の寄与が大きいことが明らかとなり、この点をさらに検討するため、平成22年度より実施予定の特別研究「都市沿岸海域の底質環境劣化の機構とその底生生物影響評価」を提案し採択された。

エ a) 林内環境の悪化(人工林の荒廃)が表層土壌における有機物層の発達や土壌窒素蓄積に影響を及ぼしていること、また、それによって森林生態系からの窒素流出が促進されることを示唆する結果を得た。2年間に亘る集水域単位での詳細な窒素収支調査から、窒素過剰状態(窒素飽和)に陥った森林域では、大気降下物を由来とする流入負荷量に比べ流出負荷量が1.5倍以上となり、明らかに流出過多状態であることが確認された。併せて、硝酸態窒素発生日原単位を算定したところ、霞ヶ浦湖沼水質保全計画での山林の全窒素発生日原単位16gN・ha-1を大きく上回る、65.0 gN・ha-1となった。

エ b) この現象は、大都市周辺の湖沼では同様に懸念され、原単位を大きく変更する必要があれば各湖沼の水質保全計画策定で大幅な計画内容の見直しが必要になることも考えられる。そこで、さらに詳細に、また、削減シナリオをも考慮した検討を行うため、平成22年度より実施予定の特別研究「窒素飽和状態にある森林域からの窒素流出量の定量評価および将来予測と削減シナリオの構築」を提案し採択された。

② 流域における環境修復・改善技術に関する研究

ア a) 高濃度廃液の処理に対応可能なラボスケールメタン発酵処理システムを独自に設計・作製し、糖蜜系廃液の処理試験(国内:糖蜜廃液、タイ:バイオエタノール蒸留廃液)を開始した。現時点で、有機物負荷10 kgCOD/m3/dの条件下で有機物除去率90%の安定した処理性能を発揮している。

ア b) また提案処理技術により処理を行った廃液を、サトウキビ栽培のための肥料(灌漑用水)として利用する際の影響評価(温室効果ガスの発生等)をタイの精糖企業と連携して開始した。

イ 有機塩素系溶剤で汚染された地下水の迅速な浄化法として開発が進んでいる洗浄剤注入法について、その安全性評価の観点から、鉄粉によるテトラクロロエチレン、トリクロロエチレン、cis-1,2-ジクロロエチレンの分解速度と分解生成物の評価を行った。テトラクロロエチレンとトリクロロエチレンでは分解反応がβ-脱離と水素化分解の異なる2つの反応機構の競争反応で進行すること、β-脱離反応は鉄粉濃度に対して1次であるのに対して、毒性の高いクロロエチレン類を生成する水素化分解反応は鉄粉濃度に対して2次反応であることを明らかにした。この知見は、浄化の効率と安全性確保の点から、透過型浄化壁に充填する鉄粉の量が重要であることを示し、汚染現場で本手法を適用する場合の留意点を明らかにした。

ウ a) 省エネルギーかつクリーンなバイオテクノロジーを活用した環境浄化技術の開発を目指し、ジクロロメタン(DCM)分解菌の分離を試み、DCMを唯一の炭素源として増殖・分解が可能な新規微生物Hyphomicrobium sp. DN58株の分離に成功した。既報のDCM分解菌よりも分解活性が高く、環境浄化に向けて有用であると考えられる。(特許出願中)

ウ b) また、安価でクリーンな油浄化手法として植物とその根圏微生物による油汚染浄化技術の開発を試みた。実汚染現場から得られた地下浸出油を用いて油耐性植物の選定を行い、3種の草本類、2種の木本類を選抜した。(特許出願中)一方、油汚染土壌における根圏微生物の解析手法を検討し、油分解に直接関与していると考えられる細菌叢のみならず、植物の生育に関与しており最近注目を集めているアーバスキュラー菌根菌などの真菌叢も解析可能なマーカ等の条件を開発した。

エ a) ヒ酸塩還元細菌による固相からのヒ素可溶化・除去に及ぼす種々のメディエーターの影響を調べた結果、ビタミンB2が実利用に適したメディエーターであることが明らかとなった。また、その特性を詳細に調べた結果、ビタミンB2濃度は最終的な固相からのヒ素除去率にあまり影響を及ぼさず、必要最低限の量を添加すれば良いことなど、実用に向けた最適条件が明らかとなった。

エ b) 本研究の結果から、ヒ酸塩還元細菌とビタミンB2の併用によって、ヒ素汚染土壌の経済的浄化プロセスが構築可能であることが示された。

③ 流域における生態系保全のための現象把握・現象解明に関する研究

ア a) GEMS/Water霞ヶ浦トレンドモニタリングの一環として霞ヶ浦湖水や底泥・底泥間隙水を毎月採取し、また別途、流入河川水を毎月採取して、栄養塩、クロロフィa、溶存有機物(DOM)、懸濁態有機物(POM)、マクロイオン、フミン物質、難分解性DOM等のモニタリングを実施した。当該データの質・量に匹敵するデータは国内外で報告された例がなく非常に貴重である。得られたデータは国環研HP上にある霞ヶ浦データベースとして公開されている。

ア b) 上記のモニタリングデータに基づいた研究成果は、湖沼・河川、さらに海域における環境基準の在り方等、国・県等の水環境行政および指定湖沼の湖沼水質保全計画の策定に大いに貢献した。また、我々の開発した研究アプローチについては、多くの大学・地方環境研究所の研究者が取り入れ研究を実施している。

イ 調査対象としたつくば市内ならびに筑波山のスギ林では、有害金属は土壌の下層に比べて表層に高濃度に蓄積しており、大気降下物由来と考えられる元素は、銅、亜鉛、砒素アンチモン、鉛であった。また、降水中の硝酸イオンとアンチモンの比(NO3-/Sb比)が一定であることを利用して、表層土壌に固定されたアンチモン量から、森林土壌への硝酸イオン積算負荷量を推定する方法を考案した。

ウ 干潟に生息する大型底生動物(ベントス)の炭素・窒素安定同位体比を網羅的に測定した。その結果、彼らの主な餌資源は干潟や隣接海域で増殖した微細藻類(植物プランクトンや底生珪藻)であることがわかってきた。ベントスが高密度で生息する干潟の存在は、「微細藻類による栄養塩吸収」および「ベントスによる微細藻類の摂食・同化」の両方の機能で沿岸域の水質浄化(リン・窒素の除去)に貢献していることが示唆された。環境省レッドリストにおいて絶滅の危険性が指摘されている巻貝のウミニナ類・ヘナタリ類の広域分布調査では、従来の方法では小型固体の種同定が困難であったが、PCR-RFLPによる遺伝子同定法によって改良した。

今後の研究展望

1)水環境保全及び流域環境管理に関する研究

環境省における水質環境基準(生活環境項目)の見直しに係る平成21年度の検討会では、本研究の成果を取りまとめた平成17〜20年度の報告書が随所に引用され、その議論の骨格を為したが、この検討は今後具体的な作業に移行する。当面は大腸菌群数やN-BODの課題を解決するが、平成22年度以降には有機物指標(COD,TOC等)や底層の貧酸素化が議論される予定になっている。当研究所で実施している湖沼における有機物挙動や海域における貧酸素に関する研究成果が、今後の作業に貢献するものと考えられる。また、森林の窒素飽和による負荷増加機構を明らかにすることは、長期にわたり改善しないダム湖などにみられる高濃度窒素への対策に貢献するものと考えられる。

2)流域における環境修復・改善技術に関する研究

高濃度廃液に対応可能なメタン発酵処理技術の糖蜜系廃液に対する適用性評価をタイの研究機関と連携しつつ継続的に行い、温室効果ガスの放出による環境への影響を評価しながら廃液を畑地に還元するなどの効率的な処理方法を開発する。これは、今後のバイオエネルギーの開発で課題となる点の解決に繋がると期待される。現在開発中の揮発性有機塩素化合物や重金属による土壌・地下水汚染の浄化技術は、実証試験を実施するなど、より実用に近い技術開発を目指す。

3)流域における生態系保全のための現象把握・現象解明に関する研究

長期的なモニタリングを継続し、新たな環境問題の早期発見や予防対策の立案に努める。