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Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 大気圏環境研究

実施体制

代表者:
大気圏環境研究領域 領域長 今村隆史
分担者:
大気物理研究室 野沢徹(室長)、秋吉英治、菅田誠治、杉田考史、日暮明子(主任研究員)、
塩竈秀夫(NIES特別研究員)
遠隔計測研究室 杉本伸夫(室長)、松井一郎、森野勇*)(主任研究員)、西澤智明(NIES特別研究員)
大気化学研究室 村野健太郎*)(室長)、今村隆史(室長併任)、猪俣敏(主任研究員)
大気動態研究室 遠嶋康徳(室長)、内山政弘(主任研究員)、山岸洋明(NIES特別研究員)
主席研究員室 中島英彰(主席研究員)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

大気圏環境研究領域では、大気環境に係る様々な現象の理解や将来の大気環境の変化予測、更には大気環境問題の改善策を考える際の基礎的情報の提供を行う事を目指して研究を進めている。取り組んでいる研究課題は、その性格から3つに分類される: 1)大気環境研究の中長期的な展開や基盤学問分野の深化を図るための研究手法の開発や基礎データの蓄積にかかわる課題、2)重点研究プログラムでは扱われていない大気環境問題の現象解明や環境改善の基盤となる課題、3)重点研究プログラムで取り組まれている環境研究分野の次の展開を図るための基盤的な課題。

研究対象は地球規模の環境問題(温暖化やオゾン層破壊)から局所的な大気環境問題(沿道大気汚染)まで、空間的にも時間的に広範囲にわたっているが、いずれの研究課題も次のいずれかを目指した研究に位置付けることが出来る:1)現在の大気環境の把握や過去からの大気環境の変動の理解を目指した研究、2)過去〜現在の理解に基づいた将来の大気環境の変化推定や大気環境変化の予兆の検出を目指した研究、3)大気環境アセスメントや大気環境の改善に資することを目指した研究。

上記の様な分類と位置付けにあるそれぞれの研究を進める上で、個々の研究の間の関連性を意識し、大気環境研究の総合化と基盤研究力の強化を図ることも、基盤研究部門の一つとして重要な任務であると認識している。

平成18〜21年度では、特に「東アジア域でのエアロゾルの時空間分布の把握(アジア自然共生プログラムと関連)に用いている計測手法の高度化」ならびに「今世紀に入り、国際的なオゾン層保護対策の効果がフロン等の成層圏大気中での濃度減少として実を結びつつあるオゾン層の長期変動予測」に係る研究を大気圏環境研究領域が主体的に推進すると共に、2つの重点プログラム(温暖化研究プログラム、アジア自然共生研究プログラム)や他研究領域ならびに外部研究機関とも連携しつつ、過去の気候変化の中に人間活動による変動因子の寄与を推定するための研究や温室効果気体の収支や発生源推定のための研究、更には大気環境・地球環境の改善(適応策を含む)の立案や大気環境アセスメントの基礎となるデータを提供するための研究なども積極的に推進してきた。

平成21年度の実施概要

・ エアロゾルの時空間分布や科学的性状に関するより詳細な情報を今後得ていくために、エアロゾル種別毎の時空間分布構造の把握を可能にするための測定装置の開発やデータ解析手法の開発に取り組んだ。

・ 全球的な炭素収支の見積もりや吸収源強度の変化を検出するための研究と合わせて、領域スケールでの温室効果関連気体の放出源や発生強度の推定に拘る研究を推進した。

・ 国際的な規制が行われているCFCなどのオゾン破壊物質以外の因子(CO2の増加など)が成層圏オゾン層の今後の変化に与える影響を評価するための研究を行った。

・ 熱帯アフリカの陸域における過去の降水量の長期トレンド(減少トレンド)に対し、人為的な強制力の変化が主たる要因として関与しているかを明らかにするために、数値モデルを用いた20世紀の気候変動の再現実験データの解析研究を行った。

・ 健康影響などが懸念されている有害物質(ニトロ有機化合物)がディーゼル車の排ガス中に含まれているか、排出強度の走行モード依存性があるか、を計測するための手法開発を進め、シャーシダイナモを用いた実走状況でのニトロ化合物などの計測試験を実施した。

・ 将来の気候変化(例えば降水量変化)に対する適応策や緩和策の立案とその評価に用いる、気候変化の推定手法の妥当性と問題点について、温室効果気体等の排出シナリオに対する依存性評価に関する研究を進めた。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 64 57 69 68   258
その他外部資金 153 126 150 191   620
総 額 217 183 219 259   878

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① オゾン層変動の再現性と将来予測精度の評価に関する研究

・ CO2増加がオゾン層の回復に与える影響を評価する。

② 次世代大気モニタリング用多波長高スペクトル分解ライダーの開発

・ 532nmの高スペクトル分解ライダーを開発し、実大気計測実験を行い、その性能を評価する。

③ 現在の大気環境の把握や過去からの大気環境の変動の理解

・ 観測の時間分解能を向上させた大気酸素濃度観測データを活用して、領域規模での温室効果気体などの発生源情報が抽出可能かを確かめる。

④ 将来の大気環境変化の推定と大気環境変化の予兆の検出

・ アフリカ大陸の降水量が比較的大きい熱帯域での降水量変化に、人間活動の変化が影響を及ぼしているかについて、過去の降水量変化の要因推定を行うことで、人間活動の影響の有無を評価する。

⑤ 大気環境アセスメントや大気環境の改善に資する手法開発ならびに基礎データの蓄積

・ ディーゼル車の排気ガス対策にもかかわらず、排出されている可能性があり、健康影響が懸念されるニトロ有機化合物について、陽子移動質量分析計を用いて、ディーゼル車の走行試験での検出を試み、リアルタイムのニトロ有機化合物の検出手法として質量分析計の性能評価を行う。

平成21年度の研究成果

① オゾン層変動の再現性と将来予測精度の評価に関する研究

ア 成層圏化学気候モデル(CCM)を用いて、今後のCO2の増加の有無が成層圏オゾン層の回復時期に及ぼす影響についての数値実験を行い、南極オゾンホールをはじめとする中・高緯度でのオゾン層の回復時期がCO2の増加によって早まる傾向にあることを見出した。これは成層圏CO2の増加による長波放射の増大が成層圏の低温化をもたらし、オゾン分解反応の抑制を通して正味としてのオゾン生成速度の加速を促した結果、として説明できる事が分かった。

イ CCMによるオゾン層回復時期に対するCO2増加の影響の内、低緯度域のオゾン層については、上部成層圏でのオゾン生成の加速と対流圏界面高度の上昇による下部成層圏での実質的なオゾン量の減少が競合する結果、低緯度域でのオゾン全量の長期変化は他の緯度帯での振る舞いと様相を事にする可能性が高い事を明らかにした。

ウ CCMを用いた数値実験と今後のオゾンホールの縮小を考慮に入れない気候モデルとの比較から、オゾンホールの縮小が、南極大陸近傍の偏西風の風速を減速する方向に働き、結果として南極大陸への熱輸送に影響を及ぼす可能性があることを見出した。

エ 北半球の中緯度の下部成層圏でのオゾンの増加が対流圏での気温の低下をもたらす可能性を観測データならびにCCM数値実験から見出した。これは、成層圏オゾンの増加による対流圏からの波動の吸収の増加に起因する力学的な要因で引き起こされている可能性が高いことを見出した。

オ バックグラウンドに落ち着いた成層圏エアロゾルの光学的に見た濃度(extinction)の季節変動を解析した結果、亜熱帯に対応する緯度で北半球と南半球に特徴の違い−南半球では、成層圏の中部(30km)付近の季節変動が有意に大きいのに対し、北半球では下部成層圏/上部対流圏での変動が大きい−があることを見出した。南半球の有意な変動は子午面循環の季節変動に対応するもので、北半球の下部成層圏/上部対流圏のものは、水平方向の拡散が効いていることが分かった。

② 次世代大気モニタリング用多波長高スペクトル分解ライダーの開発

ア ラマンチャンネルを付加したライダーシステムを開発した。ラマンチャンネルが加わる事により、煤の様な吸収性のエアロゾルの分布を抽出する事が可能となった。開発したシステムを東アジアに展開中のライダーネットワークに展開するため、ネットワークの内の主要な5地点のライダーについてラマン散乱受信系の設置を行った。

イ ヨウ素セルを用いた532nmの高スペクトル分解ライダー開発に取り組み、2波長の後方散乱データとレイリー散乱信号を活用した、3チャンネルライダーを開発した。得られた3チャンネルのライダー信号の解析から、ダストと水溶性粒子に加え、吸収性の粒子(煤)の情報を同時抽出するためのプログラムを作成し、3種類の粒子の鉛直分布の抽出を可能にした。

ウ エタロンを用いた355nmの高スペクトル分解ライダーの開発を進めた。532nmと355nmの高スペクトル分解ライダーを組み合わせることで、7チャンネルのライダーデータを取得出来ることになり、その結果、ダスト、水溶性粒子、ブラックカーボン、そして海塩粒子の濃度を推定できる。更に、ダスト、水溶性粒子、海塩粒子の大きさ(粒径)も推定できる。

③ 現在の大気環境の把握や過去からの大気環境の変動の理解

ア 波照間島でしばしば観測される汚染イベント時(CO2やCOの大気中濃度が上昇しO2濃度が減少する)のCO2に対するO2およびCOの大気中濃度の変動比(ΔO2/ΔCO2比およびΔCO/ΔCO2比)を解析したところ、ΔO2/ΔCO2比およびΔCO/ΔCO2比の間には正の相関関係が見られた。また、6日間の後方流跡線解析を行って汚染イベントのエアマス起源を国別(中国・韓国・日本)に分類し、汚染起源とΔO2/ΔCO2比およびΔCO/ΔCO2比との関係を明らかにした。

イ 日本−オセアニア間を航行する貨物船にガスクロマトグラフィー/熱伝導度検出器(GC/TCD)を用いた大気中酸素濃度(実際にはO2/N2比)測定装置を設置し、西部太平洋域における酸素濃度の連続測定を可能にした。並行して観測されている大気中CO2濃度を用いて計算される大気O2濃度の海洋成分(APO≈O2+CO2)の年平均緯度分布にははっきりと赤道付近でのピークが見られた。APOの緯度分布は海洋の物質循環モデルから予想されるにおける酸素循環と整合的であった。

④ 将来の大気環境変化の推定と大気環境変化の予兆の検出

ア 熱帯アフリカ領域の夏季陸域降水量に関する観測データから過去約100年間に平均の降水量に明瞭な減少トレンドがあることが知られているが、気候モデル(MIROC)を用いた20世紀再現実験においても、数値モデルが降水量の減少トレンドを再現していること、また年々変動幅も観測の変動幅をほぼ再現されていることを明らかにした。更に気候変動要因の切り分け実験を行った結果、熱帯アフリカ域の夏季降水トレンドが自然強制力(太陽活動や火山噴火)では説明できず、人為的な強制力の変化(温室効果ガス、対流圏オゾン、人為エアロゾル)に起因している事を明らかにした。

⑤ 大気環境アセスメントや大気環境の改善に資する手法開発ならびに基礎データの蓄積

ア 健康影響が懸念されるニトロ有機化合物について、PTR-MS法を用いてディーゼル車の排気ガス中のニトロ有機化合物の検出を試みた。その結果、シャーシダイナモを用いた走行試験中の排気ガス中に、ニトロメタンやニトロフェノール類が存在していることを見出した。

イ 植物起源の揮発性有機化合物(VOC)の大気反応による二次的なエアロゾル生成について、その生成収率やエアロゾル成分の反応条件依存性について調べた。その結果、放出量が最も大きいイソプレンの酸化反応によるエアロゾル生成において、非NOx存在下でのOHラジカルによる酸化反応系でエアロゾル生成収率が10%程度に達することを見出した。

ウ 都市域での代表的な人為起源VOCの一つである芳香族炭化水素の光酸化反応からの有機エアロゾル生成が紫外線の強度や波長分布の変化によって影響を受け、紫外線強度の増大やUV-B領域での紫外線量の増加によりエアロゾルの生成量が大きく増加することを見出した。

エ 将来の気候変化(例えば降水量変化)に対する適応策や緩和策の立案と評価では、温室効果気体等についての様々な排出シナリオを想定し、その時の気候変化を推定する手法(例えばパターンスケーリング)がとられているが、その推定手法の妥当性について、気候変動予測に用いられた多くの気候モデルの数値実験結果を解析した結果、特にエアロゾルの排出シナリオに依存した誤差が生じる事を明らかにした。

今後の研究展望

今後の大気環境研究を図る上で基盤となる研究手法・技術の開発ならびに基礎的なデータの蓄積を加速していきたい。大気環境に関連する温暖化研究プログラムならびにアジア自然共生研究プログラムでは取り上げられない大気環境問題についても、その現状の把握ならびに現象の解明を引き続き進めて行く。またオゾン層破壊(あるいはオゾン層の回復)と気候変動や気候変動と大気汚染など、複数の大気環境問題の間で相互に影響を及ぼしあう関係の理解についても研究を推進する体制を整えていきたい。現在進みつつある大気圏の関係する環境問題の対策(緩和策や適応策を含む)や影響の評価などの研究者と連携をとった研究を更に加速していきたい。