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Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 環境健康研究

実施体制

代表者:
環境健康研究領域 領域長 高野裕久
分担者:
分子細胞毒性研究室 野原恵子(室長)、小林弥生、鈴木武博、馬場崇(研究員)*)
生体影響評価研究室 井上健一郎(室長)、小池英子、伊藤智彦(主任研究員)柳澤利枝(研究員)
総合影響評価研究室 田村憲治(室長)、佐藤ゆき(研究員)、小野雅司(室長)*)
環境疫学研究室 新田裕史(室長)、上田佳代、山崎新(研究員)*)
主席研究員 持立克身
上級主席研究員 小林隆弘*)、兜真徳*)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

環境ストレスの影響評価、曝露・影響評価手法の開発、影響メカニズムの解明、等に関する研究をすすめ、環境ストレスの影響とその発現機構を明らかにし、未然防止をめざした施策に資する。以下の4つの研究を柱とする。

Ⅰ.環境ストレスの影響評価と分子メカニズムの解明に関する研究(主として分子細胞毒性研究室が担当) 

有害な環境化学物質が生体機能に及ぼす影響の分子メカニズムを明らかにし、影響の裏づけや影響評価に資するための研究を遂行する。ダイオキシンをはじめとする種々の化学物質が、それぞれ特異的な転写因子に作用して遺伝子発現を変化させ、その結果毒性影響を誘導することが報告されている。トキシコゲノミクスなど近年進歩を続ける各種技術を駆使して遺伝子発現変化を検出し、影響経路や影響の原因遺伝子を探索し、作用の分子メカニズムを明らかにするための研究を行う。また最近では無機ヒ素をはじめとする各種化学物質が「エピジェネティクス」作用を介して遺伝子発現変化を誘導することが示唆され、世界的な関心を集めていることから、化学物質のエピジェネティクス作用を検証するための研究を行う。さらにこれらのメカニズムに基づいて、動物実験で得られた結果をヒトへ外挿することを目標として、環境化学物質の影響のヒトと実験動物の種差、臓器特異性に関する研究や、さらにヒ素を中心としたメタボロミクスに関する研究を行う。

Ⅱ.環境ストレスに対する影響評価の実践、応用、検証と新たな影響評価手法の開発に関する研究(主として生体影響評価研究室が担当) 

高感受性集団や高感受性影響を対象とし、高感度で環境ストレスの健康影響を評価することを目標とし、動物モデル等を用いた影響評価手法の開発、応用とそれによる影響評価の実践、検証、維持を遂行する。特に、環境化学物質が免疫・アレルギー系を中心とする高次機能に及ぼす影響を明らかにし、影響を総合的に評価することが可能なin vivoモデルを開発することをめざす。さらに、in vivoモデルを用いた高次機能影響評価システムの短期化、簡便化を目指すとともに、in vitro評価モデルの可能性を検討する。また、ナノ粒子やナノマテリアル等の粒子状物質が、免疫・アレルギー系、呼吸器系、循環器系、凝固・線溶系、皮膚、等に及ぼす影響を明らかにし、その特性やメカニズムを検討する。

Ⅲ.環境ストレスの体系的、総合的影響評価に関する研究(主として総合影響評価研究室、主席研究員(室)が担当) 

環境ストレスの健康影響を体系的、総合的に理解・評価するため、分子、細胞、組織、動物、ヒトと多岐にわたる環境影響評価研究を推進する。その結果の体系化、総合化により、新たな健康影響評価手法の開発をめざす。疫学的には、都市環境における二次生成汚染物質や自動車排ガスに起因する高レベル暴露の実態把握と健康影響予測を行うほか、「局地的大気汚染による健康影響に関する疫学調査(そらプロジェクト)」、「「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)」など、各種調査研究、委員会の分担研究者、研究協力者として指導・助言を行う。実験的には、マトリックス細胞生物学を駆使して、表面弾性波を利用したナノデバイスセンサー上に、人工組織を再構築し、両者が機能統合したバイオナノ協調体を開発する。これを用いて、広範な環境化学物質の毒性を、多角的に評価できるシステム構築を志向する。ES細胞から成熟肝実質細胞や神経組織への分化誘導系を確立し、毒性評価系への応用を目指す。

Ⅳ.環境ストレスに対する疫学的影響評価に関する研究(主として環境疫学研究室が担当)

一般環境において人々が種々の環境因子に曝露される結果として発生する健康リスクを疫学的手法によって解明することを目標とし、そのための評価手法の開発、検証、維持、実践を遂行する。特に、都市大気汚染に焦点を当てて、道路沿道や一般環境における微小粒子状物質や窒素酸化物などの環境測定データの解析、個人曝露量測定、曝露評価モデルの開発など曝露評価手法の検討を行なう。また、大気汚染の短期および長期の健康影響に関する疫学調査の実施しつつ、種々の健康影響指標に関する検討、収集したデータの統計解析を行って、大気汚染物質への曝露と健康影響との関連性について疫学的な検討を進める。

平成21年度の実施概要

環境ストレスの影響評価、曝露・影響評価手法の開発、影響メカニズムの解明、等に関する研究をすすめた。以下に、前述の4研究毎に実施概要を示す。

Ⅰ.環境ストレスの影響評価と分子メカニズムの解明に関する研究(主として分子細胞毒性研究室が担当) 

1.エピジェネティクス作用を包括したトキシコゲノミクスによる環境化学物質の影響評価法開発のための研究:環境化学物質のエピジェネティクス作用を明らかすることをめざし、今年度はヒ素胎児期曝露による成長後の遺伝子発現への影響や癌組織におけるDNAメチル化変化の網羅的解析、ヒ素長期投与によるエピジェネティクス作用・関連因子の性差に関して検討した。

2.グローバルなDNAメチル化変化に着目した環境化学物質のエピジェネティクス作用スクリーニング法の開発:環境化学物質のエピジェネティクス作用を効率的に検出する方法を開発することをめざし、今年度は特にMeDIP-Seq (Methylated DNA-Immunoprecipitation-Next Generation Sequencing)法により取得されたデータの解析法の検討を中心に、グローバルなDNAメチル化変化スクリーニング法について検討した。

3.マイクロRNAを用いたヒ素の健康影響検出法の開発:ヒ素の毒性の早期影響検出や影響予測をめざし、遺伝子発現を調節する機能性分子である「マイクロRNA(miRNA)」に着目し、本年度はヒ素曝露した実験動物の肝臓におけるmiRNAが標的とする遺伝子について検討した。

4.臓器特異的なTCDD反応性のAhR依存的な遺伝子発現調節メカニズムからの解析:ダイオキシンの毒性は転写因子AhRが仲介する。ダイオキシンの毒性発現の臓器特異性の解明をめざし、AhR依存的に誘導される代表的な遺伝子CYP1A1を指標にして、低用量のTCDDを曝露したマウスの肝臓、脾臓においてCYP1A1の臓器特異的な発現調節メカニズムを検討した。

5.ジフェニルアルシン酸等の標的分子種と薬剤による毒性修飾作用に関する研究:ジフェニルアルシン酸の毒性発現機構の解明をめざし、分析毒性学的手法を用いて、ジフェニルアルシン酸の胆汁排泄について検討した。

6.環境負荷を低減する水系クロマトグラフィーシステムの開発:環境に優しい環境分析技法を確立することをめざし、本年度はトランスフェリンの分析を検討した。

7.ヒ素の体内動態に関する分析毒性学的研究:ヒ素の毒性軽減および毒性発現機構について、生体内におけるヒ素の酸化還元状態とメチル化という観点から解明することをめざし、本年度はヒ素代謝におけるGGTの役割について検討した。

Ⅱ.環境ストレスに対する影響評価の実践、応用、検証と新たな影響評価手法の開発に関する研究(主として生体影響評価研究室が担当) 

1.環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価に関する研究:ナノ粒子・ナノマテリアルが免疫・アレルギー系、呼吸器系、皮膚、等に及ぼす影響を評価することをめざし、マウスの疾患モデルを用いて、当該物質による各種病態パラメーターの変動を検討した。

2.樹状細胞による環境化学物質のアレルギー増悪メカニズムの解明に関する研究:環境化学物質によるアレルギー増悪メカニズムの解明をめざし、マウスの骨髄由来樹状細胞を用いて、in vitroでその遊走活性等の機能に当該物質が与える影響を検討した。

3.食品中の残留農薬曝露が若齢期のアレルギー疾患に及ぼす影響に関する研究:食品中に含まれる残留農薬がアレルギー疾患に及ぼす影響について評価することをめざし、複数のマウスアレルギー疾患モデルを用いて、農薬の経口曝露が及ぼす影響を検討した。

4.環境化学物質による脂肪肝の増悪とその機構解明に関する研究:環境化学物質が肥満に伴う脂肪肝の増悪に及ぼす影響とその作用機構の解明をめざし、マウス肥満モデルを用いて、環境化学物質を腹腔内曝露し、脂肪肝に及ぼす影響を検討した。

5.げっ歯類肺傷害モデルにおける肺機能及びサイトカイン変動と環境汚染物質の影響に関する研究:げっ歯類慢性閉塞性肺疾患での詳細な肺機能・炎症反応の解析と粒子状物質の影響の評価をめざし、マウスの肺気腫モデルを用いて、肺機能、肺での炎症程度、サイトカイン量等を検討した。

6.東アジアにおけるエアロゾルの植物・人間系へのインパクト(エアロゾルによる生体影響の評価)に関する研究:微小粒子・エアロゾルの含有成分である多環芳香族炭化水素類が呼吸器・免疫系に及ぼす影響と物質による影響の相違を明らかにすることをめざし、マウスの免疫担当細胞やヒト気道上皮細胞を用いて、in vitroで当該物質による傷害や炎症に関わる分子の変動を検討した。

7.廃棄物リサイクル制度展開の国際比較と化学物質管理の統合システム解析(室内環境の物質影響に関するスクリーニング)に関する研究:家庭用製品に由来する臭素系難燃剤が免疫応答に及ぼす影響を明らかにすることをめざし、マウスの脾細胞や骨髄由来樹状細胞を用いて、in vitroで当該物質による傷害や炎症に関わる分子の変動を検討した。

8.ディーゼル排気ナノ粒子の脳、肝、腎、生殖器への影響バイオマーカー創出・リスク評価に関する研究:ディーゼル排気ナノ粒子曝露が多臓器に及ばす影響をホルモン系を軸として体系的に評価することをめざし、ラット・マウスを用いて、当該物質曝露後の各臓器の所見を検討した。

9.環境ナノ粒子が高感受性呼吸器疾患に及ぼす悪影響に関する研究:環境中のナノ粒子が炎症性呼吸器疾患に及ぼす影響を評価することをめざし、マウスや培養細胞を用いて、当該粒子曝露後の肺での炎症反応や細胞形態・活性等を検討した。

10.iPS細胞由来心臓細胞を用いたディーゼル排気微粒子のin vitro影響評価の検討:マウス人工多能性肝細胞(iPS細胞)を用いた新規の毒性評価モデルを樹立することをめざし、iPS細胞から心筋への分化培養系の確立および心血管系への影響が報告されている環境化学物質の毒性影響を検討した。

Ⅲ.環境ストレスの体系的、総合的影響評価に関する研究(主として総合影響評価研究室、主席研究員(室)が担当) 

1.局よる健康影地的大気汚染に響に関する疫学調査(そらプロジェクト):学童コホート調査の実施、並びに小児症例対照調査の計画・実施に関する各種検討会において全面的協力を行った。

2.健康面からみた温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究:温暖化に伴うオゾン濃度上昇による死亡リスクの検討を行った。

3.熱中症予防情報提供並びに暑熱環境観測ネットワークの構築と観測実況値提供システムの開発業務:全国6箇所の気象台(東京、名古屋、新潟、大阪、広島、福岡)に加えて、一般住宅街(練馬)、郊外(八王子)、さらには、建物環境、路面環境などが大きく異なる場所(千代田区内:駐車場、交差点近傍)で特別観測を実施した。(平成21年度から環境疫学研究室の担当に変更)

4.日本と中国における自動車排出ガスの健康影響の国際比較に関する疫学研究:日本と中国で自動車交通量の多い幹線道路周辺で生活する人を対象に、大気汚染物質への曝露評価と肺機能検査を各季節に繰り返して実施して大気汚染物質への曝露実態を解明するとともに、大気汚染物質が高齢者の呼吸器系に及ぼす影響を検討した。

5.擬似基底膜を利用したES細胞の分化誘導制御技術の開発に関する研究:ヒト/マウスES細胞から肝実質細胞に分化誘導するための基底膜培養基質(sBM:synthesized Basement Membrane substratum)を創製した。この基底膜基質を用いることで、feeder-free培養で、definitive endodermが作成できた。さらに、機能成熟した肝細胞への分化を目指す。

6.擬似基底膜を利用したES細胞の分化誘導制御技術の開発に関する研究:マウスES/iPS細胞から膵島β細胞に分化誘導するための 基底膜基質を創製した。この基質を用いることで、feeder-free培養で、インスリンを分泌するβ細胞が作成できた。

7.擬似基底膜を利用したES細胞の分化誘導制御技術の開発に関する研究:マウス初代肝実質細胞の機能の中で、繊細で現在最も関心が高いCypやTransporterの機能が安定維持できる基底膜基質を創製し、効果的な培養方法を見いだした。

8.胚様体を用いた発生分化毒性学に最適化したマトリックスの開発に関する研究:マウスES細胞から作成した胚様体を用いて、神経組織への分化誘導を劇的に促進するマトリックスを創製した。毒性研究への応用を想定し、ES細胞から胚様体を経ずに直接神経組織に分化誘導する培養系を、引き続き検討する。

9.人工組織ナノデバイスセンサー複合体を活用した多角的健康影響評価システムの開発に関する研究:表面弾性波(SAW)を利用したナノデバイスセンサー上に、上皮組織を再構築し、両者が機能統合したバイオナノ協調体を開発した。性能の高感度化と安定性を目指し、櫛形電極の設計を改良した。また、SAWチップを収納する微小流体デバイスを試作した。

Ⅳ.環境ストレスに対する疫学的影響評価に関する研究(主として環境疫学研究室が担当)

1.幹線道路沿道における自動車排ガスの健康影響に関する研究:環境省(環境保健部)が実施している「局地的大気汚染による健康影響に関する疫学調査(そらプロジェクト)」のうち学童コホート調査は最終年度となり、調査対象者から継続的な協力を得られるような各種調査業務を実施した。また、詳細な曝露評価モデルを用いた曝露量推計を行った。

2.急性冠症候群発症リスクにおける環境因子と個人レベルの修飾因子に関する疫学的検討: 大気汚染物質や気象条件が心血管疾患発症に与える影響を修飾する因子を検索するために、茨城県内の主要病院における急性冠症候群発症に関するデータを用いて検討した。

3.大気中粒子状物質等が循環器疾患発症・死亡に及ぼす影響に関する疫学研究:我が国における微小粒子状物質が循環器疾患に及ぼす影響に関する疫学知見を得るために、既存の循環器疾患コホート調査データならびに特定地域での循環器疾患発症・死亡データと新たに構築する大気汚染物質曝露データベースを結合して、疫学的な解析を行った。

4.黄砂エアロゾルが救急外来受診に及ぼす影響の疫学的検討:黄砂の救急外来受診に対する急性影響を評価するために、黄砂飛来日と非飛来日におけるSPM濃度と救急外来受診との関連性を検討した。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 96 168 152 157   573
その他外部資金 151 140 161 141   593
総 額 247 308 313 298   1,166

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 環境ストレスの影響評価と分子メカニズムの解明に関する研究

ア 環境リスク研究プログラム関連プロジェクト・特別研究「エピジェネティクス作用を包括したトキシコゲノミクスによる環境化学物質の影響評価法開発のための研究」:環境化学物質のエピジェネティクス作用を明らかすることをめざし、今年度はヒ素胎児期曝露による成長後の遺伝子発現への影響や癌組織におけるDNAメチル化変化の網羅的解析、ヒ素長期投与によるエピジェネティクス作用・関連因子の性差に関して検討する。

イ 環境省環境技術開発等推進費「グローバルなDNAメチル化変化に着目した環境化学物質のエピジェネティクス作用スクリーニング法の開発」:環境化学物質のエピジェネティクス作用を効率的に検出する方法を開発することをめざし、今年度は特にMeDIP-Seq (Methylated DNA-Immuno- precipitation-Next Generation Sequencing)法により取得されたデータの解析法を検討する。

ウ 所内・奨励研究「マイクロRNAを用いたヒ素の健康影響検出法の開発」:ヒ素の毒性の早期影響検出や影響予測をめざし、遺伝子発現を調節する機能性分子である「マイクロRNA(miRNA)」に着目し、本年度はヒ素曝露した実験動物の肝臓におけるmiRNAが標的とする遺伝子について検討する。

エ 文部科学省 科研費 若手研究(B)「臓器特異的なTCDD反応性のAhR依存的な遺伝子発現調節メカニズムからの解析」:ダイオキシンの毒性は転写因子AhRが仲介する。ダイオキシンの毒性発現の臓器特異性の解明をめざし、AhR依存的に誘導される代表的な遺伝子CYP1A1を指標にして、低用量のTCDDを曝露したマウスの肝臓、脾臓においてCYP1A1の臓器特異的な発現調節メカニズムを検討する。

オ 環境省受託「ジフェニルアルシン酸等の標的分子種と薬剤による毒性修飾作用に関する研究」:ジフェニルアルシン酸の胆汁排泄について検討する。

カ ナノテクノロジーを活用した環境技術開発推進事業「環境負荷を低減する水系クロマトグラフィーシステムの開発」:トランスフェリンの分析を検討する。

キ 文部科学省科研費 若手研究(B)「ヒ素の体内動態に関する分析毒性学的研究」:ヒ素代謝におけるGGTの役割について検討する。

② 環境ストレスに対する影響評価の実践、応用、検証と新たな影響評価手法の開発に関する研究

ア 環境リスク研究プログラム関連プロジェクト「環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価に関する研究」:ナノ粒子・ナノマテリアルが免疫・アレルギー系、呼吸器系、皮膚、等に及ぼす影響を評価することをめざし、マウスの疾患モデルを用いて、当該物質による各種病態パラメーターの変動を検討する。

イ 科研費・若手B「樹状細胞による環境化学物質のアレルギー増悪メカニズムの解明に関する研究」:環境化学物質によるアレルギー増悪メカニズムの解明を目指し、環境化学物質がマウスの骨髄由来樹状細胞の機能に与える影響を明らかにするため、in vitroでその遊走能に対する当該物質の修飾作用を検討する。

ウ 科研費・若手(B)「食品中の残留農薬曝露が若齢期のアレルギー疾患に及ぼす影響に関する研究」:食品中に含まれる残留農薬がアレルギー性気管支喘息に及ぼす影響について評価することをめざし、複数のマウスアレルギー疾患モデルを用いて、農薬の経口曝露が及ぼす影響を検討する。

エ 科研費・萌芽「環境化学物質による脂肪肝の増悪とその機構解明に関する研究」:環境化学物質が肥満に伴う脂肪肝への影響について、その作用機構の解明をめざし、分子生物学的、および病理組織学的に検討する。

オ 民間委託「げっ歯類肺傷害モデルにおける肺機能及びサイトカイン変動と環境汚染物質の影響に関する研究」:げっ歯類慢性閉塞性肺疾患での詳細な肺機能・炎症反応の解析と粒子状物質の影響の評価をめざし、マウスの肺気腫モデルを用いて、肺機能、肺での炎症程度、サイトカイン量等を検討する。また、環境汚染物質曝露による同病態への影響に関しても併せて検討する。

カ 科研費・新学術領域「東アジアにおけるエアロゾルの植物・人間系へのインパクト(エアロゾルによる生体影響の評価)に関する研究」:微小粒子・エアロゾルの健康影響とバイオマーカーの同定を目指し、微小粒子・エアロゾルの含有成分である多環芳香族炭化水素類が呼吸器・免疫系に及ぼす影響を明らかにするため、in vitroでマウスの免疫担当細胞やヒト気道上皮細胞に対する影響を検討する。

キ 循環型社会形成推進科研費「廃棄物リサイクル制度展開の国際比較と化学物質管理の統合システム解析(室内環境の物質影響に関するスクリーニング)に関する研究」:家庭用製品に由来する臭素系難燃剤の室内曝露による健康影響の解明をめざし、当該物質が免疫系に及ぼす影響を明らかにするため、in vitroでマウスの免疫担当細胞の傷害や活性化に対する修飾作用を検討する。

ク 環境省・環境研究・技術開発推進費「ディーゼル排気ナノ粒子の脳、肝、腎、生殖器への影響バイオマーカー創出・リスク評価」:ディーゼル排気ナノ粒子曝露が多臓器に及ばす影響をホルモン系を軸として体系的に評価することをめざし、ラット・マウスを用いて、当該物質曝露後の各臓器の所見を検討する。

ケ 文科省科研費・基盤(B)「環境ナノ粒子が高感受性呼吸器疾患に及ぼす悪影響に関する研究」:環境中のナノ粒子が炎症性呼吸器疾患に及ぼす影響を評価することをめざし、マウスや培養細胞を用いて、当該粒子曝露後の肺での炎症反応や細胞形態・活性等を検討する。

コ 理事長枠「iPS細胞由来心臓細胞を用いたディーゼル排気微粒子のin vitro影響評価の検討」:マウス人工多能性肝細胞(iPS細胞)から心筋への分化培養系を確立し、心血管系への影響が報告されている化学物質の毒性影響を評価する。

③ 環境ストレスの体系的、総合的影響評価に関する研究

ア 環境省(環境保健部)「局地的大気汚染による健康影響に関する疫学調査(そらプロジェクト)」:学童コホート調査の実施、並びに小児症例対照調査の計画・実施に関する各種検討会に全面的協力を行なう。

イ 環境省(地球環境局)推進費「健康面からみた温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究」:温暖化に伴うオゾン濃度上昇による死亡リスクの推定並びに温暖化と熱中症・熱ストレスに関する影響関数を作成し、リスクマップ作成手法を検討する。

ウ 環境省(水・大気環境局)「熱中症予防情報提供並びに暑熱環境観測ネットワークの構築と観測実況値提供システムの開発業務」:熱中症予防情報提供システム(HP)の構築とWBGT観測、及び全国規模での暑熱環境観測ネットワークの在り方について検討する。

エ 日本と中国における自動車排出ガスの健康影響の国際比較に関する疫学研究:日本と中国で自動車交通量の多い幹線道路周辺で生活する人を対象に、大気汚染物質への曝露評価と肺機能検査を各季節に繰り返して実施して大気汚染物質への曝露実態を解明するとともに、大気汚染物質が高齢者の呼吸器系に及ぼす影響を検討した。

オ NEDO「擬似基底膜を利用したES細胞の分化誘導制御技術の開発に関する研究」ヒトES細胞から肝実質細胞を分化誘導させる。

カ NEDO「擬似基底膜を利用したES細胞の分化誘導制御技術の開発に関する研究」ヒト/マウスES細胞から膵島β細胞へ効率的に分化誘導させる。

キ NEDO「擬似基底膜を利用したES細胞の分化誘導制御技術の開発に関する研究」ヒトES- hepatocyteの機能成熟を高めるマトリックスを創製する。

ク 特別研究「胚様体を用いた発生分化毒性学に最適化したマトリックスの開発に関する研究」ES細胞から神経組織に分化誘導させる最適なマトリックスを開発し、毒性評価系として利用できるようにする。

ケ 環境省委託研究「人工組織ナノデバイスセンサー複合体を活用した多角的健康影響評価システムの開発に関する研究」バイオモニタリングに応用可能な健康影響評価システムを、バイオナノ協調体を用いて構築する。

④ 環境ストレスに対する疫学的影響評価に関する研究

ア 環境省委託業務「局地的大気汚染による健康影響に関する疫学調査)」:環境省(環境保健部)が実施している「局地的大気汚染による健康影響に関する疫学調査(そらプロジェクト)」の円滑な実施のためのバーチャル組織である疫学調査オフィスの運営・管理を行うと共に、調査対象者から継続的な協力を得られるような各種調査業務を実施した。また、詳細な曝露評価モデルを用いた曝露量推計を行った。

イ 所内奨励研究「急性冠症候群発症リスクにおける環境因子と個人レベルの修飾因子に関する疫学的検討」: 大気汚染物質や気象条件が心血管疾患発症に与える影響についてこれまで多くの疫学研究が実施されてきた。これらの影響を修飾する因子を検索するために、茨城県内の主要病院における急性冠症候群発症に関するデータを用いて検討した。

ウ 環境省環境技術開発等推進費「大気中粒子状物質等が循環器疾患発症・死亡に及ぼす影響に関する疫学研究」:我が国における微小粒子状物質が循環器疾患に及ぼす影響に関する疫学知見を得るために、既存の循環器疾患コホート調査データならびに特定地域での循環器疾患発症・死亡データと新たに構築する大気汚染物質曝露データベースを結合して、疫学的な解析を行なう。

エ 文部科学省科学研究費補助金新学術領域(公募研究)「黄砂エアロゾルが救急外来受診に及ぼす影響の疫学的検討」:黄砂の救急外来受診に対する急性影響を評価するために、黄砂飛来日と非飛来日におけるSPM濃度と救急外来受診との関連性を検討する。さらには、救急受診の原因疾患別の検討により、各疾患に対する影響評価も行う。

平成21年度の研究成果

① 環境ストレスの影響評価と分子メカニズムの解明に関する研究

ア 胎児期のヒ素曝露によってオスの肝臓で後発的に発現変化する遺伝子が存在することが明らかとなり、発癌との関連を検討している。さらにヒ素による発癌に関連するDNAメチル化変化を明らかにするために、MeDIP-アレイ (Methylated DNA immune- precipitation-Microarray)法によるゲノムワイドな検索を行っている。ヒ素の長期投与とDNAメチル化変化量、DNAメチル基転移酵素発現量、メチル基供与体量を検討し、これらの因子に性差のあることを明らかにした。また雌雄のマウス肝臓で特異的なDNAメチル化変化に関してMeDIP-Seq (MeDIP-Next Generation Sequencing) 法によるゲノムワイドな解析を行っている。

イ MeDIP-Seq法により取得されたDNAフラグメント(各試料につき約160万フラグメント)をゲノムにマッピングした後、3種類のソフトウエアを用いて行いて試料間の比較を行い、それぞれの結果を比較した。得られた試料間の比較結果をもとに、実際に得られたフラグメント量とDNAメチル化量の対応に関して、メチル化特異的PCR法やBisulfite-シークエンシング法で確認を行い、有効性の検証を行った。この他、グローバルなDNAメチル化量をLC/ESI-MS法で測定する実験条件を確立した。

ウ 環境化学物質であるヒ素を投与した実験動物の肝臓におけるmRNA発現の網羅的な解析から、2倍以上発現が増加した遺伝子が14種類、2倍以上発現が減少した遺伝子が27種類存在することがわかった。前年におこなったmiRNAの網羅的解析結果と比較することでmiRNA発現変化と対応する発現変化を示す遺伝子を明らかにした。これらの成果から、ヒ素の影響検出にmiRNAを利用できる可能性があることを明らかにした。

エ CYP1A1遺伝子を指標にし、肝臓と脾臓におけるAhR依存的な遺伝子発現調節メカニズムについて検討をおこなった。その結果、AhR repressorの発現量及び、抑制型ヒストン修飾のレベルが脾臓で高いことが明らかになった。さらに、脾臓においてはAhR依存的にCYP1A1プロモーター領域がヘテロクロマチン化される可能性も示唆された。以上の結果から、ダイオキシンの毒性の臓器特異性には、エピジェネティクス作用が関与することが示唆された。

オ ジフェニルアルシン酸等の健康影響に関する調査研究では、ジフェニルアルシン酸が胆汁中へグルタチオン抱合体として排泄されていることを明らかにした。

カ 環境負荷を低減する水系クロマトグラフィーシステムの開発においては、すでに製品化しているホモフィリックなカラムと陰イオン交換基を導入したカラムを用いて生体試料への分析を行ったところ、水系移動相で血清蛋白中のトランスフェリンの温度応答的分離が可能となった。

キ ヒ素の体内動態に関する分析毒性学的研究では、ヒ素代謝におけるγ-glutamyl transpeptidase(GGT)の役割について検討した結果、GGTは体内におけるヒ素GSH抱合体の安定性には密接に関係しているものの、ヒ素の排泄量に関してはあまり影響を与えないことが示唆された。

② 環境ストレスに対する影響評価の実践、応用、検証と新たな影響評価手法の開発に関する研究

ア 当初の計画通り、ある種のナノ粒子・ナノマテリアルの曝露が免疫・アレルギー系、呼吸器系、皮膚等に悪影響を及ぼすことを明らかにした。この成果は、ナノ粒子の生体影響のデータベースとして有用であり、PM対策・環境対策に貢献すると考えられた。

イ 当初の計画通り、フタル酸エステル等の環境化学物質がマウスの骨髄由来樹状細胞の機能に及ぼす影響を検討し、アレルギー増悪作用を持つ環境化学物質は、リンパ節に発現するケモカインに対する骨髄由来樹状細胞の遊走能を亢進することを明らかにした。当初の計画を上回り、これまでに検討した活性化マーカーの発現と機能の関連性や化学物質による影響の差異を明らかにすることもできた。この成果は、環境化学物質によるアレルギー修飾作用の評価に有用であり、アレルギー増悪メカニズムの解明に貢献すると考えられた。

ウ 当初の計画通り、食品中に残留する可能性がある農薬の若齢期おける経口曝露が、アレルギー性気管支喘息などのマウスアレルギー疾患モデルに及ぼす影響を検討し、ある種の農薬がアレルギー性気管支喘息モデルにおいて、雌性マウスの気道炎症を増悪することを明らかにした。この成果は、近年若年層を中心に急増しているアレルギー疾患の原因解明や予防対策に貢献すると考えられた。

エ 当初の計画通り、脂肪肝の軽減作用を示したある種の環境化学物質による影響について、分子生物学的、および病理組織学的解析により、その作用機構の一部を明らかにした。当初の計画を上回り、ある種の化学物質が糖尿病の病態を軽減することも明らかにできた。この成果は、環境化学物質の生活習慣病への関与を示唆する知見であり、予防対策の確立に貢献すると考えられた。

オ 当初の計画通り、マウスの肺気腫モデルを用いて、気道過敏性を含む肺機能、肺での炎症程度、サイトカイン量等を詳細に検討し、それらパラメーターの誘発物質(ブタ膵臓エラスターゼ)の用量依存的の増加・増強を確認し、相関することを明らかにした。また、併せて環境汚染物質であるディーゼル排気微粒子の同モデルへの影響についても検討し、微弱な悪影響を確認した。本バイオアッセイは、環境ストレスによる慢性炎症性呼吸器疾患への微弱な影響も感知しうる評価系として有用と考えられた。

カ 当初の計画通り、多環芳香族炭化水素類が、マウスの免疫担当細胞やヒト気道上皮細胞に及ぼす影響を検討し、抗原提示細胞あるいはリンパ球の傷害や活性化、気道上皮細胞の傷害と炎症に関わる分子を誘導することを明らかにした。当初の計画を上回り、物質によって標的となる細胞や反応性が異なることを明らかにすることもできた。この成果は、微小粒子・エアロゾルの構成成分と健康影響の相関性の解明に有用であり、健康影響を規定する要因とバイオマーカーの探索や予防対策の確立に貢献すると考えられた。

キ 当初の計画通り、臭素系難燃剤がマウスの免疫担当細胞に及ぼす影響を検討し、当該物質は、脾細胞の細胞傷害性や活性化マーカーの発現に対する影響は弱いが、物質によって脾細胞の増殖やサイトカイン産生を増加する傾向があること、抗原提示細胞への直接的な影響は弱いことを明らかにした。当初の計画を上回り、複数の臭素系難燃剤の影響を検討し、免疫担当細胞への直接的な影響よりも上皮細胞等を介した間接的な影響を検討する必要性があることも確認できた。この成果は、家庭系有害廃棄物の健康リスク評価に有用であり、家庭系有害廃棄物の由来、影響、制御を念頭においた管理方策の確立に貢献すると考えられた。

ク 当初の計画通り、ディーゼル由来ナノ粒子の吸入曝露が脳、肝、生殖器、ホルモン系に影響を及ぼすことを明らかにした。この成果は、ナノ粒子の生体影響のデータベースとして有用であり、PM対策・環境対策に貢献すると考えられた。

ケ 当初の計画通り、ナノ粒子の経気道曝露がマウスの肺気腫を増悪することを明らかにした。この成果は、ナノ粒子の生体影響のデータベースとして有用であり、PM対策・環境対策に貢献すると考えられた。

コ 当初の計画通り、マウスiPS細胞から心筋への分化培養法を検討し、高効率でiPS細胞から心筋に分化する培養系を樹立し、心血管系に悪影響を及ぼすことが疫学的に報告されているディーゼル排気微粒子の成分が心筋への分化に影響を及ぼすことを明らかにした。当初の計画を上回り、遺伝子発現やタンパク発現など、複数の定量的な指標を用いた毒性評価系を構築することができた。今後、iPS細胞から心血管系以外の分化培養を行うことにより、様々な生体機能をターゲットとしたin vitroでの毒性評価系への応用も可能と期待できる。

③ 環境ストレスの体系的、総合的影響評価に関する研究

ア 当初の計画通り、自動車排気由来の大気汚染影響を評価する学童コホート調査、小児症例対照調査、成人調査などの計画・実施に関する各種検討会に全面的協力を行なっている。

イ 当初の計画通り進んでいるが、温暖化と熱中症・熱ストレスに及ぼす影響、温暖化に関する研究は環境疫学研究室で担当した。気候変動に伴う光化学オキシダントの増加とこれによる過剰死亡について国内5地域の2031〜50年、2081年〜2100年の夏季について推定をおこなったが、光化学オキシダント濃度は気温の上昇に対応していないことを確認し、また死亡リスク推定においては低濃度域では閾値の存在を考慮して再度推定を行った。これらの成果は、温暖化への適応策を検討することにも貢献する。

ウ 当初の計画通り、熱中症予防を目的に、予防情報の提供、WBGT温度観測システムの構築、熱中症患者速報、からなる熱中症予防情報提供システム(HP、携帯サイト)の運用を平成19年6月より開始し、毎年初夏から熱中症予防に対する警鐘を発信した。平成21年度は、気象台と一般住宅街(練馬)、郊外(八王子)の違いを明らかにするとともに、建物環境、路面環境などの影響についても評価した。熱中症予防情報提供システム(HP、携帯サイト)への平成21年度のアクセス数は比較的涼しかったにもかかわらず168万件に及び、マスコミ等での照会や引用も多く、有効に活用されている。なお、平成21年度からは、担当研究室を環境疫学研究室に移動した。

エ 当初の計画通り、日本(東京)と中国(北京)で自動車交通量の多い幹線道路周辺で生活する人を対象に、大気汚染物質への曝露評価と肺機能検査を各季節に繰り返して実施した。特に北京では2008年のオリンピック期間における大幅な大気汚染状況の改善を我々の測定でも確認した。また、その他の時期においては、大気汚染が北京在住の健常高齢者の肺機能に影響していることを明らかにした。引き続き武漢市において、健常大学生における調査を継続中である。

オ ヒト/マウスES細胞から肝実質細胞に分化誘導するための基底膜培養基質(sBM:synthesized Basement Membrane substratum)を用い、培養法方法を工夫することで、feeder-free培養で、definitive endodermから一層機能成熟した肝細胞に分化した。

カ マウスES/iPS細胞から膵島β細胞に分化誘導するための 基底膜基質を創製した。この基質を用い培養方法を工夫することで、feeder-free培養でありながら、インスリンを分泌するβ細胞が細胞塊として効率よく作成できた。

キ マウス初代肝実質細胞をテスト細胞に用いて、肝実質細胞の機能の中で、現在最も繊細で且つ関心が高いCypやTransporterの機能が安定維持できる最適な基底膜基質を創製した。また、効果的な培養方法もほぼ確定した。

ク マウスES細胞から作成した胚様体を用いて、神経組織への分化誘導を劇的に促進するマトリックスを創製した。毒性研究への応用を想定し、ES細胞から胚様体を経ずに、直接神経組織に分化誘導する培養系を引き続き検討している。

ケ 表面弾性波(SAW)を利用したバイオナノ協調体の実用化を目指し、性能の高感度化と安定性に取り組みんだ。先ず、櫛形電極の設計を改良した。また、SAWチップを収納する微小流体デバイスを試作した。

④ 環境ストレスに対する疫学的影響評価に関する研究

ア 環境省そらプロジェクトの学童コホート調査は平成17年度から毎年全国の小学校で健康調査を実施してきたが、調査対象者の同意率を確保するためにパンフレット及びポスターを作成・配布、保護者等からの電話による問い合わせに対する対応、協力小学校に対する説明などを継続して行ってきたが、平成21年度はその最終年度となり、調査目標達成のために十分と考えられる同意率が得られた。

イ 急性冠症候群による入院と大気汚染物質との関連性を検討した結果、浮遊粒子状物質やオキシダントとの正の関連が認められた。気温と負の関連が認められた。また、性、年齢、既往疾患の有無などにより、大気汚染物質による影響が修飾される可能性があることを見いだした。

ウ 既存の循環器疾患コホート調査データならびに特定地域での循環器疾患発症・死亡データと新たに構築する大気汚染物質曝露データベースを結合して疫学的な解析を行った。これらの成果の一部は平成21年9月に公示された微小粒子状物質の環境基準設定にかける中央環境審議会専門委員会に参考資料として提出され、微小粒子状物質の健康影響評価において我が国と欧米諸国との相違点、類似点を議論する際の重要な知見となった。

エ 長崎市における救急搬送データと黄砂観測ならびに大気汚染物質濃度との関連性を検討するために、黄砂観測日と非観測日との各種大気汚染物質濃度の相違、原因別救急搬送件数データの整備を行った。

今後の研究展望

今後も、環境ストレスの健康影響と発現機構を明らかにし、優れた曝露・影響評価系の開発を進める。4研究毎の具体的展望は以下の通り。

環境ストレスの影響評価と分子メカニズムの解明に関する研究:環境化学物質の影響と分子機構を、遺伝子機能、エピジェネティクス作用に着目して研究する。また分析毒性学的な法を用いたメタボロミクス研究を展開する。これらの課題に関し、信頼性が高く影響の裏づけや評価に資するデータを世界に発信する。

環境ストレスに対する影響評価の実践、応用、検証と新たな影響評価手法の開発に関する研究:生理的状態のみならず病的状態等の高感受性に着目した研究を展開し、成果を発信する。影響機構に関し、ケミカルバイオロジー・ケミカルジェネティックス等の最新研究概念・手法を用い、汚染物質と生体(細胞・分子)との相互作用を中心に研究を進める。

環境ストレスの体系的、総合的影響評価に関する研究:疫学研究では、大気汚染物質の健康影響にとどまらず、環境化学物資全般の健康影響を対象とし、特に小児への影響に関する研究をも重点を置く。地球温暖化に伴う健康リスクの推定、さらにはヒートアイランド現象や紫外線曝露の影響についても研究を継続したい。疫学研究、実験研究をとおした新影響指標も開発したい。実験的研究については、健康影響評価に使用可能な精緻ヒト人工組織の構築を志向する。hES細胞から組織幹細胞、更に、成熟した生理機能を営む細胞に分化誘導させる。また、ナノデバイスセンサ上に人工組織を作成し統合したバイオナノ協調体を構築し、バイオモニタリングに応用可能な影響評価システムを開発する。

環境ストレスに対する疫学的影響評価に関する研究:大気汚染物質の健康影響分野の中心的研究機関としてさらに研究を進めていくとともに、種々の環境因子と健康との関わりについて、疫学研究手法を用いた健康影響評価を展開する。