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Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 化学環境研究

実施体制

代表者:
化学環境研究領域 領域長 柴田康行
分担者:
上級主席研究員 田辺 潔
有機環境計測研究室 田辺 潔(兼:室長)、伊藤裕康、橋本俊次(主任研究員)、高澤嘉一、伏見暁洋(研究員)
無機環境計測研究室 瀬山春彦(室長)、久米博*)、田中 敦、内田昌男、米田 穣*)(主任研究員)
動態化学研究室 横内陽子(室長)、功刀正行*)(主任研究員)、荒巻能史、斉藤拓也(研究員)
生体計測研究室 三森文行(室長)、梅津豊司、渡辺英宏(主任研究員)、板山朋聡*)(研究員)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

化学物質や廃棄物等の適正管理やリスクの低減、地域や途上国における環境汚染問題への取り組み、さらには地球規模の物質循環、気候変動に関する研究など、様々な環境問題への取り組みにおいて、環境モニタリングデータは基盤的な意義と重要性をもち、これらのデータを提供する分析技術やモニタリング手法に対する期待や要望は極めて大きい。化学環境研究領域では、環境を測り理解するため、分析技術、モニタリング手法やデータ解析手法の開発などを柱とする「環境Chemometricsの高度化」を領域全体に共通するテーマに据え、対象となる環境(人間の社会経済活動を含む)をシステムとして捉えて、それらの状態や機能を評価するための分析・モニタリング方法やデータ解析手法などの体系的な発展を目指している。

今中期においては、分析法、モニタリング手法の開発、確立を軸として、POPs/新規POPsの分布と変動の解明、ハロカーボン等VOCの地球規模の挙動解明、地球規模の炭素循環や気候変動影響の解明、同位体比の精密計測に基づく室内外の汚染物質・元素の発生源の解明、神経伝達物質の非破壊計測技術の開発、ナノテク利用による大気粉じんや細胞機能の分析技術開発、摩周湖における湖沼研究等に関する研究を継続、発展させるとともに、多次元分離分析法に基づく有機汚染物質高感度迅速一斉分析法の開発とPOPs分析、大気微粒子組成解明への応用、脳内鉄分布測定手法の開発や生体試料の多成分分析手法開発等の新たな研究を開始している。

平成21年度の実施概要

<1>有機汚染物質の分析法開発と応用

熱脱離(TDI)−二次元GC(GCxGC)−高分解能TOFMS並びにTDI-GCxGC-MSMSの開発と運転条件の確立を進めるとともに、これらをベースとするPOPs分析や大気二次粒子分析研究を推進する。また、これらの高感度高選択性分析装置の利用に基づき、新しいPOPs自動捕集装置を作成する。

*多次元分離分析法による有機ハロゲン系化合物等の微量有機汚染物質の網羅分析(特研)

*自動車排出粒子、大気微粒子の組成分析と動態解明、排出実態調査(特研(分担)、環境省委託)

*POPs自動捕集装置の開発(所内奨励)

<2>高頻度・広域モニタリング手法開発

低温吸着−GCMS連続測定法によるハロカーボン類や非メタン炭化水素の分析手法の開発と離島における連続観測を実施し、これらの物質の越境移動の実態解明ならびに発生源の探索を行う。またHVサンプラによる離島における毎週〜月単位のPOPs測定実施や上記のPOPs自動捕集装置の試作を行うとともに、生物蓄積を利用した広域的なモニタリングや保存試料を用いた汚染の歴史の解明を進める。

*フッ素系温室効果気体の観測と解析(継続;地球センターモニタリング)

*北九州北部地域に発生した光化学大気汚染エピソード原因解明のための観測(H20〜H22;特研)

*海洋起源ハロカーボン類のフラックスと生成過程に関する研究(H18〜H22;科研費特定サブ課題)

*東アジアPOPsモニタリング(H18〜;環境省日韓共同研究)、生物試料中POPs/新規POPsの分析(H20〜H22;地球推進費)PFOS分析(H20〜21;環境技術開発推進費)、トンボによる生物モニタリング(H21奨励)

<3>安定・放射性同位体精密測定技術の開発 

放射性炭素を利用した土壌や海洋における炭素循環研究、温暖化影響研究、人生体試料中の元素同位体比測定による汚染の起源の推定などの研究を進める。

*日本における土壌炭素蓄積機構の定量的解明と温暖化影響の実験的評価(H21〜H23;特研)

*表層海水並びに大気中の安定・放射性炭素測定(温暖化プログラム中核PJ1、地球一括研究など)、河川溶存炭素の起源推定(科研費)、北極圏の土壌炭素循環並びに気候変動に関する研究(科研費研究)、海洋炭素循環並びに気候変動に関する研究(科研費研究、JAMSTEC航海採択課題、日米共同研究、所内理事長枠研究)など

<4>化学物質生体影響評価に関する研究

MRIや動物行動試験法による環境ストレスの計測法の研究、ジフェニルアルシン酸並びに代謝・分解産物の分析と体内動態、神経行動影響に関する研究、生体試料の網羅的分析手法の開発を進める。

*MRIによる神経伝達物質の非破壊分析や脳内鉄分布の解明(科研費研究、所内奨励研究等)

*ジフェニルアルシン酸の動物行動試験、体内分布(環境省研究斑、科研費)

*生体試料を用いた環境中有害化学物質曝露の健康影響評価(H21〜H23;科研費)

<5>その他の環境研究・研究業務

*摩周湖長期モニタリング(GEMS/WATER、地球センター)、透明度研究(H20〜H22;地域一括)

*環境試料の収集・保存(H14〜;環境省環境タイムカプセル化事業(分担))

*ストックホルム条約有効性評価委員、環境省関連委員会委員、環境省受託業務、その他各種学術活動など

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 97 194 170 221   682
その他外部資金 104 289 277 167   837
総 額 201 483 447 388   1,519

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 多次元分離分析法による有機ハロゲン系化合物等の微量有機汚染物質の網羅分析

・ 多次元ガスクロマトグラフィとMS/MSを応用して、実用的な一斉・高感度・迅速かつ正確な有機ハロゲン系化合物等の定量法を開発する。同時に、広範な有機ハロゲン系化合物の検索と半定量を行う網羅分析法を開発する。平成21年度は、 POPs、 PAHs(ニトロ体、オキシ体を含む)などの標品のニュートラルロス測定を行ってスペクトル情報を収集し、一斉定量のためのGCxGC-MS/MSによるMRM測定条件を作成すると共に、データ解析に必要とされるソフトウェアの開発を行う。

② ナノ粒子、微小粒子の組成分析と動態解明に関する研究

・ ディーゼル排気や大気中に存在するナノ粒子や微小粒子について、先端的な成分測定法の開発、これら粒子の組成の把握、得られた組成に基づく動態解明手法の開発を行う。平成21年度は、昨年度に引続き大気試料の14C測定を行い、様々なデータと合わせた解析による汚染解析を行う。また、近年の排ガス対策に伴うディーゼル排気中の粒子の組成変化を検討する。

③ 東アジア地域におけるPOPs(残留性有機汚染物質)の越境汚染とその削減対策に関する研究

・ 国環研に保存されている過去の採取二枚貝やイカ肝臓試料中のPOPs分析を継続するとともに、フィリピン、タイ、ベトナムでイカ肝臓を入手し、分析ならびに比較を進める。

④ 東アジアにおけるハロカーボン排出実態解明のための高頻度・高精度モニタリング研究

・ 波照間ステーションと落石ステーションにおけるハロカーボン類の高頻度モニタリング観測を継続し、HFC類、PFC類、SF6、CFC類、HCFC類の季節変動・経年変動を明らかにすると共にこれら2地点における観測データの比較により、東アジアにおけるハロカーボン排出状況の特徴を解析する。

⑤ 海洋起源ハロカーボン類のフラックスと生成過程に関する研究

・ 波照間島における大気の高頻度観測を基に海洋起源ヨウ素化合物の変動を調べると共に、インド洋〜南大洋における海水中VOCの高密度測定を実施する。

⑥ 高磁場MRIによる含鉄タンパク質フェリチンの定量化と分子イメージングへの適用研究

・ ヒト脳の画像データ集積をさらに進めるとともに、鉄濃度の定量誤差の大きかった白質領域での定量精度を向上させる。

⑦ 商船による北太平洋14Cマッピング

・ 日米を往復する貨物船を利用して得られた海水試料のうち,海洋表層が成層化する夏季に採取した試料の測定を行い,各海域の特徴を解析するとともに,各海域における季節変動の把握を行う測定に移行する。

⑧ 熱帯・亜熱帯林生態系による自然起源オゾン破壊物質のガス交換過程の解明

・ 安定同位体を用いて、熱帯・亜熱帯林の微生物によるハロゲン化メチルの吸収量を推定する。21年度は測定法の検討やチャンバーの製作などを行う。

⑨ 北九州北部地域に発生した光化学大気汚染エピソード原因解明のための観測

・ 平成21年度は、平成20年度に立ち上げたNMHCとNOx、オゾン観測の通年測定を実施すると共に、春に集中観測(AMSによる粒子観測)を行う。観測結果を基に、春季の光化学オゾン前駆物質の動態を解析する。また、モデルについては、通年測定及び集中観測を対象としたシミュレーション計算を行い、観測データと比較する。

⑩ 日本における土壌炭素蓄積機構の定量的解明と温暖化影響の実験的評価・実測可能な滞留時間別コンパートメントからなる土壌炭素動態モデルの構築

・ 日本の代表的な土壌試料の採取を行い、土壌炭素蓄積に関する基礎データを得るとともに、分解率の異なる土壌画分に分離する手法を検討する。加速器質量分析計(AMS)による14C分析によって土壌分画毎の滞留時間を定量化することで、日本の土壌炭素蓄積・分解特性を評価する。

⑪ 近未来予測のための古海洋学:温暖化に伴う気候モードジャンプの可能性・北極海の定量的環境復元とグローバルな気候変動との関連性解明に関する研究

・ 北極海において採取した海底堆積物コア試料や海水試料に対して、最新の古海洋復元プロキシーを駆使し、古海洋データの空白域である北極海において、現在よりも2℃温暖であったと推定されている最終間氷期の古海洋記録を定量的に復元する。

⑫ その他の地球科学系共同研究

・ 東京近傍で沖積層を対象とした掘削されたロングコア試料に対して、最新の古海洋復元プロキシーを駆使し、縄文海進から平安海進にかけての東京湾における水温を復元する

⑬ アジアにおける多環芳香族炭化水素類(PAHs)の発生源特定とその広域輸送

・ 放射性炭素を指標に用いて、多環芳香族炭化水素類(PAHs)のアジア諸国大気・水圏におけるPAHsの分布並びに具体的な発生源について特定を行なう

⑭ 東アジアと北太平洋における有機エアロゾルの起源、長距離大気輸送と変質に関する研究

・ 中国の発生源における有機エアロゾルに含まれる有機物の越境汚染と汚染域から排出される揮発性有機物の酸化による水溶性有機エアロゾルの二次的生成の実体を明らかにし、中国から我が国への有機物汚染の影響を評価する。

⑮ 放射性炭素同位体測定に基づく微小粒子状物質の起源に関する研究

・ 都内各所において採取した大気中及び発生源の微小粒子状物質について、放射性炭素同位体(14C)を分析することにより、都内大気の大気微小粒子状物質の発生源解析を行う

平成21年度の研究成果

①多次元分離分析法による有機ハロゲン系化合物等の微量有機汚染物質の網羅分析

ア ダイナミックレンジの狭さや膨大なデータの処理が困難といったGCxGC-HRTOFMS分析法における課題を克服するため、世界で初めて(2010年2月24日現在)多次元ガスクロマトグラフ(GCxGC)とタンデム型質量分析計(MS/MS)を組合わせた分析法を開発し、大気粒子やディーゼル排気中粒子に含まれるPAH16化合物とその類縁化合物(ニトロ体14化合物、オキシ体10化合物、メチル体4化合物)の高感度・一斉定量を可能にした。従来のGC-qMS法と比較して、1〜2桁程度の感度向上を達成した。

イ また、有機ハロゲン系化合物の網羅的検出の試みとして、GCxGC-MS/MSによるフライアッシュ抽出液のハロゲン基のニュートラルロス測定行い、多数の塩素系化合物、臭素系化合物,フッ素系化合物とみられるピークを検出した。それらの一部の保持時間はダイオキシン類と重なるが、多くの未知成分の存在が2次元クロマトグラム上で確認された。

② ナノ粒子、微小粒子の組成分析と動態解明に関する研究

ア 都市(東京)郊外における夏季の大気中微小粒子について、世界初となる6時間ごとの全炭素14Cのモニタリングを、微小試料14C測定法を用いて実施した。14Cに昼間低くなる傾向があることを明らかにすると共に、元素組成、イオン、EC/OCと組合わせたCMB解析を行い、日中は化石燃料由来の1次有機粒子及び2次生成有機粒子が大きく増えること、生物由来粒子は大きくは変動しないことなどを実験的に明らかにした。

イ 酸化触媒付(2005年式)ディーゼルトラックの排気粒子を加熱脱着GC/MS法で測定し、oxy-PAHsやnitro-PAHsがPAHsと同等以上に高濃度であり、従来のディーゼル排気粒子と大きく組成が異なり、注意を要することを明らかにした。

③ 東アジア地域におけるPOPs(残留性有機汚染物質)の越境汚染とその削減対策に関する研究

ア ベトナムの北部と中南部、タイ(バンコク沿岸)、フィリピン4地点でケンサキイカないしアオリイカの肝臓を入手し、相手側研究者の研修をかねた共同研究を実施しながら前処理、分析並びにデータの精度管理や解析を進めた。ベトナムのイカ肝臓中POPs濃度は日本沿岸や北太平洋のイカと比べて全体的に低めな中で、DDT類が高い点が特徴として見つかった。

④ 東アジアにおけるハロカーボン排出実態解明のための高頻度・高精度モニタリング研究

ア 波照間・落石におけるハロカーボン連続観測から、PFC類(PFC-116、PFC-218、PFC-318)のベースライン濃度が、年1-3%程度で増加していることを明らかにした。観測値を基に、粒子拡散モデルに基づく逆問題手法と大気輸送モデルを用いて、東アジア(中国、日本、北朝鮮、韓国、台湾)におけるPFCsの排出量を推定した。その結果、中国は東アジアにおけるPFCs排出量の半分以上を占める最大の放出国であり、日本がそれに続くことが示された。東アジア域におけるPFCs排出量は、PFC-116: 0.859 Gg/yr, PFC-218: 0.310Gg/yr, PFC-318: 0.562 Gg/yrと推定された。

イ また、国際共同研究の枠組みの下、波照間、落石のほか、最近観測の始まった中国のShangdianziおよび韓国のGosanにおける観測データを使って東アジアの5カ国(中国、台湾、北朝鮮、韓国、日本)からのHCFCとHFCの排出量推定を実施した(Stohl et al., ACPD, 2010)。その結果、中国からのHCFC・HFC排出が、東アジア全体において、さらに世界的に見ても大きな割合を占めていることが分かった。中国からのHCFC-22排出量推定値は65.3 Gg/yrで、東アジアからの推定排出量の78%、世界全体の推定排出量の17 %を占め、以下、HCFC-141b(12.1 Gg/y)はそれぞれ75%と22 %, HCFC-142b(7.3 kt/y)は81%と17%, HFC-23(6.2 Gg/y)は92%と52%、HFC-134a(12.9 Gg/y)は 67%と 9 %、HFC-152a(3.4 Gg/y)は73%と7%を占めた。

⑤ 海洋起源ハロカーボン類のフラックスと生成過程に関する研究

ア 波照間島において4種類のヨウ素化合物(ヨウ化メチル、ヨウ化エチル、クロロヨードメタン、ジヨードメタン)の高頻度大気観測を行い、大気中クロロヨードメタン濃度と風速の間に極めてよい相関のあること、ヨウ化メチルとヨウ化エチルには海洋起源のほかにアジア大陸からの影響があることなどを見出した。

イ インド洋〜南大洋の白鳳丸航海(2009年11月〜2010年1月)に参加し、北半球〜南半球における海水中VOC濃度の観測を行い、その変動要因を解析した。南大洋において海洋起源のジクロロメタンを初めて検出した。

⑥ 高磁場MRIによる含鉄タンパク質フェリチンの定量化と分子イメージングへの適用研究

ア 脳内の無侵襲鉄定量において、T2緩和速度への高分子量成分の寄与を考慮することにより、これまで正確な定量ができなかった白質領域においても灰白質と同様の確度、精度を持って定量することが可能になった。この定式化により脳の全域で生体鉄濃度を画像化する方法に道が開けた。

⑦ 商船による北太平洋14Cマッピング

ア 北太平洋上における海洋表層の放射性炭素(14C)濃度測定について,各海域における季節変動の把握を目的とした試料測定に移行した。一方,日本−オーストラリア−ニュージーランドを航路とする商船を利用して西太平洋における海洋表層の炭素同位体比(13C,14C)測定の準備を進めるとともに,試料の採取を開始した。この観測を通して,すでにデータの蓄積がある大気中の炭素同位体比に及ぼす海洋の影響,あるいは大気海洋間の二酸化炭素交換係数などの緯度帯ごとの情報を得ることを期待している。

⑧ 熱帯・亜熱帯林生態系による自然起源オゾン破壊物質のガス交換過程の解明

ア 土壌や葉によるハロゲン化メチルの放出量および吸収量を測定するため、一定流量で外気を通気させることで気温や湿度の変化を抑えることが可能なダイナミック型チャンバーの製作を行った。また、ppmレベルの塩化メチルおよび臭化メチルの安定同位体を含む標準ガスを調達し、これを用いた測定法の検討を行った。

⑨ 北九州北部地域に発生した光化学大気汚染エピソード原因解明のための観測

ア 平成21年春季にオゾンなどの測定と同期して、二次粒子測定のためのエアロゾル質量分析計を用いた集中観測を行った。その結果4月8日、5月9日前後に100ppbvを超えるオゾンを観測し、同時に高濃度の粒子状硫酸塩や有機エアロゾルを観測した。長崎福江島のようなリモートな地域においても高濃度もオゾンのイベントがあることを観測から明らかにした。また、NMHC類の毎時間測定を継続し、顕著な季節変化(アルカン類の場合、冬季平均濃度は夏季平均濃度の3〜7倍)を観測すると共に、春季のNMHC組成比の解析によって観測された高濃度オゾンイベント毎の光化学反応履歴の違いを示した。

イ 東アジアスケールモデルの解析を進めた結果、福江で観測されたオゾン、二次粒子、NMHC成分、NOyのいずれについても中国の影響が大きいこと、特に春の高濃度時のその傾向が顕著であること、NMHC類の排出量を過小している可能性が高いこと、などを明らかにした。

⑩ 日本における土壌炭素蓄積機構の定量的解明と温暖化影響の実験的評価・実測可能な滞留時間別コンパートメントからなる土壌炭素動態モデルの構築

ア 土壌の物理特性を破壊すること無く、最長50cmまで連続的に試料を採取する方法について検討を行った。検討の結果、可動性の高い電動式土壌コアサンプラーの試作を行い、実際の現場作業での有効性が確認された。土壌炭素蓄積量および土壌炭素の滞留時間を高分解能(1cm毎)で得ることが可能となった。この手法を用いて、針広混合林および落葉広葉樹林(北海道大学手塩研究林)、カラマツ林(国環研・苫小牧サイト)、ブナ林(苗場山標高1500m、700m)で土壌コアを採取し、1cm毎に仮比重、炭素・窒素含有率、14C濃度の分析を行った。針広混合林を除き、その他の森林土壌では、深度が深くなるとともに、炭素・窒素含有率は低く、仮比重は高くなる傾向が見られた。針広混合林では、炭素含有率は深さ14Cmから増加し、深さ30cmでも20%と高かった。単位面積あたりの土壌炭素量は、針広混合林で最も高く、またブナ林(標高700m、標高1500m)でもほぼ同等であった。また14C分析の結果から、針広混合林土壌は他の森林よりも堆積速度が早いことが分かった。

イ より深層まで土壌を連続的に採取する方法にについて検討を行った。クローラー式土壌コアサンプラーを使用し、国環研富士北麓サイトにおいて最長175cmまで連続的な土壌採取を成功させた。これらのサンプルに関しても、炭素・窒素含有率および14C分析を進めている。

ウ 土壌を@比重分画法と、A物理的方法(比重や粒径)と化学的方法(アルカリ・酸処理)を併用した手法(で分離した試料の14C分析を行い、有機物の分解過程を考慮した分離法を検討した。@比重分画法を用いて褐色森林土壌を6画分に分離し14C分析をおこなった結果、A層(深さ5〜15cm)でも滞留時間が150〜350年の炭素が全体の約3/5を占めていることが明らかとなった。また、欧米の耕作土壌で提唱されたA物理的方法と化学的方法を併用した手法(Zimmermann et al. 2006)を用いて、耕作土壌2種類(黒ボク土・非黒ボク土)を4画分に分離し14C分析をおこなった結果、日本のように火山灰の影響を受けた土壌にも有効な分離方法であることが示唆された。森林土壌のように滞留時間が短い易分解性有機炭素が多い土壌にもこの手法が適応できるか、検討を進める。

⑪ 近未来予測のための古海洋学:温暖化に伴う気候モードジャンプの可能性・北極海の定量的環境復元とグローバルな気候変動との関連性解明に関する研究

ア 2006年ベーリング海陸棚斜面により採取したピストン・コアを用いて、浮遊性・底生有孔虫化石の14C年代を測定した。浮遊性・底生有孔虫化石の年代差より見かけの中深層循環変動を復元し、表層水温変動記録、生物生産記録などと対比することにより最終退氷期ベーリング海の気候変動を検討した。また、北半球亜熱帯から中高緯度域におけるアジアモンスーン強度とグローバルな気候変動との関連性を解明するために、H18年からH20年にかけ、東シナ海、日本海、十勝沖、オホーツク海、ベーリング海、などにおいて計20地点以上でピストン・コアを採取した。さらに、ベーリング海で中層水形成の有無や形成速度の時代変動を復元するために、アルケノン古水温、TEX86水温温度計、浮遊性・底生有孔虫炭酸カルシウム骨格の炭素・酸素安定同位体比、14C年代測定、陸源有機物指標バイオマーカー等の分析を実施した。これらの研究により、北半球における偏西風−夏季モンスーン−河川流出量−縁海の海洋環境、および偏西風−冬季モンスーン−海氷・ポリニア−北太平洋中層水のリンケージが解明されると共に、それらが、どの様にして急激な気候変動の増幅、伝播に拘っていたのか、現在より温暖な気候モードのもとでどう機能するのかが明らかになるものと期待される。

イ 海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」の北極海研究調査MR09-03「北極海における総合観測航海」(H21.8.28-10.25)で採取された、ピストンコアラー・マルチプルコアラーによる海底堆積物コア試料を用い、有機炭素含有量,C/N比、炭素、酸素安定同位体比(有孔虫、堆積物中バルク有機物)、14C(有孔虫),微化石群集解析(珪藻,有孔虫,放散虫),バイオマーカーなど,総合的な古環境分析を進めている。加えて、浮遊性有孔虫・底生有孔虫の14C年代測定を行ない、中深層での循環変動の歴史変化を復元し、表層と深層での温暖化や深層水循環変動のタイミングを検討している。

ウ 2008年、欧米機関(アラスカ大学、ロシア科学アカデミー、ブレーメン大学等)と協同で砕氷船を傭船し、北極海西側(グリーンランド)から東部(カナダ)に至る海域において水深4000mまでの海水試料の採取に成功した。本研究では、グリーンランド沖で生成される地球規模の深層大循環への温暖化影響を明らかにする上で重要な観測となっており、現在、分析が進行中である。

⑫ その他の地球科学系共同研究

ア 東京近傍(大宮、浦和等)で沖積層を対象とした掘削されたロングコア試料中から、微生物膜脂質を抽出・生成し、そのLC/MS測定の結果からTEX86水温温度を算出した。この結果、縄文海進から平安海進にかけての東京湾の海水温の変動が再現された。

⑬ アジアにおける多環芳香族炭化水素類(PAHs)の発生源特定とその広域輸送

ア アジア諸国(中国、ベトナム等)でエアロゾル試料の採取をおこなった。現在、これらエアロゾル試料中から、抽出、分離・生成、定量し、分取キャピラリーガスクロマトグラフ(PCGC)システムでピーク単離されたPAH化合物を超低バックグラウンドでの極微量炭素のグラファイト調整用に開発した高真空グラファイト反応装置を用いてグラファイト化し、PAHの分子レベル放射性炭素同位体比Δ14C)の測定を進めている。

⑭ 東アジアと北太平洋における有機エアロゾルの起源、長距離大気輸送と変質に関する研究

ア 中国(西部、南部、北部)、日本(沖縄辺戸岬、札幌)、および、西部北太平洋(済州島、小笠原諸島父島)における年間を通したエアロゾル観測を行なった。特に、中国から西部北太平洋への有機物を中心とした化学物質の越境大気汚染と輸送における有機エアロゾルの変質の実体を解明するために、ローカル汚染の少ない沖縄辺戸岬、札幌、済州島、小笠原諸島・父島にて、エアロゾル試料を系統的に採取した。これらエアロゾル中の黒色炭素・有機炭素および主要有機化合物(シュウ酸など)の14Cの濃度測定を行い、エアロゾルに対する化石燃料および生物からの寄与を検討し、中国での石炭燃焼の我が国および西部北太平洋への影響について検討中である。

⑮ 放射性炭素同位体測定に基づく微小粒子状物質の起源に関する研究

ア 都内大気中及び発生源の微小粒子状物質の発生源を明らかにするため、都が、都内各所に設置している一般局、自排局からサンプリングしたPM2.5フィルター並びに都内各所の発生源候補(火力発電所、ごみ焼却場など)からのフィルターについて14C同位体分析を行い、PM2.5粒子の発生源を検討した。

今後の研究展望

平成22年度は3件の特別研究を含む所内外の競争的資金による研究の継続、発展や、推進費2課題を含む新たな関連研究の開始により、環境研究のための分析・モニタリング手法の整備をさらに推進するとともに、化学物質の適正管理や地球規模の環境問題に取り組むための基礎データの積み上げを進め、環境システムのさらなる理解推進を図る。今年度から開始される環境省エコチル事業の分析精度管理、試料保存に関する取り組みを強化するとともに、化学物質の一斉分析にむけて生体試料も含む様々な環境試料への適用性向上をめざし、データ解析手法の高度化も含めたシステマティックな取り組みを推進することが必要と考えられる。