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Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 社会環境システム研究

実施体制

代表者:
社会環境システム研究領域  領域長代理 日引 聡
(前代表者 社会環境システム研究領域、領域長、原沢英夫*))
分担者:
環境経済・政策研究室 日引聡(室長)、久保田泉(主任研究員)、岡川梓(研究員)、宮脇幸治(NIESポスドクフェロー)
環境計画研究室 青柳みどり(室長)、森保文、一ノ瀬俊明(主任研究員)、Victoria Likhvar、
松本太*)(NIESポスドクフェロー)、片岡久美*)(NIESアシスタントフェロー)
統合評価研究室 増井利彦(室長)、肱岡靖明(主任研究員)、花崎直太、金森有子(研究員)、
徐燕*)(NIESポスドクフェロー)、野口綾也*)(NIESアシスタントフェロー)
交通・都市環境研究室 小林伸治*(室長)、須賀伸介、近藤美則、松橋啓介(主任研究員)、米澤健一、加藤秀樹(NIESポスドクフェロー)
主席研究員 青木陽二*)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

環境問題の多くは、消費活動、生産活動などの人間活動によって引き起こされており、人間活動を低環境負荷へ誘導していくことが問題解決のための重要な課題の一つである。このため、人間活動がどのような要因によって決定され、それがどのように環境負荷と関連しているかを明らかにし、さらには、現在の社会を、低炭素型社会、自然共生社会、循環型社会などに代表される環境低負荷型社会あるいは持続可能な社会に誘導するためには、どのような対策が有効であるかについて分析することが重要な研究要素となる。

社会環境システム研究領域では、人間や企業の活動を対象に、環境低負荷型社会あるいは持続可能な社会を実現するための研究を実施する。この研究を実施する上で、中長期にわたって取り組むべき基盤研究は、将来起こりうる社会シナリオを描き、望ましい社会を構築するためのビジョンを構築することに資する研究、シナリオやビジョンを描くための基盤ツール(統合評価モデル、経済モデルなど)を開発する研究、ビジョンを実現するための制度設計に関する研究、人間や企業の意思決定の構造を明らかにする研究(消費者や企業の分析)、であると考えられる。このため、今期中期計画期間において、環境と経済の統合を目指し、安全・安心・快適な社会環境(地域規模、都市規模、身近な社会環境を含む)を創造するためのビジョンを示すとともに、それらを実現・維持するためのシナリオ・方策を提示し、持続可能な社会を構築するための具体的な政策提言に結びつく研究等を推進する。

研究実施においては、領域内の4つ研究室、あるいは他の領域と連携しながら、特別研究および外部競争的資金による研究により、先に述べた4つの基盤的な研究([1]環境研究・政策研究に資する統合評価モデルや環境経済モデルなどの手法開発、[2]環境の中長期ビジョン・シナリオに関する研究、[3]国民のライフスタイルのあり方とその実現・誘導方策に関する研究課題、[4]安全・安心な地域・都市環境の創造と管理に関する研究)を実施する。

平成21年度の実施概要

[1] 環境研究・政策研究に資する統合評価モデルや環境経済モデルなどの手法開発研究

(1) 全球水資源モデルの開発・改良(平成21〜23年度)

工業用水モデル、生活用水モデル、農作物貿易モデルを開発のためのデータ収集し、予備的なモデル(簡易なモデル)を開発する。
(特別研究「全球水資源モデルとの統合を目的とした水需要モデル及び貿易モデルの開発と長期シナリオ分析への適用」(平成21〜23年度)にて実施)

(2) 家計のごみ排出モデルの開発とごみ処理手数料有料制の効果の分析

① 家計調査で収集したデータを用い、計量経済学的手法によって、家計のごみ排出モデルのパラメータを推計し、モデルを開発する。

② 開発したモデルを用いて、政策シミュレーションを実施し、ごみ処理手数料有料化によるごみ排出量削減効果などを推計する。その他廃棄物に関する行政サービスの制度設計がごみ排出量に及ぼす影響を分析する。

[2]環境の中長期ビジョン・シナリオに関する研究

(本研究は、地球環境研究センター、循環型社会・廃棄物研究センターと連携して研究を進めている。)

(1) 中長期を対象とした持続可能な社会ビジョン・シナリオの構築に関する研究(平成18 〜21年度)

① 統合評価モデルを用いた日本及び地域レベルの持続可能な社会ビジョン・シナリオの定量化に関する研究
[1](1)で開発した国モデルを使い、CO2排出量や水を対象とした将来像を定量的に示すとともに、持続可能な社会ビジョンを実現するために必要な取組(効率改善や生産構造の変化など)を組み入れた場合の社会及び環境の姿について定量的に分析を行う。

② IR3Sにおける世界長期シナリオ構築に関する研究
[1](1)で開発した世界モデルを使い、2050年の世界において現状と比較して温室効果ガス排出量の半減、資源生産性の向上、森林面積の維持を目指したシナリオを定量的に分析する。

(2) 世界の水資源評価に関する長期シナリオ研究(平成21〜23年度)

① [1](3)で開発した全球水資源モデルを用いて、将来の世界の水資源を評価するための、長期シナリオ分析を行うことを予定している。このため、長期的なシナリオを構築するための準備として基本的な情報・データ収集を行う。

② 世界全体の農作物の輸出入によって生じるバーチャルウォーター(貿易による農作物の移動による仮想的な水資源の移動)を推計し、農作物貿易とバーチャルウォーターとの関係を明らかにする。

[3]安全・安心な地域・都市環境の創造と管理に関する研究 

本研究では、都市域の交通や大気汚染、低炭素型都市、温暖化による都市への影響の問題をとりあげ、問題分析手法の開発および問題解決に向けての具体的対策を提案するために、2つの特別研究および東京都請負を中心に研究を進めた。

(1) 低炭素型都市づくりに関する研究(平成20〜22年度)

GIS等による地域別エネルギー消費量推定値のデータ解析を行い、建物形状を考慮した建物用途別エネルギー消費量推定手法を開発するとともに、都市部におけるエネルギー削減手法を検討し、それを評価するための都市環境評価手法(道路幅と建物高さ(建物密度)から屋外の熱環境を快適性指標(PMVやSET)で評価)を開発する。さらに、それをアジアの都市(名古屋、中国の大都市)に適用する。

(2) 東京都における温暖化影響の評価に関する研究(平成21〜23年度)

地球温暖化の影響を、より小さな地域にダウンスケールする手法を検討し、東京都への影響(水害、健康被害、農林水産業への影響など)を明らかにする。この研究は、東京都の温暖化対策を支援することを目的としている。具体的には、以下の研究を実施する。具体的には、以下の研究を実施する。

① 内外の既存研究の整理、脆弱性を把握するための観測データの整理、社会経済シナリオ作成のための、予定されている都市計画や防災計画、様々な将来ビジョンの収集と整理

② 地域レベルの気候シナリオ開発のための予備的検討

③ 分野別温暖化影響評価モデル開発のためのデータ収集及びモデル開発準備

[4]国民のライフスタイルのあり方とその実現・誘導方策に関する研究課題

(1) ライフスタイル変革のための有効な情報伝達手段とその効果に関する研究 (平成17〜22年度)

時系列調査とメディア報道の分析を中心に実施した。時系列調査は、市民の環境についての重要度認識を把握するために、毎月10日前後の一週間に、全国2,000名の成人男女を対象に無作為抽出し、専門の調査員による個人面接で実施した。調査内容は,毎月、「世界で重要なこと」「日本で重要なこと」の2問それぞれについて自由回答で答えてもらうものであり、この自由回答結果を本課題担当者がコーディングし、回答率の変化をみた。同時に、毎月のテレビおよび新聞の報道件数(新聞の一面および全面、テレビの報道件数および報道時間)との関連を分析した。

(2) 気候変動問題についての市民の理解と対応についての調査分析および文化モデルの構築 (平成17〜22年度実施)

平成17〜20年度まで5回に渡って実施したフォーカス・グループ・インタビューの結果について、詳細報告書を執筆するとともに、インタビュー参加者の個人属性や情報獲得源との関連について、インタビューでの発言記録をもとにテキスト分析を行った。また、特にそれらの分析を元にした、学習プログラムの開発について効果の現れ方の差について考察した。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 137 149 136 90   512
その他外部資金 106 122 118 295   641
総 額 243 271 254 385   1,153

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 環境研究・政策研究に資する統合評価モデルや環境経済モデルなどの手法開発研究

ア 全球水資源モデルの開発・改良

・ 予備的モデル(工業用水、生活用水、農作物貿易モデル)を開発する。

イ 家計のごみ排出モデルの開発とごみ処理手数料有料制の効果の分析

・ 家計のごみ排出モデルの開発

・ 政策シミュレーションの実施

② 環境の中長期ビジョン・シナリオに関する研究

ア 中長期を対象とした持続可能な社会ビジョン・シナリオの構築に関する研究

・ 統合評価モデルを用いた日本及び地域レベルの持続可能な社会ビジョン・シナリオの定量化に関する研究

・  IR3Sにおける世界長期シナリオ構築に関する研究

イ 世界の水資源評価に関する長期シナリオ研究

・ 世界のバーチャルウォーターの推計

③ 安全・安心な地域・都市環境の創造と管理に関する研究

ア 低炭素型都市づくりに関する研究

・ 建物形状を考慮した建物用途別エネルギー消費量推定手法の開発

・ 開発した手法を用いた解析と都市の低炭素化効果の評価

イ 東京都における温暖化影響の評価に関する研究

・ 平成22年度以降のモデル開発に向けたさまざまなデータ・情報を収集・整理

④ 国民のライフスタイルのあり方とその実現・誘導方策に関する研究課題

ア ライフスタイル変革のための有効な情報伝達手段とその効果に関する研究

・ 温暖化問題に関する世論の動向を明らかにする

イ 気候変動問題についての市民の理解と対応についての調査分析および文化モデルの構築

・ フォーカス・グループ・インタビュー調査の結果の分析。市民の「対策行動」を引き上げる情報提供の効果を明らかにする。

平成21年度の研究成果

①環境研究・政策研究に資する統合評価モデルや環境経済モデルなどの手法開発研究

ア 全球水資源モデルの開発・改良

・ 開発するモデル(工業用水モデル、生活用水モデル、農作物貿易モデル)のフレームワークを検討し、開発のためのデータ収集を行い、予備的な(簡単な)モデルを開発した。

イ 家計のごみ排出モデルの開発とごみ処理手数料有料制の効果の分析

・ 収集したデータを用いてモデルのパラメータを推計し、ごみ排出モデルを開発した。

・ ごみ排出モデルを用いて、政策シミュレーションを実施し、ごみ処理手数料を10%引き上げた時に、ごみ排出量を2.08%削減する効果があることがわかった。

・ 資源ごみの戸別回収の実施、紙類などの資源回収の充実化、小さいサイズ(15l以下程度)のごみ袋の利用可能化で、ごみ処理手数料有料化のごみ削減効果は大きくなることが明らかとなった。

② 環境の中長期ビジョン・シナリオに関する研究

ア 中長期を対象とした持続可能な社会ビジョン・シナリオの構築に関する研究

・ (a)シミュレーションの結果、2020年の温室効果ガス排出量を1990年比25%削減させることは可能であるが、中期目標検討会で想定された社会・経済の前提では、達成は困難であり、技術選択モデルにおいては20%削減までしか対策技術を積み上げることはできないため、残りの部分は社会・経済の前提の変更(たとえば、炭素税の導入などの政策手段の導入など)が必要なことが明らかとなった。

・ (b)「低率の炭素税+税収の温暖化対策への還流」施策導入により、光熱費低減やGDPの回復につなげることが可能であり、このような賢い温暖化対策によって経済影響は低減できることがわかった。また、国内対策費用が非常に高い場合、海外での削減を検討することも重要であることがわかった。

・ 世界モデルを使い、2050年の世界において現状と比較して温室効果ガス排出の半減により、資源生産性(物質投入あたりのGDP)は向上するが、森林面積の維持は困難で、自然共生社会に向けて追加的な対策が必要であること、また、世界物質投入量(砂利等を除く)の約半分が2050年にはアジアに集中し、アジアの持続可能な社会の形成は地球規模の持続可能な社会構築に寄与することを示した。

イ 世界の水資源評価に関する長期シナリオ研究

・ 2000年の農畜産物8品目の国際貿易に伴うバーチャルウォーター輸出量の総量推計値は545 km3/年。(世界の淡水資源の総取水量3800 km3/年約14%相当)

・ 米、南米が最大の輸出元であり、東アジアを中心とするアジアが主な輸出先である。

・ 漑水起源のバーチャルウォーター輸出量推計値は世界全体で61 km3/年。(総量約11%相当)

・ 下水起源のバーチャルウォーター輸出量推計値は世界全体で26km3/年。

③ 安全・安心な地域・都市環境の創造と管理に関する研究

ア 低炭素型都市づくりに関する研究

・ GIS等による地域別エネルギー消費量推定値のデータ解析を行い、建物形状を考慮した建物用途別エネルギー消費量推定手法を開発し、名古屋都心部における商業建築エネルギー消費量について、GIS等での計算結果と実測データとの高い整合性を確認した。

・ 都市気温とエネルギー消費の関係については、エネルギーの使用用途によって気温の変化に対する応答が異なり、都市構造に依存する部分も少なくないことや、ヒートアイランド対策と低炭素化対策が両立するケースばかりではなく、トレードオフの関係にもなりうることが明らかとなった。

・ 中国の大都市における住宅街区の形態と電力消費の関係について数値シミュレーションを行った結果、棟間距離と建物高さとの関係に最適解(2:3)が存在しうることが明らかとなった。

イ 東京都における温暖化影響の評価に関する研究

・ 内外の既存研究の整理、地域レベルの気候シナリオ開発のための予備的検討を行った。

・ 社会経済シナリオ作成のために予定されている都市計画や防災計画、様々な将来ビジョンを収集・整理した。

・ 脆弱性把握のための観測データを整理、分野別温暖化影響評価モデル開発のためのデータを収集した。

④ 国民のライフスタイルのあり方とその実現・誘導方策に関する研究課題

ア ライフスタイル変革のための有効な情報伝達手段とその効果に関する研究

・ 毎月実施している時系列調査の結果、「世界で重要な問題」(無作為抽出された全国成人男女1500 名を対象とした調査)においては、2008年夏以降の金融不況の影響からそれまで「環境」とする回答が多かったのが,「経済」「雇用」の方が多くなるという変化が観察された。

・ しかし、2009年夏以降の中期目標の議論が本格化して後、再び「環境」を重要とする回答が「経済」「雇用」を上回る結果となった。

・ 2009年には温室効果ガス削減中期目標の設定についての追加的な世論調査を実施したが、EU並の目標値設定について国民の多くからの支持が確認された。本研究成果は新聞報道された。

イ 気候変動問題についての市民の理解と対応についての調査分析および文化モデルの構築

・ 気候変動問題の「科学的側面」、「対策的側面」に関するレクチャーを実施し、調査対象者の知識および理解の欠如(知識がない、もしくは間違った知識を持ったまま修正されていない・修正のチャンスがない)を補うことで、調査対象者の自己評価での「理解度」、「対策行動やる気度」のいずれも大きな上昇を示した。このことから、継続的に市民に情報提供し、専門家のもつ情報とのやりとりを維持できるような環境を作ることが、温暖化対策の効果を引き上げる上で重要な意味を持つことが明らかとなった。

今後の研究展望

平成22年度は、これまで実施してきた研究のとりまとめを行うだけでなく、次期中期以降の研究への展開を考慮し、基盤ツールの整備に重点を置いた研究を実施する。すなわち、平成21年度から開始した、全球水資源モデルの開発・改良に関する研究、世界の水資源評価に関する長期シナリオ研究(以上は、特別研究「全球水資源モデルとの統合を目的とした水需要も出る及び貿易モデルの開発と長期シナリオ分析への適用」において実施)、東京都における温暖化影響の評価に関する研究(東京都請負「東京都を対象とした総合的温暖化影響の評価の検討」において実施)に重点を置く。前者の研究は、将来的には、地球温暖化の影響が将来の国際的な水逼迫にどのような影響を及ぼすかを分析する研究に展開していくことを狙っている。また、国際的に開発されている全球水資源モデルは現在9モデル存在するが、当領域で取り組んでいる全球水資源モデルもその一つであり、今回の研究によるモデルの改良を通して、将来、この分野でリードできるモデルを開発したいと考えている。後者の研究は、将来的に、東京都を対象とした適応研究、さらには、それ以外の地域を対象にした温暖化影響研究及び適応研究に展開していくことを狙っている。

さらに、平成22年度から特別研究で実施する「気候変動緩和・適応型社会に向けた地域内人口分布シナリオの構築に関する研究」では、気候変動による影響の緩和・適応政策のあり方を検討する上で重要な要因となる人口の移動・分布を分析するためのモデル開発に取り組み、将来の人口分布シナリオの構築を目指す。この研究は、将来、東京都における温暖化影響の評価に関する研究と連携し、適応研究に展開していくことを狙っている。