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Ⅱ 基盤的な調査・研究活動
研究課題名 地球環境研究

実施体制

代表者:
地球環境研究センター  センター長  笹野泰弘
分担者:
【地球環境研究センター】
炭素循環研究室 向井人史(室長)、高橋善幸(主任研究員)
衛星観測研究室 森野勇(主任研究員)、青木忠生*)(NIESフェロー)
(陸域モデリング担当) 山形与志樹(主席研究員)、安立美奈子(ポスドクフェロー)
温暖化リスク評価研究室 伊藤昭彦(研究員)
地球環境データベース推進室 松永恒雄(室長)
陸域モニタリング推進室 小熊宏之(主任研究員)
【大気圏環境研究領域】
遠隔計測研究室 杉本伸夫(室長)
【アジア自然共生研究グループ】 
グループ長 中根英昭

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

基盤研究の展望

今中期計画においては、「長期的な視点に立って、先見的な環境研究に取り組むとともに、新たに発生する重大な環境問題及び長期的、予見的・予防的に対応すべき環境問題に対応するため、環境研究の基礎となる研究及び国環研の研究能力の向上を図るため、基盤的な調査・研究、創造的・先導的な研究及び手法開発(以下、「基盤的な調査・研究」という)を行う」こととしている。そして、地球環境にかかわる基盤的な調査・研究として、特に「地球環境の実態把握及びその変化機構の解明に向けた観測とデータ利用研究の強化を図るため、新たな地球環境の監視・観測技術やデータベースの開発・高度化に関わる研究を行う。特に、衛星観測、航空機・船舶等の移動体を利用した直接観測やリモートセンシングに関する研究を推進する」としている。

地球環境研究センターでは、これらの方針に沿って地球環境にかかわる基盤的な調査・研究を進めるため、(1)地球環境の監視・観測技術およびデータベースの開発・高度化に関わる研究、(2)将来の地球環境に関する予見的研究や新たな環境研究技術の開発等の先導的・基盤的研究の2つの分野で研究を進めてきた。その他、 (3)地球温暖化防止に向けた技術開発研究を前中期計画期間からの継続課題として実施した。地球環境研究センターにおいては、4重点研究プログラムのひとつである「地球温暖化研究プログラム」を中心的に担うと同時に、地球環境研究センター設立以来実施している地球環境(大気、海洋、陸域)モニタリング、地球環境データベースの構築、地球環境研究の総合化・支援などの地球環境研究センター事業を「知的研究基盤の整備」として担当している。センターの構成員のほとんどすべては、これらの研究プログラム及びセンター事業の推進に深く関わり、その多くのエフォートを傾注している。これら以外の研究活動として、「基盤的な調査・研究」に位置づけて取り組んできた課題は、いずれも基本的には個々の研究者の興味と発想を尊重した個人ベースの研究として実施している。

平成21年度の実施概要

(ア) 遠隔計測データ中の地形及び分光特徴の自動認識に関する研究(H17-22)

連続/重複して撮影された航空写真より移動体を直接検出するアルゴリズムの開発を行う。また、月探査周回衛星に搭載された可視近赤外分光計による連続分光データの処理に関する研究を進める。さらに上記データの大量自動処理を実行するシステムの開発とデータ利用の研究、及び衛星画像の幾何補正/オルソ補正システムに関する研究を実施する。

(イ) 分光法を用いた大気計測に関する基盤的研究(H21-25) 

人工衛星搭載及び地上設置等の分光遠隔計測装置や分光法を用いた直接測定装置を用いて地球大気中の微量成分の存在量及びその変動をより小さな不確かさで測定を行うために必要な、分光パラメータに関する研究動向の把握、必要に応じて分光パラメータ取得及び評価を行う。また、分光法を用いた遠隔計測や直接測定に有効な手法の検討、開発及び試験的研究を行う。

(ウ) グローバルな森林炭素監視システムの開発に関する研究(H20-23)

東南アジア熱帯林を対象として、土地利用転換が発生した部位における炭素放出量を、IPCCデフォルト法(森林減少面積とインベントリ情報の組み合わせた算定方式)や炭素循環モデルを用いて推定する。カリマンタン島を対象にして広域評価を試み、その結果に基づいて熱帯林における森林減少・劣化を評価する適切なアカウンティング手法について検討する。

(エ) 大気・陸域生態系間の炭素収支研究における化学トレーサーの利用に関する基礎的研究(H20-22) 

これまでに試作してきた渦集積法による群落スケールでの微量ガスフラックス観測システムをもとに、より多様な環境への設置と展開を想定して、耐候性と汎用性を高めたバージョンの観測システムの作成と制御アルゴリズムの検討を行なう。

植生による光合成によるCO2の吸収と同じ経路で消失する大気中の微量ガス成分である硫化カルボニル(約500ppt:CO2のおよそ100万分の1)を生態系内での炭素循環のトレーサーとして利用するため、これをより少量(25ml程度)の試料から高精度に分析するための測定システムについての開発を継続して行う。

土壌チャンバーによる観測については、チャンバー観測特有の定常状態への撹乱により生じる各種のアーティファクトを軽減し、より信頼性の高い測定値を得ることの出来る大型のチャンバー観測システムを作成する。これは。放射性炭素の測定に必要な大容量の試料の採取にも応用出来るものとする。

(オ) 環境試料を用いた物質循環の変動や汚染の指標に関する研究(H21-25) 

各地の試料採取や分析、解析などを行い、地域ごとの特徴を検討する。隠岐島におけるエアロゾルのモニタリングを継続し、アジアでの汚染の発生量や日本海での海洋起源の有機物のDMSの発生量変化などを解析する。

(カ) 指標生物群を用いた生態系機能の広域評価と情報基盤整備(H21-23)

PENで共通して用いている分光魚眼カメラや環境省が進めるモニタリング1000調査区の樹種判別を自動化するための気球カメラを北海道大学苫小牧研究林に導入し、現場で直接観察されている植物機能やフェノロジーとの対応関係を解析する。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 1 1 3 6   11
その他外部資金 5 18 46 39   108
総 額 6 19 49 46   119

平成21年度研究成果の概要

平成21年度の研究成果目標

① 遠隔計測データ中の地形及び分光特徴の自動認識に関する研究

・ 高空間分解能航空機搭載カメラにより撮影された雪原の画像より,野生動物の足跡を抽出するアルゴリズムの高精度化を行う。また衛星搭載ハイパースペクトルデータの校正において昨年度に開発した高精度校正アルゴリズムによるプロダクトの作成に取り組む。

② 分光法を用いた大気計測に関する基盤的研究

・ 分光パラメータに関する研究動向の把握、必要に応じて分光パラメータ取得及び評価を行う。分光法を用いた遠隔計測や直接測定に有効な手法の検討、開発及び試験的研究を行う。

③ グローバルな森林炭素監視システムの開発に関する研究

・ 森林減少や森林劣化を定量的に把握する手法と、森林減少の防止活動に伴うCO2排出削減量のアカウンティング手法に関する研究を実施する。マレーシアやインドネシアの森林を対象に炭素評価システムの検証を行う。

④ 大気・陸域生態系間の炭素収支研究における化学トレーサーの利用に関する基礎的研究

・ これまでに開発してきた群落スケールでの微量ガスフラックス観測システムをもとに、より多様な環境への設置と展開を想定して、耐候性と汎用性を高めたバージョンの観測システムの作成を行う。土壌呼吸成分の放射性炭素(14C)の測定を想定した大容量の試料のサンプリングに対応した大型チャンバーシステムを開発作成する。

⑤ 環境試料を用いた物質循環の変動や汚染の指標に関する研究

・ 隠岐の島におけるエアロゾルの継続採取と各地域での環境試料採と鉛など金属析分析並びに発生源解析

⑥ 指標生物群を用いた生態系機能の広域評価と情報基盤整備

・ PENで共通して用いている分光魚眼カメラやモニ1000調査区の樹種判別を自動化するための気球カメラを北海道大学苫小牧研究林に導入し、現場で直接観察されている植物機能やフェノロジーとの対応関係を解析する。

平成21年度の研究成果

①遠隔計測データ中の地形及び分光特徴の自動認識に関する研究

・ 連続/重複して撮影された航空写真より野生生物等、移動体を直接検出するアルゴリズムの開発を進めた。

・ また、月探査周回衛星に搭載された可視近赤外分光計による連続分光データの処理に関する研究を進め、月面にほぼ純粋な斜長石からなる岩体が多数分布すること、及び月面のSPAと呼ばれる領域の地下にマグネシウムに富む斜方輝石からなる地層があることを明らかにした。さらに上記データの校正を行うソフトウェアを開発し、同ソフトウェアを用いた大量データ処理/プロダクト作成を実施した。

② 分光法を用いた大気計測に関する基盤的研究

・ GOSAT TANSO-FTS Band 2の1.67μm帯の測定からメタンの存在量を導出するために用いる分光パラメータについて、これまで作成したスペクトル線リストを文献値等比較したところ、バイアスがある部分が存在することが明らかになった。このため、今まで測定した実験室フーリエ分光スペクトルデータのスペクトル解析の検討を開始した。

・ 大気観測用高分解能フーリエ分光計(地球温暖化研究棟に設置)を用いて、GOSATの検証作業に適した観測モード(TCCON※モード)での通常観測を開始した。本装置の検定のために、平成21年1月7、15日に実施した航空機同期観測で取得したデータの解析を行ったところ、大気観測用高分解能フーリエ分光計と航空機観測の結果は、これまでの他の観測地点の結果に対して直線上に乗った(検定に成功した)。その結果を受けてTCCON(※)に正式に加入が認められた。また、メタンやオゾン層破壊関連の物質であるフッ化水素、塩化水素の観測及び解析を継続した。(※Total Carbon Column Observing Network、GOSAT等の温室効果ガス観測衛星データを検証するための最も有効な地上設置高分解能フーリエ分光計観測網。)

③ グローバルな森林炭素監視システムの開発に関する研究

・ 土地利用転換(例えば原生林からアブラヤシ農園への転換)による森林伐採が発生した地点に、IPCCデフォルト法(森林減少面積とインベントリ情報の組み合わせた算定方式)や炭素循環モデルを用いて炭素放出量を推定し、それぞれの結果を比較した。マレーシア・パソーやカリマンタン島を対象にして、ALOS/PALSARによる森林伐採の検出とモデルによる炭素放出量推定手法を適用した。その結果に基づいて、現地データを参考にしつつ、熱帯林における森林減少・劣化を評価する適切なアカウンティング手法の妥当性について検討した。

④ 大気・陸域生態系間の炭素収支研究における化学トレーサーの利用に関する基礎的研究

・ これまでに試作してきた渦集積法による群落スケールでの微量ガスフラックス観測システムをもとに、より多様な環境への設置と展開を想定して、耐候性と汎用性を高めたバージョンの観測システムの作成と制御アルゴリズムの検討をおこなった。

・ 土壌チャンバーによる観測については、チャンバー観測特有の定常状態への撹乱により生じる各種のアーティファクトを軽減し、より信頼性の高い測定値を得ることの出来る大型のチャンバー観測システムを作成した。これは。放射性炭素の測定に必要な大容量の試料の採取にも応用出来るものとした。

・ 植生による光合成によるCO2の吸収と同じ経路で消失する大気中の微量ガス成分である硫化カルボニル(約500ppt:CO2のおよそ100万分の1)を生態系内での炭素循環のトレーサーとして利用するため、これをより少量(25ml程度)の試料から高精度に分析するための測定システムについての開発を継続して行った。前処理濃縮システムの改良により分析の安定性の向上と分析のスループットの向上が得られた。

⑤ 環境試料を用いた物質循環の変動や汚染の指標に関する研究

・ 長期的に隠岐の島におけるエアロゾルの採取とその保存を行った。エアロゾルサンプルは83年12月から採取が継続されており25年のレコードを持つことになった。試料は、-20℃の試料庫ならびに-80℃のタイムカプセル棟に保存されている。順次分析を行う準備を行った。

・ 地方の環境研究所との協力により(長野、京都、富山、名古屋、宮城、北海道、群馬)各地のエアロゾルと降水中の鉛同位体比、硫黄同位体比、イオン、金属、カーボン、などの分析を行い、その起源などについて解析を行った。鉛同位体比の近年の結果から、中国での鉛の同位体比が有鉛ガソリンの中止により変化していることが、各地の鉛同位体比の変化として現れてきていることがわかった。同時に、鉛や硫酸などの濃度はいまだ中国では相対的に高くその指標性はまだ失われていないことが分かった。

⑥ 指標生物群を用いた生態系機能の広域評価と情報基盤整備

・ 太陽電池で動作する地上定点撮影カメラを開発し、北海道2ヵ所、九州1ヵ所、本州1ヵ所に設置し試行観測を行った。カメラの波長特性をモノクロメータで評価し、カメラの入れ替え等に伴う観測値の補正係数を作成した。北海道苫小牧研究林では森林樹冠部の撮影と同期して対象木の葉のサンプリングを行い、カメラから得られる色調変化に基づくインデックスと、植生の展葉から紅葉・落葉に至る季節変動との対応を明らかにした。

今後の研究展望

ア) 遠隔計測データ中の地形及び分光特徴の自動認識に関する研究(H17-22)

地形及び分光特徴の自動認識に関する基礎技術の開発ないし習得はほぼ終了した。今後は開発した技術・手法を大量の実データに適用する際の問題点を明らかにし、技術・手法の改良を継続する。また本研究で開発した技術・手法を、遠隔計測データの実利用を行っている研究者に提供するように努める。さらに連続分光データについては現在ALOS-3に搭載が予定されているハイパースペクトルセンサに向けた技術開発に重点を移していく。

イ)大気・陸域生態系間の炭素収支研究における化学トレーサーの利用に関する基礎的研究(H20-22)

現時点では、CO2の安定同位体比や硫化カルボニルを観測現場で十分な精度で連続継続的に測定することの出来る分析計が市販されていないため、フラスコサンプリングと高精度なラボ分析を組み合わせたスナップショット的な観測に頼らざるを得ないことから長期的連続的なデータの集積は困難な段階であり、技術的な検討と検証に集中する必要がある。

しかしながら、近年、量子カスケードレーザー分光法やキャビティリングダウン吸収分光法などの新しい測定技術の進展により、温暖化ガス成分であるメタンなど多くの微量ガス成分の現場での高精度観測が可能となりつつある。本研究で開発したシステムと組み合わせることで将来的に、陸域生態系に吸収・放出活性を持つ様々なガス成分について群落スケールでのフラックス連続観測が可能になると期待している。

ウ)グローバルな森林炭素監視システムの開発に関する研究(H20-23)

全球的な森林炭素管理を実現するためのモニタリングツールや手法を評価するためのデモンストレーションプロジェクトを実施する。これを通して、国際的な森林炭素監視システムに必要となる機能の仕様と開発手法の検討を国際的な研究ネットワークにより実施する。また、検証サイトを中心に地域から国レベルにおける国際森林炭素監視システムの検証方法を検討する。

エ)分光法を用いた大気計測に関する基盤的研究(H21-23)

メタンのスペクトル線リストについて今まで測定した実験室フーリエ分光スペクトルデータのスペクトル解析の検討を行い、スペクトル線リストの更新を行う予定である。これにより、GOSATの観測から導出されるメタン存在量の更なる誤差軽減化が期待される。GOSATの観測から導出されるメタン存在量の検証を行うためには、大気観測用高分解能フーリエ分光計を用いたメタン観測に対する検定を行うことが必要である。取得したデータをもとに解析と検討を行い、大気観測用高分解能フーリエ分光計を用いたメタン観測に反映する予定である。

オ)環境試料を用いた物質循環の変動や汚染の指標に関する研究(H21- 25)

隠岐島の長期的なエアロゾルのモニタリング研究所内でも最も長いモニタリング活動の一つであり、今後ともアジアの大気汚染の変動をモニターする貴重な環境試料となることが期待される。

カ)指標生物群を用いた生態系機能の広域評価と情報基盤整備(H21-23)

解析データをもとに、林冠の機能やフェノロジーを多点でモニタリング可能とする簡便なセンサーを開発し、より多数の生態系観測サイトへの展開を図る。開発したセンサーを用いた検証実験を継続すると共に、ラジコンヘリ等の導入による広域化を図り、人工衛星によるリモートセンシングと現場観測を無理なくつなぐことを可能にする。本研究課題による生態系総合監視システムの構築によって、広域的な把握や速報性の向上をきわめて精度高く行うことができる。