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3.環境リスク研究プログラム
(3)環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価

研究の目的

粒径が50nm以下で細胞や組織透過性が高く、これまでの粒子状物質とは異なる影響を与えるのではないかと危惧されている自動車排ガス由来の環境ナノ粒子や、構造がナノスケールであるがゆえに物質としてよりは粒子としての毒性研究が必要であると考えられているナノマテリアルについて、呼吸器を中心とした生体影響と健康影響評価に関する研究を行う。また、繊維径がナノスケールであるがゆえに組織を透過し、胸膜中皮腫を起こすと考えられるアスベストの体内動態と生体影響、ならびに廃棄物として熱処理されたアスベストの毒性評価に関する研究を行う。これらの研究において、超微細構造を持つ粒子状物質や環境ナノ粒子の体内挙動と生体影響を調べることにより、これまで調べられてきた有害化学物質とは異なる健康影響手法を確立する。

平成21年度の実施概要

平成18〜21年度に実施してきた3サブ課題の枠組みを変更することなく、自動車排ガス中に含まれる環境ナノ粒子、ナノマテリアルの中でも特に生産量が多いカーボンナノチューブ、ならびに熱処理を施したアスベストの生体影響に分けて研究を進めた。以下に3サブ課題の研究実施概要を示す。

課題1:環境ナノ粒子の生体影響に関する研究:
 これまでの研究で、ナノ粒子を多く含むディーゼル排気ガスの全成分曝露実験(DEP-NP, ナノ粒子を含む全粒子+ガス成分)と、除粒子の曝露実験(fDEP−NP)をラットやマウスなどの実験動物を使用して実施し、心電図解析及び心拍変動などの循環器系の生体指標、ならびに曝露後の気管支肺胞洗浄液や肺組織の生化学的変化について解析を行った。昨年度から継続して、慢性曝露実験に重点的に取り組んできている。曝露チャンバー内のナノ粒子の個数濃度、重量濃度、粒径分布、ガス成分を含めた曝露空気質のモニタリングを行い、毒性の指標となる性状のキャラクタリゼーション、クォリティコントロールを継続した。肺腺腫高発症マウス(A/J系)に、低濃度(30 μg/m3)、高濃度曝露群(100 μg/m3)のナノ粒子を多く含むディーゼル排気ガスの全成分(DEP-NP, ナノ粒子を含む全粒子+ガス成分)、あるいは除粒子成分(fDEP−NP)の18ヶ月曝露を行い、肺腺腫発症の有意な上変化、急性心臓疾患マーカーの心筋型クレアチニンキナーゼについて解析を行った。今後、ディーゼル排ガス由来環境ナノ粒子に曝露したマウスにおいて、嗅脳や鼻腔も含めた病理組織変化や、炎症などに関与する遺伝子・蛋白の発現レベルの解析を順次行う予定である。

課題2:ナノマテリアルの健康リスク評価に関する研究: 
作業者の安全性も考慮して、ダブルシールドされたカーボンナノチューブの吸入曝露装置の作製を終了し、粒子の発生条件の検討およびその物理的、化学的キャラクタリゼーションを行った。サイクロンを振動させることにより、凝集しやすい繊維状のナノ粒子を分散させるとともに吸入性の粒子(空力学径10ミクロン以下)のみを飛散させることが可能となったことから、カーボンナノチューブの鼻部吸入曝露実験を行った。現在、高感受性のNADPHオキシダーゼ欠損マウスを用いて曝露実験を継続中である。一方、細胞を用いた実験も進めており、これまでのマクロファージ系の細胞を用いた実験に加え、ヒト気管支上皮細胞である、BEAS-2B細胞を用いた細胞毒性影響と細胞内への繊維状粒子の取り込み過程に関する研究を進めている。また、カーボンナノチューブの細胞内取り込み量をハイスループットで定量的に測定する方法も確立した。一方、カーボンナノ粒子のマウス胸腔内投与実験群の解剖がほぼ終了し、現在解析を進めている途中である。

課題3:アスベストの呼吸器内動態と毒性に関する研究:
前年度までの研究において、アモサイトとトレモライト標準物の熱処理過程に伴う毒性変化はそれぞれ1100℃以上、1200℃以上の熱処理で、クロシドライトとその熱処理試料を用いた実験では、800℃熱処理により、in vitro細胞障害性ならびにin vivoにおける炎症細胞の浸潤が顕著に減少することを認めている。クロシドライトやアモサイトのように鉄を含むアスベストについては、加熱処理の温度の上昇に伴い酸化鉄が遊離し、それに伴い毒性が低下しているものと考えられるが、粒子表面特性と毒性との関連を調べている。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
中核PJ3「環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価」
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 50 53 51 54   208
受託費 48 55 54 51   208
科学研究費 1 0 0 0   1
寄付金 0 0 0 0   0
助成金 0 0 0 0   0
総額 99 108 105 105   417

今後の研究展望

米国や欧州の毒性学会においては、”Nanotoxicology”というセッションが必ず設けられており、ナノ粒子の安全性に対する関心が非常に高い。その一方で、ドラッグデリバリー分野におけるナノ粒子の有用性に関しても多くの論文が発表されており、ナノ粒子の有用性も認められている。「ナノ」の正しい毒性評価を進めながら、有害性が生じないように曝露の機会を無くすことで、医薬品のみならず、新規素材としてのナノ物質を用いることのベネフィットにつながるはずである。これらのことから、「ナノ」の安全性評価に関する研究をしばらく継続すべきであると考えられる。しかし、毒性学的研究としては、ナノサイズの粒子だけに拘ることなく、広く粒子状物質と生体との反応性という観点から実験的研究を進めるべきである。安全性に関するテストガイドラインを策定する場合についても、粒子状物質は生体と異物界面との反応である点が、重金属や有機化学物質など、他の有害物質と根本的に異なるため、試験方法も含めて別途議論する必要がある。国立環境研究所は、これまでも吸入毒性分野において優れた研究を進めてきており、この点において国内外より高い評価を受けてきているところである。毒性学の中でも呼吸器毒性、あるいは吸入毒性に関する実験は、経口や静脈内投与により進めることができる一般の毒性学実験とは異なり、大がかりな吸入曝露装置を必要とする。そのため、関係者からの協力も得ながら、プロジェクト型の研究として推し進めていく必要がある。