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Ⅴ 平成21年度新規特別研究の事前説明
7.二次生成有機エアロゾルの環境動態と毒性に関する研究

研究目的

わが国の平成17年度における揮発性有機化合物(Volatile Organic Carbon:VOC)の排出量は約120万トンと推計されており、そのうちトルエンやキシレンが1割を占める。二次生成有機エアロゾル(Secondary Organic Aerosol : SOA)は、トルエンなどのVOCから大気中の光化学反応の酸化過程によって生成し、大気中に浮遊する粒子状物質の主要な成分となっている。たとえば、関東地方では微小粒子の平均濃度は10-15μgm-3程度であるが、そのうち有機物は半分を占め、さらにSOAは有機物の6〜7割(4μgm-3程度)を占めている。SOAは、国内だけでなく越境輸送の観点からも重要である。東アジア域で放出されたVOCは輸送過程において著しく酸化されている。たとえば、沖縄辺戸ステーションにおける観測では、微小粒子中の有機物は全体の4分の1程度であるが、そのうちの90%以上がSOAであり、重量濃度では3μgm-3程度と都市部と同程度存在する。このようにSOAは都市部のみならず離島などでも観測されており、いたるところに存在している(SOAはUbiquitous)。

PM2.5の微小粒子に関してはハーバード大学の「6都市」疫学研究などでその健康影響が指摘されている。PM2.5の主要成分としては硫酸塩、すす(EC)、ディーゼル排気(ナノ)微粒子(DEP)、SOAがあげられるが、前3者は国環研のプロジェクトでも研究されており健康影響が指摘されている。SOAはPM2.5の主要な成分であるが、毒性や健康影響については明らかとなっていない。SOAは光化学反応で生成し酸化物を含むため、酸化性ストレスの観点から健康被害をもたらすと考えられる。したがって、SOAの毒性を検討することは非常に重要である。さらに、SOAはいたるところに存在するので、国内の大気環境や越境大気汚染の観点からもその環境動態を解明することはSOAの対策という点で意義がある。

本研究では、SOAの毒性スクリーニングを行い、毒性を示すSOAの組成分析を行う手法を開発し、SOA観測とシミュレーションによる動態解明を行い、SOAの対策に資する結果を得ることを目標とする。

研究予算

(単位:千円)
  H21 H22 H23
サブテーマ1:SOAの毒性評価 5,000 5,000 5,000
サブテーマ2:SOAの組成分析 12,000 12,000 5,000
サブテーマ3:SOAの動態解明 3,000 3,000 10,000
合計 20,000 20,000 20,000
総額 60,000 千円

研究内容

本研究はSOAの毒性評価、SOA組成分析、SOA動態解明から構成されるため、以下の3つのサブテーマ研究を実施する。

サブテーマ1:SOAの毒性評価

(1) SOAの細胞に対する毒性スクリーニングシステムの構築

SOAを細胞に曝露して毒性スクリーニングができるシステムを構築する。SOAの酸化的ストレスに比例して細胞からの化学発光量が変化する方法が使えるように、細胞に遺伝子を組み込んで鋭敏な検出系を作製する。並行して、SOAの生成、ガスと粒子の分離・分級が可能なシステムを作成し、細胞等に効率よく直接曝露できる装置を開発する。

(2) SOAの細胞に対する毒性スクリーニング

光化学チャンバーを用いてVOCからSOAを生成し、サブテーマ1の(1)で構築した毒性スクリーニングシステムを用いてSOAの毒性スクリーニングを行う。光化学チャンバーではVOCの種類や光照射時間など反応の条件を変えることによって異なる化学組成を持つSOAを生成できる。いろいろな反応条件下でSOAを生成し毒性スクリーニングを行うことにより、毒性を示すSOAの生成条件を明確にできる。特徴的な高毒性SOAが見つかったならば、動物等を用いたSOA曝露実験を行い、毒性評価を行う研究への発展が可能となる。

サブテーマ2:SOAの組成分析

(1) 光イオン化法を用いたSOAの組成分析法の開発

高分解能エアロゾル質量分析計(HR−ToFAMS)は時間分解能が高く、有機エアロゾルの定量には優れた分析法である。しかし、分子のイオン化に電子衝撃法を用いているため、有機分子のフラグメンテーション(元の有機分子がバラバラになること)が起こり、有機物の質量スペクトルが複雑になる。光イオン化法は、イオン化に十分なエネルギーを持った光子を有機分子に照射し、フラグメンテーションを防ぎつつ有機分子をソフトにイオン化する方法である。HR−ToFAMSのイオン化部に希ガス(Kr、Xeなど)放電型の真空紫外光(VUV光)を連続照射できる方法を導入し、光イオン化HR−ToFAMSシステムを構築する。光イオン化法の導入により質量スペクトルがシンプルになる。そのため、SOAに含まれる有機物の組成分析や環境動態把握のための因子分析(PMF法など)がはるかに容易になる。その結果、SOA大気中での動態把握がすすみ環境動態解明研究の飛躍的進歩が期待できる。

(2) 毒性を示すSOAの組成分析

サブテーマ1の(2)で毒性を示したSOAを光化学チャンバーで生成し、その組成分析を行う。サブテーマ2の(1)で開発した光イオン化HR−ToFAMSを用いて典型的な条件で生成するSOAの質量スペクトルをライブラリー化し、組成分析や因子分析の基礎データとする。さらに、ナノ粒子などの極微量試料分析に優れ、世界最高性能を誇る熱脱離−ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)法や、2台のガスクロマトグラフを組み合わせた高度分離分析法なども用いてSOAの組成分析を行う。組成分析の結果は毒性を示すSOAに含まれる有機物の同定・定量に大いに寄与する。毒性を示す物質群を絞り込むことができれば、SOA毒性評価やリスク評価に飛躍的進歩をもたらす。

(3) 毒性を示すSOAの生成機構の解明

光化学チャンバーで生成する毒性を示すSOAについて、時間分解能の高い光イオン化HR-ToFAMSやGC-MS、液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)などを用いて生成過程におけるSOAの組成分析を行い、生成機構を推定する。生成機構が推定できれば、時空間分布を推定するためのモデル構築に役立つ。

サブテーマ3:SOAの動態解明

(1) モデルによるSOAの時空間分布の解析

これまで開発してきた関東域でのSOAを中心とした粒子状物質の時空間分布のモデル計算をより精緻化する。さらに毒性を示すSOAについて、観測結果および生成機構を参考にしながら空間分布を推測する。モデル計算を行うことにより、SOAの広域の動態や時間変動を把握することができ、リスク評価や対策に役立てることができる。

(2) 関東域でのSOAを中心とした粒子状物質の観測

これまでにも、都内、埼玉、つくば、群馬において関東地域の粒子状物質の動態把握のための観測を行ってきた。上記地点はVOC発生地域からの距離が異なり、光化学酸化過程の反応時間が異なることを意味する。室内実験およびモデルによるシミュレーションで得られた結果をもとに、適切な地点および期間において、サブテーマ2の(2)で開発した装置などを用いてSOAを中心とした粒子状物質の観測を行う。その結果はSOAの環境動態解明に寄与し、モデル検証やリスク評価や対策に役立てることができる。