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Ⅴ 平成21年度新規特別研究の事前説明
6.全球水資源モデルとの統合を目的とした水需要モデル及び貿易モデルの開発と長期シナリオ分析への適用

研究目的

地球温暖化が世界の水や食料に及ぼす影響を評価したり、人間と自然の水利用の競合を全球規模で評価したりするために、自然の水循環と人間の水利用を統合的に扱うことのできる全球水資源モデルは不可欠なツールである。国立環境研究所が東京大学などと共同開発している全球水資源モデルH08は、世界で最初に貯水池操作サブモデルを実装したこと1)、それまで独立したモデルとして扱われていた自然水循環・作物成長・環境用水モデルを一つに統合したこと2)、季節性を考慮した水資源評価指標を考案したこと3)、など世界的にも先導的な役割を果たしているモデルである。

H08はこれまで自然の水循環(降水・蒸発・流出)、および世界の取水量の7割を占める農業用水の推計に力点を置いて開発が行われてきたため、工業用水と生活用水のサブモデルは未開発である。工業用水と生活用水が世界の取水量に占める割合はそれぞれ2割と1割であるが、今後、経済成長に伴って、急速に増加すると考えられており、これらのサブモデルの開発が課題となっている。従来、工業用水と生活用水の将来予測には人口やGDPを説明変数とする単純な回帰モデルが提案されてきたが、産業構造やインフラの整備状況が考慮されておらず、急速な経済発展を遂げる途上国の長期将来推計への適用には問題がある事が示された4)。そこで、地域・産業部門別の活動量を推計できる応用一般均衡モデルの入出力を利用した新しい工業用水需要予測モデル、および、安全な水・衛生設備の技術別普及率に基づく生活用水需要予測モデルの開発を行う。これらのモデルを利用し、IPCC/AR5の社会経済人口シナリオに整合的な21世紀中の家庭・工業用水の国別の推計を行う。

さらに、国際貿易を通じた水需要への影響や国際河川の管理に関連した国家間の水資源の配分も、水資源問題を検討する上で、無視できない要因となっている。H08は最近、食料貿易を通じて仮想的に輸出入される水資源である「バーチャルウォーター(VW)貿易」の推計に利用され始めた5)。この研究ではVW原単位(単位重量の農畜産物を生産するために必要な水の量)を国別に推計できるH08の特徴を利用し、日本の農畜産物の輸入統計にVW原単位を掛けることにより、貿易を通じて日本の水資源が仮想的にどれだけ増加して(節約されて)いるかが議論された。ここで、この解析を世界に拡大するとともに、国際貿易モデルを開発することで、将来社会シナリオ(GDP、人口、貿易の自由化など)が農畜産物貿易(VW貿易)の変化を通して、世界の水資源逼迫に及ぼす影響を評価する。

これらのモデルを全球水資源モデルH08に組み入れることで、H08の拡張と世界の水資源評価の高度化を行うことを目的とする。

1) Hanasaki et al.: A reservoir operation scheme for global river routing models, J. Hydrol., 327, 22-41, 2006.

2) Hanasaki et al.: An integrated model for the assessment of global water resources - Part 1: Model description and input meteorological forcing, Hydrol. Earth Syst. Sci., 12, 1007-1025, 2008.

3) Hanasaki et al.: An integrated model for the assessment of global water resources - Part 2: Applications and assessments, Hydrol. Earth Syst. Sci., 12, 1027-1037, 2008.

4) 花崎ら:全球水資源評価における家庭・工業用水取水量の将来推計式の相互比較, 地球環境研究論文集, 16, 1-8, 2008 犬塚ら:水の供給源に着目した日本における仮想的な水輸入の内訳, 水工学論文集, 52, 367-372, 2008

研究予算

(単位:千円)
  H21 H22 H23
サブテーマ1 8,000 8,000 8,000
サブテーマ2 7,000 2,000 2,000
サブテーマ3 4,500 4,500 4,500
サブテーマ4 3,000 5,500 3,000
合計 22,500 20,000 17,500
総額 60,000 千円

研究内容

本研究は、4つのサブテーマ構成で行うが、相互に連携しながら進める。

■サブテーマ1:地域別部門別工業用水の推計と将来需要予測モデルの開発

(増井利彦、岡川梓)

応用一般均衡モデルAIM/CGEをベースに、(1)各サブテーマで使用するドライビングフォースを整合的に示し、(2)工業部門を対象に水需要を推計するためのモデルを開発し、21世紀末までの世界の地域・部門別の工業用水需要シナリオを構築することを目的とする。

(1)に対しては、各サブテーマで必要となる指標(ドライビングフォース)を反映させるようにモデル開発を行うとともに、IPCCの新シナリオをベースとした将来推計から、各指標を定量化し、その結果を各サブテーマに提供する。(2)では、日本をはじめ各国の統計から、工業用水の需要量を部門別に推計するためのモデルを開発する。また、(1)で得られたドライビングフォースをもとに、世界各地域の部門別工業用水需要量を推計する。最後に、各サブテーマや他の研究課題で明らかとなる生活用水や農業用水など水需要及び水資源制約の結果を取り込み、将来の水資源制約がもたらす社会経済への影響や水の高度利用が可能となるような世界モデルに向けて改良を行う。

■サブテーマ2:安全な水・衛生設備へのアクセスを考慮した生活用水の将来需要予測モデルの開発

(肱岡靖明、金森有子)

国連によって基本的人権と確認された安全な水・衛生設備へのアクセスを考慮した新しい生活用水需要予測モデルを開発し、サブテーマ1から提供されるドライビングフォースを組み込んだ、21世紀末までの世界の国別生活用水需要シナリオ構築を目的とする。

まず、UNICEFの国別・技術別データを基礎として各国の安全な水・衛生設備普及率を技術別(例えば安全な水は,水道,公共用水栓,井戸,泉など)に整備し、生活用水需要予測モデルを構築する.次に、安全な水・衛生設備へのアクセス目標( MDGsやVISION21など)を勘案した技術普及シナリオを開発し、国別に将来の生活用水需要推計を行う。最後に、持続可能な生活用水利用について検討するために、生活用水需要モデルに節水効果(施設の管理効率や節水技術の普及、節水行動など)を定量化するサブモデルの拡充を試みる。

■サブテーマ3:国際貿易と国家間の水資源利用に関する研究

(日引聡、久保田泉)

(1)国際貿易モデルを開発し、将来の社会シナリオが将来の農畜産物の貿易フローをどのように変化させ、VW貿易を介して、各国の水資源にどのような影響を与えるかを分析する。並行して、(2)国際河川の管理制度が国家間の水資源配分に及ぼす影響を分析する。

(1)については、理論モデルを重力モデルに適用することで、研究対象とする農畜産物の貿易モデルを構築し、計量経済的手法を用いてパラメータ推計する。この貿易モデルにより、経済・社会変数(たとえば、GDPや人口、貿易の自由化など)が輸出入にどのような影響を与えるかを定量的に明らかにできる。これにVW原単位をかけることで、国際的なVW貿易フローとの関係を明らかにする。このモデルを用いて、社会シナリオ(将来のGDP、人口、貿易の自由化など)が、国際貿易(VW貿易フロー)を通して水資源の希少な国の水の逼迫を緩和させるかどうかを分析する。(2)については、主要な国際河川を対象に、その管理制度を調査し、水資源配分の問題点を分析する。

■サブテーマ4:全球水資源モデルへの成果の集約と水資源評価の高度化

(花崎直太、須賀伸介、一ノ瀬俊明、高橋潔、増冨祐司)

サブテーマ1〜3の進捗状況に応じてH08の入出力データや水の統計データを提供するとともに、全球水文・水資源学的な見地からの助言を行う。また、サブテーマ1〜3で開発された工業・生活用水モデル、国際貿易モデルをH08に組み込み、統合的な全球水資源シミュレーションを行う。この他に、全球水資源モデルが高度化するにあたり、水需給の季節変動性を緩和する貯水池、乾燥域での地下水利用、農業用水のシミュレーションの重要性がますます増大するため、これらの実装済みのサブモデルの検証と改良を進める。