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Ⅴ 平成21年度新規特別研究の事前説明
5.多次元分離分析法による有機ハロゲン系化合物等の微量有機汚染物質の網羅分析

研究目的

環境汚染を引き起こすなどして問題になる化学物質の種類は増加の一途をたどっている。DDTやHCHなどの有機塩素系農薬から、PAH、PCB、ダイオキシン類、環境ホルモン、臭素系難燃剤、PFOSやPFOAのようなパーフルオロ化合物、医薬品や抗生物質とその代謝物、ミックスハロゲン化合物(複数種のハロゲン原子をもつ化合物)などによる汚染が次々と報告されている。しかし、汚染の監視や対策には多大なコストと時間が必要であり、その大きな要因として化学物質の分析が大変であることが挙げられる。一般に、環境試料中の極微量の汚染物質を測定するには、共存物を極力取り除く必要があるため、抽出・前処理工程は複雑で手間と時間、熟練を要する。そのうえ、その工程は試料媒体や汚染物質によって異なるため、測定対象が増えれば、分析に費やされるリソースも膨大になる。また、当然のことながら、測定対象外の物質の分析はほとんど不可能である。そこで、こうした分析上の問題を解決し、化学物質汚染の研究、監視、対策に資するために、極めて高度な分離と選択的かつ高感度な検出を組合わせて、前処理を極力省き、「網羅的検出・同定」と、「一斉・高感度・高精度・迅速定量」を実現する汎用性のある次世代分析法を開拓することを目的とする。

平成18〜20年度実施の特別研究「残留性有機汚染物質の多次元分離分析法の開発」において、多次元クロマトグラフ(GCxGC)−高分解能飛行時間型質量分析計(HRTOFMS)を用いた超高分離・精密質量測定により、試料の前処理を省略した網羅的な検出・同定と、同時に定量の可能性を実証し、我々の提案した方法は有機分析の分野における新たなアプローチとして注目された。その一方で、現在の技術的限界としてダイナミックレンジの不足、データ処理の負担が大きいなどの改善すべき点も明らかになった。そこで本研究では、GCxGCにタンデム型質量分析計(MS/MS)を組み合わせ、MRM(multiple reaction monitoring)法を用いることで実用的な一斉・高感度・高精度・迅速かつ正確な定量法を開発し、次世代公定法を開拓することを目指す。同時に、同装置のニュートラルロススキャン法を用い、各ハロゲンイオンの脱離をモニターすることで物質の検索と半定量を行い、HRTOFMSと連携して同定を行う網羅分析法を開発することも目指す。

研究予算

(単位:千円)
  H21 H22 H23
有機ハロゲン系微量環境汚染物質の網羅分析 46,000 10,000 10,000
合計 46,000 10,000 10,000
総額 66,000 千円

研究内容

本研究では、 GCxGCの超高分離とMS/MSの高選択・多成分検出を組み合わせることなどにより、環境中有機ハロゲン系化合物を中心とした微量有機汚染物質を対象として、前処理を極力省いた網羅的検出・同定と、一斉に高感度・高精度・迅速定量を行うこれまでにない汎用性もある分析法を開発する。

(1)環境中有機ハロゲン系化合物の網羅分析

底質、水質、大気などの環境試料、工場排ガスなどの発生源試料、生体試料や廃棄物試料を対象に、GCxGC-MS/MSによるフッ素、塩素、臭素、ヨウ素原子の質量数に合わせたニュートラルロススキャン測定を行い、得られるハロゲン系化合物の二次元クロマトグラムから、既知物質の検出、未知物質(標準法測定対象外物質)の検索を行う。その際、試料前処理を極力避けて目的化合物のロスを防ぐ。

検索の結果、未知物質が発見された場合には、GCxGC-HRTOFMSによる精密測定を実施し、物質の同定を行う。

また、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素化合物の各二次元クロマトグラムを時間補正して重ね合わせる手法を確立し、その手法により、ミックスハロゲン化合物の有無とその割合を見積もる。

これらにより、有機ハロゲン系化合物を網羅的にスクリーニングし、その有無や各媒体における特徴を明らかにし、同時に潜在的リスクとなり得る測定対象外物質を明らかにする。

(2)環境中微量有機汚染物質の高精度・迅速定量

環境基準が定められたり、国際条約で監視が求められるなど、分析需要や件数が多い化学物質(ダイオキシン類、PCB、POPs、臭素系難燃剤等)を対象として、GCxGC-MS/MSでMRM測定を行う方法を開発し、煩雑で時間と熟練を要し溶剤等の資源を大量に消費する前処理工程の省略や、一般的な四重極型質量分析計(QMS)によるSRM(selected reaction monitoring)測定と同等以上の感度と精度の達成に加え、従来は前処理法で分けられていた化合物群の一斉分析を実現する。

分析法の検討では、媒体(大気、水質、排ガス、底質、土壌、生物、廃棄物など)毎に、注入法や前処理の効果などを吟味し、実用的な一斉迅速定量法を開発する。

このような、一斉・迅速・簡便・省資源・高感度・高精度・定量を兼ね備えた分析法は、PAHs類や農薬その他の化学物質の分析にも適用できることが期待され、その拡張性についても検討する。

本研究により、未知物質の検索と同定が可能な網羅的分析や、正確さと迅速性を兼ね備えた一斉定量が可能になり、有機分析のイノベーションが起き、環境中の化学物質に関わる研究、監視、対策がこれまで以上に大きく進展すると期待される。