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Ⅴ 平成21年度新規特別研究の事前説明
4.発生工学を用いた新規の鳥類人工繁殖手法

研究目的

目的:本研究は、従来の手法によっては絶滅を食い止められない鳥類種を最新の発生工学的手法によって救済することを目的とし、実験鳥類で確立した始原生殖細胞(PGC)の移植による生殖巣キメラ個体作出法により絶滅危惧鳥類の遺伝的多様性維持を目指す。またモデルとする絶滅危惧鳥類の体細胞からPGCを創出し、これを用いた子孫個体作出法の開発も併せて行う。

絶滅のおそれのある鳥類種は年ごとに増加しており、世界の9,797種の鳥類の12%にあたる1,186種が絶滅の危機にさらされている。また、環境省の2006年レッドリスト掲載の鳥類は143種・亜種(評価対象種の約13%)にのぼる。これらの鳥類種を絶滅の危機から救うためには、早急に保護増殖プロジェクトを展開する必要があるものの、個体数が極端に減少した種は一般に産卵率や受精率などの繁殖能力が低く、通常の自然繁殖で絶対数を増やすことは極めて困難である。

これを解決するために、最先端の発生工学的技術を適応して個体増殖を行う手法開発の必要がある。ここでは、個体発生の初期に出現して将来の精子や卵となる始原生殖細胞(PGC)を用いた生殖巣キメラ個体から希少鳥類個体を作出する。また、絶滅危惧鳥類の受精卵からのPGC採取の機会は限られることから、比較的容易な体細胞(皮膚由来の線維芽細胞等)を用いて人為的にPGCを作成し、個体作出に活用するための研究を行う。

提案の背景として、既に我々はPGCの増殖培養系、PGCを用いた生殖巣キメラ個体作製法、生殖巣キメラ個体から移植したPGC由来の子孫を得る方法を開発済みである。ただ、希少野生鳥類では体細胞の採取は生殖細胞を得るよりは遙かに容易で、加えて増殖培養も可能になった(Kuwana et al., 1996)。そのために、最も採取が容易な皮膚の一部から体細胞を取りだして培養し、これをもとに始原生殖細胞(PGC)を創り出すことができれば希少野生鳥類の個体増殖の効率的な増殖法になる。さらに、体細胞核を持つPGCを創出できれば、既に絶滅してしまった鳥類体細胞を用いて子孫個体を得、絶滅種を復活させることができることになり、既に絶滅した日本産トキやコウノトリ(体細胞は環境試料タイムカプセル棟内で凍結保存しており、その細胞は増殖培養可能)の個体復元も可能となる。

必要性:将来起こりうる希少鳥類の個体数減少による絶滅の危機は生息域内保全を持ってしても不可避と考えられる。そのために、個体増殖のための基盤研究を行って最新の発生工学的研究手法による遺伝的多様性を維持する必要性は明白である。特に、鳥類個体に負荷をかけることなく採取、増殖、保存が可能な細胞を用いて希少鳥類の個体作出をおこなうことができれば、絶滅の危機に直面した野生鳥類の最終的な個体繁殖法として極めて有効な手段となる。

急速に発展する人間活動と経済活動域の拡大によって野生鳥類を含む野生動物の生活域との隣接化と生息域の分断化が進行しており、野生鳥類の生息域内保全は益々困難となることは明らかである。生息域外保全の主流である保護増殖に関しても幾つかの代表的な種に限ってしか行われないために生態系全体の多様性を将来、持続的に維持していくことが可能とは言い難い。この様な状況下では、将来起こり得る希少野生鳥類の絶滅に直面することを想定し、絶滅希少鳥類の復元技術の基盤研究を行う必要性のあることは明白である。

近年、海外では体細胞クローン作成法を用いた希少哺乳類個体の増殖の試みが進行している。その反面、鳥類は卵に大量の卵黄顆粒を持つため、卵の保存や卵に対する核移植自体ができないためにクローン技術の応用ができず、受精卵や卵の凍結保存さえも不可能である。この様な状況から鳥類体細胞由来の子孫作出のためには、個体発生初期に出現するPGCに体細胞核を導入して人為的なPGCを作出する、もしくは、体細胞を一旦多分可能を持つiPS細胞としてから分化誘導によってPGCを創出する必要がある。これの基盤技術として既に、細胞特性を維持したままPGCを体外長期培養することを可能としており、子孫を高率に作成することも証明した。また2008年夏には韓国ソウル大学の研究グループによって異種間生殖巣キメラからの子孫個体作出も報告(2008年国際家禽学会)され、異種間生殖巣による子孫作出が可能であることが実証された。

上記に加えて、除核PGCへの体細胞核導入には電気融合法が最も生存率が高く、融合PGCを生殖巣に導入することが出来ることも既に確認している。そこで、1対1の融合効率を飛躍的に高めて子孫個体作成を実証し、更に新規のPGC創出法の開発を行う。

体細胞からのPGC作出に関しては、体細胞をiPS細胞に分化誘導するために必要とされるOct3/4、Sox2、c-Myc、Klf4、Nanog、Lin-28を導入して形質転換・選別した細胞とニワトリES細胞(韓国ソウル大学提供)との遺伝子発現比較によりiPS細胞特性獲得を確認、更にiPS細胞へVasa導入を行って生殖幹細胞(PGC)を作出する。

緊急性:希少鳥類の新規個体作出法を開発して絶滅の危機に直面した野生鳥類の最終的な個体繁殖法を提供することは緊急の課題である。

日本の既知の鳥類665種中の13種は既に絶滅しており、これは鳥類のわずか約2%にしかならない反面、他の脊椎動物の絶滅種を加えた総数からすると65%になる。これは、一見いまだに多様性が維持されているように見られる日本産鳥類が他の脊椎動物と比較して格段に危機的状況におかれていることを示している。特に、絶滅危惧鳥類(ヤンバルクイナ等)は環境負荷に弱い上に、外来肉食動物の圧力によって生息域内保全のみで絶滅を食い止められる可能性は極めて低い。加えて、応用をめざす予定のヤンバルクイナは外来肉食哺乳類(ジャワマングース、野ネコ)による食圧で数年後には絶滅すると考えられており、本種を救済することは緊急の課題である。本提案によって遺伝的多様性維持、個体増殖のための基盤技術を確立し、新規の発生工学的個体増殖法の開発は絶滅回避の最終手段として重要となる。

研究予算

(単位:千円)
  H21 H22 H23
サブテーマ1 6,940 5,187 5,187
サブテーマ2 4,810 4,812 4,812
サブテーマ3 8,250 10,001 10,001
合計 20,000 20,000 20,000
総額 60,000 千円

研究内容

既に細胞の特性を保ったままで鳥類の始原生殖細胞(PGC)の長期培養を可能としており、これを初期発生の時期に移植することで移植PGC由来の子孫個体を希少種でも得ることは可能と考えている。また、体細胞核と一般種のPGCを用いた融合PGCの作出効率を向上させることで、同種内での遺伝的多様性を保持させることが飛躍的に容易となると考える。そのために、以下の研究を遂行し、最終的にはモデル希少鳥類種(ヤンバルクイナ、他の肉食希少鳥類種)への応用(新規の個体繁殖法、飼育・繁殖研究、野生復帰)を試行する。

1)融合始原生殖細胞による生殖巣キメラ個体作出法の開発(国立環境研究所)
体細胞とPGCの融合効率を向上させるために、1対1の細胞接触を高率に再現する細胞電気融合系を確立し、生殖巣キメラでの子孫創出を行う。

2)鳥類iPS細胞株からの始原生殖細胞作製(国立環境研究所、東北大学)
体細胞からiPS細胞(induced pluripotent stem cells)株を樹立して、個体作出に必要なPGCへと分化誘導する条件を開発することを目指す。

3)生殖巣キメラ個体を用いた子孫個体作出研究(国立環境研究所、NPOどうぶつたちの病院)
破卵から回収するPGCを活用してヤンバルクイナの異なるハプロタイプ間での生殖巣キメラ個体を作出する。また一部のPGCは増殖培養し、生殖巣キメラ個体(同種及び異種間)として子孫個体を作出する。

以上の研究を実施し、その成果を有機的に活用することによって、希少野生鳥類個体の生息域外保全の手法を開発する。