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Ⅳ 平成20年度終了特別研究の事後評価
6.残留性有機汚染物質の多次元分離分析法の開発に関する研究

研究目的と実施内容

[研究の目的]

本研究では、残留性有機汚染物質)(POPsの分析に対する高いニーズに応えるために、特に注目される以下の化合物群を対象に高精度・高感度・迅速・多成分同時分析法を開発することを目的とした。

(1)媒体や化合物毎に前処理操作が異なることや多数の工程と高度な技術を要する等の分析法上の課題を解決するため、POPsの迅速・高精度・高感度分析法を開発する。

(2)広範な汚染が見いだされているパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)やパーフルオロオクタン酸(PFOA)の環境挙動の解明のために必要な関連化合物や前駆体を包含したパーフルオロ化合物(PFCs)の多成分分析法を開発する。

(3)PCBsの代謝物である水酸化PCBs(HO-PCBs)による人や他の生物への影響の解明と環境濃度を正確に把握するため、多数存在するHO-PCBs異性体の超高度分離分析法を開発する。

[実施内容]

多次元ガスクロマトグラフ(GCxGC)及び高分解能飛行時間型質量分析計(HRTOFMS)の組み合わせによる超高分離・高精度測定技術の開発およびソフトウェアの改良を中心に進め、個々の目的に即したアプリケーション開発を行った。

(1)POPs類の迅速分析法の開発

残留性有機汚染物質の迅速分析法として、GCxGCと質量分析計(MS)を組み合わせた多次元分離分析による、各種試料抽出液中のダイオキシン類(PCDDs、PCDFs)、PCBs、PAHsなどの直接定量法を開発し、公定法などと比較した。

測定装置にはZOEX社製KT-2004を内蔵したアジレント社製6890GCおよび5973MSD四重極型質量分析計(QMS)あるいは日本電子社製JMS-T100GC高分解能飛行時間型質量分析計を用いた。大気や水質試料においては、ゲステル社製TDU熱脱着装置(TD)を用いた試料の全量注入を行った。

(2)PFCsとその分解生成物の多成分高精度分析法の開発

大気中のPFCsの由来を調べるため、製品からの気散や廃棄物の熱処理からの発生を想定し、TD-GC-MSにより標準品やフッ素化学製品を温度条件等を変えながら測定を行い、発生する物質を検索した。また、TD-GC-MSによるネガティブ化学イオン化(NCI)法の条件検討により、 FTAs等各種フッ素化合物の多成分同時分析法の開発を行った。

(3)HO-PCBsの異性体分離分析法の開発

HO-PCBの毒性・発生源・環境分布と挙動に関する研究を推進するため、特に毒性学的に重要と考えられるモノ水酸化体について、GCxGC-HRTOFMSを用いた超高分離分析法の開発を行った。誘導体化を含めた前処理法の検討や異性体分離条件の最適化の検討を標準品を用いて行った。開発した分析法により標準品を測定し、基礎データを収集した。また、底質試料に適用し、異性体の分離を確認した。

研究予算

(単位:千円)
  H18 H19 H20
  20,000 20,000 20,000
合計 20,000 20,000 20,000
総額 60,000 千円

研究成果の概要

(1)POPs類の迅速分析法の開発

GC×GC-HRTOFMSから得られるデータを効率よく定量解析するためのソフトウェアが存在しなかったため、何段階ものデータ変換と汎用性の高い表計算ソフトウェア(Microsoft Excel)で動作するマクロプログラムの作成により、任意の質量イオンの定量を可能にした。これにより、以降の研究を進めることができた。

1.1 GCxGC-HRTOFMSによる一般廃棄物却施設排ガス及び飛灰中のダイオキシン類の直接定量

GC×GC-HRTOFMSによる排ガスおよび飛灰抽出液の直接測定では、前処理を省略したダイオキシン類の同定と定量が可能であることを確認した。この時の装置検出下限は2,3,7,8-TCDDで0.3pg(S/N=3)程度であった。従来法では一回の測定で全てのTEF保有異性体を他の異性体より分離・定量することは不可能であったが、GC×GCの超高分離により、それが可能になり、一回の測定で正確なTEQが決定できることが分かった。精密な前処理と二重収束型質量分析計測定を行う公定法との比較でも、ほとんどのTEF異性体の定量値の差は50-150%以内に収まったが、幾つかの異性体については、公定法値を下回った。比較した公定法の測定値には、異性体分離が不十分なものも含まれていたことから、本方法により夾雑物の影響が除かれたことが予想された。(図1)

1.2 TD-GCxGC-HRTOFMSによる大気中POPsの迅速・高感度測定

公定法では、ハイボリウムエアサンプラーによる約1,000m3の捕集が必要な大気試料中のPCBsおよびその他のPOPsについて、TD-GC×GC-HRTOFMSによる少量(数m3)大気捕集試料の直接定量の可能性について検討を行った。マイクロポンプにより2日間で3〜4 m3の屋外大気をTenax TAを充填した吸着管に捕集し、加熱脱着によりGCxGC-HRTOFMSに導入し、測定を行った。この方法では、溶媒による試料の抽出と前処理を一切省略した。GCxGCにより大量の炭化水素成分を分離したことで、PCBs、HCHs、HCB、クロルデン、ヘプタクロール、ノナクロールなどが定量可能になった。試料における検出下限は、およそ1〜20pg/m3であった。

1.3 SBSE-TD-GCxGC-HRTOFMSによる河川水中のPOPs類の迅速・高感度測定

河川水等水質試料中のPOPs分析の迅速化・高感度化についても検討した。関東各地から採取した河川水を50ml×6に分取し、ポリジメチルシロキサンを材質とした直径3mm長さ10mmの撹拌子(スターバー)を入れ4時間抽出(SBSE :Stir Bar Sorptive Extraction) 後、撹拌子をGC×GC-HRTOFMSにより測定した。抽出前に13Cラベル体を添加し、各化合物濃度は同位体希釈法で算出した。この方法で、HCHs、HCB、クロルデン、ディルドリン、o,p-/p,p-DDEなどを検出した。試料における検出下限は、10〜500pg/Lであった。試料により結果にバラツキが見られたが、比較的高濃度な試料においては、公定法による結果と良く一致することを確認した。この方法により、20Lの採水が必要な従来法に比べ約400分の1の試料量でPOPsの測定を可能にした。

1.4 TD-GC-MSによる大気ナノ粒子の測定

加熱脱着専用装置や小型の磁場型質量分析計の導入、選択イオン検出(SIM)法の適用などによりTD-GC-MSを高感度化するとともに、対象成分を拡張した。その結果、PAHsと17α(H),21β(H)-hopaneの定量下限値は4〜17 pg、n-アルカンは13〜39 pgとなり、n-アルカンに関してはGC-QMS法に比べ二桁程度高感度化された。本手法により極微量(約20 μg)の粒子標準試料(SRM 1649a, 1650b, 2975)中のPAHsを定量したところ、保証値と概ねよく一致した。このTD-GC-MSを沿道大気中の粒径別試料に適用したところ、粒径32 nm以下の粒子からも対象成分を初めて検出・定量した。

1.5 TD-GC×GC-MSによる沿道大気粒子中PAHsの定量

TD-GC×GC/MSによる沿道大気中粒子の分析では、脂肪族炭化水素、含酸素脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、含酸素芳香族炭化水素、含窒素芳香族炭化水素、PAHs、oxy-PAHs、複素環化合物など様々な化合物群が同定でき、PAHsについては定量を行った。TD-GC×GC-QMSとTD-GC×GC-HRTOFMSにより、沿道大気総粒子中のPAHsを定量し、従来法(超音波抽出(USE)−HPLC)と比較した。TD-GC×GC-QMSとTD-GC×GC-HRTOFMSでは、それぞれ、USE-HPLC法の約1/40、約1/350の試料量でPAHsを検出・定量でき、その値はUSE-HPLC法とほぼ等しかった(図2)。このことからTD-GC×GC-MSによって迅速・超高感度にPAHsを定量できることが示された。

以上のように、種々の媒体において、ダイオキシン類やPCB、その他のPOPsの分析法開発により、公定法などの従来法では数日以上かかる前処理が全く省略でき、大幅な時短と使用試薬や溶媒の節約を可能にした。また、加熱脱着装置による試料の全量注入により実用感度の大幅な向上も達成できた。

(2)PFCsとその分解生成物の多成分高精度分析法の開発

環境中へのフッ素化アルキル化合物(PFAS)の排出源を探る試みとして、傘や衣類などの市販製品に含まれる化合物の同定を行った。メタノールと酢酸エチルを用いた溶媒抽出試験を行ったところ、テロマーアルコール類を検出するとともに相対的に高濃度のN-メチル-パーフルオロオクタンスルホンアミドエタノール(〜170μg/m2)の存在を確認した。製品の使用に伴う大気中へのフッ素化アルキル化合物の排出を想定しTD-GC-MSによる製品の直接分析の検討も行った。製品使用温度(室温+数十℃)において一部の衣類からは、アミドエタノール類やテロマーアルコール類など数種の化合物の気化8:2FTOH(0.011〜0.035 μg/m2)とNMeFOSE(0.006〜0.022 μg/m2)を確認した(図3)。その濃度は、溶媒抽出濃度の1/10程度であった。

このTD-GC-MSによるPFASなどの高感度測定は、今後のPFCs全体の発生源や環境挙動を解明するための研究にも貢献するものと期待される。

(3)HO-PCBsの異性体分離分析法の開発

GCによる水酸化PCBの測定では、感度が100〜1,000倍向上することから誘導体化としてメトキシ化を採用した。また、誘導体化試薬として、異性体による反応率の差が小さいトリメチルシリル-ジアゾメタン(TMS-DAM)を使用した。入手した137種のHO-PCB標準品を誘導体化し、GC×GC-HRTOFMSによるモノメトキシPCBsの測定条件の最適化を図った。異性体成分の分離度とカラムブリードの少なさ(イオン化された成分が全て検出器に到達するTOFMSにおいて、イオン負荷に弱いマルチチャネルプレート(MCP)検出器を保護する必要があるため)から、一次元目カラムには、PCBsの測定で多く用いられるHT-8よりもDB-5ms系カラムを採用した。最終的に、底質試料の前処理液から152本を越えるメトキシPCBsのピークを確認した(図4)。

これにより、従来よりも多くのHO-PCBs異性体の定量精度が向上するものと期待でき、環境中や生体中動態の研究の進展に貢献することが期待される。

[研究の達成度]

本研究では、残留性有機汚染物質について、それぞれのニーズに応じた分析法の開発を目指した。ダイオキシン類、PCBs、その他のPOPs、PAHsについては、超高分離・高精度・高感度・迅速・多成分同時分析法を、PFCsについては高感度・多成分同時分析法を、HO-PCBsについては超高分離・多成分同時分析法を開発することにより、研究の目的をほぼ達成したと考える。

[学術的価値]

本研究で開発した方法は、バイオアッセイなどの他の迅速分析法とは異なり、異性体などの個々の物質濃度も正確に測定できることから、化合物(異性体)組成を基にした発生源推定や動態解析にも使用できるなど、残留性有機汚染物質に対する幅広い研究に貢献することが期待される。また、前処理を省略することで、試料中の(GCで測定可能な)化学物質情報を測定対象物質に限らず遍く採取し、デジタルデータとして保存できるため、貴重な試料を対象とした様々な化学的解析に威力を発揮する重要なツールになる可能性がある。など、本研究で開発した分析法の応用範囲は環境分野にとどまらず、多方面の研究に貢献することを期待する。

[行政貢献]

前処理を全く省略しながら、多種類の化学物質を一度の測定で分離定量できるこの分析法は、必要試料量の大幅な削減、分析の劇的な迅速・省力化を可能にすることから、経費と時間の削減には直接寄与するはずである。これにより、汚染物質のきめの細かい行政的監視や迅速な対策やモニタリング・調査に掛かる費用の削減に貢献するものと期待される。