Ⅳ 平成20年度終了特別研究の事後評価
5.侵入生物・組換え生物による遺伝的多様性影響評価に関する研究
研究目的と実施内容
[研究目的]
本研究では、現在は「カルタヘナ法」や「外来生物法」の規制対象外となっているが、今後在来生物の遺伝的多様性に影響を与える可能性が高い侵入生物である、 遺伝子組換え農作物、輸入昆虫や寄生ダニ類及び移殖淡水魚について、その遺伝的・生態的特性を調べ、在来生物との遺伝的相互作用の実態把握をおこなう。これらの侵入生物の繁殖実態を調査し、侵入生物に由来する外来遺伝子が在来生物集団へ浸透するプロセスを明らかにすることにより、それらの遺伝的多様性への影響を調査する。
[実施内容]
サブテーマ1 遺伝子組換え(GM)植物が在来植物へ与える影響に関する研究
GM作物のうちナタネ(和名:セイヨウアブラナ)は自然増殖が極めて容易で、在来種とも交雑しやすいため、GMセイヨウアブラナが環境中に放出されると、カラシナなどの野生種と交雑して、除草剤耐性遺伝子が野生種へ移行する可能性がある。これまでの調査により国内の主な輸入港やその周辺道路において、GMセイヨウアブラナの生育が確認された。本サブテーマでは、GMセイヨウアブラナの一般環境中における定着及び分布拡大についてモニタリングを実行するとともにアブラナ科植物の近縁種集団との交雑実態について調査をおこなった。具体的には、鹿島港から成田方面への種子輸送ルートである国道51 号線の佐原−成田間20kmについて徒歩による全個体調査をおこなった。葉の一部を持ち帰り、DNAを抽出後PCRによって除草剤耐性遺伝子の有無を調べた。
さらに、河川敷におけるナタネ類の交雑実態を調べるため、在来アブラナとカラシナが混生している調査地を設定し、両種の空間分布を記載した。また、遺伝子流動を追跡するための分子マーカーの開発をおこなった。
サブテーマ2 導入昆虫類がもたらす遺伝的攪乱に関する研究
特定外来生物に指定されている農業用花粉媒介昆虫セイヨウオオマルハナバチの代替種として商品化が進められている在来種クロマルハナバチ、ペット用に海外から大量に輸入されているヒラタクワガタ、および農業重要害虫でありながら2005年にWTO裁定により、植物防疫の検疫対象から解除されてしまったナミハダニの3種について、核DNAおよびミトコンドリアDNA遺伝子マーカーを探索する。日本各地および中国、東南アジア、ヨーロッパからサンプルの収集を行い、DNA抽出を行う。収集した地域系統サンプルのDNA分析を行い、系統解析を行う。DNA系統解析に基づき、3種の進化的重要単位ESUの設定を行う。ダニ類における薬剤感受性の地理的変異を明らかにしてDNA系統解析と照らし合わせることにより、遺伝的分化と適応形質変異の関係を明らかにする。3年間の研究成果に基づき、これら昆虫類における系統分化を生物地理学的に解析して、遺伝的多様性保全のための個体群ユニットを提唱する。
サブテーマ3 淡水魚の地域集団外からの移殖に関する研究
国内における淡水魚の主な地域外移殖源が琵琶湖であるため、琵琶湖と移殖先の関東地方河川との遺伝子塩基配列比較により、まず外来遺伝子を特定する。その後に外来遺伝子の河川別浸透頻度を定量し、浸透頻度と河川毎の放流量・環境条件との対応を比較解析する。
淡水魚の地域外移殖源が主に琵琶湖であるため、移殖先の関東地方河川と琵琶湖にて淡水魚標本採集を行なった。標本の遺伝子塩基配列決定をミトコンドリアDNAと核ゲノムDNAについて行なった。その結果、ミトコンドリアDNA塩基配列に明確な変異が認められたので、その塩基配列情報に基づいて系統解析をおこない、琵琶湖系統と関東系統を確認した。関東地方河川において、1地点当り10〜40個体程度の標本を採集し、外来の琵琶湖系統の浸透頻度を調べた。また、関東地方河川おいて琵琶湖アユ放流量を自治体の統計資料から収集し、あわせて河川環境を調査した。それらの要因と外来遺伝子浸透頻度とを対比させて関連を解析した。
研究予算
H18 | H19 | H20 | |
サブテーマ1 | 8,000 | 8,000 | 7,000 |
サブテーマ2 | 6,000 | 6,000 | 6,500 |
サブテーマ3 | 6,000 | 6,000 | 6,500 |
合計 | 20,000 | 20,000 | 20,000 |
総額 60,000 千円 |
研究成果の概要
サブテーマ1 遺伝子組換え(GM)植物が在来植物へ与える影響に関する研究
1)研究目的・目標の達成度
・輸入されているセイヨウアブラナ(Brassica napus L)の種子に混在する除草剤耐性遺伝子組換えセイヨウアブラナ(以下GM セイヨウアブラナ) が一般環境中に生育しているかどうかの調査をおこない、遺伝子組換え植物の拡散状態の現状把握を行うことを目的として、関東地方の幹線道路沿いに生育しているGMセイヨウアブラナの生育調査を行った。
・鹿島港から成田方面への種子輸送ルートである国道51 号線の香取市佐原−成田間20kmについて徒歩による全個体調査を4年間おこなった結果、2005年が2,162 個体, 2006年4,066個体、2007年278 個体、2008年は390個体生育していた。そのうち、GMセイヨウアブラナは2005年が35個体、 2006年8個体、2007年5個体、2008年は1個体であった。組換え体の個体数は減少傾向にあるが、出現率(生育していた全個体数に対する割合)では顕著な傾向は認められなかった。
・これらの植物は鹿島港から成田方面へ向かう車線側に多く生育していたこと、周辺にはセイヨウアブラナの群落はみられないこと、生育している場所が毎年変化することから、これらの植物は輸送種子のこぼれ落ちに由来すると結論づけた。
・一般環境中におけるナタネ類の交雑実態を把握するために、在来アブラナとカラシナが混生している場所を2カ所選定し、両種個体群の空間分布を3年間調査した。その結果、原因は不明であるが、両調査地とも個体数の著しい減少がみられた。また、両種の境界付近には雑種とおもわれる個体が出現していた。これらの個体を対象にフローサイトメトリーによる核DNA量解析を行った結果、推定両親種の中間的なDNA量を示す個体が複数観察されたことから、一般環境中で実際に種間交雑が起こっている可能性が高い。今後は現在開発中の両親種特異的分子マーカーによる雑種性の検定が課題である。
2)社会・行政に対する貢献度、科学技術・学術に対する貢献度(環境問題の解明・解決を含む)
・GMセイヨウアブラナの一般環境中での生育を確認し、その由来がこぼれ落ち種子によるものであることを明らかにした。その結果は新聞を始めとする各種メディアに取り上げられ、結果として2007年、2008年とこぼれ落ちナタネの出現数が減少するのに貢献したのではないかと考えられる。さらに四日市市周辺ではこぼれ落ちGMナタネの出現数が増加しているという報告もあるため、本研究と同様の研究を同市周辺で展開する必要性がある。
サブテーマ2 導入昆虫類がもたらす遺伝的攪乱に関する研究
1)研究目的・目標の達成度
・クロマルハナバチの地域個体群におけるアロザイム対立遺伝子頻度、核DNAマイクロサテライト遺伝子座対立遺伝子頻度およびミトコンドリアDNAチトクロムオキシダーゼ遺伝子領域(mtDNA-CO)の1000塩基配列変異を解析した。その結果、日本列島のクロマルハナバチは大陸産個体群を起源として17万年前までに日本列島に渡り、その後大陸から孤立して独自の遺伝子組成を持つ集団に分化していることが明らかとなった。また日本列島内においても対立遺伝子頻度およびハプロタイプ頻度に地理的傾向があることが示された。
・ヒラタクワガタについては、日本列島、朝鮮半島、中国、東南アジア諸国のサンプルを入手して、アロザイム変異およびmtDNA-CO遺伝子2,000塩基を解析した。アロザイムについては明確な地理的変異は認められなかったが、mtDNAについては高い多様性が検出され、遺伝子系統樹を構築出来た。それに基づけば日本列島のヒラタクワガタ個体群は中国を起源として約150万年かけて島ごとに分化を果たしたことが示された。さらに東南アジア地域における遺伝的分化プロセスも明らかとなり、スンダランド大陸が列島として分化した地史的順序も明らかとなった。
・日本各地、オランダおよび中国よりナミハダニ地域個体群を採集してmtDNA-CO遺伝子1,000塩基配列変異を解析した。その結果、形態的には変異のない地域個体群においても著しい塩基配列変異が存在することが明らかとなった。また、薬剤感受性にも変異が認められることが明らかとなった。
2)社会・行政に対する貢献度、科学技術・学術に対する貢献度(環境問題の解明・解決を含む)
・クロマルハナバチおよびヒラタクワガタのESUが明らかになり、地域個体群保全のための基礎データを提供した。
・ナミハダニの外国産個体群が侵入した場合、防除上の障害が生じる可能性があること示した。
サブテーマ3 淡水魚の地域集団外からの移殖に関する研究
1)研究目的・目標の達成度
・地域外移殖で惹起された淡水魚の同種内外来による外来遺伝子浸透確認とその実態調査、本来の地域集団の系統的単位(ESUに相当)解析、浸透を促す要因解析を目標とした。浸透を促す要因の解明に未達成の課題があるものの、全般的には以下のように目標が達成された。
・オイカワ・モツゴにおいて地域集団への外来遺伝子浸透が確認された。
・オイカワについて、関東地方調査河川すべてで外来の琵琶湖系統が確認され、また自然分布域河川では関東系統が確認された。したがって、関東地方の多くの河川で琵琶湖系統・関東系統の混在が確認された。
・オイカワでは、関東地方河川で採集された琵琶湖由来以外の遺伝子は全て単系統であると解釈され、関東地方水系の系統的単位は全域で単一と評価された。
・琵琶湖産アユに代表される有用魚の放流量は調査河川で1950年代以降数十年間は増加しつづけ、特に少ない河川は認められなかった。したがって、オイカワ琵琶湖由来遺伝子の浸透瀕度との関連は認められなかった。頻度の低い1河川では河川構造物が少なかったため、その存在の関与が疑われたが、明確な結論に達する前に調査河川標本数を増やす必要が認められた。
2)社会・行政に対する貢献度、科学技術・学術に対する貢献度(環境問題の解明・解決を含む)
・国外からの外来生物問題に比べて解明の遅れている同種内外来について淡水魚の現状解明に貢献した。
・国内の地域固有系統分布を解明し、淡水生物相の国内遺伝子地図改訂に貢献した。