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Ⅳ 平成20年度終了特別研究の事後評価
4.省エネルギー型水・炭素循環処理システムの開発

研究目的と実施内容

[研究目的]

日常生活や産業活動の結果、多量に排出される有機性排水は、有機物濃度が低く(0.3-1.0 gCOD/l)、気温の変化に応じて常温(10-25℃)で排出される。これらの排水の大部分は、好気性微生物処理(活性汚泥法等)が施されているが、処理に伴う電力消費は莫大(都市下水処理=国内総電力消費の0.6-0.7%)であり、除去有機物の4-5割程度が余剰汚泥(産業廃棄物)に姿を変えている。それ故、既存の排水処理システムの運転維持の結果、多量の化石燃料由来CO2(800-1,500万t CO2/年)が排出されており、水処理に伴うエネルギーの削減は急務である。

他方、アジア諸国において政府開発援助等により好気性微生物処理が導入されているが、運転関わるエネルギー消費が多く(=維持費用大)、高度な維持管理技術が必要であることなどから、普及には至っていない。即ち、処理に伴うエネルギー消費が少ない(維持管理費用が安い)適切な排水処理技術の開発が求められている。以上の様な背景から本研究提案では、低濃度有機性排水の無加温処理に対応した省・創エネルギー型のメタン発酵排水処理技術の基礎を確立することを目的とする。

[実施内容]

【技術的背景と全体計画】
メタン発酵(嫌気性処理)は、曝気動力が不要で余剰汚泥の発生量も少なく、エネルギー(メタン)回収が可能な排水処理技術であるが、低有機物濃度である食品製造排水や都市下水処理に現状技術を適用することは、水処理装置内への菌体高密度保持の観点から困難であった。また、我が国や熱帯を除く大部分の地域の気候条件では、処理を担う中温域(35-37℃)に至適温度をもつメタン生成細菌に対して排水の温度が低く(10-25℃)、活性維持が不十分になるため、処理技術として選択されないのがこれまでの常識とされてきた。それ故、有機性排水処理に関わるエネルギー消費の大幅削減のためには、低有機物濃度排水の無加温処理に対応可能な、メタン発酵技術の開発が必要である。
また、食品・飲料製造排水等の低濃度産業排水は、溶解性の有機物が大半を占めるのに対し、都市下水は固形性の有機物(セルロース、タンパク質)が主成分であるため、それぞれの排水の特徴に応じたメタン発酵技術の開発と技術の最適化が必要である。
そこで本研究課題では、以下のサブテーマの実施により低濃度排水の無加温処理に対応可能なメタン発酵技術の開発を行った。

【サブテーマ1】生物膜メタン発酵法による低濃度産業排水の無加温処理技術の開発

溶解性有機物が主成分である低濃度産業排水の無加温メタン発酵処理技術の確立を目的とし、嫌気性生物膜を利用したメタン発酵技術(生物膜メタン発酵法:グラニュール汚泥床)の開発を行った。

・ 具体的には、数系列のラボスケール試験により、排水温度の低下(20℃・5℃)や排水有機物濃度の低下 (0.8 gCOD/l・0.4 gCOD/l)、また排水有機物組成の変化が排水処理性能や保持生物膜の物理的(汚泥濃度、沈降性等)・生物学的性状(微生物活性の温度依存性、微生物群集構造)に及ぼす影響調査を行うと共に、排水の供給や処理水循環などの運転条件の最適化に関する検討を行った。

・ 最終的に、パイロットスケール(前段メタン発酵処理と後段無曝気型好気処理の組み合わせ)での実低濃度産業排水(精製糖排水)の無加温(20℃)処理試験を行い、開発技術の有効性を評価した。

【サブテーマ2】嫌気性処理と無曝気型の好気性処理の組み合わせによる都市下水の実証処理試験(下水の無加温嫌気処理特性評価)

・ 固形性有機物を多く含む都市下水の省エネルギー処理技術の開発を目標として、嫌気処理(メタン発酵処理)と無曝気型の好気性ろ床(下降流懸垂スポンジろ床:DHS)の組み合わせによる都市下水の実証処理試験(処理規模:50 m3/day)を通年で民間企業との連携で行い、水温低下に対する嫌気処理の安定性向上に関する検討や提案システムのエネルギー削減効果について検証を行った。

・ また、下水に含まれる固形有機物の分解特性の評価(回分集積培養)と実証プラント嫌気槽おける保持汚泥特性評価により固形性有機物の低温条件における嫌気分解特性を評価した。

研究予算

(単位:千円)
  H18 H19 H20
サブテーマ1(生物膜メタン発酵法による低濃度産業排水の無加温処理技術の開発) 11,000 8,000 8,000
サブテーマ2(嫌気性処理と無曝気型の好気性処理の組み合わせによる都市下水の実証処理試験[下水の無加温嫌気処理特性評価]) 6,500 8,000 7,000
合計 17,500 16,000 15,000
総額 48,500 千円

研究成果の概要

(1) 研究の目的・目標に対する達成度

本研究で開発あるいは技術の最適化を図ったメタン発酵処理技術(グラニュール汚泥床、UASB法)は、多量に排出され今まで好気性微生物処理の範疇(メタン発酵処理が未適用)であった低濃度有機性排水の(0.3-0.8 gCOD/l)、常温域(10-20℃)での省・創エネ処理の実現化につながるものである。

同メタン発酵排水処理技術は、無曝気型の好気性処理法(DHS) との組み合わせにより、排水の放流基準を満たすことが可能であり、曝気動力のゼロ化、余剰汚泥の大幅削減などにより、都市下水の無加温処理において現状の好気処理法と比較してエネルギー消費7割削減を実現した。以上の理由により、概ね当初の研究目的を達成できたものと考える。

(2) 研究成果の概要と社会・行政、科学技術・学術に対する貢献度

【サブテーマ1】生物膜メタン発酵法による低濃度産業排水の無加温処理技術の開発

生物膜メタン発酵法(グラニュール汚泥床法)による低濃度産業排水処理技術の開発(水温や有機物濃度低下の影響評価と、技術の最適化)を行った。

・グラニュール状生物膜汚泥を植種し、適切な排水流動条件と有機物負荷を付与することで、低水温・低有機物濃度条件下でも長い汚泥(微生物)滞留時間と高濃度汚泥(微生物)保持が可能であった(図1)。その結果、低濃度排水(0.3-0.8 gCOD/l)の無加温条件下(20℃)における高速(処理時間1〜1.5時間)・高効率処理(有機物除去率80-95%、メタン転換率40-60%)を実現した。

・生物膜汚泥の植種、排水循環付与によるガス分離促進等による汚泥滞留時間の維持により、増殖速度が遅く集積化が困難であった低温対応のメタン生成細菌等(Methanospirillum属細菌)を集積化でき、10℃という低水温下においても安定した排水処理性能を発揮した。また低温度での運転に伴い、保持汚泥の15-20℃でのH2/CO2利用メタン生成細菌の特異的な活性増加を確認した(図2)。

・極低濃度(0.3-0.4 gCOD/l)の有機性排水処理では、間欠的な処理水循環(微生物活性維持と生成ガス分離を両立:特開2008-036529)と、流入水のORP制御により有機物除去効率を飛躍的に向上(COD除去率60%→90%以上)出来ることが明らかになった(図3)。

・開発したグラニュール汚泥床法と無曝気型の好気性ろ床との組み合わせにより、実低濃度産業排水(精製糖排水:0.4-0.5 gCOD/l)の20℃条件下における連続処理試験を行った結果、処理時間3時間(嫌気2時間、好気1時間)で、既存好気処理システムと同等の水質を確保出来た。

・現在、低濃度食品製造排水処理(4,000 m3/day規模)への開発技術(グラニュール汚泥床)導入に関する検討が行われている。本研究をベースにした技術の導入が図られれば、低濃度産業排水処理分野での技術普及と省エネルギー化が期待出来る。

【サブテーマ2】嫌気性処理と無曝気型の好気性処理の組み合わせによる都市下水の実証処理試験(下水の無加温嫌気処理特性評価)

都市下水の省エネ処理技術の開発を目標として、回分培養試験と実証プラント嫌気槽おける保持汚泥特性評価により固形性有機物の低温条件における嫌気分解特性を評価した。また実証処理試験における省エネルギー効果を試算した。

・都市下水に含まれる固形性有機物の嫌気分解特性の評価により、水温20℃程度までは分解活性が維持されるが、水温が15℃程度に低下すると活性の著しい低下が見られ、低温下で固形性有機物の分解が律速となることが分かった。また、バクテロイデス門に属する細菌が主要な酸生成細菌として検出された。

・嫌気性処理(UASB)と無曝気型の好気性処理(DHS)の組み合わせによる都市下水の実証処理試験を鹿児島県霧島市において行った(処理時間:前段 9.6時間, 後段2.5時間)。冬期間(水温16-18℃)における嫌気槽の安定運転のためには、鉄塩の添加等による保持汚泥沈降性の改善(汚泥量増加による汚泥負荷の低減)が有効であり、汚泥沈降性向上後は常時安定したメタン生成能と処理水質を維持した(図4)。

・後段好気処理(DHS)を含めた水質は、年間を通じて安定しており、既存好気性処理と同等の排水処理性能を発揮した。

・同メタン発酵排水処理技術は、無曝気型の好気性処理法(DHS) との組み合わせにより、排水の放流基準を満たすことが可能であり、曝気動力のゼロ化、余剰汚泥の大幅削減などにより、都市下水の無加温処理において、小規模好気性下水処理施設 (処理量10,000 m3/日)と比較してエネルギー消費7割削減を実現した。

・当該技術は、消費エネルギーが少なく、運転管理も比較的容易なため、開発途上国への技術普及が期待できる。