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Ⅳ 平成20年度終了特別研究の事後評価
3.中長期を対象とした持続可能な社会シナリオの構築に関する研究

研究目的と実施内容

[目的]

様々な環境問題の解決策を検討する上で、環境問題はもとより、エネルギーや食料等の安全保障、国際貿易、社会経済活動などさまざまな観点から、将来にわたる長期的な持続可能な社会のビジョンを検討し、こうした社会を実現するシナリオを検討することは、将来の政策的な対応を議論する上で重要な意義を持つ。しかし、総合的な観点から将来のビジョン・シナリオを描く研究はほとんど見られない。本研究の目的は、(1)持続可能な社会構築に向けて将来のビジョン・シナリオを検討する上で、着目すべき指標のあり方を検討し、指標開発の枠組みを明らかにし、(2)持続可能な社会像を定量的、定性的に描くとともに、それを達成するための道筋や課題を、国際的な視点を踏まえて、環境及び社会経済の側面から整合的に明らかにすることにある。

[実施内容]

【研究計画】
本研究は、大別して、(1)持続性可能指標のあり方と指標開発の枠踏みを検討する研究(指標開発に関する研究)、(2)持続可能な社会像を描き、そこへ至る道筋や課題を明らかにする研究(ビジョン・シナリオ構築に関する研究)から構成される。

(1) 指標開発に関する研究(サブテーマ1:亀山、田崎、森口、橋本、松橋)

日本にとって有用な持続可能発展指標を独自に開発することを通じて、持続可能な発展指標が社会のどのような点(社会要素)を計測すべきかを明らかにする。そのために、(1)既存の持続可能な発展に係る国内外の指標をレビューし、指標が着目している要素を分析し、(2)国内の外部有識者の知見を活用しながら、今後我が国が持続可能な発展を遂げるために重要な要素を検討しつつ、新たな指標の枠組みの開発を行う。

(2)ビジョン・シナリオ構築に関する研究

この研究は4つのサブテーマに分かれている。サブテーマ2では、持続可能な国際協調枠組の構築に向けて、国際環境条約下の制度を多面的に評価(環境条約)の整合性を検討するための基礎的ツールとして、データベースの構築を行い、いくつかの事例に関して、制度間比較を行う。サブテーマ3、4では、持続可能な社会ビジョン・シナリオ構築に向けた定量的な研究を実施し、サブテーマ5では、上記のサブテーマを統合するとともに、持続可能な社会の像を描き、その実現に至る道筋を評価するとともに、環境問題の研究者を対象にしたワークショップで持続可能な社会の実現に向けた研究課題の抽出を行うことで、今後の環境研究課題について議論する。

1)持続可能な世界を実現するための国際協調枠組み構築に関する研究 (サブテーマ2:久保田、亀山)

地球規模での対応が求められる環境問題に関し、どのような制度面での対応がなされているか、また、今後、制度の実効性を高めるためにどのような方策が必要かを明らかにするため、その基盤となる国際環境条約データベースを構築し、として、条約の目的規定に関して条約間の比較分析を行う。

2)貿易の自由化と環境に関する研究(サブテーマ3:日引)

パネルデータを使って、国レベルの汚染物質(SO2、CO2、BOD)排出関数のパラメータを推計し、国別汚染物質排出モデルを構築する。さらに、そのモデルを用いて、貿易自由化や経済成長が汚染物質排出に及ぼす影響を分析し、将来の貿易自由化の進展や経済成長により、環境負荷がどのように変化するかをシナリオ分析する。

3)統合評価モデルを用いた持続可能な社会ビジョン・シナリオの定量化研究 (サブテーマ4:増井、肱岡、金森、甲斐沼、花岡、高橋)

国、世界、地方という3つの異なるスケールを対象に、応用一般均衡モデルをベースに、別紙図1に示すような生産、消費活動と環境負荷、環境改善の関係を明示的に取り込んだモデル開発を行い、それぞれの領域を対象とした将来像を定量的に示すとともに、各領域で持続可能な社会を実現するために必要な取組(効率改善や生産構造の変化など)を組み入れた場合の社会及び環境の姿について定量的に分析を行う。

4)持続可能な社会のビジョン・シナリオ作成研究 (サブテーマ5:藤野、松橋)

上記のサブテーマを統合するとともに、専門家に対する将来ビジョンに対するヒアリングを実施し、将来の環境ビジョンについて整理する。そのため、ワークショップ形式での検討を行い、2050年までの我が国の環境に関して何が問題かを明らかにし、その原因となる人間活動は何かを俯瞰的に整理したマップを作成した。また、ワークショップの議論(サブテーマ1でのワークショップも含む)を反映させながら、持続可能な社会の像を描き、その実現に至る道筋の評価を試みる。同様に、環境問題の研究者持続可能な社会の実現に向けた研究課題の抽出を行うことで、今後の環境研究課題について議論する。

【研究方法の概略】

(1) 指標開発に関する研究(サブテーマ1)

(a) 我が国を除く多くのOECD諸国では、政府が国の持続可能発展指標を開発・公表している。これら各国の指標をレビューし、指標の項目等を比較・分析した。同様に、研究機関、大学・環境保護団体等が策定した指標についても、同様にレビューし、いくつかのキーワードを抽出し、分類した。

(b) レビューの結果や既存指標の課題をふまえ、新たな指標開発の上で基礎となる枠組みを策定した。また、枠組みに関連し、その分野の専門家を招へいしたワークショップを開催し、検討・考慮すべき要素について詳細に検討した。

(2) ビジョン・シナリオ構築に関する研究

1)持続可能な世界を実現するための国際協調枠組み構築に関する研究

地球環境問題に関連する国際枠組みを様々な観点から横断的に評価するための基礎的ツールの整備を目的として、統一フォーマット(権利義務関係、紛争処理規定、遵守メカニズム、資金メカニズム、環境パフォーマンス(排出量など)モニタリングと改善メカニズムの有無などの項目に着目)の下で、国際環境条約(ワシントン条約、生物多様性条約、砂漠化対処条約、MARPOL条約、ウィーン条約、モントリオール議定書、気候変動枠組条約、バーゼル条約他を対象)データベースを構築した。

さらに、整備したデータベースを用いて、目的規定につき、気候変動枠組条約と他の条約との比較分析を行った。

2) 貿易の自由化と環境に関する研究

CO2、SOx、BODを対象に、国レベルの汚染物質排出モデルのフレームワークを構築し、88カ国×28年の国別パネルデータを用いて、モデルの挙動を決定するパラメータを推計し、(a)貿易の自由化や経済成長が汚染物質排出量に与える短期的影響、長期的影響、(b)環境クズネッツ仮説の検証、(c)環境条約(オスロ議定書、ヘルシンキ議定書など)の汚染物質排出削減の有効性、について分析する。さらに、推計されたパラメータを用いて、汚染物質排出モデルを構築し、将来の貿易自由化や経済成長による、各国の排出量や世界の排出量の変化を分析する。

3) 統合評価モデルを用いた持続可能な社会ビジョン・シナリオの定量化研究

世界、日本、地方の将来シナリオを定量的に描くために、経済と環境を統合した応用一般均衡モデル(世界、日本、地方)をそれぞれ開発し、それらを用いて、各領域を対象としたビジョン・シナリオの定量化を行った。

4) 持続可能な社会のビジョン・シナリオ作成研究

(将来の環境ビジョンの検討)

国立環境研究所研究員(約40名)の参加によるワークショップを開催し、それらを4つのグループに分けて、各グループで重要なものから10個の環境問題と10個の社会経済的要因を抽出し、将来の環境ビジョンを整理した。具体的には,日本の2050年までの環境・資源面の諸問題とその原因となる社会経済的背景のメカニズムの全体像を整理し,その因果関係を網羅的に整理した。

(日本・アジアを対象にしたビジョン・シナリオ作成)

日本・アジアを対象にした、持続可能な社会のビジョン・シナリオ構築に向け、既存情報の収集・整理を行った。また、有識者にインタビューを行い、望ましい社会ビジョン・シナリオについて情報収集をした。サブ1で検討された指標項目、サブ2で検討された環境に関連する国際交渉の動向、サブ3で検討された貿易による効果等を加えて、それぞれの分野のシナリオを描く上で鍵となる要素を抽出した。主要な要素を組み合わせることで今後、鍵となる環境問題についての主な論点を主要な分野毎にあげ、シナリオを試作した。

研究予算

(単位:千円)
  H18 H19 H20
指標開発に関する研究 100 3,350 3,560
持続可能な世界を実現するための国際協調枠組み構築に関する研究 1,500 3,000 2,000
貿易の自由化と環境に関する研究  5,000 5,000 5,000
統合評価モデルを用いた持続可能な社会ビジョン・シナリオの定量化研究 1,000 2,500 2,000
持続可能な社会のビジョン・シナリオ作成研究 2,400 6,150 7,440
合計 10,000 20,000 20,000
総額 50,000 千円

研究成果の概要

[研究目的・目標の達成度]

(1) 指標開発に関する研究

本研究では、既存の持続可能な発展指標をレビューし、その特徴や問題点を明らかにするとともに、専門家に対するインタビューやワークショップの開催を通して、今後の持続可能な発展に求められる社会要素を整理した新たな指標の枠組みを提示し、概ね研究の目的を達成できたものと考える。

(2) ビジョン・シナリオ構築に関する研究

本研究では、環境条約に関するデータベースの構築、統合モデルの開発、貿易を考慮した排出モデルの開発、ビジョン・シナリオの作成を実施した。各サブテーマからの知見をお互いにより連携させ、より詳細なビジョン・シナリオ作成の余地は残されているが、おおむね研究の目的を達成できたものと考えられる。

[成果の概要(社会・行政に対する貢献、科学技術に対する学術的な貢献も含む)]

(1) 指標開発に関する研究

1) 指標レビュー

(a) 26の国等が策定した1528の指標をレビューし、これらを「貧困」、「労働」、「気候変動」、「物質利用」、国の経済力」などの77項目に分類・整理した(別紙表1)。これにより持続可能な発展に求められる社会要素を環境分野に限らず幅広く抽出できた。成果はデータベースとして公表(http://www.nies.go.jp/sdi-db/)し、学術的な貢献も果たした。

(b) 先進的な指標が確認できた。例えば、労働については失業率の指標が多かったが、長期失業率のように単なる格差ではなく、格差の固定化といった視点を捉えた指標が存在した。また、死亡・健康については、平均寿命や特定の疾病に係る指標が多かったが、健康へ満足度といった主観的要素を取り入れた指標が存在した。

(c) 一方で、指標開発における共通的な課題を抽出した。主なものとして、(1)質的発展の状況をどう計測するか、(2)発展における事象間のトレードオフや国外へのリーケージをどう把握するか、(3)将来世代・時間軸をどう考慮するか、(4)生活実感との乖離をどのように埋めるかなどといった点を指摘できた。

2) 指標の枠組みの策定

(a) 新たな指標開発の上で基礎となる枠組を策定した。そこでは、「環境」、「経済」、「社会」の3分野要素をベースに、各分野要素の関連を示す分野要素を配置提示することで、分野間のつながりをより強調した。また、個人の生活基盤として持続可能性に係わる要素と、さらにそれを支える国(社会)全体の基盤についての持続可能性に係わる要素の階層性を表現切り分けることにした。(別紙図2参照)

(b) 別紙図2の六角形を構成する6つの三角形ごとに、その分野の専門家を招聘したワークショップを開催し、三角形ごとに持続可能な発展の上で重要な事項を選定し、持続可能発展指標として重要と考えられるいくつかの指標候補を整理した。

(2) ビジョン・シナリオ構築に関する研究

1) 持続可能な世界を実現するための国際協調枠組み構築に関する研究

(a) 別紙表2に示す条約を対象に、表3で示す項目について国際環境条約データベースを構築した。この成果は、国立環境研究所HP上で公開を予定している。このデータベースは、初学者から、特定の環境条約について詳細に比較分析をしたい専門家や行政官に至るまで、幅広いニーズに応えることができると期待される。

(b) 整備したデータベースを用い、目的規定につき、気候変動枠組条約と他の条約との比較分析を行った。その結果、同条約第2条は他の国際環境条約には見られない目的条項であり、各国に対する約束に直結しないが、単なる理念にはとどまらず、各国の約束を議論する上での制約としての役割が条約交渉時に期待されており、制度の実効性を規律する重要な要因となることがわかった。

2) 貿易の自由化と環境に関する研究

(a) 貿易の自由化は、先進国では、汚染物質排出量を減少させる効果を持つが、発展途上国では、むしろ増加させる効果がある。(貿易自由化の弾力性(1%の貿易依存度上昇による汚染物質排出量の変化率)の推計結果は別紙表4の通り。)

(b) Pollution Heaven効果が要素賦存効果を上回ることが、上記の主要因である。

(c) SO2とCO2について、環境クズネッツ仮説は成立する。SO2については、転換点となる一人当たり所得は、$14,045〜24,616であり、CO2については、$24,732〜$29,678であると推定される。

(d) オスロ議定書、ヘルシンキ議定書は有効に汚染物質削減効果をもっていた。しかし、京都議定書と水と健康に関する議定書(Protocol on Water and Health)については、有意な削減効果は認められなかった。

(e) 開発されたモデルを用いて、貿易自由化を促進することによる将来(2050年)の二酸化炭素排出量を変化を地域別に計算したところ、アジア、ヨーロッパ、北アメリカなどでは、排出量を削減するが、アフリカや身なりアメリカでは、排出量が増加することがわかった。

3) 統合評価モデルを用いた持続可能な社会ビジョン・シナリオの定量化研究

国や地方、世界を対象とした環境と経済を統合するようなモデルを開発し、将来の持続可能な社会の実現可能性について評価した。なお、持続可能な社会の実現に向けてはフォアキャストではなく、バックキャストが重要となるが、今回の定量化においては、持続可能な社会に向けて最適な経路を示すバックキャストのアプローチではなく、探索的に明らかにした。

(a) 日本を対象としたビジョン・シナリオの定量化
日本を対象に持続可能な社会を評価するために、経済活動と環境負荷及び環境保全活動を内生化した応用一般均衡モデルを開発した。また、開発したモデルを用いて、低炭素社会、循環型社会、自然共生社会、快適生活環境社会の見地から目指すべき2050年の環境像と社会・経済活動について、別紙図3のように定量的に明らかにした。モノの消費を志向する社会では、環境負荷は大きくなり、消費構造の変化も持続可能な社会の構築には重要であることがわかる。

(b) 世界を対象としたビジョン・シナリオの定量化
日本を対象とした分析を世界に拡張するための世界モデル開発とシナリオの定量化を行った。世界モデルは、AIM/CGE[Global]をベースに、鉄や紙などを独立した部門として取り上げている。本モデルを用いた分析から、低炭素社会、循環型社会、自然共生社会を世界規模で両立させる姿を描くことは可能であるが、その実現にはエネルギー効率の改善や建設物の長寿命化など様々な対策を同時に導入する必要があることが明らかとなった。

(c) 地域を対象としたビジョン・シナリオの定量化
国レベルのビジョン・シナリオと整合的な地方レベルのビジョン・シナリオを定量化するためのツール開発を行った。市区町村では、データの制約からCGEモデルを直接構築することは困難である。そこで、都道府県を対象としたCGEモデルを開発し、その結果をメッシュデータにダウンスケールするための手法を開発し、茨城県を対象に水質や二酸化炭素排出量を対象に分析を行い、住民行動(太陽光発電の導入や浄化槽の設置等)により2030年のこれらの環境負荷がBaUと比較して10%以上低減することを示した。

4) 持続可能な社会のビジョン・シナリオ作成研究
(将来の環境ビジョンの検討)

(a) 日本の2050年までの環境・資源面の諸問題とその原因となる社会経済的背景のメカニズムの全体像およびその因果関係を整理した結果は、別紙図4の通り。

(b) 気候変動と、近隣諸国の越境汚染、地域環境問題、資源・食糧問題、自然・生態系などに関しては、全てのグループが将来の問題化の可能性を指摘したが、健康影響についての見解は一致しなかった。また、人間活動に関しては、経済活動や人口の動向、価値意識は全てのグループが指摘したが、国際情勢や技術革新、産業動向、利便性や豊かさへの欲求などについては、見解は一致しなかった。

(c) 全てのグループが指摘した問題や活動については、多くの指標やモデルに共通で盛り込まれやすいが、指摘にばらつきが出た問題や活動については、指標リストから漏れるおそれがあると考えられるため、網羅的な指標やモデルを作成する際には、特に留意してチェックする必要があると考えられる。

(日本・アジアを対象にしたビジョン・シナリオ作成)

(a) 日本を対象にした持続可能な社会を描くため、有識者ヒアリングに基づいたデータを分析し、2050年頃の望ましい環境像について定性的な記述を行った。既存のまたは近い将来に実用化される対策をいかに普及させるかについて、消費者の行動様式やビジネス・政府の行動原理についての分析が必要である。自然共生社会に関しては、それぞれの地域の実情に応じたゾーニングを行うことが有効だが日本ではあまり研究が進んでいないため、シナリオを描き、ゾーニングの意味づけを示すことも重要である。これらの観点を踏まえながら、各分野のビジョン・シナリオ作りを行った。

(b) 日本を対象に行った分析をアジアに適用させながら、サブ2、サブ3、サブ4で得られた結果を反映させてアジアを対象としたビジョン・シナリオ作りの論点を取り上げた。低炭素社会では、経済発展とエネルギーのデカップリングをいち早く実現させるシナリオ作り、循環型社会では、経済社会の循環だけでなく自然を含めた循環を踏まえたシナリオ作りが重要である。自然共生社会では積極的なゾーニングでバイオマス生産地と自然保護地域の区分を早めに決めることが有効な国土利用に貢献する可能性がある。いずれの分野においても、地域の実情に応じたビジョンを想定し、先進国が歩んできたのとは異なる道筋をleap frogによって実現するのに役立つシナリオ作りが重要なことがわかった。