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Ⅰ 重点研究プログラム
研究課題名 環境リスク研究プログラム

実施体制

代表者:
環境リスク研究センター センター長、白石寛明
分担者:
【環境リスク研究センター】
副センター長 米元純三
曝露評価研究室 鈴木規之(室長)、桜井健郎(主任研究員)、今泉圭隆(研究員)、小林淳(NIESポスドクフェロー)、Puzyn Tomasz(JSPSフェロー)
健康リスク評価研究室 青木康展(室長)、西村典子、松本理、曽根秀子(主任研究員)、河原純子、古濱彩子(NIES特別研究員)、天沼喜美子(NIESフェロー)*)、永野麗子、今西哲(NIESポスドクフェロー)、赤沼宏美(NIESアシスタントフェロー)
生態リスク評価研究室 田中嘉成(室長)、菅谷芳雄、立田晴記(主任研究員)*)、中嶋美冬(NIESポスドクフェロー)*)、真野浩之(NIESポスドクフェロー)
環境曝露計測研究室 白石不二雄(室長)、鑪迫典久(主任研究員)、中島大介(主任研究員)、鎌田亮、平井滋恵、小田重人(NIESポスドクフェロー)
高感受性影響研究室 藤巻秀和(室長)、石堂正美、黒河佳香、山元昭二、塚原伸治(主任研究員)、Tin-Tin-Win-Shwe(NIESフェロー)、北条理恵子*)、鈴木純子(NIESアシスタントフェロー)
環境ナノ生体影響研究室 平野 靖史郎(室長)、鈴木明、古山昭子(主任研究員)、菅野さな枝*)、藤谷雄二、種田晋二(NIESポスドクフェロー)、李春梅(JSPSフェロー)
生態系影響評価研究室 高村典子(室長)、西川潮(研究員)、赤坂宗光(NIESポスドクフェロー)、松崎慎一郎(JSPSフェロー)
主席研究員 後藤純雄*)
主席研究員 堀口敏宏、児玉圭太(JSPSフェロー)
主席研究員 五箇公一、井上真紀、富永篤、郡麻里、今藤夏子*)、国武陽子*)、堂囿いくみ(NIESポスドクフェロー)*)
研究調整主幹 山崎邦彦*)、松崎加奈恵、長尾明子(NIESフェロー)、樋田竜男(NIESポスドクフェロー)*)
【環境健康研究領域】
領域長 高野裕久
生体影響評価研究室 井上健一郎(主任研究員)、柳澤利枝(研究員)

※所属・役職は年度終了時点のもの。また、*)印は過去に所属していた研究者を示す。

研究の目的と今年度の実施概要

環境リスク研究プログラムは、環境中の化学物質に起因するリスクのほか、侵入生物、遺伝子組み換え生物、生態系の攪乱等多様な環境リスクを対象としており、分野が広範囲に及ぶことから、分野ごとの専門性を重視した課題構成をとっている点が特徴である。化学物質による環境リスクについても、人の健康に対するリスクと環境中の生物に対する生態リスクの双方を視野に入れる必要があり、また人の健康に対するリスクに着目してもさまざまな環境媒体から種々の経路を経由した曝露を考慮する必要がある。このため、さまざまな環境要因が人の健康と生態系の双方に及ぼすリスクを的確に管理していくことを究極の目標としているが、今期においては、近未来の環境施策上のニーズを視野に入れ、リスク評価手法の改善に向けた研究を進めることに重点を置いている。4つの中核プロジェクトの中間評価の結果を踏まえ、一部の中核プロジェクトにおいては中期目標の達成に向けて次年度研究計画の見直しを念頭に重点化を進め、各プロジェクトを実施するとともに、その他の活動として「環境政策における活用を視野に入れた基盤的な調査研究」、「知的基盤の整備」およびリスク評価にかかわる環境省受託による調査・研究を実施した。

中核プロジェクト

4つの中核研究プロジェクトは、曝露評価、健康リスク評価、生態リスク評価のそれぞれの分野で、不確実性が大きくリスク評価を行うにあたり研究開発が必要な課題について、この5年間でそれぞれの手法の確立を図ることを目的としている。基本的には独立した4つのプロジェクトが併走する形をとっているが、プログラム全体としては、今期のプロジェクトの中で可能な範囲で各々が研究対象とするリスクの評価を試みる必要があると考えられるので、これを前提としてプロジェクトを進めた。

中核PJ1「化学物質曝露に関する複合的要因の総合解析による曝露評価」

多数の化学物質や曝露に関する複合的な諸要因を総合的かつ効率的に考慮する曝露評価の確立を目指し、自然的な環境動態と曝露に関する複合的要因を階層的な時空間スケールにおいて把握するための曝露評価体系を提案する。全体としては、課題1での数理モデルによる曝露解析を課題2のバイオアッセイを中心とする環境調査により検証し、課題3で曝露評価として示す構成としてきた。本年度は中間評価等の結果を受けて、次年度以降の研究計画の見直しを念頭におきつつ研究を実施した。

課題1:曝露評価のための地域規模および地球規模GIS詳細動態モデルの構築

地球規模多媒体モデルの開発においては、昨年度までに構築したモデルを改良し、発生源と影響地域の関連性のSource-Receptor(S-R)関係の解析を行った。地球全体を3×6の発生源地域に区分し、各地域から他全地域への汚染寄与到達状況を検討した。この結果からS-R行列を用いる逆解析手法により排出量の地域寄与を推定する手法について検討を行った。地域GIS詳細モデルの開発では、農薬類の時空間変動を含む濃度変動予測手法の開発を新たに進めた。日本全国で使用される水田農薬を主な対象とし、農薬の種類と農薬使用日の関係を解析し、出荷量、使用時期予測、流出モデルを組み合わせた日変動に対応した排出推定手法の開発を進めた。水環境からの生物移行の定式化については、底質およびその懸濁粒子の存在下でのPCBなどの残留性汚染物質のマコガレイへの移行を水槽実験で検討し、底質中の残留性汚染物質のマコガレイの魚体(筋肉部等)への移行モデルの構築を進めた。

課題2:バイオアッセイと包括分析による多重曝露、複合影響の監視手法の開発と評価

昨年度より調査地点を追加して実施した16都道府県108河川水試料のほとんどのバイオアッセイ項目の活性の平均値には年度による明らかな差違は認められなかった。GC/MSによる一斉分析では、医薬品類とパーソナルケア製品(PPCPs類)など、排出源の特性を反映した結果が得られた。全国11地点で夏季及び冬季に同時サンプリングした大気試料の変異原性、発がんプロモーター活性とPAH濃度などの化学物質の測定を行った。冬季の粉じん状試料で高いプロモーター活性が認められた。またPAHの発生源の検討のため光分解物である1,8-naphthalic anhydrideや5H-phenanthro(4,5-bcd)pyran-5-oneの測定法の検討を開始した。11の工場排水および30の環境水についてミジンコ繁殖試験、ゼブラフィッシュ胚発生阻害試験、藻類繁殖阻害試験、発光バクテリア発光阻害試験を行い、それらの結果を用いて毒性削減評価/毒性同定評価手法(TRE/TIE)の検討を進めた。

課題3:モデル推定、観測データ、曝露の時間的変動や社会的要因などの検討とこれらの総合解析による曝露評価手法と基盤の整備

新規物質を含む多重曝露の評価手法と検討として、地理的分布を持って出力される地域GIS詳細モデルの出力と、食品流通を考慮した曝露評価の経験を結合するための準備作業を行った。

中核PJ2 「感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価」

課題1:遺伝的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

免疫系と神経系との間には密接な関係があり、自然免疫の成立に重要な役割を担うToll様受容体(TLR)が中枢神経系である脳の発達に関与することが最新の研究により明らかになりつつある。これまでの研究から、我々は免疫過敏症を示すマウス(C3H/HeNマウス)は曝露したトルエンに対して高い感受性を示すことを明らかにしてきた。トルエンの曝露影響に関するメカニズムの解明およびトルエン曝露の感受性を規定する遺伝子を検索すること目的として、正常なTRL4(主要な自然抗原であるリポ多糖(LPS)の受容体)をもつC3H/HeNマウスとTRL4を欠陥するC3H/HeJマウスにおける免疫系臓器である胸腺の細胞内シグナルトランスダクションに対する低濃度トルエン吸入曝露の影響を検証した。その結果、胸腺細胞の免疫応答に関与する転写調節因子(STAT)の発現がC3H/HeNマウスとC3H/HeJマウスとの間で異なることが判明した。さらに、トルエン曝露による脳への影響を検討した結果、C3H/HeNマウスでは記憶学習機能に関与する海馬における神経成長因子(NGF)の遺伝子発現がトルエン曝露によって増加したが、C3H/HeJマウスでは観察されなかった。以上のことから、トルエンの曝露影響を修飾する要因としてTLRを起点とした免疫系と神経系のクロストークが重要であると推察された。

課題2:時間的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

胎児、小児等における化学物質の曝露が脳形成、免疫・感染、内分泌、行動、循環に及ぼす影響を、曝露の時期と後発的な毒性発現の関係をメカニズムの観点から明らかにしたうえで、感受性要因として健康リスク評価へ組み込むことを目標としている。妊娠後期のトルエン曝露が雄胎仔ラットの脳の性分化に重要な血中テストステロン濃度を低下させることを観察し、雄胎仔ラットのテストステロンの濃度低下のメカニズムおよび発達期での性的二型核形成への影響について検討した結果、胎生後期におけるトルエン曝露が雄胎仔ラットの精巣におけるステロイド産生酵素の発現を低下させ、テストステロン分泌が低下すること、成熟したラットの性的二型核SDN-POAと呼ばれる雄が優位な構造をもつ神経核の体積が、周生期トルエン曝露によって雄では縮小することを明らかにした。免疫系の発達に対するトルエンの影響を検討するため、幼若マウスをもちいて乳幼仔期の免疫パラメーターを把握するとともに、胎仔期、新生仔期あるいは乳仔期にトルエンをマウスに吸入曝露して解析した結果、乳仔期曝露による免疫系への影響は胎仔期や新生仔期での曝露に比べて顕著であることを示唆する知見を得た。乳仔期のダイオキシン曝露による腎形成不全のメカニズムを解明する目的で、マウスの腎臓の発生・分化過程の器官形成、細胞周期、アポトーシスに関連する遺伝子の生理学的条件下での発現をin vivo系で組織学的・分子生物学的に調べるとともに、ダイオキシンによる活性化された核内受容体(AhR)の分化制御メカニズムを解析した結果、核内受容体であるAhRを介したダイオキシンによるこれら遺伝子の発現修飾が腎形成不全に繋がる可能性が示唆された。さらに、新生期多動性障害と成熟期寡動を惹起する化学物質としてp−ニトロトルエンを同定し行動科学的に検討した結果、生後5日目にp−ニトロトルエンを曝露した4-5週齢のラットにおける自発運動量の増加を観察した。また、妊娠10日目のペルメトリン投与が8-12週齢マウスの探索行動および自発行動に対して影響を及ぼすことが明らかになった。

課題3:複合的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

これまでに開発したin vivoスクリーニングモデルを用い、曝露の次世代影響および性別に着目して、環境化学物質の影響を評価した。DEHP曝露が皮膚炎症状の増悪などの次世代のアレルギー疾患に与える影響は、母獣を介した曝露時期あるいは性別によって異なることが示唆された。

中核PJ3「環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価」

課題1:環境ナノ粒子の生体影響に関する研究

前年度までの研究で、ナノ粒子を多く含むディーゼル排気ガスの全成分曝露実験(DEP-NP, ナノ粒子を含む全粒子+ガス成分)と、除粒子の曝露実験(fDEP−NP)をラットを使用して実施し、心電図解析及び心拍変動などの循環器系の生体指標について解析した。清浄空気曝露群と比較し、異常心電図が、3か月間の亜慢性曝露で有意に増加し、心拍変動も起こすことを明らかにした。さらに、除粒子曝露との比較によって、粒子の存在が、異常心電図の発現に関与していることを示した。今年度は、慢性曝露実験との観点から、マウス(C57BL/6N)を使用して、ラットと同様な曝露を行い、循環器系の指標について比較検討した。マウスの3か月曝露では、有意な異常心電図の増加は観察されなかったが、心拍変動解析では、自律神経の副交感神経系の優位が示され、SDNNの時間短縮が観察され、自律神経を介した循環器影響が示唆された。この反応は、異常心電図の発現を除けば、ラット曝露と類似していた。したがって、ナノ粒子DE曝露が循環器に対して、直接的あるいは神経系を介した影響を示すことが明らかとなった。また、ナノ粒子DEPが雄の生殖器機能に影響することを生殖器関連ホルモンの測定によって明らかにした。さらに、次世代への影響を明らかにするために、妊娠動物を曝露し、妊娠動物のホルモンの変化や、胎児への影響について検索している。一方、ディーゼル排ガス由来環境ナノ粒子のマウスへの慢性吸入曝露(最長1年)を開始し、これまで3か月曝露マウスについて呼吸器免疫系への影響を中心に血液、肺、脾臓などを採取して炎症性サイトカイン・ケモカインの産生やmRNAの発現等について調査した。その結果、高濃度曝露群のマウス肺において、サイトカイン・ケモカインmRNA発現の増加傾向や酸化ストレスマーカーであるHO-1 のmRNA発現の増加が観察された。なお、平成21年1月下旬には6か月曝露マウスを搬出し、3か月曝露マウスと同様に呼吸器免疫系への影響を中心に生体試料の分析を行う予定である。また、生体内のレドックス環境のバランス維持に重要な役割を果たすクルタチオンを測定組織でのストレス応答遺伝子発現についてRT-PCRにて検討中である。ナノ粒子棟における慢性曝露実験が2008年7月から開始された。 曝露チャンバー内のナノ粒子の個数濃度、重量濃度、粒径分布、ガス成分を含めた曝露空気質のモニタリングを行い、毒性の指標となる性状のキャラクタリゼーション、クォリティコントロールを行っている。

課題2:ナノマテリアルの健康リスク評価に関する研究

カーボンナノチューブの吸入曝露装置の作製を終了し、また、繊維状粒子の分散性を高めたエアロゾル化に成功している。 カーボンナノチューブの鼻部吸入曝露実験の為に、粒子の発生条件の検討およびその物理的、化学的キャラクタリゼーションを行った。サイクロンを振動させることにより、凝集しやすい繊維状のナノ粒子を分散させるとともに吸入性の粒子(空力学径10ミクロン以下)のみを飛散させることが可能となった。一方、カーボンナノ粒子のマウス胸腔内投与実験群の解剖がほぼ終了し、現在解析を進めている途中である。

課題3:アスベストの呼吸器内動態と毒性に関する研究

廃棄物研究グループと研究を進めている。前年度までのサンプルに加えて、アモサイトとトレモライト標準物の熱処理過程に伴う毒性変化を検討するために培養細胞を用いたin vitro毒性試験を行い、アモサイトとトレモライト熱処理物はそれぞれ1100℃以上、1200℃以上の熱処理でin vitro細胞障害性が顕著に減少することを認めた。クロシドライトとその熱処理試料を腹腔内投与あるいは気管内投与して炎症反応を調べるin vivoの毒性試験では、in vitro細胞障害性試験の場合と同様に800℃熱処理物の投与で顕著に炎症誘導能が減弱することを示すものであった。

中核PJ4「生物多様性と生態系機能の視点に基づく環境影響評価手法の開発」

課題1:野外調査によるリスク要因の解明と生態(系)影響評価

野外における個体群変動およびカタストロフィックレジームシフトを指標とした生態影響評価の事例をもとに、新たな生態リスク評価手法の構築を目指して、それぞれ、東京湾およびため池を対象とした野外調査をサブ課題として実施している。

1)東京湾における底棲魚介類の個体群動態の解明と生態影響評価

シャコに関して、2008年の産卵量、幼生密度及び稚シャコ密度の時空間分布データを加えて解析した結果、稚シャコの着底が貧酸素水塊により制限されるとみられること、並びに2008年は11月中旬まで湾北部に貧酸素水塊が観測されていたことから、このことが稚シャコの着底量の多寡に影響した可能性がある。マコガレイに関して、シャコと同様に産卵量、仔魚密度及び稚魚密度の時空間分布データ(2006年〜2008年)を解析した結果、ふ化〜浮遊仔魚出現期における底層水温が生活史初期における生残に影響した可能性が示唆された。また、仔稚魚の空間分布について、夏期には貧酸素水塊の出現・拡大により稚魚の分布域は湾南部に制限され、密度の低下もみられたことより、冬期の水温と夏季の貧酸素水塊の存在が当歳の加入量に影響する可能性が示唆された。

その他、マコガレイの(i)仔魚の日輪査定バリデーションのための飼育実験、(ii)仔魚期の生残と成長を推定する飼育実験、(iii)着底稚魚の自然海域での成長を解析するためのケージ試験(2008年5月、横浜・野島地先)を実施し、いずれも耳石による日間成長の解析を進めている。また、サンプリング調査で得られた仔魚について耳石による日間成長解析とともに食性解析を進めている。また、致死及び忌避行動開始の溶存酸素(DO)濃度の推定に向けて、マコガレイ稚魚の致死DOレベルを推定するための実験を貧酸素‐有害物質流水式連続曝露試験装置を用いて開始した。2007年8月に東京湾20定点調査で採取された表層底質試料の942種の化学物質に関するGC/MS分析を実施した。東京湾では工業系化学物質に比較して生活由来物質が高濃度であった。

2)淡水生態系における環境リスク要因と生態系影響評価

兵庫県で実施していた、水質、農薬、底生動物、魚類、植生、ならびに聞き取りなどの野外調査が調査対象である64すべての池で完了した。現在、プランクトンや底生動物などについての分析を実施している。統計モデルを用いて、池の管理に関する変数や景観変数を説明変数として、生態系のレジームシフトを引き起こす可能性のある外来動物(ブルーギル、アメリカザリガニ)の出現ならびに個体数の統計解析を実施した。また、レジームシフトの指標となるアオコの出現と外来動物の分布の関係を明らかにした。

課題2:侵入種生態リスク評価手法の開発に関する研究

特定外来生物アルゼンチンアリの分布拡大プロセスを解明するために分子遺伝学的解析を開始した。日本には複数の系統が侵入しているが、主な系統はハワイおよびアメリカ本土に侵入している系統と同一の遺伝子型であることが示された。野生生物感染症のリスク評価研究の一環としてカエルツボカビの国内感染状況の調査を実施した。カエル皮膚からの綿棒拭い取り(スワブ)サンプルのPCR検査結果から、本国内には様々なITS遺伝子型のカエルツボカビ系統が存在すること、オオサンショウウオやシリケンイモリ等、本固有の両生類にも本菌が高い確率で感染していることが明らかとなった。感染実験および系統解析の結果から、これら在来両生類とカエルツボカビ菌は共生関係にあることが示唆された。

課題3:数理的手法を用いた生態系機能の視点に基づく生態リスク評価手法の開発

化学物質などの環境かく乱因子が群集構造に与える影響を、資源分割と最小必要資源量に基づく資源競争の両方を行っている生物群集を想定した数理モデルによって計算した。その結果、資源競争のもとでは、競争能力を左右する生物的特性の環境かく乱因子に対する反応が群集の応答を左右し、それは密度非依存的な状況での応答からは予測できないという知見が得られた。昨年度の理論上の研究成果を基礎に、霞ヶ浦動物プランクトン群集に対する機能生態学的データ解析を開始した。そのために、主要動物プランクトン種の機能形質の文献情報をベースに整理し、不足した情報は、室内実験によって捕捉している。機能形質の取得、整理は今年度中にほぼ終了する予定である。予備的な解析では、動物プランクトン群集の平均同化効率は、構成種の遷移とともに季節的に大きく変動し、年次変動も観察された。化学物質の集団遺伝学的モニタリング法に関しては、カブトミジンコ (Daphnia galeata) の集団間遺伝分化をマイクロサテライトマーカー遺伝子を用いて有意に検出し、地域汚染レベル(殺虫剤フェンバレレート)の変異を地域クローン間の感受性変異として検出した。さらに、耐性遺伝子の適応度コストを、膨大な生命表データをもとに推定した。

その他の活動

その他の活動として、「環境政策における活用を視野に入れた基盤的な調査研究」及び「知的基盤の整備」を進めるとともに、リスク評価に関する実践的取り組みとして、化学物質の環境リスク初期評価のとりまとめ、化学物質審査規制法への技術的支援などを受託調査研究(請負業務)として実施した。

「環境政策における活用を視野に入れた基盤的な調査研究」

環境施策への活用を視野にいれ、既存知見の活用のための基盤整備および新たなリスク評価手法の開発を目指して、中期計画(別表3)に記載の以下の7課題を実施した。

(1)化学物質リスク総合解析手法と基盤の開発

本課題では、化学物質リスクのGISによる空間解析の基礎として、地理情報、関連情報の集積とデータ処理・解析の機能を開発し、排出推定、曝露解析等の効率化を目指す。具体的には、関連するデータベースへのデータ蓄積、メタデータを含めた一括管理、共通インターフェイスによる、データの解析・グラフの表示、地理区分の変換機能、また個別目的に即したインターフェイスの開発等を目標とする。

本年度は、データベースの構築として市区町村別データを有効に用いるために、2000年以降の市区町村合併の履歴を整理し、様々な年のデータへの対応を可能にした。また、多媒体モデルG-CIEMSの予測結果に対して、社会基盤情報などの他の収録データを地理区分変換後に結合して表示する機能を構築しモデル予測結果のより簡便な解析を可能にした。また、市区町村別作物別作付面積や土地利用データを利用して、県別や市区町村別の化学物質使用量を空間に按分するなどの地理区分の変換とデータ解析機能の開発を行った。

(2)化学物質環境調査による曝露評価の高度化に関する研究

本課題では、化学物質環境調査による曝露評価の高度化のため、一斉分析法の開発、ヒト曝露評価への適用を視野に入れ、農薬等毒性物質の代謝物など、曝露マーカーの分析法の開発を進める。今年度は、有機リン化合物等を曝露した実験動物を用い、血中及び尿中の曝露物質及びその代謝物濃度測定法を確立し、両者の経時的な関係の把握を試みることとなっている。本年度は、クロロピリホスとその代謝物(クロロピリフォスオキソン体、TCP)のLC-MS/MSによる分析法を作成した。即ち、MRMモードで2pgで充分なS/N比を得られること、0.2ng/mL〜50ng/mLの範囲で直線性が認められることを確認した。続いてクロロピリホス曝露動物の尿を一定時間、低温で保存する採取方法を検討し、代謝ケージから得られる尿を12時間の採取間隔で4℃以下に保つ保冷器材を作成し、クロロピリホスを腹腔内投与したラットの投与後120時間まで12時間間隔で採取した尿の分析を進めている。

(3)生態影響試験法の開発及び動向把握

生態毒性試験法の開発に関して、生物(藻類)の微弱発光を利用した藻類毒性試験法の検討をおこなっている(浜松フォトニクス(株)との共同研究)、。本年度は、藻類への毒性が明らかな100種類の化学物質を緑藻に曝露し(それぞれ対照区と3濃度区)、ばく露経過1、4、8、24時間後の生物微弱発光を測定した。その結果、毒性値と励起後1分以内の発光阻害率が相関することが明らかとなり、発光阻害率から毒性値を外挿する手法の有効性が確認された。さらに、物質毎に微弱発光応答は異なるが、いくつかのパターンに分類すされ、反応は応答時間の異なる数個の因子の組み合わせからなっていると推測された。得られた発光観測データはすべてデータベース化されており、微弱発光阻害から成長阻害毒性へ外挿推定だけでなく、化学物質の藻類への生物利用可能性を含む作用機序の解明に資するシステムの基礎を構築した。藻類−ミジンコ−メダカ系のアクアリウム実験系の設定がほぼ終了し、ミジンコ群集共存実験、メダカ捕食実験が成功した。餌や水温、捕食圧、化学汚染などの環境要因による栄養転換効率の操作実験は実施中である。

(4)定量的構造活性相関による生態毒性予測手法の開発

KATE (KAshinhou Tool for Ecotoxicity )は、魚類急性毒性試験における半数致死濃度(LC50)とミジンコ遊泳阻害試験における半数影響濃度(EC50)を予測するQSARモデルであり、平成19 年7月より3省合同審議会に魚類及び甲殻類の予測結果を参考資料として提出している。平成20年1月に試用版をWeb公開したが、秘密保持の問題、透明性の確保の観点から、現在利用している商用プログラムの主要な部分を廃止し、ソースコードレベルから独自システムの構築を実施した(大分大学と共同開発)。この結果、スタンドアロン版の作成が可能となり、ベータテストの実施や水・オクタノール分配係数の予測ソフトの組み込みを経て、3月にインターネット版KATEの更新と内部ソフトウエアの全面的な更改とスタンドアロン版の配布を行った。

(5)発がん性評価と予測のための手法の開発

化学物質の発がん性をより簡便な試験法から推定する手法を検討している。発がんの原因となる化学物質の作用により動物体内で発生する突然変異を定量的に検出するに、突然変異検出用遺伝子導入動物を用いた体内突然変異頻度の測定は最も優れた方法の一つである。米国カリフォルニア大でデータベースが構築されている50%発がん率投与量(TD50)と、OECDで集積されているデータベースから算定した遺伝子動物の体内変異原性(総投与量/突然変異頻度の上昇)を、両者のデータベースに共通の化学物質について、動物種、投与経路、標的臓器ごとに比較し、TD50と体内変異原性との相関性を検討した。その結果、肝臓と肺ではTD50と体内変異原性の間には高い正の相関性が認められた。今後、例数を増やしTD50と体内変異原性の相関性の解析をさらに進めていく上で基盤となる知見が得られた。

(6)インフォマティックス手法を活用した化学物質の影響評価と類型化手法の開発

本調査研究は、化学物質の生体影響予測のため、ヒトゲノム情報、動物や細胞実験における化学物質の毒性情報、作用メカニズム情報、化学物質の曝露による健康影響情報(疫学情報や疾患情報)等に関するデータベースを構築し、影響の種類ごとによる化学物質の分類を行う。それにより、化学物質の毒性予測及び新たなリスク評価手法確立への資料とするものである。本年度は、大量データ取得システムChemToxGen及び化学物質の類型化システムpCECの改良を行った。ChemToxGenに関しては、化学物質リストの精査と毒性文献のテキストマイニングによる分類の改良を行い、pCECは、遺伝子発現プロフェイルに加え、化学物質構造式による分類表示機能を追加した。さらに、現段階で可能な肝毒性、生殖・発生、神経毒性及び胚毒性に関する化学物質のデータを格納し、一般公開に適合するシステムの整備を行い、インターネットにより一般に公開した。

(7)化学物質の環境リスク評価のための基盤整備

主に地方自治体で環境リスク初期評価事業の成果の活用を促すために「化学物質の環境リスク初期評価」ガイドブックを作成した。自然環境の保全にかかわるリスクコミュニケーション研究に関連して、生態系に大きな影響がある「ため池」の管理の変化について、冬季の水利慣行である「池干し」に着目して、その実施の有無と、実施理由の変化について調べた。その結果、調査対象地の約半数の地域で、ため池の改修などを理由に池干しを実施しなくなった一方、一部地域で外来魚駆除を理由に池干しを再開している事例が見られた。池干し再開に至った背景について、ヒアリング調査を行った結果、東播磨地域では、およそ53地区で、ため池の池干しによる外来魚駆除が、行政の支援のもとに実施されていることがわかった。また、池干しを通じた自然環境の情報提供の仕方、また認知と共有化の程度などを知るために、池干し実施地域の現地調査を行った。ため池に対する農業・環境という価値観が、ため池の保全行動の意思決定にどのように影響するかを検討するために、兵庫県東播磨の1つの集落を事例に、社会心理学的な手法を用いた、ため池の保全に関する意識調査(集落全戸へのアンケート調査)を実施した。さらに、アウトリーチ活動として、調査結果を地域住民に説明・報告した。

「知的基盤の整備」

知的基盤の整備については、より社会生活に身近な情報基盤として活用できるよう充実を図った。研究の成果が基準等の策定にどのように貢献したかなど活用についての情報を発信するため平成19年度に開設したリスク村「Meiのひろば」の拡張や記事を更新するとともに、知的基盤の整備として中期計画(別表5)に記載される以下の3課題を実施した。

(1)化学物質データベースの構築と提供

詳細な絞り込み検索機能、カテゴリ間の集計機能、簡易検索機能、カテゴリ分類の見直し、外部リンクの作成・更新を行い、大幅な機能と掲載データの大幅な更新を行った。データセットごとに最終確認日を登録した。また、データベースの統合により登録化学物質数が増大し、CAS番号の総データ数が利用規約による制限を越えるため、生態毒性データに関しては米国EPAのAquireデータベースを当面停止し、環境省等が実施する生態毒性試験結果のデータベース化に資源を集中し、テーブル設計などデータベース化に必要な作業を行い、データ入力を開始した。

(2)生態系評価・管理のための流域詳細情報の整備

昨年度空中撮影した対象域のため池の形状データをGISデータとして作成し、被覆面積の定量化・抽出手法を検討し,対象域全域での被覆面積の定量化を行っている。昨年度調査で得た約300池での水生植物種の分布データをもとに、水生植物群集を類型化した。対象域の1985年、1995年および2005年における衛星画像と旧版地形図(縮尺:1/25000)を利用可能な共通フォーマットでデジタル化した。ダムの補給水源の有無についての情報をGISで利用できるよう整備した。流域詳細情報より水生植物の種多様性をポテンシャルマップとして作成するための手法を検討し、これまでのデータを用い水生植物の種多様性のポテンシャルマップを試作した。保全地域の選定などの対策に資するため、市街化区域データ等とオーバーレイ機能を加えた。

(3)侵入生物データベースの管理

外来生物法で「特定外来生物」、「要注意外来生物」に指定された種を中心に87種の新たな外来生物情報を追加した。全体の約40%以上の種の分布状況などコンテンツを更新し、新たに 129種についての写真を追加した。両生類の病原体カエルツボカビの国内への侵入実態および感染拡大状況の調査研究の進展および普及啓発活動に寄与しするため、DNA検査体制、およびサンプルの提供を受けるための送付方法、研究に関する最新情報を掲載した。また、カエルツボカビ、外国産クワガタムシ、セイヨウオオマルハナバチ等、当研究所においてこれまで取り組んで来た外来生物リスク評価研究の成果を分かりやすく解説したページを作成するとともに、侵入生物関連のイベント情報も提供して、侵入生物問題の普及啓発への取り組みを進めた。

「リスク評価の実施」

中期計画において「環境リスク評価の実施等の実践的な課題に対応する」とされた化学物質の環境リスク評価に関しては、環境省からの受託課題として化学物質環境リスク評価オフィスにおいて進めている。同オフィスにおける平成20年度の主な受託課題と成果は以下のとおりであった。

・化学物質環境リスク評価検討調査(環境省請負業務)において、平成20年度に実施した環境リスク評価結果は「化学物質の環境リスク初期評価(第7次とりまとめ)」として環境省より公表される予定である。

・水生生物への影響が懸念される有害物質情報収集等調査(環境省請負業務)において、水生生物保全環境基準を巡り、(i)アユ・ワカサギなどの河川両側回遊性魚類の取り扱い、(ii)汽水性生物の取り扱い、(iii)生態毒性既存情報の基準設定上での取り扱い、(iv)優先取組物質の選定方法等、(v)pHや水の硬度の異なる毒性情報の扱い方、などの論点について、検討会に必要な資料の収集と問題点の整理を行った。また、海産生物の急性毒性試験法、ニジマスの初期発生段階における試験操作手順の検討を行った。

・「水産動植物登録保留基準設定に関する文献等調査(環境省・請負業務)」においては、基準値設定農薬に関する生態毒性既存情報について収集整理するとともに、保留基準の運用・高度化に関する情報収集を行い専門家による検討を行った。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 371 429 410      
原子力試験研究費 2 0 0      
地球環境研究総合推進費 52 0 45      
地球環境保全等試験研究費 11 0 5      
農林水産省 47 41 0      
環境保全調査等委託費 72 82 105      
環境保全調査等請負 302 203 242      
環境技術開発等推進費 27 50 40      
民間受託費 54 44 40      
科学研究費 34 40 51      
寄付金 7 12 14      
総 額 979 901 952      

(外部資金は必要に応じて細分化。次年度以降は空欄)