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VI 中核研究プロジェクト
研究課題名 感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価

実施体制

代表者:
環境リスク研究センター高感受性影響研究室 室長  藤巻秀和
分担者:
【環境リスク研究センター】
高感受性影響研究室 山元昭二(主任研究員)、黒河佳香(主任研究員)、石堂正美(主任研究員)、塚原伸治(主任研究員)
健康リスク評価研究室 西村典子(主任研究員)、曽根秀子(主任研究員)、河原純子(NIES特別研究員)
環境曝露計測研究室 中島大介(主任研究員)
【環境健康研究領域】
高野裕久(領域長)
生体影響評価研究室 井上健一郎(室長)、柳澤利枝(研究員)

研究の目的と今年度の実施概要

背景と必要性:比較的低濃度の化学物質の長期的曝露による健康影響を評価する必要性が強く求められている。化学物質過敏症、シックハウス症候群や内分泌かく乱物質の環境影響研究や大気汚染に関する疫学研究からもうかがえるように、ある種の環境汚染物質に対しその影響を受けやすい集団(高感受性集団)が存在することも明らかになってきた。しかし、現在、どのような環境要因の下にある集団、あるいは生物的素因を保持している集団が、環境中の種々の化学物質に対し感受性が高いのかは、全く不明のままである。近年、胎児や小児に対する環境リスクの増大が懸念され、環境中に存在する有害化学物質に対する子供の脆弱性や健康への影響に関心が払われている。発達途上にある胎児や小児の中枢神経系の構造や機能は未成熟である。このため、胎児や小児における化学物質の影響は成人のそれと比べて性質が異なり、多くの場合、影響の有害性は高いのではないかと推測されている。上述に関与し、脳神経・行動、免疫を軸とする「高次機能」への影響が、その代表として上げられる。また、これらの高次機能に関する変調の出現が若年者を中心に報告され、化学物質汚染との関連を含め、その原因解明が強く望まれている。しかし、環境化学物質の高次機能影響を対象とし、上述の要件を満たす健康影響評価系は確立していない。

目的:本研究では、まず、環境化学物質に対し感受性の高い集団の候補、環境化学物質に対し感受性の高い高次機能指標、高感度・高精度に影響評価することが可能な評価法について、これまでの疫学研究、臨床研究、実験動物研究から割り出し、動物モデルを用いて実際の化学物質曝露を行い想定される高感受性要因を同定・検出する。さらに、評価期間の短期化や簡便化を図れる高次機能影響評価モデルを開発し、総合的な評価を可能にする。また、これに並行し、複数の環境化学物質を対象とし、環境化学物質の高次機能影響を評価する。次に、同定・検出された因子を、ヒトにおける高感受性集団曝露による影響評価に適用できる指標として検証し、適切な評価法の確立を試みる。健康リスク評価の効率化・高精度化とともに体系化、網羅化、簡便化に寄与することを目的とする。

環境研究における位置づけ:

1) 本研究で目標とする健康影響評価法は、高感度・高精度化をめざすだけでなく、リスク評価の体系化・網羅性をも実現する可能性をもっている。これにより、種々の環境化学物質による健康リスクの低減に貢献する。

2) 化学物質は日々増加し、莫大な数に上る。また、その曝露様式や影響の発現、個人の感受性要因もきわめて複雑であり、その安全性を担保する適切な科学的知見は不足している。本プロジェクトでは、環境化学物質が高次機能へ与える影響を適切に評価し、化学物質の環境からの曝露による健康に及ぼすリスクを低減する施策に貢献しうる科学的知見を効率的に集積することを目指す。

3) 次世代、小児、高齢者、有病者、遺伝素因保有者等、化学物質に対する高感受性集団が同定できれば、それにかかわる因子の解明が進み、健康影響の予防策を講じることが可能となると同時に、化学物質の持つ不利益な影響を避けることが可能になる。化学物質の有利性を生かしつつ、不利益性を極力抑え、国民の健康の安全・安心を確保することに貢献する。

期待される成果:

(1)過去の一般毒性に比較して、低用量曝露により引き起こされる神経・行動、免疫・アレルギー、生殖・内分泌を中心とする恒常性維持機構への影響を評価し、それに関わる化学物質リスク評価を可能にする。

(2)次世代、小児、高齢者、有病者、遺伝素因保有者等、健康影響を受けやすい高感受性集団を対象とした、化学物質のリスク評価が可能となる。また、これまでの一般集団を対象とした健康リスクの評価と管理に加え、新たな高感受性集団を対象としたリスク評価と管理の在り方を提言することが可能となる。

(3)最新の測定技術や生物工学の技術を活用し、個体別の感受性要因を対象として化学物質の健康影響を把握するとともに、高感度・高精度の評価法を検討・開発する。リスク評価の効率化、高精度化とともに体系化、網羅化、簡便化に寄与する。

全体計画、全体の研究体制は表1とポンチ絵(図1)にして添付。

18年度研究計画

サブ1、遺伝的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価では、
低用量の化学物質曝露により引き起こされる神経系、免疫系、及びその相互作用における有害性を嗅覚閾値の検出、免疫過敏、神経過敏にかかわる情報伝達遺伝子の発現について検討する
サブ2、時間的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価では、
胎児、小児等感受性の時間的変動の程度を把握し、発達段階に応じた影響解明のため、脳形成、Toll様受容体発現、核内受容体遺伝子発現、神経変性疾患モデルに関する検討を行う。
サブ3、複合的感受性要因に注目した化学物質の健康影響評価では、
化学物質曝露に脆弱な集団の高感受性要因解明のため、in vivoアトピー性皮膚炎モデルでの検証、及びアレルギー増悪影響のより簡易なスクリーニング手法の開発を行う。

19年度研究計画

サブ1
神経過敏としては、昨年度に引き続き、マウスにおいてトルエン・ガスの検知閾値を求める。マウスの系統を変えて実施する。免疫過敏としては、Th1/Th2バランスにかかわるT-betやGATA3などの転写因子の動きを系統間差について詳細に検討する。神経―免疫制御では、記憶関連遺伝子の局在の違いや発現の違いを系統間差についてより詳細に明らかにする。

サブ2
脳形成では、アポトーシス分子の発現を指標にして、脳構造の性差形成に対する低濃度トルエン曝露による影響を検証する。免疫、感染では、マウス胎児期・乳児期におけるグラム陽性細菌細胞壁成分による経気道刺激とトルエン曝露が獲得免疫系のTh1機能の発達に及ぼす影響について検討する。内分泌では、内分泌撹乱環境化学物質の授乳期曝露がビタミンD代謝およびカルシウム代謝を撹乱する毒性メカニズムを追及する。行動では、神経毒性を有するロテノンの新生児曝露と成体期影響評価を行う。循環では、循環器系、特に脳における血管新生・血管網形成を制御するメカニズム解明と環境要因に係わる研究を行う。

サブ3
本年度は、皮膚炎症状の増悪が認められた化学物質については、その増悪メカニズムについて検討をする。さらに、アレルギー増悪のより簡易なスクリーニング手法の開発についても併せて検討する

2年間の研究成果概要まとめ

低濃度有機化合物の高感受性集団への影響評価を行うために、その実験モデルの開発を試みた。系統の異なる4種類のマウスを用いて低濃度トルエン曝露の影響を神経系(海馬、嗅球)、免疫系(肺、脾臓、血漿など)で種々の指標を用いて検索したところ、C3H/HeNマウスを抗原刺激により活性化した状態が、もっとも低濃度トルエン曝露に対して感受性が高まることが明らかとなった。時間軸での影響の違いについて脳形成、免疫・感染防御系、腎臓や骨形成での核内受容体遺伝子発現、神経変性行動モデル、血管新生・形成を指標に、それぞれの実験系を確立し、トルエン、TCDD,農薬類の影響による臨界期決定を行っている。また、アトピー性皮膚炎様病態モデルを用いてのダニ抗原、化学物質の複合影響についての有用性の検討、スクリーニング検証をおこなった。中期目標にむけて、40−50%近いレベルまで達成していると考えている。

研究予算

(実績額、単位:百万円)
  平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 累計
運営交付金 55 66        
受託費            
科学研究費 10 15        
寄付金            
助成金            
総 額 65 81        

今後の研究展望

化学物質の高次生命機能の撹乱による、生殖、発生、免疫、神経行動、遺伝的安定性等生体恒常性維持機構に及ぼす影響の解明を通して、環境中に存在する化学物質に対する感受性を修飾する生体側の要因を明らかにし、さらに、感受性要因を考慮した化学物質の健康影響評価手法を提案する。具体的には、

サブ1VOCへのマウス嗅覚検知閾値を検討し、マウス系統間差検索による感受性の高いC3Hマウス系統を用いて嗅球における影響メカニズム解析を行う。免疫疾患モデルマウスを用いて、化学物質の低濃度域での影響メカニズムを検討する。低濃度トルエン曝露に対する感受性系統C3Hマウスでの免疫刺激による海馬記憶関連遺伝子の発現亢進メカニズムについて探索する。

サブ2胎児、小児、高齢者等における感受性の時間的変動の程度を把握し、発達段階に応じた影響解明のため、平成20年度は、化学物質の周生期曝露の成熟個体の脳の構造および機能への影響を明らかにする。感受性マウスC3Hを用いて胎児期トルエン曝露の成熟個体のTh1/Th2バランスへの影響を解析する。腎形成におけるTCDD曝露の影響を量−反応関係から明らかにし、臨界期の解明をめざす。ロテノン投与による多動性障害のメカニズムを追求するとともに、新生児投与と生体投与との量−反応関係の違いを明らかにする。血管新生・形成を指標に妊娠期における仔動物の感受性を解析する手法を検討する。

サブ3化学物質曝露に脆弱な集団の高感受性を呈する要因の解明のため、これまでの検証で、より低濃度で影響を示したフタル酸類に焦点を絞り、雌雄差、および小児期曝露と成体期曝露の影響を比較し、感受性要因の重要度のランク付けを試みる。