「加速器質量分析法」は、質量分析の原理とタンデム加速器の特徴を組み合わせ、試料に含まれる極微量の同位体を正確に数えて同位体比を測定する分析法です。英語では、Accelerator Mass Spectrometryと表記するため、頭文字をとってと呼ばれています。
質量分析は、磁場の中のイオンの軌道が重さによって異なることを利用しているため、同じ質量数を持つイオンを相互に区別することは困難です。例えば炭素の放射性同位体である14Cを測定する場合、同じ質量数を持つ窒素(14N)イオン、あるいは炭素の安定同位体(12C)と水素が結合したCH2イオンが測定を妨害します。AMSでは、図に示したように、1)最初に負イオンをつくる際に電子親和性のない妨害元素(窒素)のイオン化を抑え、2)ターミナルの荷電変換部での衝突で電子をはぎ取ると同時に分子イオンを破壊し、3)さらに高エネルギーイオンの検出の際に個々のイオンのエネルギー計測から元素を区別することで以上の妨害を完全に排除して、環境中に極めて微量にしか存在しない宇宙線起源の長寿命放射性同位体(14Cのほか10Be、26Al、36Cl、41Ca、129I等)を正確に測ることができるのです。
私たちの住むこの地球上では、宇宙線の作用で絶えず極微量の放射線同位体が生成されます。それらは環境中を循環しながらそれぞれの寿命に従って消滅していくため、地球全体でみるとある一定の割合いで同位体が存在します。しかし、新しい放射性同位体の供給がない環境では、それらの同位体は時間の経過とともに減少しつづけます。この性質を利用して物質の年代を測定することが可能です。例えば放射性炭素(14C)は5730年で初めの量の半分になる性質があり、物質に含まれる14Cの量が最初からどれくらい減少したかがわかれば、反対にその物質に炭素が取り込まれた年代を算出できるのです。炭素は生物の体を構成する主要な元素のひとつですが、生物の場合は死亡して、炭素がとりこまれなくなってからの時間を知ることが可能です。放射性同位体のこの性質を時計として利用して、環境中の元素・物質循環の時間スケールを明らかにしたり、あるいは堆積物の年代を決めたりすることは、現在や過去の環境変動を調べる上で非常に重要です。また例えば有害化学物質にふくまれる14C濃度を調べてやれば、非常に古いためほとんど14Cを含まない石炭や石油などの化石燃料に由来する割合と、微量ですが化石燃料よりは何千倍も14Cを多く含んでいる生物由来の割合を見積もることが可能です。
しかしながら、宇宙線起源の放射性同位体の環境中濃度は極めて低く、従来の放射線計測では測定が困難でした。例えば、身近にある植物の葉1グラムには10億個以上の14C原子が含まれていますが、それが崩壊して出るβ線は1分あたり2、3個にすぎません。β線計測で14C量を正確に測るには、多量の試料と長い測定時間が必要です。一方、14C原子を直接数えることができれば、はるかに高感度に測定ができるはずです。そのために開発された分析法が、加速器質量分析法です。
国立環境研究所(NIES)タンデム加速器分析施設は、この加速器質量分析法を中心として、元素分析法である粒子励起X線分光法も適用できる、環境研究のための施設です。英語名(Tandem accelerator for Environmental Research and Radiocarbon Analysis)の頭文字をならべ、と名付けました。TERRAは大地、地球の意味。文字通り「地球をはかる」ための研究拠点として、環境研究の推進を目指しています。