記者発表 2011年3月30日

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南米大陸における水資源将来予測の信頼性を評価する方法を開発
-地球温暖化に伴うアマゾン川流域の乾燥化を示唆-

平成23年3月30日(水)
独立行政法人国立環境研究所 (029-850-内線番号)
温暖化リスク評価研究室室長  江守正多(2724)
大気物理研究室室長  野沢徹(2530)
大気物理研究室NIES特別研究員  塩竈秀夫(2252)
温暖化リスク評価研究室主任研究員  高橋潔(2543)
統合評価研究室研究員  花崎直太(2929)
温暖化リスク評価研究室NIESポスドクフェロー  阿部学(2379)
埼玉県環境科学国際センター
温暖化対策研究室研究員  増冨祐司(0480-73-8367)

筑波研究学園都市記者会、 環境省記者クラブ同時配付

南米大陸の水資源量の将来予測には、複数の大気海洋結合モデル間で大きな不確実性があり、変化の正負すら一致しません。独立行政法人国立環境研究所の塩竈NIES特別研究員らは、高度な統計解析手法を用いて、南米における水資源量変化の予測の信頼性に関係する大気海洋結合モデルの現在気候再現性指標を特定しました。その結果、単純にモデル間の平均がもっともらしいと考えた場合に比べて、アマゾン川流域は乾燥化する可能性が高いことを示しました。

なお、本研究は環境省の環境研究総合推進費および文部科学省の21世紀気候変動予測革新プログラムの研究費により実施しました。

本論文は、3月30日(日本時間午前1時)に英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されます。

1.背景

将来、人間活動による温室効果ガス濃度の増加によって、地上気温だけでなく、降水量にも変化が生じる。南米大陸の多くの国々は、洪水や渇水などの水災害に対して脆弱であり、将来の水資源量変化(河川流量変化)による社会経済などへの影響も大きいと考えられている。また、アマゾン川流域の乾燥化は、熱帯雨林の生態系に悪影響を与え、地球の炭素循環へも影響する可能性がある。

気候変動の予測は大気海洋結合モデル(地球全体の大気・海洋を計算するコンピュータシミュレーションモデル、以下GCM)を用いて行われるが、地上気温の予測と比べて、南米大陸の降水量変化予測にはGCM間で大きなばらつきがある。そのため、GCMの将来予測実験結果を入力データとする水資源影響評価にも不確実性が生じる(図1)。これまで、複数のGCM間で予測結果に大きな差異がある場合、影響評価結果の信頼性を客観的に調べる方法はなかった。そのため本研究では、影響評価の信頼性を評価する方法を開発し、南米大陸における水資源影響評価の不確実性の低減を図った。

2. GCMの実験データと水資源影響評価計算の概要

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次報告書にも貢献した、14のGCMによる現在気候実験および将来予測実験における地上気温、降水量、風のデータを用いた。現在気候実験に関しては1980-1999年の平均値、将来予測実験に関しては2080-2099年までの変化量を解析した。このうち、地上気温と降水量の将来変化予測データを、全球水資源影響評価モデル(参考文献1)に入力データとして与え、南米大陸における年平均流出量(降水のうち、蒸発せずに、河川や湖沼に流れ込んだり、地下水を涵養したりする水の量)の変化を計算した。

3.結果

図2に、各GCMの将来変化予測データを入力した場合の年平均流出量の変化と、その平均値(アンサンブル平均)を示す。アンサンブル平均では、南米大陸の多くの場所で湿潤化が予測されている。しかし、個々の結果を見ると、GCM間で正負が一致する場所は少なく、特にアマゾン川流域で不確実性が大きい。予測に大きなばらつきがある場合、アンサンブル平均がもっとも信頼性が高く、アンサンブル平均から外れている予測は信頼性が低いと考えがちである。しかし、このような「多数決」が、予測の信頼性を評価する指標になるという根拠はない。単純な多数決から進んで、観測データと比較した現在気候実験の誤差が小さいGCMがより信頼できると考えることもできる(図1)。しかし、どのような現在気候の誤差が、将来の気候変動予測のばらつき及び影響評価のばらつきの主要因になるかは明らかではない。IPCC第5次報告書に向けて、将来予測の不確実性と関係の深い現在気候再現性指標(メトリックと呼ばれる)を見つけ、不確実性を制約するための研究が世界中で活発に行われているが、いまだその方法論は確立していない。

まず本研究では、これまで主に気象学・海洋学の分野で使われてきた特異値分解解析(参考文献2)と呼ばれる統計解析手法を適用することで、年平均流出量変化の不確実性と気候変動予測の不確実性との間の関係を調べた。図3a-bは、年平均流出量変化のGCM間のばらつきを特異値分解解析で分類したパターンで、それぞれ第1モード、第2モードと呼ぶ。第1モードは、「(アンサンブル平均に比べて)南米大陸北部で乾燥化するGCMは、南部で湿潤化しやすい」ことを示すパターンである。この年平均流出量変化パターンは、図3cの風の鉛直流(上方もしくは下方に向かう大気の流れ)の変化と関係している。熱帯太平洋には元々、西部で大気が上昇し、中部および東部で下降するウォーカー循環と呼ばれる大気循環がある。このウォーカー循環が弱まり(西部熱帯太平洋で下降流偏差、中部・東部熱帯太平洋で上昇流偏差)、さらにその影響で南米大陸北部に下降流偏差、南部に上昇流偏差が生じている。この大気循環の変化が、南米大陸上の降水量の変化をもたらし、年平均流出量の第1モードと関係している。

年平均流出量の第2モードは、「南米大陸の北東部で乾燥化し、北西部と南東部で湿潤化する」パターンである。この第2モードは、熱帯大西洋上の大気循環と関係している。熱帯大西洋上には、赤道付近で大気が上昇し、その南北で下降するハドレー循環と呼ばれる大気循環が存在する。図3dは、このハドレー循環の上昇流域が北上し、それに伴い南米大陸の北東部に下降流偏差が生じることを示している。この大気循環変化が、降水量と年平均流出量の変化をもたらしている。

年平均流出量変化の不確実性が、GCMの現在気候実験におけるどのような性質と関係しているかも調べた。その結果、各GCMの年平均流出量変化が第1、第2モード的なパターンをどれだけ含むかは、それぞれ現在気候実験におけるウォーカー循環とハドレー循環の強さと関係していることがわかった(図3e-f)。さらに、観測データとの比較を行うことで、第1モードと第2モードに関係するGCMの現在気候実験の誤差(メトリック)が0である場合の「よりもっともらしい年平均流出量変化予測」(図4)を求めた。その結果、アンサンブル平均ではアマゾン川流域は湿潤化するという予測であったのに対して、観測との比較で不確実性を制約した場合、アマゾン川流域は乾燥化する可能性が高いことがわかった。

本研究により、複数のGCM間で将来気候変化予測に大きなばらつきがある時、単純に多数のGCMが予測する結果の方が信頼できるとは限らないことが示された。図4bの年平均流出量変化パターンを中心として、そのまわりにどれだけの不確実性があるかの定量化は、今後の課題である。また、ここでは単一の水資源影響評価モデルを用いたが、水資源影響評価モデル自体の不確実性も考慮していく必要がある。いろいろな課題はあるものの、本研究で提案した方法論は、ほかの気候変化予測研究、影響評価研究においても適応可能なものであり、今後様々な研究で利用されることを期待している。

発表論文
Shiogama H., S. Emori, N. Hanasaki, M. Abe, Y. Masutomi, K. Takahashi, T. Nozawa (2011): Observational constraints indicate risk of drying in the Amazon basin, Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms1252

参考文献

1. Hanasaki, N. et al.(2008): An integrated model for the assessment of global water resources - Part 1: Model description and input meteorological forcing, Hydrol. Earth Syst. Sci. 12, 1007-1025.

2. Wallace, J. M., Smith, C., Bretherton, C. S., (1992): Singular value decomposition of wintertime sea surface temperature and 500-mb height anomalies, J. Clim., 5, 562-576.

図1 現在気候の誤差から将来予測実験のばらつき、影響評価のばらつきへと不確実性が伝播する過程を示す模式図。

図1 現在気候の誤差から将来予測実験のばらつき、影響評価のばらつきへと不確実性が伝播する過程を示す模式図。

図2 14のGCMの将来予測実験結果を入力データとした年平均流出量変化予測(mm/yr/K)。右下は、14GCMの予測結果の平均値。

図2 14のGCMの将来予測実験結果を入力データとした年平均流出量変化予測(mm/yr/K)。右下は、14GCMの予測結果の平均値。

図3 (a) 年平均流出量変化予測の第1モード(mm/yr/K)。(b) 年平均流出量変化予測の第2モード(mm/yr/K)。(c)第1モードと関係する将来の鉛直流変化のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。負の値は上昇流偏差を表す。(d)第2モードと関係する将来の鉛直流変化のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。(e)第1モードと関係する現在気候の鉛直流のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。(f)第2モードと関係する現在気候の鉛直流のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。

図3 (a) 年平均流出量変化予測の第1モード(mm/yr/K)。(b) 年平均流出量変化予測の第2モード(mm/yr/K)。(c)第1モードと関係する将来の鉛直流変化のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。負の値は上昇流偏差を表す。(d)第2モードと関係する将来の鉛直流変化のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。(e)第1モードと関係する現在気候の鉛直流のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。(f)第2モードと関係する現在気候の鉛直流のアンサンブル平均からの偏差(0.001Pa/s/K)。

図4 (a)年平均流出量変化のアンサンブル平均予測(mm/yr/K)。(b)第1モードと第2モードに関係するGCMの現在気候実験の誤差が0である場合の「よりもっともらしい年平均流出量変化予測」 (mm/yr/K)。

図4 (a)年平均流出量変化のアンサンブル平均予測(mm/yr/K)。(b)第1モードと第2モードに関係するGCMの現在気候実験の誤差が0である場合の「よりもっともらしい年平均流出量変化予測」 (mm/yr/K)。

問い合わせ先

独立行政法人国立環境研究所
大気物理研究室NIES特別研究員 塩竈秀夫
Tel: 029-850-2252
URL: http://www.nies.go.jp/