記者発表 2010年7月16日

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熱帯北アフリカにおける降水量の長期減少トレンドの要因解析について
(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、 九州大学記者クラブ同時配付 )

平成22年7月16日(金)
独立行政法人国立環境研究所
大気圏環境研究領域 大気物理研究室
室            長 :野沢  徹 (029-850-2530)
NIESポスドクフェロー :川瀬  宏明(029-850-2989)
国立大学法人九州大学
応用力学研究所
准     教     授 :竹村  俊彦(092-583-7772)
独立行政法人海洋研究開発機構
地球環境変動領域
研     究     員 :横畠  徳太(045-778-5568)


国立環境研究所は、九州大学応用力学研究所、海洋研究開発機構と共同で、北半球の熱帯アフリカ地域で20世紀に観測された降水量の減少の要因を解析し、人間活動、特に人間活動に伴うエアロゾル(大気中に浮遊する微粒子)の増加が、この地域の降水量の減少に深く関係していることを明らかにしました。また、エアロゾルの増加が降水減少をもたらすメカニズムについても明らかにしました。

この研究成果は、5月11日付のアメリカ地球物理学会の速報誌(Geophysical Research Letters)37巻に掲載されました。

北半球の熱帯アフリカ地域(以下、「熱帯北アフリカ」と表す)は、20世紀の降水量に明確な減少トレンドが認められている地域である(図1)。熱帯北アフリカ地域は、アフリカ大陸の中でも年間降水量の多い地域(図2)であり、北半球の夏に当たる時期(以下、「夏季」と表す)が雨季に相当している(図3)。

図1 20世紀の陸域降水量変動
図2:世界の気温と降水量のマップ
図3:アフリカ大陸の気温と降水量

今回、IPCCの第4次評価報告書(AR4)に関連して実施した、気候モデルによる20世紀気候再現実験のデータを用いて、20世紀に熱帯北アフリカで見られた降水量の減少をもたらす要因を解析した。

まず、気候モデルはアフリカ大陸の平均的な夏季降水の地域分布、ならびに降水量を再現し(図4の上の2つ。左が観測値、右が気候モデルを用いた過去再現実験の結果)、観測から認められる過去の熱帯北アフリカでの長期的な降水量の減少(図4の左下の図)をほぼ再現している(図4の右下の図)ことが確かめられた。また、熱帯北アフリカで平均した降水量に関しても、気候モデルは観測データに見られる20世紀の降水量の長期的な変化(降水量の減少トレンドの大きさ、降水量の年々変動の幅)をほぼ再現していた(図5)。

図4:夏季降水の気候値と20世紀の降水変化
図5:熱帯北アフリカの夏季陸域降水量の時系列(1902-1998)

そこで、熱帯北アフリカで観測された夏季降水量の長期的な減少の要因を探る目的で、気候変動に影響を及ぼす要因を個別に変化させた数値実験−気候変動要因切り分け実験−の結果を解析した。

その結果、20世紀気候再現実験で再現された長期的な降水量の減少は、過去の自然変動要因(太陽や火山活動)のみを加味した数値実験では認められないのに対し、人為要因(温室効果ガスや人為起源エアロゾルの増加など)のみを考慮した数値実験においては、20世紀気候再現実験と同程度の降水量の減少が表れることを見出した。さらに、人為要因の中で何が降水量の減少に影響を及ぼしたのかについて解析を進めた結果、人為起源のエアロゾルの増加を考慮した時にのみ、降水量の減少トレンドが認められることを見出した(図6)。

熱帯北アフリカ地域から排出されるエアロゾルが増加すると、地表付近に到達する日射が遮られ、熱帯北アフリカ周辺の気温や大西洋の海面水温が低下する。気温の低下により大気中の水蒸気が減少し、結果的に降水量が減少する。さらに、海面水温の低下は大気の流れを変化させ、熱帯北アフリカに雨をもたらす上昇流を弱めることで、降水量のさらなる減少を引き起こすことを明らかにした。

図6:気候変動要因切り分け数値実験

以上の結果から、熱帯北アフリカで過去100年程度の期間に観測された夏季降水量の減少トレンドには、人間活動、特に人間活動に伴うエアロゾルの増加が深く関係していることがわかった。降水量に影響を及ぼす人間活動として、温室効果ガスの増加による温暖化の影響が注目されることが多いが、今回の結果は、地域によっては人間活動によるエアロゾルの増加が、降水の変化に大きな影響を及ぼしうることを示している。

詳しい説明については、添付の補足資料をご参照ください。

【添付資料】

・研究の補足説明

【問い合わせ先】

独立行政法人国立環境研究所 大気圏環境研究領域 大気物理研究室
大気物理研究室長   :野沢 徹 (029-850-2530)
NIESポスドクフェロー:川瀬 宏明(029-850-2989)

国立大学法人九州大学 応用力学研究所 地球環境力学部門
准教授 :竹村 俊彦(092-583-7772)

独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域
研究員  :横畠 徳太(045-778-5568)

添付資料:研究の補足説明

1.20世紀の降水量の長期変化

 20世紀の陸域降水量の変化を緯度帯別にみると、北半球高緯度で増加、北半球低緯度で減少、南半球低緯度で増加したと報告されている。北半球低緯度における降水減少は、図1からわかるようにアフリカ大陸の降水減少の寄与が大きい。先行研究では、このような降水の変化に対して人間活動の関与が指摘されている。

2.アフリカ大陸での降水量

アフリカ大陸はサハラ砂漠の印象が強く、乾燥地域と思われがちであるが(図2参照)、北緯20度以南では年間の降水量は決して少なくない。特に赤道を挟んだ北緯20度〜南緯20度の熱帯アフリカ地域では、年間降水量が2000mmを超えている(図2)。

熱帯アフリカ地域には、明確な雨季と乾季が存在し、赤道から北緯20度の熱帯北アフリカでは、北半球の夏に相当する時期が雨季であり、逆に赤道以南の熱帯南アフリカでは、北半球の冬(南半球の夏)に相当する時期が雨季である(図3参照)。

3.熱帯北アフリカでの降水量の観測値

本研究では、長期間の降水データとして、3つのデータベース(CRU:Climate Research Unit、GHCN:Global Historical Climatology、GPCC:Global Precipitation Climatology Centre)を利用した。

図4の左側の2つの図は、この中のCRUのデータセットを基にして作成した、1961−1990年の期間の北半球夏季(6-8月)におけるグリッド毎の平均降水量(左上)、ならびに1902−1998年の期間の降水量変化を直線回帰した時のトレンド(左下)を表している。図5は熱帯北アフリカにおいて、3つのデータセットから計算されたそれぞれの年の6-8月の降水量を、1961−1990年に観測された同時期(6-8月)の降水量の平均値からのズレ、として表している。3つの観測データのいずれにおいても、夏季降水の減少トレンドを示しているのがわかる。

4.全球気候モデルと数値実験の概要

本研究では、東京大学気候システム研究センター(現在の東京大学大気海洋研究所気候システム研究系)、国立環境研究所、地球環境フロンティア研究センター(現在の海洋研究開発機構地球環境変動領域)の共同で開発された、大気海洋結合大循環モデル(通称:MIROC 3.2)の中解像度版を用いて数値実験が行われた。中解像度版の水平解像度(1つ1つのグリッドの大きさ)は300 km程度である(図7)。

気候モデルで20世紀の気候を再現するにあたり、気候に変化をもたらしうる外部要因(以下、「気候変動要因」と表す)を考慮する必要がある。太陽活動や火山活動などの自然的な気候変動要因(以下、「自然要因」と表す)、人間活動に伴う温室効果ガス、エアロゾル、対流圏オゾン変動などの人為的な気候変動要因(以下、「人為要因」と表す)がある(図8)。

これらすべての気候変動要因を気候モデルに入力して行った実験が、20世紀気候再現実験である。20世紀気候再現実験では、地球の平均気温の推移などが良く再現されている(図表は省略)。一方で、これらの気候変動要因の与え方を変化させて行った実験が、気候変動要因切り分け実験である。例えば、過去の自然要因は存在したが人為要因は存在しなかったとの条件をモデルに与えて実験を行うものである。気候変動要因切り分け実験の結果を解析することで、個々の気候変動要因が20世紀の気候変化にどのような役割を果たしたかを調査することができる。

図7:全球気候モデル実験概要
図8:気候変動要因

5.気候変動要因切り分け実験

4.に示したとおり、気候変動要因切り分け実験では、様々な気候変動要因の与え方を変えた条件での数値実験を行っている。今回の研究では、自然要因のみ加味した実験、人為要因のみ加味した実験と20世紀気候再現実験を比較することで、熱帯北アフリカにおける降水量の減少トレンドに、自然要因と人為要因のいずれがより大きな影響を及ぼしたかを探った。その結果、人為要因を考慮することで初めて降水量の長期的な変化が数値実験で再現された(図6中央)。これを受け、人為要因のうち最も大きな影響を及ぼし得る要因を、更なる切り分け実験を用いて調べた。ここでは人為要因として、温室効果ガスの増加、人為起源のエアロゾルの増加、対流圏オゾンの増加に着目した。人為要因に関する3つの切り分け実験の結果、温室効果ガスならびにオゾンでは顕著な降水量の減少トレンドは認められなかった(図6右側、上段と下段の図)が、エアロゾルの増加を考慮した数値実験では降水量の長期的な減少トレンドが認められた(図6右側、中段の図)。

6.アフリカ大陸の人口増加と農牧業

アフリカは世界でも有数の人口増加率が高い地域であり、熱帯北アフリカは、アフリカの中でも人口増加率の高い地域の一つである。同時に、熱帯北アフリカ地域はアフリカ大陸の中では、人口密度が高い地域の一つである(図9左)。農牧業としては、熱帯北アフリカでは、北の乾燥地帯に近い地域では牧畜が、その南側は農業地域になっている(図9右)。また、アフリカでの火災の航空写真(1994年10月〜1995年3月:熱帯北アフリカでは乾季に相当する時期)からは、熱帯北アフリカで多くの火災が発生していることがわかる(図10)。

図9
図10:アフリカでの火災の航空写真

7.20世紀における熱帯北アフリカの降水減少の原因推定

「何故、温室効果ガスの増加はあまり降水量の長期的な減少をもたらさず、人為起源のエアロゾルの増加が減少トレンドをもたらすのか?」の問いについて、現時点では、温室効果ガスの増加のみの場合、熱力学的な効果(水蒸気量の変化)と力学的な効果(大気の流れの変化)が降水の増減を打ち消す方向で働くのに対し、エアロゾルの増加のみの場合、熱力学的な効果と力学的な効果がいずれも降水の減少をもたらす方向で作用するため、と考えている(図11)。

図11:20世紀熱帯北アフリカの降水減少の原因推定

8.成果の論文発表

研究成果はアメリカ地球物理学会の速報誌(Geophysical Research Letters)の37巻に掲載された(Geophysical Research Letters, Vol. 37, L09706, doi:10.1029/2010GL043038, 2010。2010年5月11日掲載)。