記者発表 2009年7月16日

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Asian dust transported one full circuit around the globe
(地球を一周したアジア起源ダスト)

(筑波研究学園都市記者会、九州大学記者クラブ、東京大学記者会同時発表)

平成21年7月16日(木)
独立行政法人国立環境研究所 大気圏環境研究領域
   遠隔計測研究室長:杉本 伸夫(029-850-2459)
国立大学法人九州大学 応用力学研究所
   海洋大気力学部門 大気変動力学分野
  教授:鵜野 伊津志(092-583-7771)
国立大学法人東京大学 海洋研究所 
   海洋科学国際共同研究センター
  教授:植松 光夫(029-5351-6533)


九州大学応用力学研究所の鵜野伊津志教授らの研究グループは、国立環境研究所、東京大学海洋研究所等と共同で、中国の内陸の乾燥域で発生した土壌起源ダスト(黄砂)が地球を一周以上輸送されることを、Nature Geoscience(ネイチャー ジオサイエンス 英国地球科学専門月刊誌)に発表します。この成果は、2009年7月20日(英国時間午後6時)の電子版にて掲載の予定です。

中国内陸域で発生する黄砂が日本に飛来することは、古来から知られており、まれに北米大陸にまで達することが報告されています。しかし、太平洋などの洋上には限られた島嶼の観測点しかなく、ダストの長距離輸送の詳細はよくわかっていませんでした。研究グループは、全球のエアロゾル輸送モデルSPRINTARS(スプリンターズ)数値シミュレーションと、NASAが2006年4月に打ち上げたレーザーレーダー搭載衛星CALIPSO(カリプソ)の宇宙からの計測と、国立環境研究所がアジア域で展開する地上レーザーレーダーネットワークの計測結果を総合的に解析するシステムを開発しました。それを用いて、2007年5月8-9日に中国タクラマカン砂漠で発生した大規模なダストが、上空8-10kmの対流圏上部(高度7-10 km)まで運ばれ、偏西風にのって地球を約13日で一周する様子を世界で初めて明瞭に示しました(図1, 2)。SPRINTARSシミュレーションでは、タクラマカン砂漠から2日間で約800Gg(80万トン)の黄砂が舞い上がり、その60%が対流圏上部を輸送されていました。対流圏上部では降水による除去がほとんどないため、大気中のダストの寿命が長くなり、世界を一周した後も、その10%の量が大気中に滞留していました。シミュレーションの結果は、宇宙・地上レーザーレーダー計測の両方の結果とよく一致していました。

図1 5月8-9日にタクラマカン砂漠で発生したダストが世界を一周する様子。

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図1 5月8-9日にタクラマカン砂漠で発生したダストが世界を一周する様子。
HYSPLIT流跡線解析(実線)によるダストの毎日の位置を数値で、そこでの濃度を全球エアロゾル輸送モデル結果のカラーで示す。ダストの軌跡は13日後の21日に出発地点の北に戻る。2周目の軌跡は点線で示し、5月23日にかけて日本上空を越えて対流圏下部に降下する。

図2 NASA衛星搭載レーザーレーダーで計測されたダストの分布(カラー)と,タクラマカン起源のダストの流跡線(黄色)と全球エアロゾル輸送モデルのダストの濃度(等値線)の3次元表示。

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図2 NASA衛星搭載レーザーレーダーで計測されたダストの分布(カラー)と、タクラマカン起源のダストの流跡線(黄色)と全球エアロゾル輸送モデルのダストの濃度(等値線)の3次元表示。地球を1周半に引き延ばして表示し、上段はレーザーレーダーで検出された非球形粒子(ダスト)の位置。下段はダストの濃度を示す。

研究グループは、対流圏上部に運ばれたダストは氷晶核として作用し、-35℃以上の比較的高い温度で過飽和水蒸気の氷雲の形成を促す(非均質核形成)可能性も示唆しました。これは、大気を加熱する方向に作用し、大気の放射バランスに重要な役割をもつ高々度での巻雲形成に、アジア起源ダストが寄与することを意味しています(補足説明1, 2)。

さらに、世界を一周する旅程で太平洋や大西洋の中央部などのHigh-Nitrate Low-Chlorophyll(高栄養塩低クロロフィル)海域に不足している微量金属成分(鉄など)を供給することも示されました。これは植物プランクトンを増すことにつながり、その海域の海洋生態系の活動に影響を与える可能性が示されました。

アジア域で発生するダスト量は、全世界でのダスト発生総量の1/10程度とされています が、アジア域での発生は春季に集中します。発生域の非常に複雑な地形条件とも重なって、アジア起源のダストが対流圏上部にまでに輸送され、世界を一周し、長期間滞留することは今まで十分に認識されていませんでした。今回の研究成果は、アジア起源のダストが北半球の雲・放射バランス・海洋生態などの多岐にわたって重要であることを示唆しています。

なお、この研究は文部科学省科学研究費特定領域研究「海洋表層・大気下層間の物質循環リンケージ」と、環境省地球環境研究総合推進費「広域モニタリングネットワークによる黄砂の動態把握と予測・評価に関する研究(C-061)」の一部として行いました。このプレスリリースの原稿と図1,2は
http://cfors.riam.kyushu-u.ac.jp/~iuno/News090716.pdf からダウンロードすることが出来ます。

補足説明1
  ダストは雲を作る氷晶核として働きます。特に対流圏上部(高度7-10 km)に運ばれたダストは、高々度に発生する巻雲の形成を促します。巻雲が増えると温暖化が進むと言われています。大気中に浮遊するダスト自身が増えることにより、大気を暖めたり冷やしたりして、気候に直接的な効果を持つのに加えて、巻雲の増加が温暖化を加速することになります。

補足説明2
  タクラマカン砂漠での大規模なダストの発生の頻度は年間4-6回程度あり、その頻度は最近減少傾向にあります。アジア域でのダストの発生頻度は地球温暖化に伴って減少しているという報告もあります。温暖化に伴って、大気中へのダスト供給量が減少すると、巻雲の生成量を減じることとなり、温暖化に負の方向に作用します。このダスト・巻雲・温暖化の進行は、地球システムの複雑なフィードバック応答の一部とも考えられ、今後の重要な研究課題です。

【お問い合わせ】

国立環境研究所 大気圏環境研究領域遠隔計測研究室
室長 杉本 伸夫
Tel.029-850-2459

企画部 広報・国際室
Tel.029-850-2308

九州大学応用力学研究所 海洋大気力学部門 大気変動力学分野
教授 鵜野 伊津志
Tel. 092-583-7771

九州大学広報室
Tel. 092-642-2106

東京大学海洋研究所 海洋科学国際共同研究センター
教授 植松光夫
Tel.  03-5351-6533

原著論文
Uno,I, K. Eguchi, K. Yumimoto, T. Takemura, A. Shimizu, M. Uematsu, Z. Liu, Z. Wang, Y. Hara & N. Sugimoto, Asian dust transported one full circuit around the globe, Nature Geoscience, Vol.2, No. 8, DOI:10.1038/NGEO0583, 2009.

参考文献

  1. Uno et al., Trans-Pacific yellow sand transport observed in April 1998: A numerical simulation, J. Geophys. Res., 106, D16, 18331-18344 (2001).
  2. Takemura, T., H. Okamoto, Y. Maruyama, A. Numaguti, A. Higurashi, and T. Nakajima, Global three-dimensional simulation of aerosol optical thickness distribution of various origins, J. Geophys. Res., 105, 17,853-17,873 (2000).
  3. Winker, D. M., W. H. Hunt, & M. J. McGill, Initial performance assessment of CALIOP, Geophys. Res. Lett., 34, L19803, doi:10.1029/2007GL030135 (2007).
  4. Sugimoto et al., Network observations of Asian dust and air pollution aerosols using two-wavelength polarization Lidars, 23rd International Laser Radar Conference, July 2006 Nara, Japan, 23ILRC, ISBN 4- 9902916-0-3, 851-854 (2006).
  5. Uno, I. et al., 3D structure of Asian dust transport revealed by CALIPSO lidar and a 4DVAR dust model, Geophys. Res. Lett., 35, L06803, doi:10.1029/2007GL032329 (2008).
  6. Eguchi, K., Uno, I., Yumimoto, K., Takemura, T., Shimizu, A., Sugimoto, N., and Liu, Z.: Trans-Pacific dust transport: integrated analysis of NASA/CALIPSO and a global aerosol transport model, Atmos. Chem. Phys., 9, 3137-3145 (2009).
  7. Yumimoto, K., Eguchi, K., Uno, I., Takemura, T., Liu, Z., Shimizu, A., and Sugimoto, N.:Elevated large-scale dust veil originated in the Taklimakan Desert: intercontinental transport and 3-dimensional structure captured by CALIPSO and regional and global models, Atmos. Chem. Phys. Discuss., 9, 14453-14481 (2009).