記者発表 2007年10月10日

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アジア地域における1980〜2020年の大気汚染物質を算定(お知らせ) ―NOx排出量は過去四半世紀で約3倍、更に2020年まで増加する可能性も―
(環境省記者クラブ、筑波研究学園都市記者会同時発表)

平成19年10月10日(水)
   独立行政法人国立環境研究所
アジア自然共生研究グループ広域大気モデリング研究室
室    長:大原  利眞  029-850-2718


概  要

国立環境研究所、海洋研究開発機構、九州大学、総合地球環境学研究所の研究グループは、アジア地域における多種類の大気汚染物質の排出量を算定し、その1980〜2020年の変化を世界で初めて明らかにした。その結果、アジア地域の窒素酸化物(NOx)排出量が、1980〜2003年の間で約3倍に増加(中国では約4倍に増加)するなど、アジアの大気汚染物質排出量が急増していること、更に、アジアのNOx排出量は2020年頃まで増加する可能性があることが明らかとなった。


背  景

最近我が国で光化学オキシダント濃度が増加し続け、その原因としてアジア大陸からのオゾンの越境汚染の影響が考えられている(*1)。また、オゾン以外にも、酸性物質や粒子状物質などの越境汚染による影響も指摘されている。アジア地域では、火力発電所・工場・自動車等による石炭や石油の燃焼などによって、様々な大気汚染物質が大量に放出されており、その排出量は経済成長に伴って急増している。しかしながら、大気汚染物質がアジア地域(特に中国)でどれだけ排出されてきたのか、今後どのように変化するのか、定量的には明らかにされていない。


内  容

国立環境研究所、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター、九州大学経済学部、総合地球環境学研究所は共同して、アジア地域における多種類の大気汚染物質の排出量を1980〜2020年について算定し、アジア地域排出インベントリ(*2)REAS(Regional Emission Inventory in ASia;「リース」)を開発した。REASでは、アジア地域(アフガニスタン以東の24ヵ国)を対象に、燃料消費量や工業生産量、自動車走行量、人口などの統計データ、排出係数(*3)、排出規制動向などのデータをもとに、人間活動によって発生する6種類の大気汚染物質・温室効果ガス(*4)の排出量を、発生源種類別・燃料種類別・地域別に計算した。


このリンクはPDFデータにリンクします/図1 は、1980年と2000年における窒素酸化物(NOx)(*5)の年間排出量の地域分布を示す。2000年におけるアジア全体のNOx排出量は年間2,510万トンで、中国(45 %)とインド(19 % )の排出量が非常に多く、最大の排出国である中国では、石炭火力発電所(34%)、工場等の石炭燃焼(25%)、自動車等の石油燃焼(25%)が大きな割合を占めている。また、NOx排出量は1980年から2000年の間に大幅に増加していることがわかる。このリンクはPDFデータにリンクします/図2 は、NOxの1980〜2003年の地域別排出量の経年変化を示す。アジア全体の燃料消費量がこの四半世紀で2.3倍に増加したことに伴い、NOx排出量も2.8倍に増加している。中でも、中国における増加は約4倍(平均年率6%)と非常に大きく、特に、2000年以降は過去最高となっている(3年間で1.3倍)。


さらに、将来の排出シナリオ(*6)を設定し、2010年と2020年の将来排出量を予測した。中国については、将来のエネルギー消費と環境対策の動向を考慮して、現状推移型(燃料消費や環境対策が現状のまま推移し排出量が最も増加するシナリオ)、持続可能性追求型(エネルギー対策や環境対策を適度に進めたシナリオ。排出量は3種類のシナリオの中位)、対策強化型(エネルギー対策や環境対策を強力に進めることにより、排出量が最も少ないシナリオ)の3種類のシナリオを設定した。また、その他の国については、国際エネルギー機関(IEA) (*7)のエネルギー需要予測(基準シナリオ)に基づく排出シナリオを設定した。NOx排出量の将来予測結果をこのリンクはPDFデータにリンクします/図3 このリンクはPDFデータにリンクします/図4 に示す。その結果によると、2020 年における中国のNOx排出量は、持続可能性追求型と現状推移型では、2000年に較べて、それぞれ、1.4倍、2.3倍に増加する。一方、対策強化型では、2000年レベルに比べ、わずかではあるが減少する。しかし、2000年以降の排出量や燃料消費量の増加傾向や衛星観測結果などから判断すると、現在のNOx排出量は既に現状維持型シナリオの2010年予測値付近まで達していと考えられる。このことから、2020年には現状維持型シナリオの予測値を凌駕するようなNOxが排出される可能性がある。また、アジア地域の将来排出量は、中国における排出シナリオに大きく影響されるが、どの排出シナリオでも2000年より増加することが予測された(*8)このリンクはPDFデータにリンクします/図3 )の下段に、中国において持続可能性追求型の排出シナリオを設定した場合の結果を示す)。


アジア地域における大気汚染物質の増大は、アジアのみならず地球規模の大気環境に大きな影響を及ぼしており、その影響を解明する研究を進める必要がある。大気汚染物質が世界で最も多く排出され、しかも最も増加しているアジア地域において、その長期的な変化を明らかにした本研究結果は、気候変動や大気科学の研究に重要な貢献をするものである。本研究結果が、アジア地域における大気環境保全の取組の強化において活用されることが期待される。一方、本研究で算出された排出量の不確かさは大きいと考えられ、その改良が今後の重要な研究課題である。


この成果は、8月23日、欧州地球科学連合の大気化学物理誌「Atmospheric Chemistry and Physics」(*9)に掲載された。本研究は、環境省の「地球環境研究総合推進費」における研究課題「アジアにおけるオゾン・ブラックカーボンの空間的・時間的変動と気候影響に関する研究(平成17-19年度)」(研究代表者:海洋研究開発機構・秋元肇)として実施された。

補足説明

(*1)

光化学オキシダントの主要成分である光化学オゾンは、窒素酸化物(NOx)と非メタン揮発性有機化合物(NMVOC)が大気中で紫外線を浴びて化学反応を起こすことによって生成される。我が国における光化学オキシダント濃度の増加傾向や越境汚染影響に関しては下記資料を参照されたい。


  • 国立環境研究所:記者発表資料「2007年5月8,9日の広域的な光化学オキシダント汚染について−国立環境研究所及び九州大学が数値シミュレーションによる再現に成功−」、平成19年5月21日.
  • 大原利眞:日本における光化学オゾンの上昇― アジアにおける排出量の増加と越境汚染の影響 −,生活と環境, 52, 5, 90-95, 2007.
  • 大原利眞、坂田智之: 光化学オキシダントの全国的な経年変動に関する研究, 大気環境学会誌, 38, 47-54, 2003.

(*2)

排出インベントリ:「国や地域別に、排出源の種類と排出量を整理した資料」のことであり、大気環境影響を評価・予測し、適切な対策を講じるために必須の資料である。

(*3)

排出係数:単位燃料消費量や自動車走行距離あたりに排出される大気汚染物質の量(排出原単位)のことである。

(*4)

REASの対象物質は、人間活動(化石燃料・バイオ燃料の燃焼、工業プロセス、農業活動など)によって排出された窒素酸化物(NOx)、二酸化硫黄(SO2)、一酸化炭素(CO), 黒色炭素粒子(BC)、有機炭素粒子(OC)、非メタン揮発性有機化合物(NMVOC)である。

(*5)

窒素酸化物(NOx):化石燃料などの燃焼の際に発生する汚染物質で、一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)を合わせたものの総称。対流圏オゾン、酸性雨、粒子状物質の原因物質である。

(*6)

排出シナリオ:将来の社会経済レベルやエネルギー消費、エネルギー・環境対策などを設定することにより、将来の大気汚染物質の排出状況を描写した未来像。

(*7)

IEA (International Energy Agency): World energy outlook, IEA, Paris, 2002.

(*8)

2020年におけるアジア地域のNOx排出量は、2000年の排出量よりも、中国の排出シナリオが対策強化型では25%、持続可能性追求型では44%、現状推移型では83%、それぞれ増加する。

(*9)

Ohara, T., H. Akimoto, J. Kurokawa, N. Horii, K. Yamaji, X. Yan, and T. Hayasaka: An Asian emission inventory of anthropogenic emission sources for the period 1980?2020, Atmospheric Chemistry and Physics, 7, 4419-4444, 2007.
http://www.atmos-chem-phys.net/7/4419/2007/acp-7-4419-2007.pdfからダウンロード可能)

お問い合せ

アジア自然共生研究グループ  広域大気モデリング研究室  室長
大原利眞
電話:029−850−2718
FAX:029−850−2580
Mail:tohara@nies.go.jp

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