記者発表 2006年6月6日

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都市大気中の燃焼由来汚染化学物質の発生源
バイオマス炭素の燃焼が2〜4割を占める
(環境省記者クラブ・文部科学省記者クラブ・筑波学園都市記者会同時発表)

 
平成18年6月6日(火)
東京薬科大学
  生命科学部環境生命科学科
  助手:熊田 電話番号 (0426-76-6793)
独立行政法人 海洋研究開発機構
  地球環境観測研究センター
  地球温暖化観測研究プログラム
  研究員:内田 電話番号 (046-867-9491)
独立行政法人 国立環境研究所
  化学環境研究領域
  領域長:柴田 電話番号 (029-850-2450)

要旨

東京薬科大学(学長:大澤利昭)生命科学部の熊田英峰助手、独立行政法人海洋研究開発機構(理事長:加藤康宏)地球環境観測研究センターの内田昌男研究員、独立行政法人国立環境研究所(理事長:大塚柳太郎)化学環境研究領域の柴田康行領域長らの共同研究グループは、燃焼によって発生する大気汚染物質、多環芳香族炭化水素(PAH、注1)の放射性炭素(注2)の解析から、東京郊外の大気中に浮遊する粒径1.1μm以下の微小粒子に含まれるPAHの2〜4割が植物など所謂バイオマス炭素の燃焼に由来する事などを明らかにした。健康への影響がとくに懸念される大気中の微小粒子についてPAHの燃焼起源が明らかにされた前例はなく、世界ではじめての報告である。この結果は、バイオマス関連の発生源でまだ定量的に把握できていない部分が多いか、あるいは一箇所あたりの排出係数が高いことを意味しており、国内における野焼き等、未把握のバイオマス燃焼の特定と定量、あるいは大規模な森林・草原火災などに伴う海外からの越境移動などの定量的な把握も含めて、今後の詳細な研究が期待される。

この成果は、米国化学会発行の雑誌 Environmental Science and Technology 誌(2006年6月1日発行)に掲載された。本研究は、(独)学術振興会の科研費(基盤研究(B)15310015)並びに国立環境研究所特別研究として行われた。

1.背景

多環芳香族炭化水素(PAH)は燃焼によって発生する主要な大気汚染物質の一つで、発ガン性や変異原性を示す化合物が含まれる。人体への影響が懸念されるベンゾ[a]ピレンなどの高分子PAHは、大気中に浮遊する粒子(エアロゾル)に高濃度で存在し、エアロゾルが持つ変異原性の主要因とされている。人間が呼吸すると細かい粒子ほど肺の奥まで侵入して呼吸器疾患の原因となりやすいので、微細エアロゾルに含まれるPAHの発生源を定量的に識別することが求められている。

これまでにもPAHの分子組成や安定炭素同位体(炭素13)を用いて大気中のPAHの発生源を識別する試みがなされてきたが、化石燃料燃焼とバイオマス燃焼に由来するPAHを区別することはできなかった。本研究では、炭素の発生源を識別する指標として放射性炭素同位体(炭素14、注2)に着目した。炭素14は約5730年の半減期を持つため、化石燃料には含まれないが、現在の植物が光合成によって生成した有機物は現在の大気中CO2と同様の炭素14含有量を示す(現代炭素)。この性質を利用すれば、化石燃料と現在の植物(バイオマス)からの寄与を定量的に識別できる(添付資料  図1)。

環境中のPAHの炭素14を測定して発生源を識別する試みはこれまでにもなされているが、炭素14測定に必要な炭素量の制約から、現在の大気中の、それも微細エアロゾルに含まれるPAHのみについて、解析を行った前例はない。今回、炭素の重さに換算して10〜20μgという極微量スケールでの高精度な炭素14測定技術を応用することで、微細エアロゾルに含まれる微量のPAHについて、定量的に発生源を識別することが可能となった。

近年の気候変動や人間活動域の拡大は、バイオマス燃焼(森林/草原火災)の頻度や規模を世界的に増大させている。また、現在国内で廃棄される、農業廃棄物や下水汚泥などのバイオマス系物質は、重量ベースで化石燃料の輸入量の1割に相当する。これらのバイオマス炭素資源は、余分な二酸化炭素の発生を引き起こさないエネルギー源として地球温暖化対策の観点から注目されており、今後使用量の増加が見込まれる。これらはいずれも、PAHによる大気汚染の起源としての、バイオマス燃焼の重要性を増大させていく要因となる。このような状況下で主要な燃焼由来汚染物質であるPAHの発生源を化石燃料由来とバイオマス炭素由来とに識別することは、極めて重要な課題である。

2. 成果

2002年12月〜2004年6月にかけて東京都八王子市にある東京農工大学フィールドサイエンスセンターFM多摩丘陵において、およそ6万〜15万m3の大気を吸引して粒径10μm以下(PM10)と粒径1.1μm以下(PM1.1)の微細エアロゾルを採取し、含まれるPAHの構成炭素の現代炭素含有率を解析した(添付資料  図2,3)。その結果、PM10だけでなく、肺胞内へ到達可能なPM1.1に含まれるPAHでも21〜46%の現代炭素を含むことが分かった(添付資料  図4)。これは、現在生育中の植物バイオマスからの寄与に換算すると、2〜4割に相当する(添付資料  図5)。この割合は、エネルギー受給割合など統計値から推定されるバイオマス/化石燃料比(〜2%)に比べて著しく高い(図1)。また、この解析からバイオマス燃焼由来PAHが冬期のPAH濃度の上昇に対して3割程度寄与していることも明らかとなった(添付資料  図5)。

調査地域である東京都八王子市での主要なバイオマス燃焼起源はゴミ・下水汚泥の焼却とされている。他に稲藁処理などいわゆる野焼きもあるが、その量については不明の点が多い。本研究成果によってこれらのバイオマス燃焼起源からのPAHの排出が意外に多く、大気中のPAH濃度の季節変動に重要な役割を果たしていることがわかった。これらのことは、バイオマス関連の発生源でまだ定量的に把握できていない部分が多いか、或いは一箇所あたりの排出係数が高いことを意味しており、国内における野焼き等未把握のバイオマス燃焼の特定と定量、あるいは大規模な森林・草原火災などに伴う海外からの越境移動(添付資料  図2)などの定量的な把握も含めて、今後の詳細な研究が必要と考えられる。

本研究は、PAHによる大規模森林火災指標作成のための基礎研究として行われた。現在、本研究グループでは日本周辺から採取された海底堆積物コアについて、産業革命以前のPAH存在量の時間変動と気候変動との関連性解明について研究を行っている。

注1:ベンゼン環が2個以上縮合した構造を持つ化合物群の総称で、有機物が燃えたとき(不完全燃焼)に生成される。原油や石炭など化石燃料中にも高濃度で含まれるほか、化石燃料・動植物由来物質などあらゆる有機物の燃焼過程で生成されて大気へ放出され、地球環境全体に広く存在する。火山の噴火によってもPAHが放出されるという見方もあるが、火山の噴火に起因する森林火災によるPAHとの区別はなされていない。大気中では主に2〜6環のものが検出される。ベンゾ[a]ピレンなど、4環以上の高分子化合物は、発ガン性、変異原性、内分泌撹乱作用を示すなど重大な生体影響をもつことが知られている。(本文へ戻る)

注2:炭素14は宇宙線と上層大気との相互作用で生じた中性子が大気中の窒素原子核に捕捉される結果、定常的に生成される天然放射性核種である。地球表層の炭素循環に組み込まれて、生体に摂取される。生物が死ぬと、新しいCO2が供給されなくなるので、遺骸中の炭素14は放射改変によって減少し続ける(半減期:5730年)。現在の植物が炭素固定して生成した有機物は現在の大気中CO2と同等の炭素14含有量を示す。一方、化石燃料には実質的に炭素14が含まれない。したがって、燃焼過程で生成された有機化合物の炭素14含有量を測定することで、化石燃料と現在生育する植物(バイオマス)からの寄与を定量的に識別できる。(本文へ戻る)

3. 問い合わせ先

東京薬科大学
  生命科学部環境生命科学科  担当:熊田
  Tel:0426-76-6793、Fax:0426-76-5093
  総務部広報担当  担当:前田
  Tel:042-676-5910、Fax:042-677-1639
海洋研究開発機構
  地球環境観測研究センター
  地球温暖化観測研究プログラム  担当:内田
  Tel:046-867-9491、Fax:046-867-9450
  URL:http://www.jamstec.go.jp/iorgc/
  経営企画室報道室  担当:大嶋、笠谷
  Tel:046-867-9193、Fax:046-867-9199
  URL:http://www.jamstec.go.jp/

国立環境研究所
  化学環境研究領域  担当:柴田
  Tel:029-850-2450、Fax:029-850-2573
  URL:http://www.nies.go.jp/chem/terra/index-j.html
  企画部企画室  研究企画主幹  担当:東岡
  Tel:029-850-2303、Fax:029-851-2854
  URL:http://www.nies.go.jp/index-j.html

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