「大気の波動(マッデン・ジュリアン振動)に応答した1997-1998年エルニーニョの
突然の終息」について
(お知らせ:環境庁本庁記者クラブ同時発表)
 

                
                


 

 平成11年11月17日(水)
 環境庁国立環境研究所
  主任研究企画官   小野川 和延(TEL
0298-50-2302) 
  担当:
大気圏環境部   高薮 縁
 





 

 環境庁国立環境研究所では、地球環境研究の一環として、地球の気候変動機構の解明に関する研究を行っている。
 今般、衛星観測による地球全域の降水量、海面水温及び欧州中期気象予報センターの全球気象解析による風などのデータを総合的に解析し、今半世紀最大規模の1997-98年エルニーニョが、大規模な降水活動を伴った地球規模・数十日スケールの大気波動(マッデン・ジュリアン振動)の影響で急速に終息したという結果を得た。これは、エルニーニョがいつ、どのように終了するのかを理解する上で重要な、新しい事実の発見である。
 








 
 
<研究の背景と概要>
 エルニーニョ/ラニーニャ現象(*1)は、太平洋の広域な海面において、海面水温が平年値に比べて5度にも達する偏差を伴い、全球規模の気候が示す経年変動の中でも、最大の振幅を持つ現象のひとつである。従って、エルニーニョ/ラニーニャの発生、終了の時期、その規模を決定する機構を理解することが、地球の気候変動の要因を解明する上で極めて重要である。特に、地球温暖化により気候が変化した状況下でのエルニーニョ/ラニーニャの振舞を予測できるようにすることが、地域毎の気候変化の社会影響を評価するために必要である。また、気候変動シミュレーションモデルを用いた数値実験によると、地球温暖化に伴う気候変化パターンそのものがエルニーニョやラニーニャに似た形をとるという結果が出されており、エルニーニョ現象のメカニズムに関する理解の重要性を示している。しかしながら、現在までのところ、エルニーニョ現象の仕組みについて基本的な解釈はあるものの、その発生・終息のタイミングや規模の予測ができる程には十分な知見が得られていない。
 環境庁国立環境研究所では、地球環境研究の一環として、地球の気候変動機構の解明に関する研究を行っているところであるが、今回、同所大気圏環境部大気物理研究室では、種々の衛星観測データおよび全球気象データを用いた解析により、エルニーニョ現象の終息のタイミングに関する新しい知見を得た。今半世紀最大規模の1997-98年エルニーニョが、マッデン・ジュリアン振動(*2)と呼ばれる、降水活動を伴った地球規模・数十日スケールの大気波動の影響で急速に終息したという結果である。マッデン・ジュリアン振動がエルニーニョの開始・発達を促進するという効果はこれまでにも示されてきたが、終了との関係を示したのは今回が初めてである。この結果は、気候変動の様相を決定するメカニズムにおいて、マッデン・ジュリアン振動とエルニーニョのように時間スケールの異なる現象の間の相互作用の重要性を再認識させるものである。
 この結果は、11月18日発行のNature誌上で発表される(要旨添付)。
 
 なお、本研究は、国立環境研究所大気圏環境部大気物理研究室主任研究員の高薮 縁が中心となり、科学技術庁(*3)・郵政省通信総合研究所(CRL)・宇宙開発事業団地球観測研究センター(NASDA/EORC)(*4)との共同プロジェクトに関連して行ったものである。全球気象データおよび米国防衛気象衛星観測データに加え、NASA(米国航空宇宙局)・NASDA・CRLの共同開発による熱帯降雨観測衛星(TRMM)のマイクロ波放射計観測からの海面水温データ、および降雨レーダー観測からの降水量データを利用した。
 
 
[補足説明1]
 
(*1) エルニーニョ/ラニーニャ現象
 数年(2-7年)に一度の周期で東太平洋ペルー沖の海面水温(SST)が平年値より高い/低い状態が数か月〜1年程度続くことがある。これがエルニーニョ/ラニーニャ現象である。気象庁では、エルニーニョ監視海域(北緯4度〜南緯4度,西経150度〜西経90度)のSST5ヵ月移動平均値の平年偏差が0.5℃以上/-0.5℃以下の月が6ヵ月程度継続した場合を「エルニーニョ/ラニーニャ現象」と定義している(具体的には平年値が25℃の場合、エルニーニョは25.5℃より高温、ラニーニャは24.5℃より低温の意味)。エルニーニョ/ラニーニャ現象は、基本的には海洋中の深さ数10m〜200m程度の層を伝播する赤道域特有の波動と大気の対流活動を伴う風の場とが力学的に相互作用する現象であると理解されている。エルニーニョ/ラニーニャ現象は、1997年のインドネシアの旱魃に現れたように熱帯域の気候に影響するばかりでなく、全球規模の気候にも影響する。エルニーニョ年には南アジアモンスーンが弱い場合が多いことや、1988年の北米の大干ばつがラニーニャに伴うものであったことはよく知られている。
 
(*2)マッデン・ジュリアン振動
 対流活動を伴い地球規模の東西スケールをもつ熱帯の大気波動で約30〜60日周期で東向きに伝播する。マッデンとジュリアン(Madden and Julian 1971,1972)によって発見された。
 
(*3)科学技術庁
 海洋開発及び地球科学技術調査研究促進費による「ENSOの機構解明とその影響に関する研究」
 
(*4)宇宙開発事業団 熱帯降雨観測計画(TRMM)共同研究
  「熱帯対流構造と大規模気候システムとの相互作用の研究」 

<資料の入手等の問い合わせ先>
○環境庁国立環境研究所 大気圏環境部 高薮 縁
FAX: 0298-51-4732  
 

大気の波動マッデン・ジュリアン振動)に応答した1997-1998年エルニーニョの突然の終息
論文要旨
 
 
マッデン・ジュリアン振動に応答した1997〜1998年エルニーニョの突然の終息
 
高薮 縁 (NIES), 井口 俊夫 (CRL), 可知美佐子 (NASDA), 柴田 彰 (NASDA), 神沢 博 (NIES)
 
 エルニーニョ開始の引き金としてのマッデン・ジュリアン振動(熱帯域における、対流活動を伴い赤道を一周する規模をもった大気の波動で、約30〜60日周期で東向きに伝播する)の役割はこれまでにも議論されている。一方、エルニーニョ終息のタイミングに関しては、開始と同様、風と海洋波動の相互作用の基本的理論のみでは説明できないが、マッデン・ジュリアン振動が係わっている可能性はこれまでに考えられていなかった。1997〜1998年の非常に大きなエルニーニョについても、開始と終息のしくみは研究されて来たが、このエルニーニョが突然に終息した(図1)理由についてはまだ明らかにされていなかった。この研究では、全球的な降雨、海面水温および風速のデータを用い、1998年5月にマッデン・ジュリアン振動に伴う降雨域が例外的な強さを保ったまま赤道域を東向きに一周したことを示した(図2)。この降雨域の伝播に伴い、東部太平洋の赤道域で東からの貿易風が突然強化された。このときすでに太平洋中央部および東部赤道地域の海面下では、温度躍層(*1)が浅くなっており、表面近くに冷たい海水が準備されていた。そこにこの強い東風が吹いたことが、1997〜1998年のエルニーニョを加速度的に終息させる引き金となったのである。
 
 
(図1)
 1998年5月の太平洋域の旬平均海面水温分布。海面水温は熱帯降雨観測衛星搭載のマイクロ波放射計観測値から柴田のアルゴリズムによって算出された。
 
(図2)
 赤道近傍の北緯10度〜南緯10度平均降雨率を横軸経度-縦軸時間の断面で示した。カラー表示の降雨率は米国DMSP(防衛気象衛星計画)搭載のマイクロ波放射計観測からWentzのアルゴリズムによって算出された。灰色の降雨率は、熱帯降雨観測衛星降雨レーダー(TRMM PR)観測からPR2a25アルゴリズム(井口他)によって算出された。ベクトルは欧州中期予報センター(ECMWF)作成の全球客観解析気象データによる赤道上の地表面風である。
 
[補足説明2]
 
(*1)温度躍層
 海洋表層近く(数10m-200m程度)の海水温度が深度方向に急速に下る層を指す。エルニーニョ/ラニーニャ現象は、海面水温のみでなく、この温度躍層と大気との結合した変動現象である。