パリ協定を振り返る

vol.4-1 亀山 康子 副センター長<前編>
2016.11.4

インタビュー対象

 国環研の中ではめずらしい、国際政治学の視点から環境政策を研究している亀山康子副センター長にインタビューをしました。今回は、昨年合意されたパリ協定について、そしてもうすぐ開催されるCOP22に向けての話題について伺いました。

インタビュー内容<前編>

まずは、普段どういうご研究をされているのでしょうか。

 2つに分けることができて、両方とも温暖化に関係する研究です。1つは国際社会を中心にした研究です。国際社会というのはアメリカとか日本とか、国同士が話し合ってパリ協定などの条約に至るわけですが、どういう内容の条約にすれば全ての国が納得して参加できるのかというような、国際的なルールを決めるための研究をしています。

 他方では、そうやって国際的なルールが決まったあと、それを国内に持ち帰ったときにどういう対策を取ると一番効果的に実施できるのかというような研究をしています。なぜそれが大切かというと、国によって最適な政策のパッケージが違うからです。

 どういう意味かというと、例えばヨーロッパでは、排出量取引制度といって、Aは何トン、Bは何トンというように、事業所ごとに排出できる上限を決めて、その中に排出量を収めるならば何をやってもいいですよという対策を取っています。日本では排出量取引制度を導入しない代わりに、きめ細かく省エネ基準っていうのを設定したりするんですよね。両方とも同時に実施する必要はなくて、どっちか一方あればいいし、あなたの国は排出量取引制度を導入してないから駄目、という話ではないですよね。その国その国で一番受け入れられやすい政策はどのようなものかを決めていきます。

パリ協定は、一つ目の国際社会のルールを考えるという意味で重要な例というわけですね。かつ、それを例えば日本で効果的に実施していくにはどうしたらいいかをまた考えていく。

そうですね。

なるほど、分かりました。では次にパリ協定の話に入ります。パリ協定は画期的と言われていますが、その理由について簡単に教えていただけませんか。

 パリ協定は、京都議定書という1つ前の国際条約ができてから18年ぶりに採択されました。それだけの年月がかかったというだけで画期的と呼ばれる意味があると思いますが、ではなぜ18年もかかったのか。その背景として、この18年間の間に国際情勢が大きく変わったことがあります。そういう国際的な事情について、私は国際政治学という学問分野からアプローチしていて、国と国との関係がどうあるかについて文献などを参考にひもといていきます。あるいは大統領とか総理大臣の発言から、どの辺りが一番争点になっていて、どの辺りが譲れる部分なのかを分析していくのが国際政治学の分析手法です。

 18年間の間に国際情勢が大きく変わったことの一つとして、南北問題と呼ばれた、先進国VS途上国という2つの大きなグループがあって争っているというシンプルな構造がかつての状況でした。しかし、それが2000年代に入ってどちらのグループも多様化してきました。先進国の中でも経済的にうまくいかないロシアとかウクライナのような国が出てきたり、あるいは昔途上国のグループだった中国、シンガポール、メキシコ、韓国などはもう先進国とほぼ同じような状態になっています。もうこれまでの分類では古いだろうという人たちが増えています。他方でその昔のカテゴリーを維持したい国もあります。

 どういう国際情勢にあるのかという共通認識が芽生えない中で、どうやって温暖化対策を加盟国全体でやっていくかという話をするのはすごく難しかったんですよね。それがようやく、途上国の中でも最近、先進国の仲間入りをした国は、そろそろ自分たちも先進国らしいことをしてもいいのではないかと思えるようになった。この変化はすごく大きいと思いますね。

情勢の変化に伴って、以前の分類では語れなくなってきたことに加えて、途上国だった国も先進国のようにコミットしていこうとしているんですね。

コラム:達成目標の「2度未満」や「1.5度未満」の意味とは

 温暖化対策の話をするときに、どれぐらい対策を取れば十分かを判断するための目処が必要です。ここまでやれば十分、あるいはそれ以下だったら不十分と、どこかに線を引かないといけない。ではその線をどう引くのかを考えるときに、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)という科学者が集まっているところで、1.5度上がるとこんな影響が出てきます、2度上がるとこんな影響が出てきます、ということを予測しています。影響と呼ばれるものの中には洪水とか台風もあるし、一部の国では逆に渇水、雨が降らなくなることもあるし、健康影響もあるし、多岐にわたる被害がでてきます。3度上がったらこうなる、4度上がったらこうなる、など。これらの影響を全体的に見たときに、人類としてどの辺りまでを許容できるのかを考えたときに、やっぱり2度ぐらいじゃないか、となりました。これは価値判断になりますが、そう考える人が多かった、というのがたぶん一般的な説明だと思います。

 もう1つ判断基準があるとすれば、2度までは、この地球の中で温暖化をして得をする国が一部あるんです。ロシアとかカナダが例ですが、少し暖かくなったほうが小麦の収量が上がったりする国があります。ただ、地球のほかのところではひどい影響が出ますけどね。地球全体で見たときには、2度までだったら得をする国があるんだけど、2度を超えてしまうと得をする国はなくなるんですよ。世界のどの地域をみても、2度以上暖かくなった時に、良いことよりも悪いことのほうが多くなっていく。(そのため、2度が上限となったわけです。)

 しかし、「2度」ばかり強調されてしまうと、一部の途上国、特に島国の人たちが、「2度までは上がっても大丈夫という意味になってしまう」と思うわけですよ。一部の島国では、2度まで上がると自分の国がなくなってしまうところもあります。そのため2度としか言われないと、今すでに影響が起きている国のことが無視されてしまうので、自分たちの国にとっては1.5度が境目だと主張するようになっていたので、1.5度というのが今回含まれたんですね。

 (産業革命後から)既に1度近く上がっているので1.5度で止めるなんてもう無理だという声も出ています。しかし、パリ協定でいう1.5度は、止められるか止められないかという意味で入っているのではなくて、1.5度の上昇が既に危機的な状態であることを示すために入っているんですね。日本国内ではできもしない目標を(国の目標に)入れなくていいと言う意見もよく聞くんですけど、そういう意味ではなくて、「1.5度に近づいている状態で既に被害が起きているので、そういう国に対して支援をしてください」と、島国の人たちにしてみればそこが言いたいんですね。

後編へ:「COP22へ向けて」

 前編ではパリ協定がなぜ画期的だったかという点を教えていただきました。後編はCOP22に向けての話題について伺います。

(聞き手:杦本友里(社会環境システム研究センター)、2016年10月3日インタビュー実施)
(撮影:成田正司(企画部広報室))