まとめ 食料問題の理解と不確実要素
セミナーを通して得られた共通理解
食料の需要・供給・価格の現状、世界で生じている問題、また将来の見通しの大筋に関しては、講演者のお二人、また参加者の間で、共通理解が得られたと思われる。主要な点は以下の通り。
- 2000年以降、食料価格が上昇している。それまでは先進国の間の取引で決まっていた市場に、途上国が入ることによって、価格の水準が変わってきた。穀物価格はここ30年で3倍になった。また、バイオエタノール政策などが入ってくると、競合する穀物の価格上昇に影響を与える。
- さらに市場に投機マネーが入ることによって、食料価格が大きく乱高下する。食料に関わる市場の規模は大きくはないので、投機マネーの影響を受けやすい。
- 食料価格が大きく変化することは、途上国の貧しい人々にとっては大きな問題。収入における食費の割合が大きい場合、食料価格が上がると、食料を買えなくなる事態が起こる。ジャスミン革命などの大きな騒乱につながることもあり得る。
- 現在でも、途上国の貧しい人々を中心に栄養不足、飢餓に苦しむ人々がいる。ただし、この人々が餓えている原因としては、食料供給が足りていないという問題だけでなく、紛争状態にある、政府のサポートが不十分である、などの「ガバナンスの問題」も大きい。
- 一方で、先進国にとっては、現状の食料価格の変動は、それほど大きなインパクトはない。先進国にとってはまだまだ食料価格、特に穀物価格は十分に安い。
- 少なくとも2050年くらいまでは、人口増加は続きそうである。しかし、途上国が経済発展をとげると、少子化傾向になるはずだ。過去に比べて、これから先は人口増加の割合は鈍くなりそうである。
見解が分かれるポイント
将来起こりえる問題の見通しやそれによるリスクの大きさに関しては、参加者の間で見解が分かれている点があった。
- 途上国の経済発展に伴い人口の増加率が鈍り、将来の増加率もさらに下がると考えられること、利用可能な世界の農地面積や、特に途上国において単収増加の余地があることから、今後、これまでより深刻な食料の問題は生じないであろう、というのが一つの見解である。食料生産や経済活動よりも気候変動政策が優先され、穀物価格がさらに上昇する可能性も低い。現在、途上国の台頭や投機マネーの影響により、食料価格が乱高下しているが、じきにある水準で安定するだろう。食料が手に入らないで困る人々は、全世界のうちのごくわずか、1–2億人の人たちで、これはガバナンスの問題によるところが大きい。
- 一方で、食料価格の水準が新たなステージに入っていること、価格が乱高下することなどによって生じるリスクについて、様々な指摘がなされた。人口増加のペースが鈍っているものの、人口増加は2050年頃までは続く可能性が高い。現在起こっている食料価格の変化や大きな変動が、特に途上国に対して与える影響、それによって生じる問題は、非常に複雑であり、不明な点が多い。不確実性の大きい重要な要素として、食料価格の乱高下によってインフラへの投資が抑制されることや、発展途上国において現在市場にアクセスできない人たちが市場に入ることによる食料需要の変化、圃場の密植や工業畜産による鳥インフルエンザのような感染症リスクの増大、さらには気候変動が食料供給に与える影響などが挙げられた。
コミュニケーション上の注意点
議論の内容そのものについての認識の一致、不一致のほかに、議論の印象がどう伝わるかというコミュニケーション上の問題として見た際に、以下の注意点が浮かび上がった。
- 「食料危機」という言葉の使い方が人によって異なる。このため、「先進国で飢餓が起こる心配は無い」というような意味での「食料危機の心配は無い」という発言と、「途上国の飢餓の増大や、それが間接的に世界に及ぼす影響をはじめとして、様々なリスクがある」というような意味での「食料危機の心配がある」という発言が、実際には概ね同じ認識に基づいていたとしても、大きな見解の相違に聞こえることがある。
- 不確実性についての考え方が人によって異なる。将来は不確実であるが、蓋然性の高い方向性を見通して、可能性の低いリスクは見切ろうとする態度と、可能性が低くても発現した際の影響が大きなリスクにはできるだけ備えたほうがよいという態度があり得る。概ね同じ認識に基づいていたとしても、このような不確実性に対する態度の違いにより、将来の見通しの語り方には大きな違いが生じることがある。