ダイオキシン類の内分泌攪乱作用と毒性


宮原 裕一 遠山 千春

国立環境研究所 環境健康部

(月刊 エコインダストリー,8月号,4(8)掲載)


論 文 概 要

 ダイオキシン類の内分泌攪乱作用について、動物実験の結果とヒト疫学調査の結果をまとめた。ダイオキシン類は低用量で、生殖・脳、免疫の各機能を阻害し、また発ガン性を示し、その際、Ah受容体が大きく関与すると考えられている。しかし、その作用は、多臓器に多岐にわたり、今後さらなる研究が必要である。

1. はじめに

(1) ダイオキシン類とは

  ダイオキシン類とは、ポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(PCDDs)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)の総称である。PCDDsには、75種類、PCDFsには135種類の同族体・異性体が存在する。また、これらに加えて、ポリ塩化ビフェニール(PCB)209種類の同族体・異性体のうち、偏平構造を有するPCB(コプラナーPCB)12種類もダイオキシン類に含めることが、世界保健機関(WHO)の会議において提案されている。

 これらダイオキシン類は、いずれも水に対する溶解性はきわめて低く、蒸気圧も低く、また熱化学的に安定な化合物群である。ダイオキシン類特有の毒性発現において、この物理化学的性質と後述のAh受容体への結合が、重要な役割を果たしている。

(2)毒性等価係数(TEF)とは

 環境中には数多くのダイオキシン類の同族体・異性体が存在しているが、これら同族体・異性体により毒性が大きく異なる。これらの毒性を総体として表現する手段として考え出された概念が毒性等価係数(TEF:Toxic Equivalent Factor)である。すなわち、ダイオキシン類のうち、最も毒性が強い2,3,7,8-TCDDの毒性を基準(1を用いる)として、他の毒性を有する28種の同族体・異性体に0.00001〜1.0といった相対毒性係数が与えられている(表1)1)。一方、2,3,7,8の位置に塩素の付かないPCDDsとPCDFs異性体にはTEFは与えられていない。環境中や生体組織中の各異性体の濃度に、このTEFを掛け合わせた合計が、毒性等価量(Toxic Equivalent:TEQ)となる。従って、ダイオキシン類量を論議する際、TEQが一般的に広く用いられている。しかし、TEFは過去に何回か改訂が重ねられており、用いたTEFによりTEQが変化する事に留意しなければならない。

(3) ダイオキシン類の発生源

 ダイオキシン類は燃焼過程、化学物質の合成過程、あるいは塩素漂白等により生成することが知られている。わが国におけるダイオキシン類の年間発生量は、TEQとして約5kgと見積もられており、このうちゴミ焼却場からの発生量はおよそ90%である。その他、金属精錬等の産業活動によっても発生することが知られている。最近の我々の研究によれば、その量はゴミ焼却場由来のものに比べはるかに少ないが、自動車からもダイオキシン類が排出されていることが明らかになっている2)

 一方、過去に農薬中に不純物として含まれていたダイオキシン類が未だ土壌中に多く残留している。これらのダイオキシン類が食物連鎖を通じて、動物に移行・蓄積している。環境中に放出されたダイオキシン類は、その異性体パターンから、燃焼、農薬または塩素漂白のいずれが発生源かを推定できる。すなわち、燃焼過程では多種類のダイオキシン類が生成するのに対し、水田除草剤として使われたPCPやCNP中からは8塩素化体のOCDD、あるいは1,3,6,8-TCDDと1,3,7,9-TCDDが検出され、塩素漂白過程では2,3,7,8-TCDDや2,3,7,8-TCDFが主たる生成物であることが知られている3)

2.ダイオキシン類の体内動態

 ダイオキシン類は、消化管、肺および皮膚から吸収され体内に取り込まれる。工場の事故、あるいはゴミ焼却作業に伴う過剰曝露を除いて、日本人の一般的な生活環境で取り込まれるダイオキシン類(PCDDsとPCDFs)の量は、環境庁の調査によると、1日に体重1kg当たり0.52〜3.53TEQpgと推定されている。このうち、食物からの取り込みは0.26〜3.26pg/kg/日と推定されており、体内への取り込み量の大部分を占めている。その他では、呼吸により空気から取り込む量が0.18pg/kg/日、土壌とともに取り込まれる量が0.084pg/kg/日、飲み水からが0.001pg/kg/日と推定されている。

 胎児や乳児はダイオキシン類の曝露による内分泌攪乱作用に対し感受性が高い。母親のラットに2,3,7,8-TCDDを投与し生まれた仔ラットを2,3,7,8-TCDDに曝露していない雌ラットで飼育する実験、ならびにオランダの疫学調査で母乳と人工乳を与えた子供の集団の比較研究などから、ダイオキシン類の影響は母乳よりは胎児に母体から胎盤を介して移行したものの方が大きいのではないかと推測されている。 母乳からのダイオキシン類の摂取による健康影響については、十分に注意を払うことが必要なことはいうまでもない。

 他方、昨年5月のWHOによる「ダイオキシンの耐容1日摂取量の見直し」に関する専門家委員会で、これまで通り母乳を推奨することが確認された。この背景には、母乳の持つメリットが確認されてきたことに加え、我が国はじめ先進諸国の母乳中ダイオキシン類濃度が、この25年間に半減しているという状況があげられる

。20年前に母乳を摂取したヒトよりも、現在の子どもたちのほうが、母乳中のダイオキシン類に限って言えば、曝露量は少なく、リスクは半減していると見なすことができる。

 実験動物にダイオキシン類を植物油に溶解して投与すると80〜90%が小腸から吸収される。一方、実際にヒトが食品とともに摂取し、腸管から吸収する割合は、およそ50%と推定されている。また、母体から胎児や乳児にダイオキシン類が移行することも知られ、特に授乳により多量のダイオキシン類が子に移行することが明らかとなっている。4)

 ダイオキシン類は一般に代謝されにくく、一部は水酸化されるが、ほとんどそのまま排泄される。ダイオキシン類を実験動物に投与すると、血液を介し全身に移行し、生殖器官や胸腺といった内分泌作用を制御する部位からもダイオキシン類は検出されるようになる。ダイオキシン類は様々な組織に移行するが、時間とともに、脂肪組織と肝臓に蓄積するようになる。特に高濃度曝露を受けると、肝臓への蓄積が顕著となる。TEFの与えられているダイオキシン類は、塩素数の多いものほど排泄速度が遅くなることが知られているが、その半減期は動物種によって大きく異なる。ダイオキシン類の排泄経路は主に糞便中であり、尿中へはほとんど排泄されない。 ダイオキシン類の排泄に関する半減期は、毒性を有する同族体について調べられており、特に2,3,7,8-TCDDの半減期が詳しく調べられている。半減期はダイオキシン類の投与から時間が経過するほど長くなる傾向にあるが、ラット、マウス、ハムスターで12−24日、モルモットで30−94日、サルで1年、ヒトでは7.1−11.3年と報告されている。5)

3.ダイオキシン類の内分泌攪乱作用とメカニズム

(1)はじめに


 ダイオキシン類の毒性として、従来より慢性毒性および発ガン性が注目され、そのリスク評価が行われてきた。しかし、最近になって、生殖(催奇形性を含む)毒性、免疫毒性、知能・行動への影響が内分泌攪乱作用により引き起こされていると考えられるようになった。さらには、発ガンの過程に内分泌の攪乱が関与すると考えられている。ダイオキシン類への曝露により、乳ガンのリスクが抑えられるとの報告がある6)一方、子宮内膜症の発症に関与することも知られており7)、ダイオキシン類は、組織や発生時期によって、エストロジェン作用を示したり、抗エストロジェン作用を示すと考えられる。8)

 ダイオキシン類はAh受容体を介して多くの作用を発現すると考えられている。すなわち、この受容体タンパク質は、リガンドであるダイオキシン類と結合し、細胞の核に運ばれ、特定のDNAの配列に結合してその遺伝子を活性化する転写制御因子として機能する。活性化される遺伝子には、薬物の代謝に関与する数種類のシトクロームP450酵素などがある。受容体を介した作用は、ホルモン、成長因子およびサイトカインに特徴的なものである。ダイオキシン類はAh受容体を介し酵素等の発現に作用し、成長因子やホルモンのカスケードに対して増強または抑制的に作用し、生体反応を引き起こすと考えられている(図2)

(2)ダイオキシン類の一般毒性

 ダイオキシン類の毒性は、動物による種差や系統差が大きいことが知られている。例えば、2,3,7,8-TCDDの半数致死量を指標とすると、最も感受性が高いモルモットは0.6 μg/kg体重であり、最も感受性が低いハムスターは5,000 μg/kg体重である。ラットやマウスの半数致死量は、この間の値である。ちなみに体内での分布量、ならびにAh受容体に対する親和性からだけでは、この8000倍の違いは説明がつかず、動物種による感受性の違いはほとんど解明されていない。

 感受性の違いのうち、系統差によるものはある程度の解明が進んでいる。すなわち、マウスにはダイオキシン類に対して感受性が高い系統であるC57BL/6系と、感受性が低い系統であるDBA/2系があり、それらの半数致死量は300倍の違いある。この理由として、ダイオキシン類と細胞内で結合するAh受容体との親和性が、C57BL/6系とDBA/2系では異なることが挙げられる。すなわち、2,3,7,8-TCDDのAh受容体との解離定数が前者では0.27 nM、後者では1.66 nMであることに、この系統差が起因していると推定される9)。ちなみに、ヒトAh受容体との解離定数は1.58 nMであることから、ヒトはダイオキシン類に対して感受性が低い動物種に属するとみなされている。ラットにもダイオキシン類の毒性に系統差があることが知られていたが、我々の最近の研究によれば、誘導されるシトクロームP450酵素の遺伝子およびそのパートナーである転写因子ARNTの発現のされ方に違いがあることも明らかになった。10)

 最近、遺伝子工学手法により、Ah受容体の遺伝子の発現を抑えたいわゆる遺伝子ノックアウトマウスが米国の2グループおよび藤井らにより、あいついで作成され、Ah受容体の機能が明らかになりつつある。多量の2,3,7,8-TCDD投与によってマウスに生じる口蓋裂や水腎症は、このAh 受容体が欠損している動物では生じないことが判明している。

(3) 発生・生殖への影響

 ダイオキシン類の生殖発生毒性で、これまで最も注目されているのは、アカゲザルにおける子宮内膜症である。比較的低用量の2,3,7,8-TCDDを餌に混ぜて4年間投与し、10年後に子宮内膜症が見いだされた。この実験で用いたダイオキシン類の用量が、従来発ガンを誘発するとしていた量よりも約一桁低かったことから注目を集めている。また、実験計画の信頼性に議論が残っているが、量・反応(発生頻度)関係および量・影響(重篤度)関係が認められている7)

 一方、妊娠期のラットに2,3,7,8-TCDDを経口投与したときに、比較的低用量で雄性生殖機能に影響することが、複数の研究グループから報告されている。すなわち、生まれてきた雄の仔ラットにおいて、精子数の減少、付属生殖器の重量の減少、性行動の脱男性化、並びに性器と肛門間距離(ペニスの長さに相当)の減少11、12)、といった「雌化」が認められている。また、出生したラット雌の仔の膣に一種の奇形が生じることも報告されている13)

 これら仔への影響は、妊娠8日目よりも15日目に2,3,7,8-TCDDを投与した方が感受性が高く、経胎盤曝露と授乳を介する曝露の影響を区別する実験を行ったところ、移行量が少ないにも関わらず、多くの影響は妊娠中の曝露に起因することが示された。このように、妊娠期の毒性は時期特異性があり、胎児の分化に不可逆的な作用を示す。しかし、前述のように、母乳を介したダイオキシン類の子への移行量は少なくなく、その影響についても留意する必要がある。


(4)甲状腺ホルモンへの影響

 ダイオキシン類は甲状腺ホルモンと類似の構造を持つため、その代謝に比較的低用量で影響する。甲状腺ホルモンは脳の発生・分化に重要な役割を果たしている。このホルモンの欠如や過剰が発生段階で起きると不可逆的な中枢神経系への影響が生じる。ほとんどの胎児において脳の甲状腺ホルモンはトリヨードサイロキシン(T3)ではなくサイロキシン(T4)に由来するので、脳の発生過程におけるT4の減少は脳の障害を引き起こすと考えられる。このように、ダイオキシン類は甲状腺ホルモンの代謝への影響を介して中枢神経系の発達へ影響を及ぼす可能性がある。実際、ラットに0.1-125 ng/kg/day量の2,3,7,8-TCDDを30週間にわたり隔週で経口投与すると、甲状腺ホルモンT4の減少やTSHレベルの上昇が用量依存的に見いだされた14)。さらに、交配前から離乳期までアカゲザルの母親に2,3,7,8-TCDDを投与すると、仔ザルの形・色の識別能力試験の成績が低下したとの報告もある15)

(5)免疫毒性

 ダイオキシン類による免疫系への毒性として広く認められているものに、胸腺の萎縮がある。その他、低用量でインフルエンザウイルス宿主耐性の低下に伴う死亡率の増加も示唆されているが、その際、胸腺重量には影響がなく、そのメカニズムは不明である16)。一方、2,3,7,8-TCDDの単回あるいは反復投与によって、マーモセットのリンパ球の組成が変化する。ダイオキシン類のアトピー発症および感染性の増悪への関与の有無などについては解明が進んでおらず、これからの研究課題である。

(6) ダイオキシン類の発ガン性

  2,3,7,8-TCDDおよびその関連化合物の発ガン性試験が、ラット、マウスおよびハムスターを用いて行われ6, 17、18)、2,3,7,8-TCDDは発ガン性があるという結果が得られている。
2,3,7,8-TCDDの発ガン性は、SDラットを用いて詳しく調べられている。2,3,7,8-TCDDを飼料に混合し2年間にわたり投与したとき、肝細胞ガン、硬口蓋および鼻甲介、肺の扁平上皮ガンの有意な増加が認められた。他方、その2,3,7,8-TCDD暴露により、膵臓腺房細胞、副腎皮質および髄質の腺腫、子宮の良性腫瘍、乳腺の腺腫および腺ガンなどにおける自然発生腫瘍の減少も認められている6)

 一方、2,3,7,8-TCDDを強制的に経口投与をすると、ラットでは肝の腫瘍結節および肝細胞ガンの有意な増加と、甲状腺濾胞細胞腺腫の増加が観察された。マウスでは、肝細胞ガンおよび甲状腺の濾胞細胞腺腫の増加が報告されている。 これらの発ガン性試験の結果から、2,3,7,8-TCDDの発ガン性には、性差および臓器多様性があることが明らかとなった。この性差および臓器多様性には、標的臓器における内在性のホルモン作用と、2,3,7,8-TCDDの生理活性の複雑な相互作用が関与していると考えられる17)

 2,3,7,8-TCDD以外のダイオキシン類に関する報告は数少ない。2,3,7,8-TCDDよりも塩素置換数の多い六塩化ダイオキシン(1,2,3,6,7,8-と1,2,3,7,8,9-HCDDを1:2で含む混合物)について、ラットおよびマウスを用いた発ガン性試験では、肝ガンの増加が認められている。同様に、2,7-二塩化ダイオキシンと塩素置換のないジベンゾ-p-ジオキシンについては、いずれも発ガン性は認められていない。

 化学物質による発ガンは、DNAに傷が付く開始過程(イニシエーション)、単一細胞が増殖により腫瘍となる促進過程(プロモーション)、さらにガンに生育する進行過程(プログレッション)の多段階であるという説が広く受け入れられている。ダイオキシン類はDNAに直接に傷をつけるのではなく、ダイオキシン類への曝露により薬物代謝酵素のシトクロームP450酵素(CYP1A1 や CYP1A2)が誘導され、代謝産物から活性酸素が発生しDNAを傷害すると考えられている。すなわち、ダイオキシン類は発ガンのイニシエーション過程ではなくプロモーション過程に関与すると考えられている。

4.ダイオキシン類のヒトでの作用

(1)一般毒性


 ダイオキシン類の一般毒性としてよく知られているのは、皮膚毒性のクロールアクネである。これはダイオキシン類曝露特有の症状であり、ポルフィリン症、異常多毛または色素沈着が同時に認められることがある。しかし、そのメカニズムは解明されていない。また、セベソでのダイオキシン類汚染事故では、肝肥大が観察されている。肝機能障害により血流中に逸脱する酵素であるGOTおよびGPTの増加や血中脂質の増加、耐糖性の低下、ポルフィリン尿、門脈周囲の繊維化等も同時に認められている。しかし、10年後にはそのほとんどが消失していたという報告もあり、その肝毒性は弱く、一過性であると考えられている19)。また、人間集団を対象とした疫学研究にからは、工場等の事故や環境からのダイオキシン類の高濃度曝露による死亡率の増加は示されていない。

(2) ダイオキシン類の発生・生殖影響

 ヒトにおけるダイオキシン類の発生・生殖影響の疫学研究は、カネミ油症・台湾油症、ベトナム枯葉剤関連、セベソの事故等について行われている。カネミ油症および台湾油症は、いずれも事故によりPCDFsを多く含むPCBで汚染された米ぬか油を摂取したことで発生した。いずれも、胎児死亡の増加、出生児の低体重が観察されており、また骨格異常がカネミ油症、臓器機能障害が台湾油症で報告されている。台湾油症については、その後、コーホート調査が続けられており、成長の遅延20)、行動上の問題21)、知能の低下22)、成長の抑制23)が観察されている。また、台湾油症の調査で少年たちのペニスが有意に小さいく24)、さらには、子どもの呼吸器の感染症や耳炎の罹患率が高いことも報告25)されており、妊娠中のダイオキシン類暴露による生殖機能への影響や免疫抑制作用が示唆されている。

 セベソでは特にダイオキシン類汚染と関連した奇形の増加は見られていない。しかし、事故後の1977年4月から1984年12月までの間に、最も汚染された地域で出生した子どもの性比に有意な偏りが見られ、その発生段階に何らかの影響を与えていることが示された(26/48人,男/女)26)

(3)甲状腺ホルモンへの影響

 一般環境に居住する人の集団について、母乳中のダイオキシン類濃度とその子どもへの影響が調べられている。オランダにおいて、都市と郊外に住む母子について、母乳中のダイオキシン類量と子どもの影響が調査された。母乳中のダイオキシン類およびPCB類の濃度によりこの集団を2群に分けると、高濃度群の子どものT4が低く、TSHは高くなることが観察された27)。生後のフォローアップ調査によると、母乳中のPCB濃度よりも胎盤を介して胎児に移行したPCBおよびダイオキシン類によって、軽微ではあるが18ヶ月目に知能試験の成績の低下が観察された28)。日本においても、母乳中のダイオキシン類含量と乳児の血清中TSH含量が調べられており、両者に正の相関が見られている29)。これらの事実は、上述の動物実験の結果と矛盾せず、ヒトに対しても、ダイオキシン類は甲状腺ホルモンへ作用し、さらにヒトの能の発達へ影響を及ぼしている可能性がある。


(4)発ガン性

 ダイオキシン類の発ガン性に関する疫学的研究として、主として職業上の暴露に関し、コホート研究や患者・対照研究が行われている。その結果、ダイオキシン類が引き起こすガンとして軟部組織肉腫、リンパ腫および肺ガンが注目されている。
スウェーデンの2つのグループは、不純物として2,3,7,8-TCDDを含むフェノキシ酢酸、クロロフェノールまたは2,4,5-T暴露によって軟部組織肉腫の発生リスクが1.3〜2.5倍高くなることを示している30、31)。また、アメリカでは800人のベトナム退役軍人のガン死亡者を調べ9人が軟部組織の腫瘍で死亡しており、これは期待値1.9人よりも多いことを報告している32)。一方、比較的暴露情報が明確な枯葉剤散布任務(Ranch Hand作戦)に従事した空軍退役軍人の死亡率の検討結果からは、全ガン死亡率の増加は認められていない33)

 一方、イタリアのセベソで1976年に発生した化学工場の事故による周辺住民への2,3,7,8-TCDDの暴露の影響は、住民を2,3,7,8-TCDDへの暴露レベルに従って3群に分け、長期にわたる解析がなされており、その過程で軟部組織肉腫による死亡の増加が見られている34)
その他にも、各国で工場労働者について多くの疫学調査がなされており、ダイオキシン類の暴露が発ガン死亡率を増加させることが示されている。

5.リスク評価

 ダイオキシン類の発ガン作用のリスク評価には、Kociba6)らとNTP17)の実験結果が広く引用され、ラットとマウスのLOAELが算出されている。また、ダイオキシン類の耐容一日摂取量の算出には、これまでのLOAELと NOAELを不確実係数で除すという方法からが用いられてきたが、最近になって体内負荷量に基づいたアプローチへと変化しつつある。

 米国環境保護庁は、発ガン物質全般に対して閾値が無いことを前提とした多段階線形モデルを用いており、発ガンのユニットリスク(pg/kg/day)―1を計算している。値は、1 x 10 -4 程度である。この値は、産業現場における疫学データから得られたダイオキシン類の算定値(1.3 x 10-5/年;生涯(生涯曝露の期間を35年間と仮定)リスクは4.5 x 10−4)と近い値である。

 一方、1990年以降、実験動物への低用量のダイオキシン類への曝露によって、発ガン以外の生体影響も注目されるようになってきた。今後、ダイオキシン類の内分泌攪乱作用について、そのリスク評価を行うためには、影響の出やすい障害の種類とダイオキシン類曝露との用量反応関係を明らかにする必要がある。また、それがヒトにおける有害性とどの程度、どのような関連があるのかを明らかにするためには、その生体影響のメカニズムの解明を進める必要がある。その際、ヒトと他の動物種との感受性の違い、妊娠期の曝露など時期特異性、成人と胎児との違いなど、ダイオキシン類による毒性とそのメカニズムの解明といった多くの課題が残されている。

 他方、前述のように、我々は日常生活においてダイオキシン類を体内に取り込んでおり、ヒトの体内負荷量と内分泌攪乱作用により生じる実験動物で観察された影響をもたらす実験動物の体内負荷量との間には数倍程度の違いしかないとの指摘もある13)。環境中に存在する有害化学物質で、ヒトへの曝露量が耐容一日摂取量にかなり近いことは、ダイオキシン類問題の重要なポイントである。今後、人を対象とした疫学調査、並びに実験動物を用いた実験研究により、ダイオキシン類の曝露量と内分泌攪乱作用の因果関係解明のための研究を重点的に行う必然性が有る。

以 上



文    献



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