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2017年5月16日

東アジアの炭素収支の問題に決着:
東アジア陸域生態系によるCO2吸収は進んでいない
—中国からの人為起源排出量のバイアス影響を新たな手法で評価—

(文部科学記者会、科学記者会、神奈川県政記者クラブ、横須賀市政記者クラブ、青森県政記者会、むつ市政記者会、高知県政記者クラブ、沖縄県政記者クラブ、名護市駐在3社、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成29年5月15日(月)
国立研究開発法人 海洋研究開発機構
 国立研究開発法人 国立環境研究所
 

1.概要
 国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球表層物質循環研究分野の佐伯田鶴ポストドクトラル研究員(現所属、国立環境研究所(理事長 渡辺 知保)地球環境研究センター)とプラビール・パトラ主任研究員は、主要な温室効果ガス(※1)である二酸化炭素(CO2)の排出吸収量について、独自に開発した大気化学輸送モデル(※2)と大気濃度観測データを用いたCO2とメタン(CH4)の解析から、2000年代の東アジアの化石燃料消費によるCO2排出量が過大評価されている可能性を示し、このバイアスを補正すれば、近年報告された東アジアの陸上生態系によるCO2吸収量の増大は見られない、ということを明らかにしました。大気濃度観測データからCO2の排出吸収量を推定する手法ではCO2の人為起源排出のバイアスが陸域生態系吸収の推定に影響するため分離が困難でしたが、本研究は、CO2とCH4の解析結果を組み合わせた新しい解析手法により両者の寄与を分離し推定した世界で初の試みです。
 最大の温室効果を持つCO2の地域ごとの収支(排出量と吸収量)を正確に理解することは、CO2濃度と地球温暖化の将来予測精度を向上させるためだけでなく、将来の炭素管理の最適化や、排出削減対策の効率的な政策立案に不可欠となっています。陸域生態系や海洋によるCO2の収支を地域ごとに推定する方法としては、生態系や海洋のプロセスを積み上げていく手法とともに、大気輸送モデルを用いて大気中CO2濃度観測データから逆推定する解析方法が有力な手法となっています。その大気側からの逆推定の際には、人間活動による化石燃料消費などのCO2排出量も入力データとして使用しますが、各国の社会経済的な統計等に基づいていることから、信頼度の高いものとしてそのまま解析に使用するのが常でした。しかしながら本研究では、この前提は中国の排出量統計値には当てはまらず、近年過大バイアスがあることを明らかにしました。さらに、CH4の大気観測データを使用した逆推定の結果(2016年2月1日既報)を考慮した新しい解析手法を用いて、東アジアの化石燃料消費によるCO2排出量の増加率を補正すれば、東アジアの陸上生態系による2000年代の吸収量の増加は見られず、近年報告された逆推定の結果では吸収量の増加率が過大に評価されていることを明らかにしました。
 本研究の成果は、大気側からのCO2収支推定手法の精緻化に貢献するものであり、また、温室効果ガスの科学的知見を取りまとめている気候変動に関する政府間パネル(IPCC)やグローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)(※3)の活動に貢献するとともに、地球温暖化対策および放出量管理に関する政策立案の際の科学的裏付けとなることが期待されます。
 なお、本研究は環境省環境研究総合推進費(課題番号2-1401)の一環として実施したものです。
 この成果はアジア・オセアニア地球科学学会の「Geoscience Letters」に5月16日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Implications of overestimated anthropogenic CO2 emissions on East Asian and global land CO2 flux inversion
著者: 佐伯田鶴1,2, Prabir K. Patra1
所属:
1.国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野
2.(現所属)国立研究開発法人 国立環境研究所 地球環境研究センター

2.背景

 主要な温室効果ガスであるCO2は、植物の光合成により大気から陸域生態系へ取り込まれ、呼吸や土壌有機物の分解により大気に放出されます。また、大気と海洋の間でもCO2の交換が行われています。人間活動が活発化するにつれ、化石燃料消費や森林伐採、土地利用改変などによるCO2排出の増加が地球温暖化に結びつくとされ、大きな社会的問題となっています。そのため、CO2は1997年の京都議定書にはじまり、2015年のパリ協定においても削減対象物質となっており、その排出規制が各国の課題となっています。
 各国の人為的CO2排出量は主として社会経済統計値や排出係数に基づいて算出されており(図1)、年々変動が大きく不確実性の高い自然起源のCO2排出吸収量と比較して信頼性の高い数値とされています。陸域生態系や海洋のCO2排出吸収量を推定する手法には、様々な観測や数値モデルが用いられており、その手法のひとつに、大気中CO2濃度観測データと大気輸送モデルをもとにして地表のCO2排出吸収量を逆算的に推定する方法があります。近年、最新の7つの大気輸送モデルを用いたこの手法により、東アジア(中国、日本、韓国、モンゴル)において1990年代末から2010年頃にかけて、陸域生態系のCO2吸収量が年間約0.56 PgC(PgC:炭素換算でペタグラム; 1 Pg = 1015 g)増加している結果が得られました。CO2吸収量が経年的に増加する原因として、新規植林・再植林・CO2の施肥効果などの可能性がありますが、現在までのところCO2吸収量増加の原因は明らかとなっていません。一方で、中国の化石燃料消費によるCO2排出量の社会経済統計による推定値には不確実性が大きいことが近年学術論文で複数報告されています。また、我々の研究グループによるCH4の排出量推定においても、社会経済統計に基づいたCH4の人為排出が東アジアにおいて過大となっている可能性を指摘しています(2016年2月1日既報)。
 このため、東アジアにおいて報告されている陸域生態系の吸収量増加の原因解明や、確からしい人為排出量の推定など、東アジアのCO2収支の整合性を図ることが望まれていました。

3.成果

 研究グループは、CO2の大気観測データとJAMSTECの大気化学輸送モデルを用いて、東アジアからの人為的CO2排出量が急増している2002年から2012年までのCO2の排出吸収量を推定しました。この際、化石燃料起源のCO2排出量のデータベースとして3種類を用いて推定を行いました。その結果、化石燃料起源のCO2排出量のバイアスは陸域生態系の吸収量に反映されることが実際の計算で明らかとなり、特に化石燃料起源のCO2排出量の違いの大きい東アジアで推定CO2排出吸収量のばらつきも大きくなることが確認されました。つまり、過去の研究で得られた東アジアの陸域生態系によるCO2吸収量増加は、化石燃料起源のCO2排出量が過大評価されていることに起因する可能性が示唆されました。
 次に、研究グループは、社会経済統計に頼らない化石燃料起源のCO2排出量の補正方法として、CH4の解析結果を用いる新たな手法を提案しました。同グループによるCH4の排出量推定では、2002-2012年の東アジア(主に中国)のCH4排出量の増加率は、社会経済統計値の推定よりも約41%低いという結果が得られており(図2a)、さらに、この結果は中国の風下に位置する日本上空の航空機観測による長期間のCH4濃度データを用いて検証されています(2016年2月1日既報)。そこで、この結果と、中国の人為起源CO2(主として化石燃料消費)とCH4(主として石炭消費)排出量の増加量の比は1970年代以降ほぼ一定である事実をあわせて(図2b)、CH4の解析から得られた東アジアのCH4排出量の増加率を補正する係数(0.59)を用いて、2002年以降の東アジアからのCO2排出量の増加率を新たに補正しました。その結果、2002年から2012年までのCO2排出の伸びは、1.0 PgC/年であり、社会経済統計値での1.7 PgC/年(GCPデータベース)または1.4 PgC/年(IEAデータベース)と比べて2012年時点で約0.4〜0.7PgC/年過大評価されていることを明らかにしました(図3a)。次に、この補正係数を用いて、過去の研究で得られた逆推定による陸域生態系によるCO2吸収量(図3b 黒線)の2002年以降を補正すると、2000年代のCO2吸収は増大していないという結果が得られました(図3b 赤線)。この手法とは独立な陸域生態系モデルから得られた炭素収支計算からも、中国全体では植生による吸収の顕著な増加がないことが予測されており(図3b 緑線)、また、国連食糧農業機関(FAO)の世界森林資源評価(Global Forest Resource Assessment)等による統計も土地利用・土地利用変化(LULUC)による吸収に変化がないことを支持していることから(図3b 点線)、この結果の裏付けが得られました。

4.今後の展望

 今回の手法は、大気化学輸送モデルを用いたCH4とCO2の逆推定と長期の航空機観測での検証を総合的に組み合わせて、既存の社会経済統計によるCO2排出量を検証・補正した初めてのケースであり、温室効果ガス排出量の「測定、報告及び検証(Measurement, Reporting and Verification; MRV)」に対する独立した検証手法への応用が期待されます。得られた知見は、国際的枠組みである気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や温室効果ガスの科学的知見を取りまとめているGCPの活動に貢献するとともに、地球温暖化対策および放出量管理に関する政策立案の際の科学的裏付けとなることが期待されます。
 近年の日本全国からのCO2排出量は約0.35 PgC/年であることから、本研究で得られた東アジア全体で0.4〜0.7 PgC/年の下方修正は、かなり大きな値であり、今後、人為起源と自然起源のCO2収支のさらなる精緻化と不確かさの低減への努力が望まれるといえます。一方で、本研究の手法にも不確かさが存在しますので、今後のさらなる改良が望まれます。将来の温室効果ガスの各国の削減目標は、基準年の排出量(または単位GDP換算)に対して設定されることから、排出量算定の重要性を改めて指摘するものであり、2015年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)における気候変動に関するパリ協定にて、各国が提出した温室効果ガス排出削減目標に関する「約束草案(Intended Nationally Determined Contributions; INDC)」の追跡と評価には様々な手法を用いて行う重要性を示唆するものです。

※1 温室効果ガス:地球表面から放出された赤外線を吸収し、再び地球の表面に向かって放出することで、大気を暖める効果を持つ気体。

※2 大気化学輸送モデル:大気中の化学反応や風などによる輸送過程を考慮し、大気中の様々な物質の空間分布とその時間変化を、大型計算機を用いて計算する数値モデル。本研究では、東大気候システム研究センター(CCSR)、国立環境研究所(NIES)、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)により開発された大気大循環モデルをベースとしてJAMSTECで開発した大気化学輸送モデルを使用した。

※3 グローバル・カーボン・プロジェクト(Global Carbon Project; GCP):炭素循環の自然科学的研究と人間社会的側面を総合的に扱い、相互作用やフィードバックも含めて炭素循環の全体像を明らかにし、地球環境維持に向けた炭素管理に貢献することを目的とするプロジェクト。地球システム科学パートナーシップ(ESSP)のもとに、地球圏-生物圏国際協同研究計画(IGBP)、世界気候研究計画 (WCRP)、地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画 (IHDP)が加わって2001年に設立された。2004年4月には日本の国立環境研究所にGCPつくば国際オフィスが設置された。

お問い合わせ先:

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球表層物質循環研究分野
  主任研究員 プラビール・パトラ(英語対応のみ)
電話:045-778-5727 Eメール:prabir(末尾に@jamstec.go.jpをつけてください)
 主任研究員 宮崎 和幸(日本語対応)
  電話:045-778-5715 Eメール:kmiyazaki(末尾に@jamstec.go.jpをつけてください)
国立研究開発法人国立環境研究所  地球環境研究センター
 特別研究員 佐伯 田鶴
  電話:029-850-2968 Eメール:saeki.tazu(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
 広報部 報道課長 野口 剛 電話:046-867-9198
国立研究開発法人国立環境研究所
 企画部広報室 高橋 里帆 電話:029-850-2308

図1  中国のCO2とCH4排出量の2000年から2010年の推移(Emission Database for Global Atmospheric Research (EDGAR) データベースより)。CO2とCH4の排出量はともに年々増加しており、主として、CO2は燃料の燃焼(火力発電所での石炭燃焼や製造業での燃焼)、CH4は石炭採掘の増加に起因する。
図2 (a) 東アジア域(中国、日本、韓国、モンゴル)におけるメタン排出量推定値。黒線は社会経済統計による従来試算、青線は大気化学輸送モデルと大気濃度観測データを用いた推定によるメタン排出量を表す。赤線は、中国の人為起源メタン排出量推定値(主に石炭産業)であり、東アジアにおけるメタン放出量の継続的な増加は主として中国の人為的CH4排出量要因によるものであることが分かる。各年の排出量の線形回帰から傾きを求め(それぞれ2.61と1.53)、増加率の補正係数を得た(1.53/2.61=0.59)。(b) 1970年から2012年の中国における化石燃料起源のCO2とCH4の排出量の関係(「Trends in global CO2 emissions: 2014 Report」より)。10年おきの値に赤丸と数値を記す。両者の増加量の比はほぼ一定の関係にあることがわかる。
図3  (a)1993年から2012年の東アジアにおける化石燃料消費のCO2排出量。社会経済統計による推定値(グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP; 黒線)と国際エネルギー機関(IEA; 青線))と本研究で得られた補正係数による推定値(赤)を示す。参考のため、2002年以降の排出量を中国の経済成長で補正した結果も示す(緑線)。(b) 東アジアの陸域生態系によるCO2排出吸収量。正の値が陸域から大気への排出、負の値が陸域から大気への吸収。大気輸送モデルと大気観測データを用いた従来推定(黒線)は2000年代に大きな吸収量の増加を示すが、本研究で得られた手法で2002年以降を補正した推定値(赤線)は1990年代から2000年代には吸収量の増加はみられず、陸域生態系モデルによる独立した推定値(緑線)や土地利用等の統計を基にした森林炭素吸収の推定値(シンボルと点線;1990年代と2000年代の平均値)と良い一致を示す。参考のためIEAの値で補正した推定値(青線)も示す。

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