記者発表 2011年1月21日

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海水温上昇にともなうサンゴ分布の北への急速な拡大について

(お知らせ)

平成23年1月21日(金)
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター
衛星観測研究室
主任研究員 :山野 博哉(029-850-2477)
NIESフェロー :杉原 薫 (029-850-2477)
株式会社串本海中公園センター
副    館    長 :野村 恵一(0735-62-1122)

(筑波研究学園都市記者会配付 )

国立環境研究所は、近年の水温上昇に対応して日本の温帯域でサンゴ分布が北へと拡大している証拠を示し、その拡大速度が14km/年に達していることを明らかにしました。科学的にサンゴ北上を全国規模で検出したことは世界初です。

日本は、過去100年間で海水温が上昇していることが明らかになっており(気象庁ウェブサイト:http://www.data.kishou.go.jp/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html)、海洋生物の分布が北上あるいは拡大する可能性が指摘されています。本研究では、日本全国規模で80年間にわたるサンゴ出現のデータベースを整備し、温帯へのサンゴ分布の拡大を検出しました。温帯への分布拡大を示した4種のうち、2種は熱帯を代表する種であり、その拡大速度は14km/年に達し、これまでに報告されている他の生物分布の北上あるいは拡大速度よりはるかに大きいことが明らかとなりました。

サンゴは、光合成による一次生産を行うとともに他の生物の生息場所を提供する、生態系の基盤となる生物であるため、本研究の結果は、海水温上昇によって温帯域の生態系の変化が急速に進んでいる可能性を示すものです。

国立環境研究所地球環境研究センターは、本研究の結果に基づき、来年度から日本周辺のサンゴ分布変化のモニタリングを開始します。

国本研究をまとめた論文は、3月発行予定の国際学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載される予定です。

1.背景

水温は、海洋生物の多様性や分布に最も大きな影響を与えている要因であり(参考文献1)、地球温暖化による水温上昇は、海洋生物の分布の極方向への移動や拡大をもたらす可能性が高い。南北に長い日本では、熱帯・亜熱帯に起源を発する様々な生物の分布北限が、国内沿岸域の各所で認められる。過去100年で、日本近海の冬季の水温は1.1〜1.6度上昇しており(参考文献2)、分布北限域での生物分布の変化を明らかにすることにより、温暖化の影響を評価できることが期待される。

本研究においては、サンゴ礁と造礁サンゴ(以下、サンゴ)の分布北限域に位置している日本(参考文献3,4)において、80年間にわたるサンゴ出現データに基づいて、全国規模でサンゴ分布の北への拡大を検出した。サンゴは、熱帯や亜熱帯でサンゴ礁を形成して他の生物の棲み場を提供するとともに、光合成による一次生産を担う、生態系の基盤となる生物である。こうした生態系における重要性に加え、サンゴは長期間の気候変化を検出するための二つの重要性を持つ。第一は、サンゴは固着性のため、サンゴ分布はその場の環境を反映していることである。第二は、サンゴが高水温でも低水温でも白化を起こし(参考文献5)、水温変化に敏感に反応することである。

現在までに、地球温暖化による水温上昇がサンゴに与える影響としては、熱帯や亜熱帯における高水温による白化現象が主に注目されており、サンゴ分布の北上や拡大に関する知見は乏しかった。水温上昇はサンゴ分布の北への移動や拡大とともに、温帯の沿岸生態系の変化も引き起こす可能性があり、サンゴ分布の変化を明らかにすることによって、温帯域の生態系の変化を解明し、適応策を立案するための基礎的情報を提供することができる。

2.解析方法の概要

日本の温帯の8海域(熊本県天草、長崎県五島、長崎県壱岐、長崎県対馬、高知県土佐清水〜大月、和歌山県串本〜白浜、静岡県伊豆、千葉県館山)と、亜熱帯の2地域(鹿児島県トカラ、鹿児島県種子島)(図1)において、1930年代、1960〜70年代、1980〜90年代、2000年代の4時期の文献情報を収集するとともに、最新の出現状況に関する現地調査を行い、過去からのサンゴ出現データベースを作成した。また、現地調査においては、サンゴ群体の大きさを測定し、それらの群体が定着した時期を推定した。調査地点の多くは海中公園内に位置しており、水温上昇以外の人為影響は少ないと考えられる。

図1.本研究における温帯(・)及び亜熱帯(x)の調査地。数字は、過去100年間における冬季の水温上昇(℃)(参考文献2)を示す。

図1.本研究における温帯(・)及び亜熱帯(x)の調査地。数字は、過去100年間における冬季の水温上昇(℃)(参考文献2)を示す。

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統一したデータベースを作成するためには、過去の調査における見落としや誤同定の可能性を無くす必要がある。そのために、当該海域に多く分布する種、水深10m以浅に分布する種、形態がわかりやすい種という3つの点に基づいて9種のサンゴを選定した(図2)。サンゴの分類体系は過去と現在で異なっており、過去の文献では同じ種に現在とは別の名前が付けられている。そのため、種名の確認を、分類体系を改訂した文献(参考文献6)とともに、過去の文献に掲載されている写真、形態の記載、博物館に所蔵されている標本の調査により行った。以上のように作成した過去からのサンゴ出現データベースに基づいて、分布拡大の見られた種に関して北上速度を計算した。

図2.日本の温帯域(九州西岸〜島根県隠岐)におけるサンゴ分布(参考文献7)と、本研究で選定した9種。

図2.日本の温帯域(九州西岸〜島根県隠岐)におけるサンゴ分布(参考文献7)と、本研究で選定した9種。

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3.解析結果

選定した9種のうち、分布を南に移動あるいは縮小した種は無く、4種が北への分布拡大を示した(図3)。また、サンゴ群体の大きさから判断すると、分布拡大を示した種は、最近15年以内に現在の分布北限の海域に加入したものであることが明らかとなった。分布拡大を示した4種のうちの2種(クシハダミドリイシとスギノキミドリイシ)は、インド洋から太平洋にかけて広く分布してサンゴ礁を形成する、熱帯を代表する種である(参考文献8)。また、北上を示した4種すべてが、1998年に起こった世界的な大規模白化現象以降、IUCNレッドリストカテゴリーの準絶滅危惧(NT)及び絶滅危惧II類(VU)に属している(参考文献9)。このことは、熱帯のサンゴが高水温による白化で衰退している現在、温帯域がサンゴの避難地として機能していることを意味している。また、これら4種だけでなく、それらと同じ環境に生息する熱帯性サンゴも北上している可能性があり、実際に、クシハダミドリイシと同様の環境に生息しているオヤユビミドリイシとコエダミドリイシ(参考文献10)が最近和歌山県串本において出現していることが確認されている(参考文献11)。

サンゴの分布拡大速度は、14km/年に達した。この速度は、今までの研究例に示された生物分布の北上あるいは拡大速度の平均値(0.61km/年)(参考文献12)に比べはるかに大きい。黒潮や対馬暖流によるサンゴ卵と幼生の北への輸送がこの大きな速度の一因であると考えられる。黒潮や対馬暖流のように海流が熱帯・亜熱帯から極方向に流れる海域(北アメリカ東岸やオーストラリア東岸等)では、海洋生物分布の極方向への移動や拡大が急速に起こっている可能性がある。

図3. 1930年代から現在にかけての各調査地のサンゴ出現の変化。分布拡大を示した4種の変化を示す。「出現可能性あり」は、過去の種名の改訂の際に2種類以上の現在名が考えられたことを示す。数字は北上速度(km/年)。

図3. 1930年代から現在にかけての各調査地のサンゴ出現の変化。分布拡大を示した4種の変化を示す。「出現可能性あり」は、過去の種名の改訂の際に2種類以上の現在名が考えられたことを示す。数字は北上速度(km/年)。

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4.今後の展望

本研究の結果は、水温上昇にともなってサンゴ分布が温帯へと拡大している証拠を示した世界初の例であり、今後の温帯域の沿岸生態系と多様性の変化を議論する基礎となるものである。また、本研究で選定したサンゴ種のうち、6種はインド洋から太平洋にかけて広く分布する種であり(参考文献13)、これらの種を用いた他の海域の評価が可能である。

温帯域のサンゴの多くが産卵していることが報告されており(参考文献14)、今後も水温上昇が続けば、分布拡大した種が成長を続けて産卵し、分布域をさらに拡大させる可能性が高い。サンゴは生態系の基盤をなす生物のため、水温上昇にともなってサンゴ礁に生息する熱帯性の生物分布も拡大している可能性がある。最近、サンゴを食べるオニヒトデ、サンゴ礁の魚や藻類、シガテラ毒を持つ微細藻類など、サンゴ礁に生息する生物が本州付近で発見される報告が増えてきた(参考文献15)。これらは、地球温暖化による水温上昇が進んでいる現在、温帯域が熱帯性サンゴにとっての避難地になる一方で、温帯域の生態系が大きく変化しつつある可能性を示唆するものである。

国立環境研究所地球環境研究センターは、本研究の結果に基づき、日本周辺のサンゴ分布変化のモニタリングを開始する。

本研究は、国立環境研究所地球環境研究センターによる温暖化影響モニタリングの予備調査として行われ、環境省地球環境研究総合推進費(現環境省環境研究総合推進費)RF-082課題「北限域に分布する造礁サンゴを用いた温暖化とその影響の実態解明に関する研究 (FY2008−FY2009)」及びNPO法人OWSとの共同研究により取得したデータの一部を使用した。

お問い合わせ先

独立行政法人 国立環境研究所 地球環境研究センター
衛星観測研究室 主任研究員 山野 博哉  TEL: 029-850-2477

発表論文

Yamano, H., Sugihara, K. and Nomura, K. (2011), Rapid poleward range expansion of tropical reef corals in response to rising sea surface temperatures, Geophysical Research Letters, doi:10.1029/2010GL046474.

参考文献

  1. Tittensor, D. P., et al. (2010), Global patterns and predictors of marine biodiversity across taxa, Nature, 466, 1098-1101.
  2. 高槻 靖ほか (2007), 日本近海における海面水温の長期変化傾向, 測候時報, 74, S33-S87.
  3. Veron, J. E. N., and P. R. Minchin (1992), Correlations between sea surface temperature, circulation patterns and the distribution of hermatypic corals of Japan, Continental Shelf Research, 12, 835-857.
  4. Yamano, H., et al. (2001), Highest-latitude coral reef at Iki Island, Japan, Coral Reefs, 20, 9-12.
  5. Hoegh-Guldberg, O., et al. (2005), Coral bleaching following wintry weather, Limnology and Oceanography, 50, 265-271.
  6. Veron, J. E. N. (1992b), Hermatypic corals of Japan, 234 pp., Australian Institute of Marine Science.
  7. 杉原 薫ほか (2009), 九州西岸から隠岐諸島にかけての造礁サンゴ群集の緯度変化, 日本サンゴ礁学会誌, 11, 51-67.
  8. Hongo, C., and H. Kayanne (2011), Key species of hermatypic coral for reef formation in the northwest Pacific during Holocene sea-level change, Marine Geology, 279, 162-177.
  9. Carpenter, K. E., et al. (2008), One-third of reef-building corals face elevated extinction risk from climate change and local impacts, Science, 321, 560-563.
  10. Hongo, C., and H. Kayanne (2010), Relationship between species diversity and reef growth in the Holocene at Ishigaki Island, Pacific Ocean, Sedimentary Geology, 223, 86-99.
  11. 野村恵一ほか (2008), 串本産造礁サンゴ類の変遷, 南紀生物, 50, 191-200.
  12. Parmesan, C., and G. Yohe (2003), A globally coherent fingerprint of climate change impacts across natural systems, Nature, 421, 37-42.
  13. Veron, J. E. N. (2000), Corals of the world, Australian Institute of Marine Science, Townsville.
  14. 目崎拓真ほか (2007), 高知県大月町西泊におけるイシサンゴ類の産卵パターン, Kuroshio Biosphere, 3, 33-47.
  15. 大城直雅 (2008), 南西諸島の毒魚と食中毒について, 日本水産学会誌, 74, 915-916.