記者発表 2010年11月5日

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大気—海洋間CO2フラックスの新たなモデル計算手法を開発
(お知らせ)

平成22年11月5日(金)
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター
主席研究員室
NIESポスドクフェロー: Vinu Valsala  (029-850-2212)
主 席 研 究 員: Shamil Maksyutov(029-850-2212)
衛星観測研究室
室     長: 横田 達也   (029-850-2550)

(筑波研究学園都市記者会配付)

国立環境研究所は、大気−海洋間の二酸化炭素の吸収・放出(CO2フラックス)を推定する新たなモデル計算手法を開発し、より信頼性の高いCO2フラックスの推定値を算出しました。本研究の成果はデータセット化され、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)プロジェクトにおける全球のインバースモデル解析(注1)の入力データとして使用される予定であり、全球的な炭素収支についての理解の進展に貢献することが期待されます。

この研究成果は、11月発行のスウェーデンの科学雑誌(Tellus-B)に掲載されました。

国立環境研究所は、全球的な大気−海洋間の二酸化炭素(CO2)の吸収・放出(以下、CO2フラックス)を推定するデータ同化(注2)に基づく新たなモデル計算手法を開発し、1996年〜2004年の月ごとの海洋のCO2フラックスをモデル計算により推定しました。本手法では、モデル計算に観測値を取り込む(同化する)ことで、従来より観測値からの誤差の小さい確度の高いモデル計算を可能にし、海洋のCO2フラックスの推定を改良することができました。

本研究では、データ同化を行うことにより、モデル計算の計算性能を向上させることができました。データ同化を行ったモデル計算では、データ同化を行わない場合と比較して、観測と比較した場合の二酸化炭素分圧(pCO2)計算値の年平均値の観測値からの偏差を平均60%、季節性についての積算誤差を約40〜50%低減しました。本研究のモデル計算からは、年間の海洋によるCO2の吸収は14.8億トン(炭素換算)と推定されました。そのうち、南大洋(40°S 〜 90°S)のみで、年間約4.1億トン(炭素換算)のCO2を吸収していることが示されました。また、全球の海洋によるCO2吸収量の年々変動幅は約4億トン(炭素換算)であると推定され、エルニーニョが観測された1997年〜1998年と2003年〜2004年には、東部太平洋熱帯域において約4億トン(炭素換算)のCO2が放出されたことも示されました。

また、本研究の推定結果はデータセット化され、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)プロジェクトにおける全球のインバースモデル解析(注1)の入力データとして使用される予定であり、全球の炭素収支についての理解の進展に貢献することが期待されます。

本研究の成果は、2009年9月に開催されたICDC8(注3)の特別号として、11月発行のスウェーデンの科学雑誌(Tellus-B)に掲載されました。

(注1)インバースモデル解析
CO2などの大気濃度データと大気の循環を計算する数値モデルを用い、吸収・排出源の大きさを統計的に推定する解析手法

(注2)データ同化
数値モデルによる計算に観測情報を入力・反映させることで、より現実に近い計算結果をえるための手法

(注3)ICDC8
8th International Carbon Dioxide Conference (第8回国際CO2会議)

(添付資料)

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研究の概要

1. 研究の背景

温室効果ガスであるCO2の大気中濃度は産業革命以前の1790年には約270ppm程度であったが、人間活動による大気中へのCO2放出により現在では約380ppmまで上昇している。海洋は、人間活動により排出されたCO2の約30%を吸収し、大気中のCO2濃度の上昇率を抑える働きをしているといわれ(Gruber et al., 2009)、年間およそ20億トン(炭素換算)程度のCO2を吸収するといわれている。

しかし、既存の海洋のCO2フラックスについての推定値は十分な数の観測値に基づいておらず、大きな不確実性を含んでいる。また、海洋のCO2フラックスの年々変動については様々な手法から推定されてはいるが(Gurney et al., 2004; Jacobson et al., 2007; Patra et al., 2005 ; McKinley et al., 2004)、各推定値間にはばらつきがあり、それぞれの推定値もまた大きな不確実性を持っている。

本研究では、より確からしい海洋のCO2フラックスの推定を目的として、確度の高いモデル計算を実現するデータ同化に基づいた計算手法を提案・実施し、海洋によるCO2吸収の年々変動を計算し解析を行った。

2. 実験・解析方法の概要

本推定法は、①海洋中の炭素や栄養素などの物質の輸送を計算する海洋輸送モデル、②海洋中の炭素循環に関わる基本的な化学・生物プロセスをパラメータ化した生物地球化学モデル、③船舶調査から得られた観測データのモデルへの同化(データ同化)、の3つの主な要素から構成される。

海洋のCO2フラックス推定値は、上記の生物地球化学モデルを輸送モデルに組み込んだ結合モデルによるモデル計算から得られる。モデル計算では、1996年〜2004年の海洋の二酸化炭素分圧(pCO2)の観測値(約24万データ)をモデル内で計算されるモデル変数に対する拘束条件として使用することでモデル計算値と観測値との差を最小化し、モデル計算結果の信頼性の向上を図った。

本研究の解析では、このデータ同化がモデルの計算性能に顕著な改善をもたらしたことが示された。推定計算の主要な要素について以下に述べる。

2.1 輸送モデル

海洋における溶存無機炭素(DIC)の輸送は、輸送モデル OTTM (Ocean Tracer Transport Model) を用いて計算した。OTTMでは、海流、温度や塩分濃度などの再解析値データを入力データとして利用し、移流、拡散、及び海洋上層の季節的な垂直混合を考慮し 物質の輸送を計算する (Valsala et al. 2008)。

2.2 化学モデル

本モデルの化学プロセスでは、DIC(炭酸、重炭酸、溶存二酸化炭素)を考慮し、これを海洋中の総炭素量とした。DICは、海洋上層において植物性プランクトンによるバイオマス生成(光合成)により消費され、再無機質化と呼ばれるプロセスを通して海洋深層のDICに戻る。海洋のCO2フラックス(ФGASEX)は、大気中と海洋中の二酸化炭素分圧(pCO2)の差によって、吸収あるいは放出が決まる。この化学モデルは Orr et al.(1999)から応用した。

2.3 生物モデル

生物プロセスでは、植物性プランクトンによるリン酸を栄養素としたバイオマス生成を考慮する。バイオマスは表層の真光層(水深0〜140メートルの海洋上層)で生成され、そのプロセスは以下の式で表される。

B(z) = -α・(I/I+I0)・(P/P+P0)          (1)

このとき、Iは光合成有効放射(PAR)、Pは海洋中のリン酸量、αはバイオマス生成に関わる係数である。I0 とP0はそれぞれPARとリン酸量の飽和値である。バイオマス生成とDIC消費の間には、レッドフィールド比(Rc:p)の関係がある。バイオマスB(z)は再無機質化されDICに戻る。これらの数式は Dutkiewicz et al. (2001) に示されている。

最後に、輸送モデルに生物・化学モデルを結合し、モデル全体の方程式は以下のように示される。

d[DIC]/dt = Rc:p・B(z) + ФGASEX          (2)

このとき、左辺第一項は物理的輸送と混合によるDICの変動量合計である。

2.4 pCO2観測値のモデルへの同化

データ同化では、海洋表層のpCO2の観測データを入力し、モデル内で計算されるpCO2を観測値を拘束条件として用いて修正し、観測を反映したより現実に近い計算結果を得る。本研究では、変分法によるデータ同化の手法を用いた。本研究のデータ同化では、モデルが計算するpCO2とそれに対応する観測値との差の二乗を目的関数Jとして定義し、最小化した。

J = w1Σ(pCO2 - pCO2ST)2 + w2Σ(pCO2 – pCO2CL)2          (3)

ここで、pCO2ST は船舶調査によるpCO2観測値、pCO2CL はTakahashi et al. (2007) から得られたpCO2データの12ヶ月(1月〜12月)平均値、w1とw2は重み付け係数である。この目的関数Jの最小化は、モデル計算値とそれに対応する観測値との差を最小化する作業に相当し、データ同化後のモデル計算値はデータ同化前の値と比較して観測値により近い値となる。

本研究のデータ同化は、以下のステップで行われる。

(a) 2ヶ月のモデル計算を行い、船舶の航路に対応するモデルpCO2値ならびに他の同化計算に必要なモデル変数を得る。pCO2観測値は、平衡定数を使用してDIC濃度に換算する。

(b) 目的関数(式3)の導関数(随伴方程式)を導出する。(制御変数はDIC)

(c) (b) で導出された随伴方程式を(a)のモデル計算の終点(モデル計算開始から2ヶ月後)から計算開始時点まで時間をさかのぼって積分し、目的関数J(すなわち、観測値とモデル計算値の差)を最小化するための、計算初期における制御変数に対する修正量を求める。

(d)制御変数が修正された後、(a)-(c)の計算を同じ2ヶ月間について再度実行する。このプロセスは、モデルpCO2値と観測値の差が10ppm未満になるまで繰り返される。

(e) (a)から1ヶ月時間を進めて、(a)から(d)の一連のデータ同化プロセス繰り返す。本研究では、1996年から2004年の間について計算を行った。

3. 解析結果

3.1 データ同化後のpCO2計算値

図1の左列に、Takahashi et al. (2007) の観測データを同化した計算から得られた1996年〜2004年のpCO2計算値の年平均値を示す。データ同化を行って得られたpCO2計算値は、観測値の年平均とよく似た空間パターンを示している。図1の右列は、データ同化を行わない場合と比較したときのpCO2計算値の観測値からの誤差の減少率(%)を示す。データ同化により、pCO2計算値の年平均値の観測値からの偏差(図1右上)は平均60%低減されており、pCO2計算値の季節性についての積算誤差(図1右下)は約40〜50%低減されている。これらは、pCO2観測値をモデルに同化したことによるモデルの計算性能の大きな改善であり、本モデルにより計算されるCO2フラックスの推定値の信頼性を裏付けるものである。

図1.2008年のHFC-23排出量分布の最適見積もり

図1: 左上―本研究の1996年から2004年における平均pCO2計算値(μatm)。
左下―Takahashi et al., (2007) による年平均pCO2観測値(μatm)。
右上―データ同化を行なわない場合と比較したときのpCO2計算値の年平均(値)のバイアス誤差の減少率(%)。
右下―右上と同様に、pCO2計算値の季節性についての積算誤差の減少率(%)。

(画像をクリックすすると拡大表示されます。)

3.2 同化後pCO2から得るCO2フラックス推定値

データ同化によってpCO2について観測値からの年平均値の偏差と季節性の誤差が少ない、精度の高い計算が可能になったことにより、本手法で得られるCO2フラックス推定値は従来よりも信頼性が高いといえる。本研究で得られたCO2フラックス推定値と観測に基づく推定値(Takahashi et al. 2009)の季節変動の相関を 図2の左上のパネルに示す。一部、相関が弱い地域が見られたが、大半の海域については、99%以上の有意性で高い相関が見られた。

図2の左下に、1996年〜2004年のデータ同化を行ったモデル計算から得られたCO2フラックス平均値(gram/m2 /年)を示す。図中の正の値は海洋からのCO2の放出、負の値は吸収を示す。図2の右上に年間正味CO2フラックス(炭素換算)の年々変動を示す(10億トン/年)。年平均の年間正味CO2フラックスは-14.8億トン(炭素換算)であった。そのうち、南大洋(40°S 〜 90°S)のみで、年間約4.1億トン(炭素換算)のCO2を吸収していることが示された。また、全球の海洋によるCO2吸収量の年々変動幅は、約4億トン(炭素換算)である。図2の右下に東部太平洋熱帯域(図2左下の赤線の領域)における年間正味CO2フラックスの年々変動を示す。結果から、エルニーニョが観測された1997年〜1998年と2003年〜2004年には、約4億トン(炭素換算)のCO2が放出されたことが示された。

4.当研究の結果の意義と将来展望

船舶で取得されるpCO2観測値は地域的にも期間的にも限られており、時空間的に大きなギャップがある。それゆえ、観測値のみを用いて全球の海洋のCO2フラックスを推定することは難しい。データ同化を用いたモデル計算は、観測データを全球を考慮するモデル計算に取り込むことで、時空間的ギャップを持つ観測データをモデルの計算性能の向上に有効利用することを可能にしている。本研究では、このようなデータ同化に基づいた計算手法により、従来よりも誤差の小さい確度の高いモデル計算を実現し、より信頼性の高い海洋のCO2フラックスのモデル推定値を得た。このことは、北太平洋や北大西洋のように大量のpCO2観測値が利用可能な地域で、モデルと観測値は極めてよい一致を示したのに対し、利用可能な観測データが少ない地域では、モデルの性能が改善せず、同化後のpCO2計算値とCO2フラックス推定値に観測との不一致があったことからも明らかである。

このように、本研究の手法は、確度の高いモデル計算の実現のためのpCO2観測値の直接的な応用例であり、この方法により、1996年〜2004年の複数年にわたる信頼性の高いCO2フラックスのデータセットを作成することができた。

今後は、観測値の利用が十分ではなかった地域におけるモデルの計算性能の向上が課題である。本研究の結果は、海洋表層のpCO2データ収集のため、より頻繁かつ広域的な観測ネットワークを構築することの重要性を示唆するものであり、その拡充が今後のよりよい推定のために期待される。

また、生物モデルに対して、より多くの有機物を考慮できるような拡張を行い、観測データが利用可能なその他の変数についてもデータ同化を行っていく予定である。(当研究の詳細については、Tellus-Bの11月号(Valsala and Maksyutov, 2010, Vol. 62, Issue 5, 821-840)を参照)

図1.2008年のHFC-23排出量分布の最適見積もり

図2:左上―本研究のCO2フラックス推定値と観測に基づく推定値(Takahashi et al., 2009) の季節変動の相関。
左下―1996年から2004年における海洋のCO2フラックスの平均値(gram/m2/年)。
右上―海洋の全球年間正味CO2フラックス(10億トン/年)。
右下―東部太平洋熱帯域における年間正味CO2フラックス(10億トン/年)。ここで、年間正味CO2フラックスは共に炭素換算。

(画像をクリックすると拡大表示されます。)

参考文献

Dutkiewicz, S., Marshall, M. F. J. and Gregg, W. W. 2001. Interannual variability of phytoplankton abundances in the north Atlantic. Deep-Sea Res. 48, 2323–2344.

Gruber, M. Gloor, M., Fletcher, S. E. M., Doney, S. C., Dutkiewicz, S. and co-authors. 2009. Oceanic sources, sinks and transport of atmospheric CO2. Global Biogeochem. Cycles 23, doi:10.1029/2008GB003349.

Gurney, K. R., Law, R. M., Denning, A. S., Rayner, P. J., Pak, B. and Transom-3-L2-modelers 2004. Transcom-3 inversion intercomparison: control results for the estimation of seasonal carbon sources and sinks. Global Biogeochem. Cycles 18, doi:10.1029/2003GB002111.

Jacobson, A. R., Fletcher, S. E. M., Gruber, N., Sarmiento, J. L. and Gloor, M. 2007. A joint atmosphere-ocean inversion for surface fluxes of carbon dioxide: 2. Regional results. Global Biogeochem. Cycles 21, doi:10.1029/2006GB002703.

McKinley, G. A., Follows, M. J. and Marshall, J. 2004. Mechanism of air– sea CO2 flux variability in the equatorial Pacific and North Atlantic. Global Biogeochem. Cycles 18, doi:10.1029/2003GB002179.

Orr, J. C., Najjar, R., Sabine, C. L. and Joos, F. 1999. Abiotic-HOWTO. LSCE/CEA Saclay, Gif-sur-Yvette , France , 25 pp.

Patra, P. K., Maksyutov, S., Ishizawa, M., Nakazawa, T., Takahashi, T. and co-authors. 2005. Interannual and decadal changes in the air-sea CO2 flux from atmospheric CO2 inverse modeling. Global Biogeochem. Cycles 19, doi:10.1029/2004GB002257.

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Valsala, V., Maksyutov, S. and Ikeda, M. 2008. Design and validation of an offline oceanic tracer transport model for a carbon cycle study. J. Clim. 21, 2752–2769.