
ライブカメラ画像の活用による多地点における植生フェノロジー観測
(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会配付 )
平成22年9月28日(火) | |
独立行政法人国立環境研究所 | |
地球環境研究センター | |
陸域モニタリング推進室 | |
主 任 研 究 員 | : 小熊 宏之(029-850-2983) |
高度技能専門員 | : 井手 玲子(029-850-2976) |
国立環境研究所は、近年随所で公開されているインターネット上のライブ映像を活用して、多地点における植生フェノロジー(注1)を自動的に把握できることを実証しました。
本研究では、環境省が公開しているインターネット自然研究所(http://www.sizenken.biodic.go.jp/)のライブ映像を用いて、全国7か所の国立公園で撮影された8年間の毎日の画像を詳細に解析し、画像に含まれる赤緑青の色を表す値(RGB)から、特に緑の量を表す指標を算出しました。算出された指標は、生態系の種類や樹種ごとの実際のフェノロジーの時間的変化をよく反映し、台風による被害の検出や、全国の森林における開葉日を推定することに特に有効であることがわかりました。
この手法を用いることにより、これまで人の目に頼るほかなかったフェノロジー観測を数値化することで、世界の植生におけるフェノロジーを統一的な視点から客観的に観測することが可能になります。また、この手法は高価な機器を必要とせず、簡便なうえに精度が高いことから、今後は既存のライブ映像の活用やカメラネットワークの展開により、地球規模のフェノロジー観測への応用が期待されます。結果として、地球の気候変化が世界の重要な生態系のフェノロジーにどれだけの影響を及ぼすか、そしてフェノロジーの変化が生態系内の炭素循環や生物間相互作用にどれだけの影響を及ぼすかを定量的に評価することに大きく貢献すると考えられます。
本研究をまとめた論文は、9月17日発行の国際学術誌「Ecological Informatics」に掲載されました。
(注1)フェノロジー
生物の季節変化、及びその学問のこと。植物のフェノロジーは主に、開葉、開花、紅葉、落葉などの季節変化を指す。
1.背景
植物の開葉、開花、紅葉、落葉などの季節変化(フェノロジー)は、気温、降水量、日長をはじめ、植物の栄養状態などさまざまな環境要因の影響を受ける。地球温暖化は開葉時期を早めたり、植物の生育期間を長期化させたりするなどの影響を生態系に与えることが予想されているため、世界各地の生態系において、人の目による現地調査や人工衛星を用いたフェノロジーの観測が試みられている(参考文献1,2)。生態系のフェノロジーの変化は、植物による二酸化炭素吸収量の変化などを通して世界の炭素収支に影響を与える。また、気候変化に対するフェノロジーの応答は生物の種によって違いがあることから、生態系における食物連鎖や送粉などの生物間相互作用を大きく変化させることがある(参考文献3)。このため、近年では地球の気候変化が世界の重要な生態系のフェノロジーにどれだけの影響を及ぼすかを、広域で、かつ植物の種ごとに観測することのできる技術が必要とされている。
これまで、地上でのフェノロジー観測は、植物の開花や開葉を人の目で確認し記録する作業に基づいていたため、多大な労力を要するうえに調査対象は限定されていた。一方、人工衛星による観測では、広い地域を反復的に調査することができるが、観測できる頻度や空間解像度に限界があった。そこで、近年、両者の弱点を補う高分解能の近接リモートセンシング技術の一つとしてデジタルカメラの利用が注目されつつある(参考文献4,5)。本研究では、世界の至るところに設置されているライブカメラの画像を有効利用することを考え、インターネットを通してリアルタイムで世界中に配信されている画像をフェノロジー観測に応用する技術を開発した。この技術を応用し、環境省自然環境局生物多様性センターが開設しているインターネット自然研究所サイト(http://www.sizenken.biodic.go.jp/)が公開している全国の国立公園内に設置されたデジタルカメラの画像のうち、7つの国立公園内において撮影された9種類の植生のフェノロジーを8年間にわたり数値化することに成功した。これまでにもカメラの画像を用いたフェノロジー観測の研究は行われてきたが(参考文献4,5,6,7)、本研究は多種多様な植生のフェノロジーを長期間にわたり解析したものであり、群落および樹種別のフェノロジーを数値化し、その経年変動や年々変動を多地点で統一的に表す手法を提示した点が新規的である。
2.解析方法の概要
環境省インターネット自然研究所が公開している定点ライブ映像から、サロベツ、羅臼、裏磐梯、尾瀬、乗鞍、大山、やんばる、の国内7つの国立公園内における9種類の植生を8年間にわたり毎日撮影した画像を解析した。撮影地点は、亜寒帯から亜熱帯までの広範囲にわたり、湿原、落葉針葉樹林、落葉広葉樹林、常緑広葉樹林などさまざまな植生タイプに属している。画像は、市販のデジタルカメラで1時間に1回撮影され、640×480画素のJPEG形式ファイルで保存されている。
最初に、JPEG画像ファイルから、群落または樹種別の対象範囲を選定し、その部分のピクセル(画素)のRGBデジタルカウントを抽出し、植生の緑色の濃さを表す指標の一つであるグリーンネスインデックス(注2;参考文献4)を算出した。天候条件の違いによる色調のばらつきを軽減するため、晴天日の値だけを自動的に抽出した。これらの計算は、フリーソフトウェア(ZeGraph v. 2.4; http://www.zegraph.com/)を用いてアルゴリズムを開発した。
次に、グリーンネスインデックスを、調和関数や成長曲線にフィッティング(注3)することにより時系列変化に含まれるノイズを除去した。そのうえで、春季のグリーンネスインデックスの変化の時間に対する最大増加率(2次微分の最大値)を求め、その日を開葉日と推定した(参考文献5)。開葉日の推定の検証のため、ここでは樹木全体の葉が開き始めた頃を開葉日と定義し、複数の観測者による写真判読から観察された開葉日と推定された開葉日との比較検証を行った。
最後に、気象庁アメダス(Automated Meteorological Data Acquisition System)の気温データを用いて、開葉日の年変動と気温との相関を求めた。
(注2) グリーンネスインデックス
本研究では、Richardsonらによって使われた式
2G-RBi=(G-R) + (G-B)=2G-(R+ B)
に基づき計算した(参考文献4)。
(注3) フィッティング
季節変動を理解するとき、年増加率や季節変動を表現する理論式を仮定し、観測データに対して最も近くなるようにあてはめ、年増加率や季節変動を表す定数を求めることを言う。
3.解析結果
対象地点におけるグリーンネスインデックスの時系列変化から、それぞれの植生のフェノロジーの変化が明瞭に示され、湿原、落葉樹林、常緑樹林の植生タイプごとに特徴的な変動パターンが認められた。すなわち、短い生育期間で急速に開葉し光合成を行う湿原タイプと、より長い生育期間と非生育期間との明瞭な落葉樹林タイプ、年間を通じて緑の葉をつけ、季節変化の少ない常緑樹林の3タイプに大まかに分類できることがわかった。
8年間のグリーンネスインデックスの時系列を求めると、グリーンネスインデックスが夏に高く冬に低いという季節変化パターンが明瞭に示された。しかし、サロベツにおけるササのグリーンネスインデックスを求めると(図1)、夏季の最大値、冬季の最低値ともに年々低下する傾向が見られた。画像を確認すると、雲や雪面などの白い部分に年々赤味が増し、植生部分の緑色が茶色に変化していた。他の地点の画像でも、時間経過とともに青味が弱くなるなどの色調変化が見られ、カメラの長期連続使用による特性の経年変化が起きたと考えられた。フェノロジーの長期観測のためにはカメラの色調の補正が必要であり、フェノロジー観測の精度を向上させるために校正方法を確立することが今後の課題である。

図1.サロベツにおけるササのグリーンネスインデックスの経年変化。点線はグリーンネスインデックス=0を示す。
次に、毎年のグリーンネスインデックスの時系列変化を求めると、サロベツと大山では2004年9月にグリーンネスインデックスの急激な低下が見られた。図2に、サロベツにおけるハンノキのグリーンネスインデックスの観測例を示す。2004年9月は、全国的に大規模な被害を及ぼした猛烈な強風を伴う台風18号(“Songda”)の通過時にあたり、台風進路に近かったこの2地点では植生が大きな被害を受けたことを示している。台風の進路から離れていた他の地点ではこの時期にグリーンネスインデックスの低下は認められなかった。また、サロベツでは、2008年と2009年8月にも少雨や害虫の影響と思われるグリーンネスインデックスの低下が見られた。このような植生被害の様子は画像からも確認できた。

図2.サロベツ ハンノキ林におけるグリーンネスインデックスの年変動。(day of year;毎年の1月1日からの日数、1月1日を1とする)
続いて、春季のグリーンネスインデックスの時系列変化から推定された開葉日を写真判読の結果と比較すると、両者は3日以内で一致した。この結果、グリーンネスインデックスの最大増加率を使った開葉日の推定方法の有効性が示された。国立公園内の落葉性植生7地点の推定開葉日の年々変動を比較すると、全般に湿原や北方の地点では開葉が遅く、南西の気温の高い地域で開葉が早かったことがわかった(図 3)。各地点での開葉日の年々変動を見ると、2002、2004、2009年は多くの地点で開葉日が早い傾向が見られたが、開葉日が遅かったのはサロベツでは2005年、乗鞍では2007年、大山では2006年など、その傾向は地点によって異なることがわかった。各地点ともに、開葉日とその前45日間の平均気温との関係を調べると、相関関係が認められた。そのうち、樹種別のフェノロジーが得られたサロベツ、乗鞍では開葉日と気温の相関が強く、群落のフェノロジーを調査した地点では相関が弱い傾向があった。この結果は、開葉日が各地の生態系で開葉開始前の気温に対して強い温度感受性を持つが、樹種ごとに温度感受性が異なる可能性があることを示している。開葉日の温度感受性として、春の平均気温に対する開葉日の変動の回帰直線の傾き(days/℃)を比較すると、いずれの地点、いずれの樹種でも、温度感受性は-2から-7days/℃の範囲にあり、先行研究の結果(参考文献8)と概ね一致した。春の開葉日が局地的な気温の影響を強く受けて変動するのに対して、秋の落葉時期は台風や害虫などによる撹乱の影響で大きく変動することがわかった。

図3.推定された開葉日の地点別の年々変動。(day of year;毎年の1月1日からの日数、1月1日を1とする)。
以上の結果から、既存のデジタルカメラ画像の解析から得られた植生フェノロジーが実際の植生の変化をよく反映し、台風による植生被害の検出や開葉日の推定に特に有効であることが示された。カメラ特性の経年変化に起因する精度上の課題はあるものの、高解像度の近接リモートセンシングとしてのデジタルカメラ利用の有効性を示し、世界中に普及している既存のライブカメラの画像をフェノロジー観測に応用する方法を提案することができた。
4.今後の展望
最近、世界中の生態系のさまざまな役割を観測するサイトでデジタルカメラが設置されるようになり、カメラ画像から得られた植生指標と、植物の光合成による生産量との強い相関が示され(参考文献6,7)、フェノロジー観測の重要性が認識されつつある。一方、ほとんど利用されずに配信し続けているライブ映像は世界各地で無数にあり、本研究で示したようにフェノロジー観測のために有効活用すれば世界規模のネットワークが形成され、多大な情報が得られることが期待される。加えて、世界各地の生態系で既に展開されている各種のフェノロジー観測との連携を進め、多地点でのカメラネットワークを展開することにより、地球規模での詳細なフェノロジー観測を実現することが可能になる。
こうした観測の結果、地球の気候変化が世界の重要な生態系のフェノロジーをどのように変化させ、森林の炭素吸収量をはじめとする生態系の物質循環にどれだけの影響を受けるかを解明することが可能になる。さらに、本研究の提示する解析手法は植物種ごとのフェノロジーの変化をとらえることができるため、例えば開花・授粉・結実などのプロセスに係わる植物や昆虫の生物間相互作用の変化を検出することにも利用できる。こうした植物種ごとの再生産プロセスの変化は、生態系の種組成を変化させる可能性があることから、生態系レベルでの生物多様性にも影響を及ぼし得る。このため本研究の解析手法は、生態系レベルの生物多様性をモニタリングする指標を開発する研究にも応用できると考えられる。
世界に展開された数多くのライブカメラの画像と本研究の解析手法を利用することにより、私たちが研究室や自宅に居ながらにして、統一的な手法に基づき、将来の気候変化に伴って世界の植生地で起こる可能性のある生物の変化をいち早く検出できるようになると期待される。将来は、研究者以外の一般の方からも画像を収集するしくみを整備することにより、画像を提供することによって一般の方も生態系のモニタリングに参加できる道を拓くことが可能である。
発表論文
Ide, R. and Oguma, H. (2010), Use of digital camera for phenological observations, Ecological Informatics, doi:10.1016/j.ecoinf.2010.07.002.
参考文献
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